パリから南におよそ120キロメートル下ったところ、ロワール河畔にある小さな町サン=ブノワ=シュル=ロワール(Saint-Benoît-sur-Loire サントル地域圏ロワレ県)に、聖ベネディクトゥスの遺体を安置することで有名なフルリ修道院(l'abbaye de Saint-Benoît-sur-Loire, l'abbaye de Fleury)があります。七世紀の中頃、フルリ修道院の修道士であった聖エギュルフ(St.
Aigulphe/Aygulf/Ayoul de Lérins, + c. 675)がモンテ・カッシーノにあるベネディクト会修道院本部に潜入し、聖ベネディクトゥス、ならびにその姉妹である聖スコラスティカの遺体を盗み出すことに成功しました。ふたりの聖人の遺体はフルリ修道院に移葬されて多くの巡礼者を惹きつけ、修道院は大いに発展して今日に至っています。
本品は二十世紀フランスの彫刻家、ドニ・フェルナン・ピィ(Denis Fernand Py, 1887 - 1949)がこの修道院のために制作した珍しい作品で、メダイの表(おもて)面には、聖人の横顔を中央に大きく描きます。聖人は修道衣を身に着け、頭巾を被り、手には牧杖(ぼくじょう 羊飼いの杖)を模(かたど)った修道院長の杖を持っています。聖人の後ろにあるのはフルリ修道院の紋章で、盾を四つに区切る十字架上に五輪の薔薇、上方左右にフルール・ド・リス、下方左右に背中合わせの牧杖を描きます。
フルリ修道院の紋章
修道者たちの師父、聖ベネディクトゥス(SANCTUS BENEDICTUS MONACHORUM PATRIARCHA)、平(PAX)という言葉が、聖人像を取り囲むようにラテン語で記されています。聖人の横顔の右下、あごひげのあたりに、彫刻家ドニ・フェルナン・ピィのサイン(F
Py)が刻まれています。
メダイの裏面は十字架を中心にして、ラテン語による文章の頭文字が刻まれています。文字が表す意味は次の通りです。
ラテン語 | 意味 | |||||
十字架上の九文字 | CRUX SACRA SIT MIHI LUX. NUNQUAM DRACO SIT MIHI DUX. | 聖なる十字架が我が光であるように。竜(悪魔)が我が導き手となることが決して無きように。 | ||||
メダイの周辺部分 | VADE RETRO SATANA. NUNQUAM SUADE MIHI VANA. SUNT MALA QUAE LIBAS. IPSE VENENA BIBAS. |
退けサタン。虚しき事で我を誘うな。汝が我に与うるは悪しき物なり。汝自身が毒を飲め。 | ||||
四文字のイニシアル | CRUX SANCTI PATRIS BENEDICTI | 聖なる師父ベネディクトゥスの十字架 |
彫刻家ピィによるこのメダイは、その斬新なデザインゆえに新しい年代の作品のように思えますが、実際は1930年代または1940年代に制作されたものです。1920年代のピィは、伝統的宗教美術に抵抗する美術家集団、アルシュ(l'Arche)に加わっており、図像学上の伝統に縛られないその作風は、当初は教会関係者に認められませんでした。しかしながら1930年代になると、ピィは聖俗いずれの分野においてもその才能を認められて、教会の仕事にも関わるようになりました。現在、ピィの作品はヴァティカン美術館にも収蔵されています。
メダイはきわめて良好な保存状態で、細部に至るまで鋳造当時のままです。ベネディクト会の伝統を踏襲しつつ、立体的で美しい十字架の造形と力強い文字のデザインに彫刻家ピィの独創性が発揮され、小さいながらも存在感あるメダイに仕上がっています。