ボワ=セニュール=イザーク修道院 真の十字架到来七百周年・聖血の奇跡五百周年記念メダイユ 死に打ち勝つ葡萄の木 驚くべき細密彫刻の作品 直径 15.3 mm


突出部分を除く直径 15.3 mm

フランス   1905年



 ベルギー、ワロン地域ブラバン・ワロン州の町オファン=ボワ=セニュール=イザーク(Ophain-Bois-Seigneur-Isaac)にあるボワ=セニュール=イザーク修道院(L'abbaye de Bois-Seigneur-Isaac, ABBATIA SILVAE DOMINI-ISAAC)のメダイ。

 ボワ=セニュール=イザーク修道院には、1204年の第四回十字軍でナミュールにもたらされた真の十字架の破片が安置されています。また同修道院では、1405年6月5日、エウカリスチア(聖体)が血を流すという奇蹟が起こりました。本品は「真の十字架」の到来七百周年、ならびに尊き御血の奇蹟五百周年を記念して、1905年頃に制作されたメダイと思われます。





 一方の面の中央には、1405年に血を流した奇蹟の聖体、及び血痕が付いた聖体布を安置する顕示台型ルリケール(仏 reliuaire 聖遺物容器)が浮き彫りにされています。顕示台の左右には小麦の束と葡萄の枝、その外周に「奇跡の聖血 ボワ=セニュール=イザーク」(Saint Sang de Miracle, Bois-Seigneur-Isaac)の文字が刻まれています。





 左右の小麦と葡萄はミサに使われるパンと葡萄酒の原料で、ミサの際の実体変化(聖変化)によってそれぞれキリストの御体、御血となります。ミサはキリストの受難の完全な再現であり、パンと葡萄酒に現存するイエス・キリストは、ミサが行われるたびに贖罪の生贄(いけにえ)となります。ただ通常はミサにおいては血が流れず、歴史上の受難とミサはその一点において異なるのですが、1405年の奇蹟においては聖体が実際に血を流されたのでした。




(上) ボワ=セニュール=イザーク修道院において、キリストの聖遺物を納めるルリケール三点。十九世紀の絵葉書から。


 1405年の奇跡にまつわる聖体と聖体布は元々簡易なブロンズ製ルリケールに納められていましたが、1546年、ルーヴェンの銀細工師によってゴシック様式の顕示台型ルリケールが制作されました。新しいルリケールはヴェルメイユ製で、現在も聖遺物を納めて展示されています。上に示すのは実物を精密に再現したコロタイプで、フランスの古い絵葉書から採っています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。ルリケールのフィニアル(頂部)から土台まで複雑に入り組んだ実物の銀細工が、驚くべき精度の細密浮き彫りによって実物通りに再現されています。ルリケール両側の葡萄と小麦は、拡大写真で見ると実物と見紛うほどの写実性を有します。装飾図案に相応しい対称性を有しつつも、過度の様式化を免れた自然主義的な描写には、本品が制作された当時のフランスで隆盛を誇った日本風装飾美術、アール・ヌーヴォーの強い影響が認められます。





 もう一方の面は、中央を仕切る植物の両側に、ボワ=セニュール=イザーク修道院礼拝堂に安置されるあと二つの聖遺物、「真の十字架の破片」と「茨の冠の棘一本」が浮き彫りにされています。

 「真の十字架」とはイエス・キリストの磔刑に使われた十字架で、コンスタンティヌス大帝の母ヘレナ(Sancta Flavia Iulia Helena Augusta, c. 250 - 330)が 312年にエルサレムで発見したとされます。聖遺物「真の十字架の破片」はもともとビザンティン皇帝の所有物でしたが、帝室の聖遺物コレクションは第四回十字軍(1204年)の結果ラテン皇帝ボードワン(Baudouin, 1171 - c. 1205 註2)の手に渡りました。ボードワンはこの破片を自身の弟であるナミュール侯フィリップ一世(Philippe Ier de Namur, 1174 - 1212)に譲り、フィリップ一世はそれを自領のプレモントレ会フロレフ修道院(l'Abbaye de Floreffe)に寄進しました。フランス革命がナミュールに及んでフロレフ修道院が廃院となるに伴い、同修道院の参事会員たちは、当時プレモントレ会に属していたボワ=セニュール=イザーク修道院に、聖遺物「真の十字架」を移しました。


 十九世紀末に新調された「真の十字架」のルリケール


 先に示した十九世紀のコロタイプで、尊き御血の聖体と聖体布を顕示するルリケールの右(向かって左)に、聖遺物「真の十字架」が写っています。コロタイプが制作された時点で、この聖遺物は十三世紀に作られた小さなゴシック式聖遺物容器に納められていました。その後十九世紀末になって、聖遺物「真の十字架」は新調された大きなルリケールに移されましたが、小十字架が楕円の窓から見える展示様式は共通しています。

 本品メダイの向かって左側には「真の十字架」が浅浮き彫りで表されています。楕円の窓内に小十字架が見える様子は、実際のルリケールを再現しています。楕円の窓を取り巻くように、次の言葉がフランス語で刻まれています。

  Vraie Croix Miraculeuse 1204  奇蹟を起こし給う真の十字架 1204年

 フランス語ミラキュルーズmiraculeuse)は「奇蹟の」「不思議の」という意味です。真の十字架は奇蹟によってヘレナに発見され、不思議な経緯でナミュールに運ばれ、当地においても奇蹟を起こしたゆえに、聖遺物にこの語が冠されています。


 聖棘のルリケール


 向かって右側の浮き彫りには、ルリケールに納めた茨の聖棘が表されています。こちらの浮き彫りは立体的で、聖棘が円筒容器に封入されていることがよくわかります。本品のメダユール(仏 médailleur メダイユ彫刻家)は聖棘をかすかに突出させることにより、この聖遺物が透明ガラス製円筒容器内に安置されている状態を巧みに表現しています。円筒容器の浮き彫りを囲んで、次の言葉が彫られています。

  Épine de la Sainte Couronne de Notre Seigneur  主の聖なる冠の棘





 メダイの中央に彫られた植物は、本品において最も象徴性に富む図像です。この面の中央に表された植物はアカシアや茨に似て棘だらけであり、しかも一枚の葉も付けずに枯死しています。これはまさに罪の呪い、すなわち罪がもたらす死を象徴しています。

 「創世記」三章において、原罪の結果である死は茨をはじめとする有棘植物(希 ἂκανθα)によって象徴されます。メダイに彫られた有棘植物は、他面の「血を流す聖体」と位置がちょうど重なり、「真の十字架」と「荊冠の聖棘」に挟まれてひときわ目立ちます。枯死した有棘植物は、聖遺物が指し示す「人間の罪と死」を可視化したものに他なりません。




(上) Piero della Francesca, "Adorazione della Croce" (dettaglio), 1452 - 66, affresco, la cappella maggiore della basilica di San Francesco, Arezzo


 円形メダイの中央に大きな木を配した本品の意匠は、キリスト教的世界観に基づく円形世界の中心に生命樹を配したTO図を思わせます。フランス国立図書館に収蔵されている「フランス語写本 No. 1036」によると、アダムの息子セトはエデンを訪れ、生命樹がアダムとエヴァの原罪ゆえに立ち枯れている様子を目にしました。同写本によると、セトは楽園を守るケルブから生命樹の種三粒を貰い受け、これを持ち帰って播きました。三本の実生はダヴィデの時代に癒合し、ソロモンがこれを切り倒して製材しました。キリストの十字架はこの材から作られました。

 フィンランドの宗教学者ラルス=イヴァル・リングボム(Lars-Ivar Ringbom, 1901 -1971)の「グラール神殿と楽園」(„Graltempel und Paradies - Beziehungen zwischen Iran und Europa im Mittelalter“, Wahlstrom & Widstrand, Stockholm, 1951)によると、中世のTO図はゴルゴタを中心にして描かれ、キリストの十字架こそが世界軸(羅 AXIS MUNDI)であると看做されました。すなわち中世から近世にかけての宗教界において、生命樹とキリストの十字架は同一視されたのです。ガスパル・デ・ロアルテの「救い主キリストの御受難を黙想するための手引きと助言、ならびに御受難に関する幾つかの黙想」は十六世紀から十七世紀にかけてよく読まれた宗教書で、キリシタン版「スピリツアル修業」にも収録されました。「地の中心で十字架に架かり給うたキリスト」は、この書においても生命樹と同一視されています。





 したがって本品中央部に大きく彫られた奇怪な木は、原罪の呪いを象徴する棘と、同じく原罪のせいで立ち枯れた生命樹を重ね合わせたものであることがわかります。しかるに木の根元には瑞々しい葡萄が生え出ています。よく見ると葡萄の蔓(つる)は枯死した木に絡み付き、既に半ばまで這い上がっています。枯死した木は、やがて葡萄の葉で覆い尽くされることでしょう。

 旧約「ミカ書」四章一節から四節において、葡萄はメシアの象徴とされています。「ヨハネによる福音書」十五章一節から十節において、イエスは「わたしはまことのぶどうの木である」と語り給いました。それゆえ枯死した木が葡萄の木に抱(いだ)かれ、瑞々しい葉で覆われる様子は、キリストの復活、死に対する勝利、キリストによる救いを表しています。


 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。本品メダイは直径十五ミリメートルの小品ですが、細密浮き彫りは見事な出来栄えで、ルリケールや植物の写実的表現は大型の彫刻作品に引けを取りません。葡萄の葉は 2ミリメートルほど、実の直径は 0.3ミリメートルほどしかありませんが、生きた植物の葉の瑞々しさと、葡萄に含まれた甘い果汁を感じさせます。

 このように見事な浮き彫り彫刻は、フランス製メダイユの特長です。本品はベルギー、ボワ=セニュール=イザーク修道院の聖遺物をテーマに制作されていますが、「真の十字架」下の年号(1204)に接して、制作国を示す「フランス」(FRANCE)の文字が刻まれています。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 本品は百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品です。二度の世界大戦で戦場となったヨーロッパにあって、本品は大切に伝えられ、保存状態は極めて良好です。突出部分の摩滅も最少であり、二十世紀初頭に制作された当時の状態をそのまま保っています。特筆すべき問題は何もありません。

 アンティーク品は古いだけでは価値がありません。本品は卓越した彫刻技術で聖遺物を写し取るとともに、象徴性に富んだ植物意匠を創作し、これをもう一面の奇蹟の聖体に重ね合わせる位置に刻んでいます。本品の植物意匠は単なる装飾にとどまらず、「創世記」から新約聖書を経て現在に至る救世の神学を、中世ヨーロッパのキリスト教伝承に重ねて表現しています。数千年の歴史を有する精神性を工芸美のうちに可視化した本品メダイユは、高踏的な「芸術のための芸術」に陥らずに、信心具としての実用性を保持しつつ、小さいながらも本格的な美術品に仕上がっています。、





本体価格 15,800円 販売終了 SOLD

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