ピエール=オーギュスト・コット作 「ル・プランタン」(春) 天空に魂を遊ばせる恋人たちのフォトグラヴュール 156 x 256 mm フィラデルフィア、ジョージ・バリー 1882年

Le Printemps / Spring Time


原画の作者  ピエール=オーギュスト・コット (Pierre-Auguste Cot, 1837 - 1883)

版元  フィラデルフィア、ジョージ・バリー (George Barrie, Philadelphia)


画面サイズ  156 x 256 mm



 ピエール=オーギュスト・コットが描いた有名な油彩画「ル・プランタン」(春)に基づいて、フィラデルフィアのジョージ・バリー社が制作した高品質フォトグラヴュール。恋人たちが仲睦まじくぶらんこに乗る様子は、二人の魂が地上の束縛を離れ、天空に遊ぶさまを表しています。




(上) "Le Printemps", 1873, Huile sur toile, 203.2 x 127 cm, the Metropolitan Museum of Art, New York


 ピエール=オーギュスト・コット(Pierre-Auguste Cot, 1837 - 1883)は、いずれも最高の芸術家であるウィリアム・ブグロー(Adolphe William Bouguereau, 1825 - 1905)アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel, 1823 - 1889)の弟子であり、二人の師に劣らない数々の名画を描いています。なかでも 1873年に描いた「ル・プランタン」(「春」)は、1880年に描いた「ロラージュ」(「嵐」)と並んで最もよく知られています。「ル・プランタン」と「ロラージュ」は、いずれもニューヨークのメトロポリタン美術館に収蔵されています。

 「ル・プランタン」と「ロラージュ」はいずれもひと組の恋人を自然の風景のなかに描きます。少年が古代人のような粗衣を着ている点、少女が透明に近い薄絹をまといながらも全裸と変わらない美しい裸体を見せている点、少年が黒髪、少女が金髪である点で、これら二作品は共通しています。





 「ル・プランタン」において、二人の恋人は水辺でぶらんこに乗っています。少女は両腕を少年の肩に回して全身を預け、うっとりとした微笑みを浮かべています。少女の様子からは、少年が好きでたまらないという気持ち、全身全霊を捧げ切った愛が、手に取るように感じられます。少年はというと、彼もまた少女に優しいまなざしを注ぎ、微笑みかけています。一方通行ではない愛の遣り取りは、ふたりの幸福な前途を予感させます。

 画面の左下には、あやめが咲いています。あやめはフランス語で「イリス」(iris)といいますが、これはギリシア語「イーリス」(Ἶρις)に由来します。ギリシア語「イーリス」の原意は「虹」で、天地を繋ぐ伝令の女神の名でもあります。したがって画面に描き込まれたあやめは、「ル・プランタン」のふたりに通い合う愛が不死の神々の天界に繋がり、地上の儚さを超えて続くことを予感させます。

 二人の頭上には二頭の蝶が舞っています。ギリシア語では「息」「魂」を「プシューケー」(Ψυχή)といいます。しかるに蝶が蛹(さなぎ)から羽化する様子は、魂(生命の息)が死者から離脱するさまを思い起こさせるゆえに、蝶もまた「プシューケー」(息、魂)と呼ばれます。「ル・プランタン」において、空中に遊ぶ二頭の蝶は二人の魂です。身体を抜け出た少年と少女の魂が、一組の踊り手のように絡みつつ舞うさまは、惹かれ合う二人の気持ちが一時的な気まぐれでなく、魂同士が通い合う真実の愛であることを示しています。

 空中を舞う蝶は、アモルとプシューケーの物語をも思い起こさせます。「ル・プランタン」の少女が纏う薄絹も、ぶらんこが起こす優しい風に煽られて翻り、優雅に羽ばたく蝶の羽のように見えます。プシューケーは人間の娘でしたが、愛神アモルに見初められ、艱難辛苦の末に幸福を掴んでアモルの妻となります。神の位に上げられたプシューケーは、夫アモルとの間に歓びの女神を生みます。

 ぶらんこの座板は天空を象徴します。それゆえぶらんこの座板に腰掛ける恋人たちの魂は、地上を離れて天上界に遊んでいることがわかります。恋人たちの魂は蝶のように羽ばたいて、重力の束縛を逃れ、春の風に遊んでいるのです。春の蝶のような二人を描くこの作品に、「ル・プランタン」(春)という題は如何に似つかわしいことでしょうか。





 本品の版画技法、すなわち版の制作に使われている技法は、古典的フォトグラヴュールです。これは金属の平版を用いる版画技法で、写真の原理を応用したものですが、明度を無段階に表現する再現性は、写真よりもはるかに優れています。技術的に未発達であった十九世紀の写真は言うに及ばず、デジタルカメラによる現代の写真においても、極端に明るい部分や暗い部分は写真でうまく再現できません。明るい部分は真っ白に色が飛び、暗い部分は真っ黒に潰れてしまいます。これに対してフォトグラヴュールは明暗の階調を、肉眼で見えるとおりに、無段階的に正確に再現します。





 フランス語「フォトグラヴュール」、英語「フォトグラヴュア」は同じ綴りで、グラビア印刷(photogravure)と同じ言葉です。しかしながら現代のグラビア印刷は、ほとんどの場合、輪転機によるオフセット印刷であるのに対して、十九世紀のフォトグラヴュール(フォトグラヴュア)は平版による古典的な版画です。それゆえアンティーク・フォトグラヴュール(古典的フォトグラヴュール)は、現代のグラビア印刷とは比べ物にならない精細度を誇ります。





 フォトグラヴュールのきめ細かさを示すために、本品の一部を拡大します。上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。





 さらに拡大します。拡大倍率はパソコンのモニターの設定により異なりますが、モニターに映った定規の目盛りの間隔が一センチメートルであれば、百倍の面積に拡大されていることになります。面積にして百倍の拡大倍率は、宝石検査用のルーペと同じです。これだけ拡大しても、本品に網点は見えません。古典的フォトグラヴュールに、網点は最初から存在しないのです。





 これと同じ拡大倍率で、同じ面積を撮影した写真。現代のフォトグラヴュア(グラビア印刷)を百倍に拡大すると、このように見えます。サンプルは写真専門の高級誌から採りました。





 写真では分かりづらいですが、本品では「ライス・ペーパー」(英 rice paper)と呼ぶ極薄の東洋紙が台紙に貼り付けられ、フォトグラヴュールはこのライス・ペーパーに刷られています。

 版画の精細度は、版の細密さによると同時に、画像を転写する紙の質にも大きく左右されます。それゆえフォトグラヴュールにはきめの細かな高級紙が使われます。フォトグラヴュールに使われる紙の質を究極まで高めたのが、「シン・コレ」と呼ばれる技法です。「シン・コレ」(chine collé)とはフランス語で「ライス・ペーパー貼り付け技法」というほどの意味です。

 「シン・コレ」においては、サポート(英 support 台紙の役割を果たす厚めの紙)に、ライス・ペーパーを貼り付けます。版画はライス・ペーパーに刷られます。版画を台紙に直接刷らず、ライス・ペーパーを貼り付ける理由は、ライス・ペーパーが西洋紙よりも格段にきめ細かであるからです。ライス・ペーパーによるシン・コレは、古典的フォトグラヴュールが誇る最高度の細密性を、最大限に引き出してくれます。















 本品は無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を施しました。上の写真は二種類の額と三種類の別珍張りマットを使用して撮影しています。額はいずれも木製で、銀色の額の外寸は 31.3 x 40.5センチメートル、金色の額の外寸は 30.5 x 39.5センチメートルです。マットは無酸紙でできています。商品価格にはフォトグラヴュール、額、マット、別珍、工賃、税がすべて含まれます。

 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





額装を含む価格 85,800円 税込み

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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