ジョン・サミュエル・レイヴン作 「森の夕暮れ」 驚異的な細密版画 高名なエングレーヴァーによる再現不可能な名品インタリオ 1874年

Twilight in the Wood


原画の作者 ジョン・サミュエル・レイヴン(John Samuel Raven, 1829 - 1877)

版の作者 チャールズ・カズン(Charles. Cousen, c. 1813 - 1889)


画面サイズ  縦 277 mm  横 154 mm



 森の入り口で物想う女性を描いた美しい作品。暗くなり始めた森の風景と空高く浮かぶ雲の残照が鮮やかなコントラストを示しています。解像度を落とした商品写真では分かりにくいのですが、木々の葉の一枚一枚、小さな草の一本一本まで驚くべき精細さで克明に描かれた作品です。


 日本と違ってヨーロッパでは平地、つまり人間が暮らす領域に深い森があります。しかし森に隣接して暮らしてはいても森と親しんで暮らしているわけではなく、むしろ全てを呑み尽くす海のように広い森と戦い、森に対して常に守勢に立ちつつわずかに開けた帯状の地で細々と生活を営んできたのがヨーロッパ人です。中世以降の歴史で見ると、十世紀末から始まる農業革命で人口が急増し、十三世紀までは大規模な開墾が進みます。しかしながら森が減り過ぎると、豚の飼料であるどんぐりや、薪となる枯れ枝の供給に問題が生じ、狩猟の場も失われます。それゆえ十三世紀末になると大規模な開墾は行われなくなり、さらに十四、五世紀には戦乱が続いたこともあって、森林が再び勢いを盛り返します。人間の領域が再び広がって森に道路が開かれ、旅人の姿が見られるようになるのは十六、七世紀です。森や自然に対する恐怖心が薄れて、「自然に帰れ」(ルソー)という発想が生まれたのは、ようやく十八世紀のことでした。

 ヨーロッパの森は、平地にありながらも人間の世界ではありませんでした。生命の危険なしに入ることができない魔界、狼や人食い鬼、妖精たちの世界だったのです。ヨーロッパから追放されたキリスト教以前のケルトやゲルマンの神々は妖精となって森に逃れ、人々の心の深層に棲み続けました。ヨーロッパの森にはナラの木が多くあり、二千年以上の樹齢を保って二十メートルからときには三十五メートルもの高さに達します。ナラの老樹はキリスト教以前のヨーロッパを知っているのです。このような木々が支配する森の様子を見ると、コナン・ドイルが妖精の実在を信じて研究に没頭したこともうなずける気がします。

 この絵に描かれているのは森の入り口でそれほどの大木も見られませんが、森の奥に入ってゆくと妖精たちの世界が広がっているはずです。女性は焚きつけに使うらしい小枝の束をひざに乗せています。これから夕食の準備をするのでしょう。日常の家事に取りかかる前に、幼い頃に聞かされていた森の妖精の話を思い浮かべているのかもしれません。


《原画の作者について》

 本品「トワイライト・イン・ザ・ウッド」("Twilight in the Wood" 「森の夕暮れ」)の原画を描いたジョン・サミュエル・レイヴン(John Samuel Raven, 1829 - 1877)は、英国国教会司祭の息子として生まれました。父トーマス・レイヴン師は優れたアマチュア画家で、ヴィクトリア・アルバート美術館に十六点の水彩画が収蔵されています。息子のジョンは父から才能を受け継いだのでしょう。

 ジョン・サミュエル・レイヴンは独学で絵を学び、弱冠十六歳であった 1845年に王立アカデミーで風景画作品を展示し、英国協会(the British Institution for Promoting the Fine Arts in the United Kingdom 英国芸術振興協会 1867年に解散)でも展示を行っています。

 「トワイライト・イン・ザ・ウッド」は 1874年のアート・ジャーナルに掲載されました。原画の制作時期は未詳ですが、おそらくその前年あたりでしょう。ジョン・サミュエル・レイヴンによる初期の作品は色調が抑えられていますが、1860年代以降はラファエル前派の影響を受けて輝くように鮮やかな色を使うようになりました。夕暮れの風景を描いた本品も、さまざまな色調の緑、藍、黄、橙、赤が交響曲のように響き合う作品であったに違いありません。


《版の作者について》

 本品はスティール(鋼)によるインタリオ(エングレーヴィング及びッチング)で、版の作者は風景画のエングレーヴァーとして有名なチャールズ・カズン(Charles. Cousen, c. 1813 - 1889)です。チャールズ・カズンは、やはり高名な風景画エングレーヴァーであるジョン・カズン(John Cousen, 1804 - 80)の弟で、年が離れた兄から手ほどきを受けたほか、ティーメ=ベッカー(Thieme-Becker, ThB)によると、フィンデン兄弟(ウィリアム・フィンデンとエドワード・フランシス・フィンデン)からもエングレーヴィングを学んでいます。「ティーメ=ベッカー」は二十世紀前半における最も権威ある画家・版画家事典(Allgemeines Lexikon der Bildenden Künstler von der Antike bis zur Gegenwart, 37 Bände, 1907 - 50)です。

 チャールズ・カズンはバートレット(William Henry Bartlett, 1809 - 1854)の風景画作品を数多く手がけたほか、トーマス・アロム(Thomas Allom, 1804 - 1872)やゲインズバラ(Thomas Gainsborough, 1727 - 1788)、後にはターナー(Joseph Mallord William Turner, 1775 - 1851)の作品も彫っています。本品「トワイライト・イン・ザ・ウッド」("Twilight in the Wood", 1874)と同時期に制作された特筆すべき作品としては、ジョージ・ヴィカット・コウル(George Vicat Cole, 1833 - 1893)による「にわか雨」("Showery weather", 1876)ベンジャミン・ウィリアムズ・リーダー(Benjamin Williams Leader, 1831- 1923)による「ティンタン修道院 ― ワイ川の月あかり」("Tintern Abbey - moonlight on the Wye", 1875)が挙げられます。

 1870年代のチャールズ・カズン作品はエッチングを多用しており、本品「トワイライト・イン・ザ・ウッド」や「ティンタン修道院 ― ワイ川の月あかり」にもその特徴が表れています。エングレーヴァーとしてのキャリアの最後期にあたる 1879年、チャールズ・カズンは再びエングレーヴィングを多用する作風に回帰しました。亡くなる前年である 1888年には、ジェイムズ・クラーク・フック(James Clarke Hook, 1819 -1907)の「人魚を捕らえる」("Catching a mermaid", 1888)を制作しています。


《この版画について》

 本品はスティールのインタリオ(伊 intaglio)で、画面の右側下方に座る女性と画面上部の空をエングレーヴィングで、生きた植物と木柵、岩石をエッチングで制作しています。各部を拡大して観察します。





 女性像は全体がエングレーヴィングで制作されていますが、上の写真では肩から上を拡大しています。写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。

 女性は縦縞の上着を着ています。彫刻刀が溝を刻む力に強弱をつけることで、溝の幅と深さを変化させ、布の縞模様を再現しています。肌の滑らかさを表現するためには、細く浅い溝に、きわめて浅く微小なスティプルを併用しています。スティプルは一ミリメートル四方に数十個が入るほど小さく、これらの点を一定の力で鋼の板に刻むには、たいへんな繊細さと人間離れした集中力が必要です。線と点を併用した部分では、エングレーヴィングの溝と溝の間にできる幅 0.2ミリメートルほどの隙間に、スティプルを等間隔で綺麗に並べています。眉、目、鼻、口はすべて一ミリメートル以下のサイズで、すべてスティプルで表現され、形が美しく整っています。髪の毛は一本ずつ丁寧に彫られています。





 上の写真は画面上方、中央よりも少し右寄りにある喬木(きょうぼく 背が高い木)の、梢(こずえ 枝の先)が空と接する部分です。エングレーヴィングの線と線の間隔は、およそ 0.2ミリメートルです。沈みゆく日の光によって、雲の側面と下面が低い角度から照らされ、明るく輝いています。この明部においてエングレーヴィングの線はほとんど途切れています。

 上の拡大写真を見ればわかるように、空のように広い面積を埋めるエングレーヴィングの線は、端から端まで一本につながっています。途中にある明部においてのみ、線が途切れます。もしも途中に暗部がある場合、線の通るコースはそのままで、太さと深さが増します。暗部を通り過ぎると、線はふったび細くなります。エングレーヴァーは一本の線を引く間に、彫刻刀にかける力を自在に変えることができるのです。





 空には金星が輝いています。金星は光を発する点としてあらわされているので、彫刻刀は鋼板の表面を離れます。ただし彫刻刀を金星において単に浮かし、金星を通り過ぎたときに再び溝を刻めば、金星は円形になりますが、この作品のエングレーヴァー、チャールズ・カズンの彫刻刀は、ここで不規則に上下しています。これは大気の揺らぎ、すなわち金星の瞬きを表現するためです。





 本品における植物の描写は極めて精密かつ正確で、手前の地面に生えていて大きく描かれている植物はもちろんのこと、背景の木々も属や種を特定できます。上の写真の左側に写っている喬木は、トネリコでしょうか。右側に写っているのはシェーヌ(仏 chêne ナラ)でしょう。





 上の写真は、女性の真上にある枝の折れ跡付近です。定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。この部分はエッチングで制作されています。本品のエッチングは極めて細密で、上の部分では一ミリメートルに三本ないし四本の線が入ります。最も暗い部分であっても、黒くベタ塗りした平面とせずに、太い線を密集させています。密集する線の間隔は非常に狭く、多くは百分の数ミリメートル、最も狭い場合は百分の一ミリメートルほどです。





 上の写真は画面の左下部分で、最下部に写っている文字の高さは 1.5ミリメートルです。木の柵が朽ちかけて、苔が生えています。柵に使われている材木の節が同心円で描かれています。円の直径は一ミリメートル未満です。

 アンティーク・エングレーヴィングでは、原画を描いた画家の名前を画面の左下に、版を彫ったエングレーヴァーの名前を画面の右下に記します。原画の画家名に続く PINXT" はラテン語の「ピーンクシット」(PINXIT)を略記したもので、「描いた」という意味です。版画家名に続く "SCULPT" はラテン語の「スクルプシット」(SCULPSIT)を略記したもので、「彫った」という意味です。


《額装について》

 版画は未額装のシートとしてお買い上げいただくことも可能ですが、 当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。下の写真は額装例で、外寸 40 x 31センチメートルの木製額に、緑色ヴェルヴェットを張った無酸マットを使用しています。この額装の価格は 24,800円です。



 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や青、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 アンティーク・インタリオ(エッチング及びエングレーヴィング)の細密さは、原寸大の写真によって再現することができません。コンピューターのモニターで表示するために、版画の全体像を把握しやすいサイズまで画素数を落とすと、細部はすべて失われます。細部がどのように彫られているかを示すためには、版画の数か所を選んで接写し、顕微鏡写真のような拡大写真で示すしかありませんが、拡大写真は現物のサイズとかけ離れています。これに加えて、現物のアンティーク・インタリオは、拡大写真でも判別が困難な細密さを有しており、それらの細部は版画作品の全体を肉眼で見たときの驚くべき写実性に貢献しています。

 私がここに書いていることを理解するには、現物をご覧いただくしかありません。アンティーク・インタリオの現物は写真で見るよりもはるかに美しく、購入された方には必ずご満足いただけます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





インタリオの価格 38,800円 (額装別)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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