アンリ作 ジュエリー職人の手仕事によるクロワ・ジャネット 伝統意匠に基づく大型の作例 65.8 x 51.9 mm


十字架のサイズ 縦 65.8 x 横 51.9 mm  青色石を含む十字架の厚み 6.9 mm

突出部分を含むクールのサイズ 縦 32.9 x 横 26.5 mm  青色石を含むクールの厚み 6.9 mm


留め金を外して一直線に伸ばして測ったチェーンの長さ 69 cm (クールを含む)


フランス  20世紀後半



 フランスのジュエリー職人が十九世紀のクロワ・ジャネットをよみがえらせた作品。おそらく1970年代から80年代頃のものです。十九世紀の単なる復刻ではなく、フランスにおけるキリスト教ジュエリーの伝統に現代の命を吹き込んだクレアシオン(仏 création 創造的作品)です。





 ガロ=ロマン期以降、中世、近世に至るまで、フランスに住む一般の人々が、ジュエリーをはじめとする金製品を所有することはありませんでした。フランス革命後しばらく続いた混乱期には、金製品の所有は死に値する罪とされました。しかしながら 1814年に王政が復古して社会が安定したこと、この頃以降にイギリスから産業革命が伝わって経済が発展したことにより、豊かになった諸地方(パリ、ノルマンディー、アルザス、プロヴァンス)では、それぞれの地域に固有の意匠に基づくジュエリー、ビジュ・レジオノ」(仏 bijoux régionaux 「地域のジュエリー」の意)が発展しました。

 いっぽう、経済発展が遅れた諸地方では、「ビジュ・レジオノ」が発達する時間的余裕が無かったので、パリやニオールで作られたクロワ・ジャネット(仏 croix jeannette 「ジャネット十字」の意)が普及しました。上の写真は当店の販売済み商品で、パリまたはニオールで作られた典型的なクロワ・ジャネットです。このタイプのクロワ・ジャネットは、十九世紀後半のフランスで最も普及したクロワ・ド・クゥ(首飾り用十字架)であり、ベル・エポック頃までの古き良きフランスを思い起こさせる品物といえます。





 十字架に取り付けたキリスト像を、ラテン語で「コルプス」(羅 CORPUS)といいます。十九世紀のクロワ・ジャネットはコルプスを有しませんでした。本品も、一見したところ、コルプスを持たないように思えます。しかしながら本品においては、十字架に嵌め込まれた二色のガラスが、コルプスを象(かたど)っています。

 十字架に架かり給うたキリストの手と足を釘が貫いた場所には、黒色ガラスが嵌め込まれています。黒は光の欠如であり、光であり給うキリストを処刑した人間の罪を表します。黒は光が届かない地中、死者が赴く黄泉の国をも表します。すなわち黒はキリストの受難と死を表すとともに、救いがない人間の罪、永遠の死を表しています。

 しかしその一方で、黒は再生あるいは新生の色でもあります。古代人は作物の播種を埋葬になぞらえ、死んで埋められた種から新しい芽が誕生する、と考えました。「ヨハネによる福音書」12章 24節によると、イエス・キリストは「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、 一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」と語り給いました。イエスはご自身の言葉の通り、十字架上に受難して死に給い、三日目に復活して死に打ち勝ち給いました。最も考え難い方法で救世が達成され、救いと再生、新生がもたらされたのです。

 したがって本品の十字架において、手足の釘の位置に取り付けられた黒色ガラスは、キリストの受難と死、人間の罪と永遠の死を表すのみならず、救いと再生、新生をも表しています。人間に救いがもたらされたのはキリストの受難によるゆえに、釘の位置の黒色ガラスが両義性を有しても、すなわち「キリストの受難」を表すと同時に「救い」と「新生」を表しても、これら二つの象徴性は互いに矛盾しません。本品の黒色ガラスは、「神の受肉と受難、それによって達成された救世」というキリスト教のミステリウムを、むしろ巧みに表しています。ガラスの個数である「三」は、三位一体のペリコーレーシス(περιχώρησις 相互浸透)を表します。





 コルプスを取り付けた十字架において、交差部はキリストの頭部の位置となります。またこの位置は、十字架形プランのゴシック聖堂において、神の国を象徴するドームが築かれるところでもあります。

 本品の十字架は、交差部に大きな青色ガラスの半球形カボションが嵌め込まれています。キリスト教の象徴体系において、青は知恵の象徴です。ヴルガタ訳「集会書」24章26節は、新共同訳聖書の「シラ書」 24章 19節に当たりますが、この箇所には「われを欲する汝等は皆、われに来(きた)りて、われの産み出すものにて満たされよ」(VENITE AD ME OMNES QUI CONCUPISCITIS ME ET A GENERATIONIBUS MEIS IMPLEMINI)と書かれています。キリスト教の立場からは、「集会書」24章の「我」は知恵(SAPIENTIA)、すなわちイエス・キリストのことと解釈されています。下の絵はフィリッポ・リッピの作品で、イエスを知恵、聖母を知恵の座(セデス・サピエンティアエ)として表現しています。「知恵の座」(上智の座)は聖母の称号のひとつで、ロレトの連祷にも出てきます。


(下) Fra Filippo Lippi (1406 - 1469), Madonna and Child Enthroned with Two Angels, 1437, tempera and gold on wood, Metropolitan Museum of Art, New York




 したがって本品の十字架交差部に嵌め込まれた青色ガラスは、知恵であるキリストの象徴と考えられます。十字架に嵌め込むのであれば、知恵を象徴する青よりも、愛を象徴する赤のほうが相応しいように思えるかもしれませんが、使徒パウロは「コリントの信徒への手紙 一」1章22節から24節において、次のように書いています。

      ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。(新共同訳)


 さらにトマス・アクィナスによると、神の愛と神の知恵はレアリテルに(実体として)区別できません。神において愛と知恵は同じものです。このようなスコラ学的意味においても、至高の愛を象徴する十字架に青色を組み合わせるのは、不整合でも何でもないといえます。

 クール(ハート形)の部分にも青色ガラスが嵌め込まれています。このクールがキリストの聖心だとすれば、十字架の場合と同様に、知恵と分離できない神の愛を表しているといえます。このクールが本品を身に着ける人の心だとすれば、使徒パウロが書いた神の知恵を常に心に抱くように、という意味が籠められていることになります。





 十字架の青色ガラスはゴシック聖堂のドームと採光塔の位置にあり、地上、すなわち本品を身に着ける人の上に注がれる神の愛と恩寵を表すと考えられます。クールの青色ガラスも透明で光を通しますから、こちらも神の恩寵の窓あるいは通り道と考えることができます。

 恩寵の通り道といえば、思い出されるのは聖母マリアです。本品の青色ガラスは花紺青(はなこんじょう)のスマルト(コバルトガラス)であり、シャルトル司教座聖堂に残る十二世紀のスマルト、あるいはかつてカシミールに産した最高級のサファイアを思い起こさせます。わずかにすみれ色がかったスマルトの色は、フランス語で「ブリュ・マリアル」(仏 bleu marial マリアの青)と呼ばれ、聖母を象徴します。

 したがって十字架交差部に嵌め込まれたブリュ・マリアルのカボションは、受難するイエスと共に悲しみ給うマーテル・ドローローサを表します。クールの青色カボションは、マリアの汚れなき御心を表すとともに、マリアに倣う信徒の心をも重層的に表します。





 十字架の裏面には、「アンリ」(Henry)というプレノム(仏 prénom 「姓名」の「名」のほう)だけが、つつましやかに彫られています。





 本品の鎖の長さは、留め金を外して一直線に伸ばして測ると、69センチメートルです。クールの最上部から十字架の下端までの距離は、およそ10センチメーチルです。お好みのサイズに比べて鎖が長すぎる場合は、鎖の途中に環を取り付けるなどして、比較的容易に改造できるでしょう。先の細いペンチかニッパーでクールから鎖を取り外して、伝統的なビジュ・レジオノと同様のリボンに付け替えることもできます。リボンに付け替えれば大幅に軽量化できますし、長さも調整できます。





 本品は三、四十年前のフランスで制作された真正のヴィンテージ品ですが、保存状態は極めて良好です。特筆すべき問題は何もありません。クロワ・ジャネットの面影を濃く留める、フランスならではのビジュ(ジュエリー)であり、フランスのジュエリー職人による再入手不可能な作例です。





28,800円 販売終了 SOLD

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