コロタイプ
collotype and its variants; Albertype, artotype, Autotype, bromoil, Dallastype,
heliotype, Levytype, Paynetype, phototype
(上) コロタイプによる小聖画 エチエンヌ・ゴーチエ作 「サント・セシル」(聖セシリアの殉教) 紙全体のサイズ 138 x 90 mm フランス 1903年から
1921年
当店の商品です。
写真の歴史上最も重要な人物のひとりで、優れた化学者でもあったフランス人写真家、アルフォンス・ポワトヴァン (Alphonse-Louis Poitevin,
1819 - 1882 註1) は、重クロム酸塩の光硬化性に気付いて、1854年にコロタイプを発明しました。翌 1855年 8月には、「フォトリトグラフィ・シュル・ピエール」(photolithographie
sur pierre フランス語で「光による石版」の意)との名称で特許を取得しています。
「コロタイプ」(英 collotype)は平版の一種で、光で硬化するゼラチンをガラス板に塗布して版を作ります。「コロタイプ」という名称は、古典ギリシア語で「膠(にかわ)」を表す「コッラ」(κόλλα) の語幹「コル」(κολλ-) と、英語「タイプ」を、ギリシア語系の繋ぎの音 (-ο-) を介して合わせた語です。なお英語の「タイプ」(type) は、古典ギリシア語で「印」を意味する「テュポス」(τύπος) が、ラテン語「ティプス」(TYPUS)、フランス語「ティプ」(type) を経由して英語に入ったものです。
コロタイプの製版には高度の熟練と多大の労力が必要です。ゼラチンに含まれる水分量がわずかに変化するだけで、膨張や収縮が起こります。製版に成功しても、刷れる数はせいぜい三百枚どまりです。これらの理由のため、オフセット印刷が発明されると、コロタイプによる印刷物は高価な美術版画に限られるようになり、20世紀半ばにはほとんど姿を消しました。
1930年代ころまでの絵葉書は、ほとんどがコロタイプによります。コロタイプの表面にシェラックやゼラチンが塗布されて、写真との判別が困難な場合が多くあります。
【コロタイプ版画の制作】
コロタイプの製版は、次の工程によります。
1. 重クロム酸塩を添加して光硬化性を持たせたゼラチンを、ガラス板に塗布して乾燥させ、レティキュレーション(reticulation 非常に細かいひび割れ)を生じさせる。
2. カメラで撮影して得た写真のネガを、1.の板に密着させて露光する。露光の結果、ネガの明部と重なった部分のゼラチンは、ネガを透過した光によって硬化する。ネガの暗部と重なった部分のゼラチンは、光が当たらないので硬化しない。
3. 2.のガラス板の裏面から、弱い光を短時間当てる。こうすることにより、ガラスに接する部分のゼラチンが硬化して、ガラスから外れなくなる。
4. 両面からの露光を完了した板をおよそ一時間水に浸漬し、ゼラチン中の重クロム酸塩を流失させる。これによってゼラチンは光硬化性を失う。
5. 4.の処理が終わった板を乾燥させる。これでコロタイプの版が完成する。
コロタイプの印刷は、次の工程によります。
1. 乾燥した状態のコロタイプの版を数分間水に浸ける。こうすることにより、製版の工程で硬化しなかったゼラチン(露光の際にネガの暗部と重なったために硬化しなかった部分のゼラチン)が水分を含み、油をはじく状態となる。一方、硬化したゼラチンは吸水しないので、油をはじかない。
2. 版の表面の余分な水分を取り除いてから、油性インクを載せる。ゼラチンに含まれる水分量に応じて、版の各部に載るインクの量が自然に決定される。すなわちゼラチンが完全に硬化した部分は、水分をまったく含まないので、油性インクと完全に親和する。ゼラチンがまったく硬化していない部分は、水分を大量に含むので、油性インクが付着しない。硬化の程度が中間段階のゼラチンには、その部分が含む水分量に応じた量の油性インクが付着する。
3. このようにインクが載った版に紙を重ねてプレスすると、版のインクが紙に転写される。コロタイプの版は常に適度の水分を含む必要があるので、数十枚刷るごとに版を湿らせるか、加湿器による霧を版に向けて放出し続け、水分を補給しながら作業する。
コロタイプのインクは版のレティキュレーションに溜まり、これが毛管現象によって紙に吸着されます。それゆえ刷り上がったコロタイプ版画を拡大すると、ゼラチン表面のレティキュレーションに対応する不規則な粒子状の模様が観察できます。上の写真はこのページ最上部の聖画の一部を拡大したものです。写真に写っている定規のひと目盛は
1ミリメートルです。
以上に記述したのは、単色コロタイプ版画の制作方法です。多色コロタイプ版画の場合は、上述の工程に加えて、以下の作業が必要となります。
1. 最初に、完成させるべき多色画に含まれる色目のうち、どの部分のどの色をコロタイプで着色し、どの部分のどの色を手作業のステンシルで着色するかを決定する。
2. コロタイプで着色する箇所の色をいくつに分解するか、すなわち何色ぶんの版を作るかを決定し、色数ぶんのネガを用意する。
3. それぞれのネガから、そのネガが担当する以外の色の部分を取り除く。すなわち担当する色が全く含まれない部分は、ネガを完全に黒く塗りつぶす。担当の色が含まれる部分は、色が含まれる度合いに応じて、塗りつぶす濃さを加減する。すべての色のネガに関して、この作業を行う。この作業はすべて手作業で、一つの色につき最大十六時間を要する。
4. ゼラチンを塗布したガラス感光板に、3.のネガを密着させて露光し、それぞれの色のために版を作る。一枚の版画一つの色を担当するので、色の数と同数の版を作る必要がある。試し刷りの結果が思わしくなければ、各色の版を修整する。ここまでの工程に、熟練職人による三週間程度の作業を要する。
5. 試し刷りに成功したら、本刷りに入る。本刷りは色ごとに行われる。色の濃さを調整するのに、少なくとも半日を要する。最もスムーズに作業が進めば、一日当たり三百枚程度の単色コロタイプ版画を刷ることができる。
6. 5.の作業をすべての色に関して行う。一枚の紙に各色のコロタイプ版を適用し、一度刷るごとに一色ずつを加えて、多色刷り版画とする。1.から
6.の工程は、すべてひとりの熟練職人が行う。
7. 6.で刷り上がった多色版画は完成品ではなく、手作業によって水彩が加えられる。水彩による彩色は、大まかな部分をステンシルで行い、輪郭を筆でぼかす。水彩で加える色目と、彩色の順序は、1.の段階で決めてあり、その計画どおりに彩色が施される。
わが国では、京都市中京区新町通竹屋町下ル西側の便利堂様が、多色コロタイプ制作の技術を持っておられます。便利堂創業者の兄中村弥左衛門は、1905年(明治38年)、現在便利堂がある場所にコロタイプ工房を設立し、これが今日まで続いています。
光村原色版印刷所の創業者光村利藻(みつむら としも)は、神戸の大手海運業者光村弥兵衛の長男です。利藻は赤坂の自宅にコロタイプ研究所を作り、1901年(明治34年)には神戸に関西写真製版印刷を設立して、コロタイプを含む印刷を行いました。わが国のコロタイプについては、東京都写真美術館専門調査員の金子隆一氏が、
便利堂様のウェブサイトで解説しておられます。
註1 フランスのグラヴール(エングレーヴァー)、フレデリック・ジュベール (Frédéric Jouber) は、ポワトヴァンが見出した原理に基づく方法で良質の版画二千枚を刷ることにいち早く成功し、「ジュルナル・フォトグラフィーク」 1860年6月号に収録されました。しかしながらジュベールは成功の秘訣を公開しませんでした。
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