紫のエマイユによる聖クリストフと幼子イエス 厚い革製台座付プラケット 37 x 26 mm フランス 二十世紀中頃
金属製プラケットのサイズ 縦 26.5 x 横 17.5 mm
長方形の革製台座のサイズ 縦 37 x 横 26 mm (突出部分を除く)
金属製プラケットと革製台座を合わせた全体の厚み 8 mm
フランス 1930 - 50年代
今からおよそ六十年ないし八十年ほど前のフランスで制作されたのプラケット(仏 plaquette 四角いメダイ)。サン・クリストフ(仏 st.
Christophe 聖クリストフォロス、聖クリストファー)の金属製プラケットを、厚みのある革製台座に取り付けています。全体の厚みは約八ミリメートルです。
悪しき死(突然の死)から守ってくれる守護聖人、サン・クリストフのプラケットは、あたかも事故除けの護符のように、自転車や自動車に取り付けられることが多くありました。本品もおそらくそのように使われた品物で、もともとは自動車用のポルト・クレ(キー・ホルダー)であろうと思われます。
長方形と半円を組み合わせたプラケットの形は、聖堂のアプス(仏 apse 後陣)を思わせます。プラケットはブロンズ製ですが、銀色のめっきが施されています。プラケットには、幼児を肩に乗せて川を渡る
聖クリストフ(聖クリストフォロス、聖クリストファー)の姿が浮き彫りで表され、紫色の半透明ガラスを被せて
エマイユ・シュル・バス=タイユ(仏 l'émail sur basse-taille)としています。
本品の図像にはアール・デコの影響が見られ、荒れ狂う元素、すなわち風と水を相手に戦うクリストフの描写に幾分の写実性を残しつつも、水面(みなも)の波は顕著に様式化されています。このため風に翻(ひるがえ)るクリストフの衣にも関わらず、静謐さを感じさせる画面となっています。
幼子イエスを肩に乗せて渡河するクリストフの姿は、十三世紀の聖人伝
「レゲンダ・アウレア」("LEGENDA AUREA") に収録された伝承を基にしています。同書によると、大男である武人クリストフは世界で最強の君主に仕えることを望み、まずはじめに、最強と思われるカナンの王に仕えました。しかしながら王が悪魔を恐れていることがわかったので、次に悪魔の家来になりました。やがて悪魔が神を恐れていることを知ると、神に仕えることを望みましたが、どうすれば神に出会えるかがわかりません。隠者に相談したところ、人を背負って深い川を渡す仕事をすれば神に出会える、と教えられました。ある日小さな男の子が現れて、向こう岸に渡してくれるようにと頼まれたクリストフは男の子を肩に乗せて運び始めますが、途中で男の子が非常に重くなり、やっとの思いで向こう岸にたどり着きました。男の子は世界を創ったキリストで、世界よりも重かったのです。クリストフはこうして神と出会い、神に仕える者となりました。
上の写真はアルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer, 1471 - 1528)が 1511年に制作した
ウッド・エングレーヴィングで、大英博物館に収蔵されています。中央に大きく描かれているのはキリストとクリストフですが、向かって右側の岸辺には隠者の姿が見えます。隠者が手にするランプは「知恵」の象徴であり、「ロゴス」(希
λόγος ことば)の象徴でもあります。「知恵」あるいは「ことば」とはイエス・キリストのことに他なりませんから、ランプを手にした隠者の姿は、キリストを背負ったクリストフの姿と同じ象徴的意味を有します。「ヨハネによる福音書」
一章一節から五節を引用します。ギリシア語原文はドイツ聖書協会のネストレ=アーラント二十六版、日本語は新共同訳によります。
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Nestle-Aland 26 Auflage |
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新共同訳 |
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Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.
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初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。 |
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οὗτος ἦν ἐν ἀρχῇ πρὸς τὸν θεόν. |
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この言は、初めに神と共にあった。 |
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πάντα δι' αὐτοῦ ἐγένετο, καὶ χωρὶς αὐτοῦ ἐγένετο οὐδὲ ἕν. ὃ γέγονεν |
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万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。 |
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ἐν αὐτῷ ζωὴ ἦν, καὶ ἡ ζωὴ ἦν τὸ φῶς τῶν ἀνθρώπων: |
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言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。 |
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καὶ τὸ φῶς ἐν τῇ σκοτίᾳ φαίνει, καὶ ἡ σκοτία αὐτὸ οὐ κατέλαβεν. |
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光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。 |
フランス語「クリストフ」(Christophe)はギリシア語「クリストフォロス」に由来します。「クリストフォロス」(Χριστόφορος)
はギリシア語で「キリスト」を表す「クリストス」の語根「クリスト」 "Χριστ-" と、「運ぶ人」を表す「フォロス」"-φορος"
を、繋ぎの音 "-ο-" で接合した合成語です。すなわち「クリストフォロス」は「キリストを運ぶ人」という意味であって、実在した歴史上の人物の名前ではありません。この事実が端的に示すように、キリストを肩に乗せて荒天の中を進む聖クリストフの姿は、キリストを心に受け容れて、キリストと共に地上を旅する教会と信仰者を象徴しています。
本品のプラケットは単純な方形ではなく、方形の上に半円を載せています。プラケット全体を方形とせず上部を半円にした意匠は、気まぐれに決定されたものではなく、キリスト教美術の伝統に裏付けられた意匠であって、深い象徴的意味を有します。
方形の上に半円を載せた形状は、先に述べたように、聖堂のアプス(後陣)を模(かたど)ります。伝統的聖堂建築において、聖堂下部の方形部分は地上を象(かたど)り、聖堂上部の
穹窿(きゅうりゅう ドーム)は神が住まう天上を表します。
本品において自然の元素と戦うクリストフは地上の存在であり、地上を歩む教会すなわち地上にある信徒たちを表します。これに対して幼子イエスは、地上の信徒と繋がりつつも、その本性において天上界に属します。それゆえこのプラケットにおいて、クリストフの姿は長方形部分に、幼子イエスの姿は半円形部分に、それぞれ彫られているのです。地上にあって自然の元素と闘うクリストフの衣は強風によって大きく靡いていますが、その一方で幼子イエスは天上の存在であるゆえに風の影響を一切受けず、平然とした表情でクリストフの肩に乗っています。
上の写真に写っている定規のひと目盛は一ミリメートルです。幼子イエス・キリストも聖クリストフも、その顔はいずれも直径およそ二ミリメートルの円内に収まりますが、目鼻立ちはよく整い、たいへん優れたできばえです。上の写真では少し分かりにくいですが、肩の上のイエスは幼いながらも威厳ある表情をしています。幼子イエスは全宇宙の支配権を示すグロブス・クルーキゲル(羅
GLOBUS CRUCIGER 世界球)を左手に持ち、右手で天を指さして、自分が天地の造り主、神なる幼子イエス・キリストであることを宣言しています。
中世以来、クリストフの絵や像を見た者は、その日のうちに「悪(あ)しき死」、すなわち臨終の場に司祭が立ち会わない突然の死に遭うことが無いと信じられてきました。上の写真は南ドイツで1423年に刷られた手彩色木版画です。教会を訪れる巡礼者はこの札を貰い、家の中の良く見える場所に張り付けました。版画の下部にはラテン語で次の言葉が書かれています。
Christofori faciem die quacumque tueris, illa nempe die morte mala non morieris. クリストフォロスの顔を見れば、その日は決して悪しき死に遭うことがない。
(上) Robert Campin,
dit le maître de Flémalle,
"l'Annonciation", 1420, tempera sur bois, 61 x 63 cm, les Musées royaux des beaux-arts de Belgique (MRBAB), Bruxelles
上の写真はロベール・カンパン (Robert Campin, 1378 - 1444) が
受胎告知を描いたテンペラ板絵で、暖炉の上の壁面に、上掲の版画と同じようなクリストフの彩色画が張られています。二枚目に示したのは拡大写真です。ロベール・カンパンによるこの
受胎告知画は、現在ベルギー王立美術館に収蔵されています。
「聖クリストフの姿(絵や像)を見る者は、その日のうちに悪しき死に遭うことが無い」という言い伝えは、ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」(
"Jean-Christophe", 1904 - 1912)の冒頭部分でも引用されています。
聖クリストフのプラケットがオトモビリスト(仏 automobilistes 自動車のドライバー)に人気なのは先に述べた通りです。しかし中世に自動車は存在しませんでしたから、聖クリストフはオトモビリストだけではなく、万人の守護聖人です。
本品は鍵や携帯電話に取り付けても良いし、ロベール・カンパンの受胎告知画にあるように部屋の壁に掛けておいても構いません。 ペンダントとして使う場合、お申し付けいただければ環を無料で付加します。
本品の保存状態は十分に良好です。商品写真は実物を大きく拡大するので、僅かな亀裂やフリーバイト(英 flea bites 宝石やガラスの縁に生じる微小な断口)が強調して示されますが、プラケットの実物は写真で見るよりもずっと綺麗な状態です。普通に持ち歩いても、近い将来にエマイユが剥離することはありません。革製部分の強度も問題ありません。
本体価格 11,800円 販売終了 SOLD
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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