リチャード・ダッド作 「パックと妖精たち」 直径 210 mm W. M. ・ライザーズによる細密インタリオ エングレーヴィングを多用した幻想的な名品 1864/1872年

Puck and the Fairies


原画の作者 リチャード・ダッド (Richard Dadd, 1817 - 1886)

版の作者 W M. リザーズ (W. M. Lzars, fl. 1860 - 1882)


円形画面の直径 210 mm



 イギリスのエングレーヴァー、W M. リザーズが、1864年に制作したインタリオ、「パック・アンド・ザ・フェアリーズ」(英 "Puck and the Fairies" 「パックと妖精たち」)。版画の原画となっているのは、シェイクスピアの喜劇「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」(A Midsummer Night's Dream 夏至の夜の夢)に取材して、イギリスの画家リチャード・ダッドが 1841年に描いた作品です。

 「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」第二幕第一場では、アセンズ(英 Athens アテネ、アテーナイ)の大公シーシュウス(Theseus, Θησεύς テーセウス)の森で、いたずら者のパックが仙女に出会いますが、このとき仙女はひとりです。第二幕第二場では眠ろうとするタイタニアのために多数の妖精たちが歌いながら輪になって踊りますが、このときパックは舞台に登場していません。したがってこの作品は「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」第二幕第一場と第二場に基づきつつも、同作品のテキストに厳密に従わず、自由な想像を膨らませて描かれていることがわかります。

 第二幕第一場、パックと仙女が出会う場面のあとすぐに、妖精の王オーベロンと女王タイタニアが舞台に登場し、言い争いを始めます。タイタニアが立ち去るとオーベロンはパックを呼び寄せて、タイタニアを懲らしめるため、また人間の若者デメトリアスとヘレナを相思相愛にするために、「浮気草」(love-in-idleness)を取ってくるように命じます。眠っている間に浮気草の汁をまぶたに塗られたタイタニアは、素人演劇「ピラマスとシスビー」の練習をするために森に来ていた間抜けな職人ボトムに熱烈な恋をし、またパックがデメトリアスに塗るべき汁を間違えて別の若者に塗ったために二組の若者カップルの間柄が混乱しますが、最後はすべてうまくおさまって、ハッピー・エンドになります。




(上) Richard Dadd, "Puck and the Fairies", 1841, Oil on panel, diameter 58 cm, private collection


 ミッドサマー・ナイトとはミッドサマー・デイ(夏至、聖ヨハネの日)の前夜を指します。「聖ヨハネの日」としてキリスト教化される以前、夏至は地母神の祭日であって、植物の妖精たちが一年で最も活発に活動し、薬草の効き目も最も強くなる日でした。

 ミッドサマー・ナイトが結婚すなわち子孫繁栄に結び付けられるのは、夏至がナ―トゥーラ(羅 NATURA 生み出す力)の祭日であるからです。夏至の前夜、娘達は花輪で身を飾り、またその花輪を川や湖に浮かべて結婚の運勢を占い、未婚の男女が聖ヨハネのかがり火の周りに集まって夜が明けるまで踊りました。聖ヨハネの日の朝露は病気を治す魔法の力を持っているとされていました。


《妖精とパックについて》

 妖精は「フェアリー」(英 fairy)の訳語ですが、英語「フェアリー」はフランス語「フェリー」(faerie)を借用したものです。フランス語「フェリー」から集合名詞の語尾「リー」(-rie)を除いて得られる語幹「フェエ」(fae)は古フランス語で個々の妖精を指し、現代フランス語では "fée" と綴られます。古フランス語「フェエ」(fae)の語源は、ラテン語の形式所相動詞「フォル」(FOR, FARI, FATUS SUM)の完了分詞中性複数対格形「ファータ」(FATA 言った事ども)で、これは「フォル」からできた第四変化の行為名詞「ファートゥス」(FATUS, US, m.)と同様に、神託、預言、運命を表します。要するにフェアリーは人間の運命に対して支配力、影響力を有するデーモンのような存在です。シェイクスピア以前の妖精は、薄気味悪い妖怪のようなものと考えられていました。妖精が親しみやすく愛らしい姿で思い描かれるようになったのは、シェイクスピア作「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」の強い影響によります。

 「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」において、シェイクスピアは「パック」(Puck)とも呼ばれる「ロビン・グッドフェロー」(Robin Goodfellow)を登場させています。「ロビン・グッドフェロー」はその名前とは裏腹に、フェアリーよりも品位が落ちて、ときに邪悪にふるまうこともある妖怪のような存在です。イギリスの「ロビン・グッドフェロー」はドイツの「クネヒト・ルプレヒト」(Knecht Ruprecht 下男のルプレヒト)に相当します。「ルプレヒト」(Ruprecht)は「ルパート」(Rupert)の異形で、英語の「ロバート」に相当します。「ロバート」の愛称「ロブ」が訛ると「ホブ」になります。「ホブ・ゴブリン」(Hob Goblin)、つまり「怪物ホブ(ロバート)」は、「ロビン・グッドフェロー」の別名です。

 ただしシェイクスピアは「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」において、妖精たちのイメージを愛すべき存在に変えたのと同様に、パック(ロビン・グッドフェロー、ホブ・ゴブリン)も無害化して、おっちょこちょいの剽軽者として描いています。「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」では「パック」と「ロビン」の両方の名前が使われていますが、「ロビン」の名前で登場するときのパックは、いたずら者として描かれます。第二幕第一場の冒頭で、仙女と言葉を交わすパックは、ロビンの名で登場しています。


《原画の作者及び版の作者について》



(上) Richard Dadd, "Titania Sleeping / Titania Endormie", c. 1841, Huile sur toile, 65 x 78 cm, Musée du Louvre, Paris


 本品の原画を描いたリチャード・ダッド (Richard Dadd, 1817 - 1886)はオリエンタリズム絵画、及びシェイクスピア等に取材した超自然的存在の絵を得意としたイギリスの画家です。豊かな才能を有しながら二十五歳で双極性障害を発症し、二十六歳になって直後に自分の父を突然襲撃、殺害しました。このため六十九歳で没するまで、成人期のほとんどを精神病院に隔離されて過ごしましたが、病院では絵を描くことを許されており、顧客に売ることを一切考慮せず、好きな絵を好きな方法で描くことができました。リチャード・ダッドの作品は優れた出来栄えで、個人のコレクターが所蔵するのみならず、大英博物館やテート・ブリテンにも収蔵されています。

 「パックと妖精たち」はリチャード・ダッドが発狂前に描いた最初期の作品のひとつで、ルーヴル美術館に収蔵されている「眠るタイタニア」("Titania Sleeping / Titania Endormie", c. 1841, Huile sur toile, 65 x 78 cm, Musée du Louvre, Paris)と一組にして、1841年の王立アカデミー夏期展覧会で発表されました。「パックと妖精たち」は個人蔵ですが、「眠るタイタニア」や、翌年の夏期展覧会出品作「この黄色い砂浜に来て」("Come unto these yellow sands", 1842)と並ぶ初期の名作です。

 インタリオの版を制作したW M. リザーズ (W. M. Lizars, fl. 1860 - 1882)は人物画と歴史画を得意とするエングレーヴァーです。「ジ・アート・ジャーナル」("The Art Journal"には、1860年から 1882年までの間に四作品を発表しており、1864年に発表された本品は、そのうちの第二作に当たります。1864年は、リチャード・ダッドがロンドンのベドラムからバークシャーのブロードムア病院に移送された年です。


《この版画について》




 ハラタケ目をはじめ、傘状に開くキノコのことを、英語で「トウドストゥール」(英 toadstool 「ヒキガエルの腰掛」の意)と呼びます。パックがトウドストゥールに腰かけた構図を描いたのはサー・ジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds, 1723 - 1792)が最初で、リチャード・ダッドはレノルズ卿に倣ってこの絵を描いています。キノコを取り巻いて歌い踊る妖精たちは、男女が交互に配置され、手を取り合っています。

 妖精たちはかなりの速さで走っているらしく、髪が後ろになびいています。彼らを見下ろして微笑むパックは幼児の姿で描かれていますが、表情は大人びています。

 月は弦月ですが、月光が当たる部分はかなり明るく、妖精たちは草の上に小さな影を落としています。月光が当たらない草の葉の裏側はエングレーヴィングの太い溝に多量のインクが入って、暗くなっています。しかしながら月光の中の蔭は、月光と同じような艶を以て黒く光っているように見えます。





 ラテン語には「黒い」という意味の形容詞に「アーテル」(羅 ATER)と「ニゲル」(羅 NIGER)のふたつがあります。「アーテル」はギリシア語「アイトー」(希 αἴθω 燃える)や「アイテール」(希 αἰθήρ 火が燃える天上界、第五元素)と同根で、燃え残りのように艶の無い黒を意味します。「アーテル」という形容詞が表すのは、光の欠如にすぎません。光が射し込まないアートリウム(羅 ATRIUM)の薄暗さが、「アーテル」です。「アーテル」の暗さには実体がありません。「アーテル」は「アルブス」(羅 ALBUS)の対語です。これに対して「ニゲル」という形容詞は、黒貂(くろてん セーブル)の毛皮のように輝く黒を表します。「ニゲル」の黒は実体に裏打ちされています。「ニゲル」は「カンディドゥス」(羅 CANDIDUS)の対語です。「カンディドゥス」は「白い」という意味の形容詞ですが、この語は動詞「カンデオー」(羅 CANDEO 輝く)に由来し、実体から輝き出る白さを表します。したがってその対語である「ニゲル」もまた実体から輝き出る黒さを指します。

 妖精はキリスト教によって森に追放されたケルトの神々です。キリスト教が白昼の世界に属する一方、森に逃れたケルトの神々は夜の世界に属します。キリスト教に抑圧されたケルトの神々は、消滅せずに実体を保ち、森の中、夜の世界で生きています。この版画では、月光に照らされた部分のみならず、陰翳部分の黒までもが輝いて見えます。そのように見える理由は、夜の世界のすべてが、すなわち月光に照らされた部分と照らされていない部分の両方が、今なお失われないケルトの心性のなかで生命を保っているからに他なりません。

 白昼の世界に属するキリスト教のなかでも、その極致というべき天国を、ダンテは「神曲」天国篇第三十一歌において、「カンディダ・ローザ」(candida rosa 純白の薔薇)と歌いました。天上界で輝く白薔薇、カンディダ・ローザに対置されるのが、地上界でパックが座っているトウドストゥールや、夜露に濡れた草花です。対置されると言っても、そこには光が無いとか、幸福が無いとか、実体が欠如しているという意味ではありません。妖精たちが踊る夜の暗さは、光が欠如した「アーテル」ではなく、黒く輝く「ニゲル」なのです。

 本品の実物をご覧いただくと、葉の裏側が黒く輝いて見えます。リチャード・ダッドの「パックと妖精たち」が描き出すケルトの生命は、輝く黒のエングレーヴィングになることで、絵空事ならざる実体性をいっそう露わにしています。





 パックの背後には弦月が明るく輝いています。リチャード・ダッドは月を夜空の高みに置かず、敢えてパックと重ねることで、パックの魔力と月の魔力を同一化して描いています。

 月には豊穣あるいは子孫繁栄をもたらす魔力があって、シーシュウスとヒポリタ、二組の若者カップル、オーベロンとタイタニアに結婚と仲直りをもたらします。実際「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」の冒頭で、シーシュウスとヒポリタは次のように語ります。日本語訳は筆者(広川)によります。


     「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」 第一幕 第一場 一行から十行
         
     THESEUS    シーシュウス 
       Now, fair Hippolyta, our nuptial hour
Draws on apace. Four happy days bring in
Another moon. But oh, methinks how slow
This old moon wanes! She lingers my desires,
Like to a stepdame or a dowager
Long withering out a young man's revenue.
     さて麗しのヒポリタよ。我らが婚礼のときは
刻々と近づいている。うれしき四日が経てば
ふたたび新月となる。ああ、しかし、余は
古き月が欠けるのを待ちきれぬ。月は望みの叶うを遅らせている。
まるで継母や未亡人が
長く生きつつ、若者の財産を減らしてゆくように。
             
     HIPPOLYTA    ヒポリタ 
       Four days will quickly steep themselves in night.
Four nights will quickly dream away the time.
And then the moon, like to a silver bow
New bent in heaven, shall behold the night
Of our solemnities.
     四つの昼はすぐに四つの夜となり、
四つの夜は、夢のごとくに、時をすぐに過ぎ去らせます。
そうすれば月が、銀の弓のように
撓(たわ)みつつ天に懸かり、
厳かなる我らが結婚の証人となってくれましょう。
             
             
 少し後の箇所でタイタニアが歌うように(第二幕第一場、百三行から百五行)、月は潮の干満を司(つかさど)ります。これは月が人間を含めた自然界に作用するということですが、逆に言えば、妖精たちは月の支配を受けません。第二幕の冒頭では、ロビン・グッドフェロー(パック)に出くわす仙女が、次のように歌っています。日本語訳は筆者によります。
             
             
   「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」 第二幕第一場 二行から七行
             
     FAIRY    仙女
        Over hill, over dale,
Thorough bush, thorough brier,
Over park, over pale,
Thorough flood, thorough fire.
I do wander everywhere
Swifter than the moon's sphere.
      丘を越え、谷を越え、
繁みをくぐり、茨をくぐり、
囲いを越え、柵を越え、
大水をくぐり、火をくぐり、
わたしはどこに行くときも
丸い月より素早いの。


 わたしは「月よりも素早い」(Swifter than the moon's sphere)という言葉は、妖精たちが、自然物や人間とは違って、月の魔力に影響されないことを歌っています。それゆえ「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」において、三組の人間(シーシュウスとヒポリタ、及び二組の若者カップル)の結婚に加え、オーベロンとタイタニアの仲直りをも月光の下に描いたシェイクスピアは、月の魔力を最大限に強調していることが分かります。月は決して単なる舞台背景ではなく、むしろ「ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」の隠れた主役とさえ言えるでしょう。 





 リチャード・ダッドによるこの作品を見て、低い月の位置から気付くもう一つのことは、作品に描かれた光景の時刻が、夜になって月が昇り始めたか、あるいは月が沈みかけてもうすぐ朝が来るのか、いずれかの頃合いであることです。言いかえればリチャード・ダッドは月を低い位置に大きく描き、妖精が支配する夜の世界と、理性が支配する昼の世界の区切りとしています。


 東西の文学作品において、此岸の場面と彼岸の場面が切り替わるときに、しばしば月が登場します。本品「パック・アンド・ザ・フェアリーズ」(英 "Puck anf the Fairies")を見て、筆者は「源氏物語」十三帖「明石」を思い浮かべました。光源氏は須磨の浦で大嵐に遭いますが、嵐が収まりかけたときに懐かしい父桐壺院の亡霊に会います。父の霊が立ち去った後、名残を惜しんで悲しむ光源氏が泣き濡れた面(おもて)を上げると、あたりは人影もなく、ただ月だけが煌々と照り映えていました。桐壺院が現れて光源氏に語り掛け、現実に戻った光源氏が父を思う場面を、大島本によって引用します。現代語訳は筆者(広川)によります。文意を通じやすくするために補った語句は、ブラケット [ ] で囲いました。


   源氏物語 十三帖 「明石」より
         
      ひねもすにいりもみつる雷の騷ぎに、さこそいへ、いたう困じたまひにければ、心にもあらずうちまどろみたまふ。かたじけなき御座所なれば、ただ寄りゐたまへるに、故院、ただおはしまししさまながら立ちたまひて、

 「など、かくあやしき所にものするぞ」

 とて、御手を取りて引き立てたまふ。
    そうは言うものの、雷の大きな音が一日じゅう乱れ鳴って、光源氏はたいへん苦しまれたので、しばらくの間、思わず浅くお眠りになる。いまいらっしゃるのが畏れ多い御座所(ござどころ 天皇の居られる所)であるゆえに、光源氏は横にならずに壁にもたれておられたのだが、亡くなった先帝が生前の御姿そのままにお立ちになり、

 「なぜそのような所にいるのか」

 とおっしゃり、光源氏の手を取って、立たせ給う。
   
 「住吉の神の導きたまふままには、はや舟出して、この浦を去りね」

 とのたまはす。いとうれしくて、

 「かしこき御影に別れたてまつりにしこなた、さまざま悲しきことのみ多くはべれば、今はこの渚に身をや捨てはべりなまし」

 と聞こえたまへば、
 
 「住吉の神がお導きになる通りに、速い船を出して須磨の浦から出てゆきなさい」

 と、先帝の亡霊はおっしゃる。光源氏はたいへんうれしくて、

 「お父様にお別れをして以来、いろいろと悲しいことばかりが多くございましたので、いまこの海辺に、きっと我が身を捨ててしまいましょう」

 とおっしゃる。すると先帝は
   
 「いとあるまじきこと。これは、ただいささかなる物の報いなり。我は、位に在りし時、あやまつことなかりしかど、おのづから犯しありければ、その罪を終ふるど暇なくて、この世を顧みざりつれど、いみじき愁へに沈むを見るに、堪へがたくて、海に入り、渚に上り、いたく困じにたれど、かかるついでに内裏に奏すべきことのあるによりなむ、急ぎ上りぬる」

 とて、立ち去りたまひぬ。
 
 「そんなことをしてはいけない。こうなったのは、小さなことが引き起こした結果なのだ。わたしは天皇の位にあったときに過ちを犯すことは無かったが、意図せずに犯した過ちがあったので、それを償い終わるだけの時間も無く、生きている人の世に注意を向けることも無かった。しかしお前が深い悩みに沈むのを見て我慢ができず、海に入り、渚に上がってやってきたのだ。わたしは[この世に戻ることで]たいへん疲れてしまったが、この好機に宮廷に申し上げることもあるから、急いで上洛してしまおう」

 と仰り、立ち去ってしまわれた。
   
 飽かず悲しくて、「御供に参りなむ」と泣き入りたまひて、見上げたまへれば、人もなく、月の顔のみきらきらとして、夢の心地もせず、御けはひ止まれる心地して、空の雲あはれにたなびけり。
 
 光源氏は亡き父帝への愛慕が尽きず、悲しくて、「父上とご一緒に、私も参りましょう」と泣いてしまわれた。顔をお上げになると、そこには誰一人おらず、月の面(おもて)だけがきらきらと輝いている。先ほどの出来事が夢であったとも思えず、先帝のおられる気配が残っているような気がする。空には雲が美しくたなびいている。
         
       年ごろ、夢のうちにも見たてまつらで、恋しうおぼつかなき御さまを、ほのかなれど、さだかに見たてまつりつるのみ、面影におぼえたまひて、「我かく悲しびを極め、命尽きなむとしつるを、助けに翔りたまへる」と、あはれに思すに、「よくぞかかる騷ぎもありける」と、名残頼もしう、うれしうおぼえたまふこと、限りなし。

 胸つとふたがりて、なかなかなる御心惑ひに、うつつの悲しきこともうち忘れ、「夢にも御応へを今すこし聞こえずなりぬること」といぶせさに、「またや見えたまふ」と、ことさらに寝入りたまへど、さらに御目も合はで、暁方になりにけり。
    ここ数年、夢の中でもお目に懸かることがなく、恋しく、もどかしく思っているご様子を、ぼんやりとではあるが確かに拝見した。このことだけでも、あたかもそこにおられる御姿のように思われて、「わたしはこのように深い悲しみのうちにあり、命も尽きてしまおうとしていたのに、私を助けるために[常世(とこよ)から]翔けて来てくださったのだ」と有難く思い、「よくぞこのような嵐があってくれたものだ」と、先帝が残された気配を限りなく頼もしいものに、また嬉しいものに思い給う。

 [先帝の亡霊にお目にかかれたいま、]光源氏は急に胸が苦しくなり、却って心が惑い、自身が現に置かれている悲しい境遇も忘れて、「夢であったとしても、もう少しきちんとお答え申し上げずにいてしまったことよ」と心が晴れず、「[夢の中に]また現れてくださるだろうか」とお考えになるが、再び眠ることもできず、明け方になてしまった。


 月に関して平安朝の文学からもうひとつ引用すれば、清少納言は「枕草子」二百七十一段で次のように言っています。現代語訳は筆者(広川)によります。


   「枕草子」 二百七十一段   
         
      月のあかき見るばかり、遠く物思ひやられ、過ぎにし事、憂かりしも、嬉しかりしも、をかしと覺えしも、只今のやうに覺ゆる折やはある。     月が明るいのを見るほど、遠いことが思い遣られることは無い。過ぎてしまったことが、嫌だったことも、嬉しかったことも、面白いと思われたことも、たったいま起こったことのように思われるときがある。


 平安朝の文学とシェイクスピアの間に直接的な関係はありませんが、月の光が幽明を隔て、あるいは遠く過ぎ去ったことを思い起こさせるのは、地域と時代に広く共通する感情であろうと思われます。キリスト教に追われて森に逃げ込んだ古代異教の神々を、後の人にはっきりと思い起こさせるのは、月光に備わった特別な力です。リチャード・ダッドは月光が有するこの力を本能的に感じ取り、パックと重ねて月を大きく描いたのだと、筆者は考えています。





 今宵は風がない静かな夜で、草の葉からは宝石のように光る露が下がっています。草の葉に開いた孔からは、柔らかな月の光が射し込んでいます。

 上下の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。妖精たちの顔はそれぞれ直径二ないし三ミリメートルに収まりますが、一人ひとりの顔立ちが区別できるだけでなく、楽しげな表情までもが活き活きと再現されています。リチャード・ダッドは常人の目から見れば信じがたいほど細密な絵を描く人ですが、本品のエングレーヴァー、W. M. リザーズはリチャード・ダッドの画風を完全に再現しています。





 これほど細密な絵を再現するには、エッチングよりもエングレーヴィングが適しています。W. M. リザーズは一ミリメートルあたりおよそ五本の溝を刻み、一辺 0.2ミリメートルほどの菱形の中心に一つずつスティプル(点)を打って、適切な水準まで明度を落としています。





 パックの体も全面的にエングレーヴィングで彫られています。しかしながら大きく拡大した上の写真が示しているように、W. M. リザーズはほとんどの部分においてインタリオの溝を長く伸ばしていません。肉眼で見れば実線状の一本の溝と見えますが、大きく拡大すると、0.2ミリメートル」ないし 0.3ミリメートルずつの長さに、溝が途切れていることがわかります。短い溝と溝の間は、0.1ミリメートル未満の距離まで接近しています。

 W. M. リザーズがこのような彫り方をしている理由は、短い溝と溝の間に肉眼で検知できないほどの隙間(白く途切れた部分)を入れることで、肌にふさわしい温かみが出るからです。同じインタリオでも、パックの髪は途切れない溝で彫られていますが、これは肌の場合とは逆に硬質の輝きを表現するためです。ここで私が「輝き」と言うのは明度のことではなく、硬質の質感を指しています。途切れないエングレーヴィングの溝は、髪の艶を表現するのにたいへん適しています。





 月光を受けて光る植物の艶は、直線状の溝で表されています。草の露も暗部は途切れない直線で描かれます。





 上の写真は夜空に雲が懸かった部分です。定規のひと目盛りは一ミリメートルです。


 アンティーク・エングレーヴィングの細密さは、原寸大の写真によって再現することができません。コンピューターのモニターで表示するために、版画の全体像を把握しやすいサイズまで画素数を落とすと、細部はすべて失われます。細部がどのように彫られているかを示すためには、版画の数か所を選んで接写し、顕微鏡写真のような拡大写真で示すしかありませんが、拡大写真は現物のサイズとかけ離れています。これに加えて、現物のアンティーク・エングレーヴィングは、拡大写真でも判別が困難な細密さを有しており、それらの細部は版画作品の全体を肉眼で見たときの驚くべき写実性に貢献しています。

 私がここに書いていることを理解するには、現物をご覧いただくしかありません。アンティーク・エングレーヴィングの現物は写真で見るよりもはるかに美しく、購入された方には必ずご満足いただけます。





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