高さ 3.9センチメートル、幅 2.7センチメートルと使いやすいサイズのクロワ・ジャネット。材質はドゥブレ・ドール(doublé d'or 金張り)のブロンズで、1889年のパリ万博以降、おそらく 1890年代に制作されたものです。
本品は表裏二枚の金板を向かい合わせに溶接して十字架にふくらみを持たせ、両面を同様の丁寧さで制作しています。一方の面の縦木と横木は直線的意匠、もう一方の面の縦木と横木は槍鉋(やりがんな)で角に模様を付けたような意匠となっています。
十字架の側面及び窪んだ部分にはわずかに緑がかった金、それ以外の部分には赤味の強い金が使用されていますが、これは赤味が強い金でブロンズにドゥブレ・ドールを施し、必要な部分に緑がかった金のオール・ムリュ (or moulu) を適用しています。また窪んだ部分には粒金状のパターンを打ち出すことで艶消し仕上げとし、滑らかな部分とのコントラストを強調しています。
十字架交差部にある斜めの正方形画面、及び十字架の末端近くの突出部を伴う楕円形画面に、様式化した植物文を打ち出しています。十字架の上部はフルール・ド・リス(fleur de lys 百合文あるいはアヤメ文)を模(かたど)り、他の末端では小球状の装飾を経て細い棒状の先端部が突き出ています。十字架末端のこのような意匠が糸巻き棒を連想させるゆえに、「クロワ・ジャネット」は「クロワ・ド・フィラージュ」(croix de filage フランス語で「糸紡ぎの十字架」)とも呼ばれます。本品のフルール・ド・リスの部分には、ドゥブレ・ドールの刻印があります。
金はそのままでは軟らかすぎて実用性に欠けるので、ジュエリーにする場合は合金にして強度を得ます。金に銅を混ぜると赤みが強くなってローズ・ゴールド(ピンク・ゴールド)になります。金に銀を加えるとグリーン・ゴールドになります。金に銅と銀を混ぜるとイエロー・ゴールドとなりますが、イエロー・ゴールドの色合いは銀と銅の比率によって異なります。
本品の場合、金に加える銅の量を調節することにより、二色のイエロー・ゴールド、すなわちローズ・ゴールドに近いイエロー・ゴールドと、グリーン・ゴールドに近いイエロー・ゴールドを得て、これを使い分けています。本品だけを見てもわかりづらいですが、他のクロワ・ジャネットの隣に並べると、本品は全体的に金の赤みが少し強く、ローズ・ゴールド(ピンク・ゴールド)のように見えます。イエロー・ゴールドとローズ・ゴールドの中間的な色合いはフランスのアンティーク金製品の特徴で、温かみを感じさせます。植物モティーフを取り囲む凹んだ部分は、グリーン・ゴールドに近いイエロー・ゴールドが使われています。
(上) 現代まで伝わるクロワ・ジャネットの大部分は大きく破損しています。使用されている金属の種類や作りを知るために、当店ではこれらの資料を集めて大切に保存し、活用しています。
本品のように表裏二枚の金属板を合わせて制作したクロワ・ジャネットは、仮に現代まで残っていたとしても、先端部分が折れて無くなったり、十字架本体が破断している場合が多いですが、本品はよほど大切にされてきたと見えて、欠損の無い完品です。このような状態のクロワ・ジャネットは非常に稀少です。
本品は百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、驚くほど良好な保存状態です。特筆すべき問題は何もありません。