シェーヌのシンボリズム
la symbolique du chêne




(上) ヴァンセンヌ(Vincenne イール=ド=フランス地域圏ヴァル=ド=マルヌ県)の紋章をあしらったメダイユ。シェーヌが描かれています。当店の商品です。


 フランス語でシェーヌ (le chêne)、ドイツ語でアイヒェ (die Eiche)、英語でオーク (oak) と総称される樹はブナ科コナラ属に属する喬木(きょうぼく 背が高い木)で、ヨーロッパナラ(Quercus robur)をはじめとする落葉樹のナラ、ハンガリーオーク(Quercus frainetto)をはじめとする落葉樹のカシワ、セイヨウヒイラギガシ(Quercus ilex)をはじめとする常緑のカシなど、複数の樹種を含みます。


 一般に、ある地域における植物相の遷移は、花粉分析によって知られます。花粉は外壁がスポロポレニン(sporopollenin)という強固な高分子でできているため、微化石として遺りやすく、土中から容易に化石を採取できます。特定の地層から採取した土に水を加えて攪拌後に静置するか、遠心分離を掛けて花粉化石を抽出し、植物種ごとの花粉数を数えれば、地層が形成された時代にその地域で優勢であった植物が分かります。

 有史以前のヨーロッパは、ヘーゼルナッツを実らせるセイヨウハシバミ(Corylus avellana)をはじめ、ハシバミ属を主要な樹種とする森に被われていました。やがてナラやニレがハシバミに代わって優勢となり、中世初期からはヨーロッパブナ(Fagus sylvatica ブナ科ブナ属の落葉樹)やモミが加わりました。紀元1000年頃のヨーロッパにおいて優勢な樹種はナラとブナで、地方ごとに特色のある樹種がこれに加わりました(註1)。


 古来シェーヌは強い象徴性を帯びた木として神話や伝承に現れます。すなわちシェーヌは「力」を象徴し、力によって得られる「勝利」、勝利によって得られる「自由」をも表します。さらに「正義」と「平和」の象徴でもあります。


【雷神の属性を象徴する神木シェーヌ】

 シェーヌは喬木であるゆえにしばしば落雷に遭います。しかるに古来あらゆる民族において、稲妻は天上の神と関連付けられてきました。それゆえさまざまな民族において、シェーヌは「雷神の神木」と看做されました。

 たとえばギリシア神話において、ゼウスは手に稲妻(アストラペー ἡ ἀστραπή)の束を持っており、「ゼウス・アストラパイオス」(Ζεὺς ἀστραπαῖος 稲妻を持てるゼウス Aristoteles, "DE MUNDO" 401A 16他)と呼ばれますが、シェーヌは「ゼウスの木」とされています(註2)。ギリシア神話のゼウスはローマ神話においてはユピテルに相当しますが、ユピテルもゼウスと同様にシェーヌを神木とします。

 北欧神話及びゲルマン神話においても、アイヒェ(シェーヌ)は雷神トール (Thor) あるいはドナー (Donnar) の神聖な樹であり、トール(ドナー)に捧げられた神木は「ドナーアイヒェ」(Donnareiche) と呼ばれています(註3)。スラヴ神話の主神であり雷神でもあるペルンもシェーヌを神木としています。

 ギリシア・ローマ神話におけるゼウスとユピテル、スラヴ神話におけるペルンはいずれも最高神ですし、北欧・ゲルマン神話においてトール、ドナーは最も力強くゼウス、ユピテルとしばしば同一視される高位の神です。それゆえにこれらの神に属する神木シェーヌは、「力」「不死」「崇高さ」といった最高神の諸属性を象徴しています。


【堅材ゆえに「力強さ」「堅固さ」を象徴するシェーヌ】

 落雷に遭い易い喬木シェーヌが雷神の諸属性を象徴するのは上述の通りですが、シェーヌが「崇高さ」「力強さ」「堅固さ」等を象徴するのは、見る者に強い印象を与える立派な大木であるからでもあり、またその材がたいへん堅くしっかりしているゆえでもあります。

 シェーヌはラテン語で「ローブル」(ROBUR) といいますが、この語はギリシア語の動詞「ローンニューミ」(ῥώννυμι 強める)と同根です。ラテン語「ローブル」はナラやカシといった堅い木を指すほか、比喩的用法としては物理的ならびに精神的な「堅固さ」「強さ」「力」をも表します。

 「ローブル」の形容詞形「ローブストゥス」(ROBUSTUS, -A, -UM) は、いうまでもなく英語「ロウバスト」(robust 頑丈な、堅固な)、フランス語「ロビュスト」(robuste 意味は英語と同じ)の語源です。


【旧約聖書において天地を繋ぐシェーヌ】

 旧約聖書においても、シェーヌは天地を繋ぐ役割を果たしていることが読み取れます。アブラム(アブラハム)はシケム及びヘブロンにおいて、シェーヌの木があるところにヤーウェの祭壇を築きました。創世記12章6節から7節、及び創世記13章18節には次のように記録されています。

 アブラムはその地を通り、シケムの聖所、モレの樫の木まで来た。当時、その地方にはカナン人が住んでいた。主はアブラムに現れて、言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。」アブラムは、彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた。(創世記 12: 6 - 7 新共同訳)

 アブラムは天幕を移し、ヘブロンにあるマムレの
樫の木のところに来て住み、そこに主のために祭壇を築いた。(創世記 13: 18 新共同訳)

 創世記のこれらの箇所において、シェーヌ(樫の木)は天と地、あるいは神と人を結ぶ軸として機能しています。(註4)


 ヨシュア記24章には、ヨシュアがイスラエルの全部族をシケムに集めて、外国の神々を棄ててヤーウェのみに仕えるように諭し、民と契約を結んでおきてと定めを律法の書に記したことが記録されています。このときヨシュアは樫の木の下に大きな石を立てて、契約の記念としました。同書24章25節から27節を口語訳により引用します(註5)。

 こうしてヨシュアは、その日、民と契約をむすび、シケムにおいて、定めと、おきてを、彼らのために設けた。ヨシュアはこれらの言葉を神の律法の書にしるし、大きな石を取って、その所で、主の聖所にあるかしの木の下にそれを立て、ヨシュアは、すべての民に言った、「見よ、この石はわれわれのあかしとなるであろう。主がわれわれに語られたすべての言葉を、聞いたからである。それゆえ、あなたがたが自分の神を捨てることのないために、この石が、あなたがたのあかしとなるであろう」。(口語訳)


 旧約聖書におけるこれらの記述により、シェーヌは神の「力」と「義」、さらに神との「平和」を表します。


【古代ローマにおけるシェーヌ】

 古代ローマにおいて、ローマ市民である軍人を敵から救った軍人には、「コロナ・キーウィカ」(CORONA CIVICA 「市民の冠」)等の名前で呼ばれるシェーヌの冠が与えられました。「コロナ・キーウィカ」と「コロナ・グラーミネア」(CORONA GRAMINEA 草の冠)は、ローマ軍人にとって至上の栄誉でした。これらの冠については、別ページの解説「古代ローマのコロナ・キーウィカ」をご覧ください。




註1 たとえば北欧やアルプスのモミ、南欧のマツなど。

註2 下に示したコッレジオ (Antonio Allegri da Correggio, 1489 - 1534) の作品「ゼウスとイオ」において、ゼウスは妻ヘラの侍女(巫女)であるイオを犯しています。妻の目を盗んでイオと密通するゼウスは雲のような姿で表されていますが、雲の間にはその正体を示すシェーヌが見え隠れしています。

(下) Corregio, "Zeus und Io", c. 1530, Öl auf Leinwand, 162 x 73.5 cm, das Kunsthistorische Museum, Wien




 現在のアルバニア南部からギリシア北部にまたがる地方は、かつてエーペイロス Ήπειρος (エーピルス Epirus)と呼ばれていました。エーペイロスにはゼウスと女神ディーオーネー (Διώνη) の神託所「ドードーネー」(Δωδώνη) があり、シェーヌが植わっていました (Herodotus, "HISTORIA" II, 55)。またローマのカピトリウムにあったユピテルの神域にもシェーヌが植わっていました。

 下の写真は紀元前332年頃のスタテール銀貨で、一方の面にゼウス・ドードーナイオス (Ζεὺς Δωδωναῖος ドードーネーのゼウス)の横顔、もう一方の面にエーペイロスの王「ネオプトレモスの子アレクサンドロス」の名を刻んでいます。ゼウス・ドードーナイオスはシェーヌの冠を被っています。




註3 ウェセックス生まれの聖ボニファティウス (St. Bonifatius, 672 - 754) はフランク族の間で精力的に宣教を行ない、「ドイツ人の使徒」と呼ばれる聖人ですが、723年、現ドイツ中部のフリッツラー(Fritzlar ヘッセン州シュヴァルム=エーダー郡)においてトールに捧げられた聖なるシェーヌ、「ドナーアイヒェ」を伐り倒し、この地域のキリスト教化を進めました。

 聖ボニファティウス伝によると、聖人が「ドナーアイヒェ」の伐採を始めてもトールの稲妻に打たれるようなことは起こらず、却って突然の強風が「ドナーアイヒェ」を倒し、これを見たフランク人たちはすぐにキリスト教に改宗しました。


(下) ドナーアイヒェを伐り倒す聖ボニファティウス。19世紀のインタリオ。




註4 上記二箇所の「樫の木」は、七十人訳では「ドリュース」(ἡ δρῦς) と訳されています。「ドリュース」の原意は「樹木」ですが、特にシェーヌを指します。

註5 口語訳テキストで「かしの木」となっている箇所は、新共同訳では「テレビンの木」となっています。七十人訳と新共同訳の該当箇所を示します。

    25 καὶ διέθετο Ἰησοῦς διαθήκην πρὸς τὸν λαὸν ἐν τῇ ἡμέρᾳ ἐκείνῃ καὶ ἔδωκεν αὐτῷ νόμον καὶ κρίσιν ἐν Σηλω ἐνώπιον τῆς σκηνῆς τοῦ θεοῦ Ισραηλ   その日、ヨシュアはシケムで民と契約を結び、彼らのために掟と法とを定めた。
    26 καὶ ἔγραψεν τὰ ῥήματα ταῦτα εἰς βιβλίον νόμον τοῦ θεοῦ καὶ ἔλαβεν λίθον μέγαν καὶ ἔστησεν αὐτὸν Ἰησοῦς ὑπὸ τὴν τερέμινθον ἀπέναντι κυρίου   ヨシュアは、これらの言葉を神の教えの書に記し、次いで、大きな石を取り、主の聖所にあるテレビンの木のもとに立て、
    27 καὶ εἶπεν Ἰησοῦς πρὸς τὸν λαόν ἰδοὺ ὁ λίθος οὗτος ἔσται ἐν ὑμῖν εἰς μαρτύριον ὅτι αὐτὸς ἀκήκοεν πάντα τὰ λεχθέντα αὐτῷ ὑπὸ κυρίου ὅ τι ἐλάλησεν πρὸς ἡμᾶς σήμερον καὶ ἔσται οὗτος ἐν ὑμῖν εἰς μαρτύριον ἐπ᾽ ἐσχάτων τῶν ἡμερῶν ἡνίκα ἐὰν ψεύσησθε κυρίῳ τῷ θεῷ μου (LXX)   民全員に告げた。「見よ、この石がわたしたちに対して証拠となる。この石は、わたしたちに語られた主の仰せをことごとく聞いているからである。この石は、あなたたちが神を欺くことのないように、あなたたちに対して証拠となる。」(新共同訳)

 旧約聖書に登場する「テレビンの木」とは、互いに近縁種であるウルシ科の二樹種、テレビンノキ (Pistacia terebinthus) 及び セイチノウコウ (Pistacia palaestina) のことです。ブナ科の「シェーヌ」とウルシ科の「テレビンの木」は分類学上まったく異なる植物ですが、両者は混在して生えており、外見も似ています。ヨシュア記の上記テキストにおいて、該当箇所のへブル語がシェーヌを指すのかテレビンの木を指すのかは判然としません。

 なお溶剤として有用なテレビン油は現在ではマツ科の樹木から採取されていますが、もともとテレビンノキから採取されていました。テレビンノキ及びセイチノウコウは、ピスタチオ (Pistacia vera) と同じくウルシ科カイノキ属に属します。



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