真珠貝の殻で作った美しい十字架。二十世紀前半のフランスで制作されたビジュ・ド・デヴォシオン(仏 bijoux de dévotion 宗教的モティーフによるジュエリー)で、コミュニオン・ソラネル(初聖体)を受ける少女の持ち物と思われます。
本品は縦 55ミリメートル、横 29ミリメートル、厚さ 3.8ミリメートルという大きなサイズですが、継ぎ目はどこにもなく、一枚の真珠母(しんじゅも マザー・オヴ・パール)から削り出されています。真珠母とは真珠を作る貝の殻で、真珠と同様に七色の光沢(真珠光沢)を有します。写真ではよくわかりませんが、本品も真珠母特有の真珠光沢を有します。
(上) El Bosco, "El jardín de las delicias" (detalle), c. 1500 - 1505, óleo sobre tabla, 220 x 389 cm, el
Museo del Prado, Madrid ヒエロニムス・ボス「愉楽の園」に描かれた真珠。男女がムール貝の中で性行為を愉しんでいます。ムール貝(仏
la moule)はフランスの俗語で女性器そのものを指します。
真珠を作る二枚貝の軟体部は女性器を連想させます。貝が女性器であれば、そこから取り出される真珠は新生児ということになります。新生児を生み出す女性器と、そこから生まれる新生児は、いずれも生命と生命力の象徴です。それゆえ真珠は多産を象徴する宝石とされ、しばしば花嫁に贈られます。
キリスト教の象徴体系においては、真珠はイエス・キリストの象徴とされる場合があります。キリストは三位一体の第二のペルソナ(羅 PERSONA 位格)として充溢する生命そのものであり、また罪びとを贖って永遠の生命を与えてくださる方ですから、古来生命の象徴とされる真珠がキリストの象徴ともされるのは全く自然なことといえます。
イエス・キリストが真珠であるならば、真珠を生み出す真珠貝は聖母マリアの象徴です。真珠母は七色に光りますが、これは干渉色であって、真珠母自体は透明感のある白色です。白は汚れなき処女の色であり、とりわけ十九世紀半ば以降は無原罪の御宿リの色とされました。
真珠及び真珠母は、アラゴナイト(CaCO3)という鉱物とコンキオリンという蛋白質が交互に層を為しています。この層を真珠層といいます。真珠層のアラゴナイトは非常に小さな結晶を形成していますが、この結晶の径は可視光の波長とほぼ同じです。それゆえ真珠層に白色光が入射すると、真珠層の内部で干渉が起こり、虹のような七色が見えます。
プロテスタントの神学では、人間は善を為すことができません。しかるにカトリックの神学では、人間は善を為す自由を有します。受胎告知の際、少女マリアはガブリエルに対して「お言葉通り、この身に成りますように」と答えました。神は救いを強制せずに人に自由意思を与え、マリアは信仰を以て救いを受け入れたのです。したがって真珠母でできた十字架は、救いを受け入れたマリアの信仰と、マリアの信仰を通して人に与えられた神の恩寵を表しています。救いの象徴である十字架と、マリアの象徴である真珠母が、真珠母製十字架において一つになっています。
真珠及び真珠母の光沢を、フランス語でオリャン(仏 orient)といいます。オリャンは英語のオリエント(英 orient 東洋、真珠光沢)と同じ語で、ラテン語オリオル(羅
ORIOR 昇る)の現在分詞に由来します。干渉色である真珠光沢は真珠層の内部で生まれて輝き出る色ですから、オリャンすなわち「昇ってくるもの」という名称は真珠光沢にぴったりです。さらにキリストは冬至(クリスマス)に再生して昇ってくる「義の太陽」に擬せられましたから、オリャンはキリストに発する愛と救いの象徴であるといえます。このように考えると、真珠母製十字架は義の太陽キリストへの信仰を表すのにふさわしいことがわかります。
(上) ein Vesperbild, 14. Jahrhundert, Kunstmuseum Bonn 菩提樹材のピエタ 高さ九十センチメートル ドイツ 十四世紀
本品をはじめフランスのクルシフィクスやクロワ・ド・クゥには、十字架に真珠母を使用した作例がしばしばみられます。先に述べた理由により、クルシフィクスの裏面に聖母像を配した作例と同様、真珠母でできた十字架は共贖者としてのマリアの姿を表します。
真珠母でできた十字架は、ピエタ(伊 Pietà)すなわち受難のキリストを掻き抱く聖母の姿をも現します。典礼上の日割りにおいて、土曜日はマリアの日とされています。イエス・キリストは金曜日に受難し、日曜日に復活し給いました。土曜日はその間の日であり、キリストの弟子たちが信仰を失いかけていたときに当たります。マリアはこのときもイエスが救い主であるとの信仰を失わなかったゆえに、土曜日がマリアの日とされたのです。
そうは言っても息子が十字架上に刑死したとすれば、慈母は死ぬほどの悲しみを味わったと考えるのが人情でしょう。教父時代にはキリストの受難にも動じなかったとされていた聖母は、中世の受難劇において、恐ろしい苦しみと悲しみを味わう母として描かれるようになります。十三世紀にはヤコポーネ・ダ・トーディ(Jacopone
da Todi, c. 1230 - 1306)がスターバト・マーテル(羅 "STABAT MATER")を作詩し、十四世紀初頭にはイエスの遺体を抱いて離さない聖母像が表現されるようになりました。
本品は二十世紀に制作された品物であるゆえに、ピエタすなわちイエスの遺体を抱くマーテル・ドローローサ(羅 MATER DOLOROSA 悲しみの聖母)は十九世紀のロマン主義時代ほど激情的な表現を取らず、美しい真珠母が有する象徴性のうちに、その悲しみと愛を可視化しています。
(上) フリードリヒ・アウグスト・ルディによる製版 「神殿へのマリア奉献」 マリアに倣う信仰生活を勧めるカニヴェ (エミール・ベルティオー 図版番号不明)
フランス 1860年代 当店の商品です。
本品を縁取る波状のパターンは、ヨーロッパ各国で盛んに製作されていたダンテル(仏 dentelles レース細工)を思わせます。特に近代のフランスでは手描きのカニヴェから発展したダンテル・メカニーク(仏
dentelles méchaniques 版画によるカニヴェ)が数多く制作されましたが、本品十字架が有する波状の縁は、ダンテル・メカニークの縁取りを思わせます。
本品の造りは非常に丁寧で、十字架の表裏二面のみならず、側面のすべての部分が丁寧に研磨・艶出しされています。破損、欠損は一か所もありません。上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。
本品はコミュニオン・ソラネル(初聖体)を受ける少女が身に着けた十字架と思われます。眩(まばゆ)いまでに白い真珠母は、少女の純潔と聖母の加護を象徴します。レース状の縁取りに愛らしさを残しつつ、過剰な装飾を排したすっきりとした意匠は、晴れて大人の仲間入りを果たす少女の落ち着きを、女性らしさのうちに表現しています。
コミュニオン・ソラネルの十字架型ペンダントは一回限り使用するものではなく、いつでも身に着けることができます。本品は清潔で飽きが来ないデザインですし、サイズの点でも大きめで、大人の女性にもご愛用いただきやすいペンダントに仕上がっています。
本品はフランスで制作された真正のアンティーク品(ヴィンテージ品)ですが、一か所の破損も無い良好な保存状態です。本品はクロワ・ド・クゥ、すなわちキリスト教文化を背景としつつも信心具ではないジュエリーですので、真珠のジュエリーと同様にどなたにもご愛用いただけます。汗が付いたまま放置すると艶が失われるので、着用後は水洗し、乾かしてから保管してください。