アドルフ・リヴェ
Adolphe Rivet, 1855 - 1937


 アドルフ・リヴェ 「ラ・ヴィクトワール 勝利の女神」(La Victoire) 白大理石 高さ 70 cm


 アドルフ・リヴェ(Adolphe Rivet, 1855 - 1937)はフランスの彫刻家です。丸彫り彫刻、浮き彫り彫刻の他、工芸品にもすぐれた作品を遺しています。


【アドルフ・リヴェの経歴】

 レオナール・アドルフ・リヴェ(Léonard Adolphe Rivet, 1855 - 1925)は 1855年7月30日、フランス南西部の内陸にある小さな町ヴァレス(Varetz ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏コレーズ県)に生まれました。少年時代から美術に優れた才能を示して、パリの国立美術専門学校(l'École nationale et spéciale des Beaux-Arts 現在の高等美術学校)に進み、ジュール・カヴリエ(Jules Cavelier, 1814 - 1894)、ユベール・ポンカルム(Hubert Ponscarme, 1827 - 1903)、オスカル・ロティ(Oscar Roty, 1846 - 1911)の教えを受けました。

 アドルフ・リヴェはパリ南郊のジャンティイ(Gentilly イル=ド=フランス地域圏ヴァル=ド=マルヌ県)に居を構え、丸彫り彫刻、浮き彫り彫刻の他、アール・ヌーヴォー様式に基づく美しいメダイユを多数制作しました。フランス芸術家サロン(Le Salon des artistes français 註1)にもたびたび出品し、1888年に奨励賞(une mention honorable)、1908年に第二級メダイユ(une médaille de deuxième classe)を獲得しました。

 1925年11月8日、アドルフ・リヴェはジャンティイで亡くなりました。



【アドルフ・リヴェによるメダイユの作例】

 アドルフ・リヴェはアール・ヌーヴォー様式に基づく典雅なメダイユ彫刻を数多く制作しています、以下に二例を示します。





 上の写真はアドルフ・リヴェによるメダイユ作品、「ラ・ミュジーク」(仏 la musique 音楽)です。

 学芸の名のうち、自然学(PHYSICA, le physique)や形而上学(METAPHYSICA, le métaphysique)はラテン語形容詞の中性複数形を実体詞(名詞)として扱ったもので、「…に関す事ども」が原意です。ラテン語の中性名詞は、フランス語では男性名詞になります。しかるにラテン語ムーシカ(MUSICA, la musique)は、アルス・ムーシカ(μουσικὴ τέχνη, ARS MUSICA ムーサイの技)の略形です。アルスは女性名詞ですので、形容詞ムーシカも女性形を取っています。ラテン語で音楽を表すムーシカ(羅 MUSICA)は、形容詞ムーシカが実体詞(名詞)として使われたものです。

 ラテン語ムーシカとフランス語ミュジーク(仏 la musique)はいずれも女性名詞であるゆえに、女性像に擬人化されます。アドルフ・リヴェは本作品において女性像の背後にナツメヤシの葉を彫っていることから、ローマの聖カエキリア(聖セシリア)を音楽の擬人的表現と重ねていることが分かります。





 フランス共和国を主題にした上の作品において、アドルフ・リヴェは一方の面にマリアンヌを、もう一方の面にシェーヌ(仏 le chêne ブナ)とローリエ(仏 le laurier 月桂樹)を浮き彫りにしています。

 マリアンヌはフランス共和制の象徴、あるいはフランス共和国の礎(いしずえ)である自由、平等、博愛の擬人化です。 アドルフ・リヴェはマリアンヌのボネ・フリジアン(仏 un bonnet phrygien フリジア帽)にローリエ(月桂樹)の枝を挿しています。ローリエはアポロンの祭典であるピュティア大祭(希 τα Πύθια)で優れた競技者に与えられる冠(月桂冠)の木であり、勝利と栄光の印です。しかるにボネ・フリジアンは別名ボネ・ド・ラ・リベルテ(仏 un bonnet de la Liberté 自由の帽子)とも呼ばれます。それゆえこのマリアンヌ像において、アドルフ・リヴェはフランス共和国を称えるとともに、自由の勝利と栄光を歌い上げていることが分かります。

 メダイユ裏面には向かって右に月桂樹、左にシェーヌ(仏 le chêne ブナ)が彫られています。アドルフ・リヴェは月桂樹によってフランス共和国の勝利と栄光を、シェーヌの浮き彫りによってフランス共和国の力強さと堅固さを表現しています。

 アドルフ・リヴェがメダイユに彫った月桂樹とシェーヌは、アウグストゥス宮殿入り口の月桂樹とコロナ・キーウィカをも想起させます。アウグストゥスの業績を記した碑文「レース・ゲスタエ・ディーウィー・アウグスティー」によると、ローマのアウグストゥス宮殿入り口には月桂樹が植えられ、門柱には金のコロナ・キーウィカ(羅 CORONA CIVICA シェーヌの冠)が懸けられていました("RES GESTAE DIVI AUGUSTI" TABULA VI. 34) 。コロナ・キーウィカは市民の生命を救った者に与えられる名誉の印です。それゆえメダイユ裏面の浮き彫りは、市民の生命、財産、幸福を力強く守るフランス共和国の象徴でもあります。



註1 旧体制でマザランが創設した王立絵画彫刻アカデミー(l'Académie royale de peinture et de sculpture)及び革命後のフランス美術アカデミー(l'Académie des beaux-arts)は、十七世紀から 1880年まで、パリでル・サロン(le Salon de peinture et de sculpture 絵画彫刻サロン)を開催した。これを継ぐのがフランス芸術家サロン(le Salon des artistes français)で、1880年から現在に至るまでパリで開催されている。



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