《イエズス、マリア!》 燃え上がる愛のシャプレ 長い歳月を歩んだフランス製アンティーク 全長 51.5 cm


ロザリオの全長 51.5センチメートル

クルシフィクスを下にしてロザリオを吊り下げたときの、ロザリオ上端からクール(センター・メダル)上端までの長さ 34センチメートル


主の祈りと栄唱のビーズの直径 約 9ミリメートル

天使祝詞のビーズの直径 約 8ミリメートル


突出部分を含むクルシフィクスのサイズ 40.8 x 26.8ミリメートル

突出部分を含むクール(センター・メダル)のサイズ 18.6 x 13.8ミリメートル


重量 54.9グラム


フランス  十九世紀末頃



 十九世紀末にフランスで制作された「愛のシャプレ」(ロザリオ)。

 本品は金属部分には銀を、珠にはアルマンディン・ガーネットのように濃い赤色のガラスを使用しています。このガラスは鉛ガラス(クリスタル・ガラス)で、比重が大きく、ロザリオ全体は五百円硬貨八枚にほぼ等しい 54.9グラムの重量を有します。本品を手に取ると、かなりの重みを感じます。





 クルシフィクスはラテン十字に別作のコルプス(羅 CORPUS キリスト像)を溶接しています。ロザリオのクルシフィクスでは、ティトゥルス(羅 TITULUS 罪状書き 「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いた札)がコルプスの頭上に打ち付けてある場合が多いですが、本品のクルシフィクスは様式化が進んでおり、ティトゥルスは省略されています。

 十字架は銀の薄板を打ち出した部材二枚を向かい合わせに溶接してあり、立体的な膨らみを有します。腕木の向かって左側から縦木の中央あたり、キリストの体でいえば右手から腹のあたりが外力で少し凹んでいますが、膨らみの程度が多少薄くなっている程度で、強度にも美観にも影響はありません。

 十字架の二面は同じ型を使い、同じ意匠で作られています。写真では分かりづらいですが、800シルバーを表すフランスのポワンソン(仏 poinçon 貴金属の検質印、ホールマーク)が、上部の環に刻印されています。800シルバーは純度800パーミル(80パーセント)の銀で、信心具に使われる最も高級な素材です。

 本品の十字架は、上下左右の末端に小さな珠状の装飾を有します。十字架末端の珠はフランスの信心具に特有の意匠で、クロワ・ジャネット(ジャネット十字)にも見られます。クロワ・ジャネット十字において珠は三個であり、キリストが福音書で三度流し給うた涙を象(かたど)るとされます。本品の珠は四個ありますが、装飾美術の要素としては、クロワ・ジャネットの三個の珠と同じ系統に属します。





 ロザリオのセンター・メダルを、フランス語でクール(仏 cœur 心臓)といいます。本品のクールは、十字架と同様に、銀の薄板を打ち出した部材二枚を向かい合わせに溶接してあり、文字通り心臓(ハート)を模(かたど)っています。

 現代の医学では、心臓は血液を循環させるポンプに過ぎないと考えられています。しかしながら心臓は生きている動物や人間において動き(鼓動)が触知される唯一の臓器であり、死と同時にその動きを停止します。それゆえ中世以前の時代には、心臓こそが生命の座であり、人間の場合は心の座でもあると考えられていました。心臓形(ハート形)によって「心」や「愛」を表すのには、このような歴史的理由があります。

 本品のクールは心臓の形で「愛」を象(かたど)るとともに、十字架によって「信仰」を、錨(いかり)によって「希望」を表し、キリスト教の三元徳である「信仰と希望と愛」を重層的に象徴しています。心臓が「愛」を表す理由は、上述の通りです。十字架が「信仰」を表すことも説明を要しません。錨が希望を表すのは、下に示した「ヘブライ人への手紙」六章十九節の聖句によります。

  わたしたちが持っているこの希望は、魂にとって頼りになる、安定した錨のようなものであり、また、至聖所の垂れ幕の内側に入って行くものなのです。 (新共同訳)





 錨は「魚」や「善き羊飼い」と並んで、初期キリスト教徒に最も愛用された象徴的図像のひとつです。上の写真はローマの聖セバスティアヌスのカタコンベに見られるキリスト教徒の線刻で、墓碑銘 (羅 ATIMETVS AVG VERN VIXIT ANNIS VIII MENSIBVS III EARINVS ET POTENS FILIO) の左に錨、右に魚を刻んでいます。ちなみに魚はキリストの象徴ですが、これは「イエースース・クリストス・テウゥ・ヒュイオス・ソーテール」(希 Ἰησοῦς Χριστός Θεοῦ Ὑιός Σωτήρ 「イエス・キリスト、神の子、救い主」) というギリシア語のフレーズにおいて、各単語の頭文字を並べると、「イクテュス」(希 ἰχθύς 魚)という単語ができることによります。




(上) 烈しい愛の炎を噴き上げるイエスと聖母の聖心 パリ、ドプテによる二面のカニヴェ 108 x 66 mm  O divin Cœur de JÉSUS, je vous adore, je vous aime, Dopter, numéro inconnu 当店の商品


 信仰と希望と愛はキリスト教における三つの枢要徳であり、いずれも大切な徳目ですが、この中で最も大切なのは愛です。使徒パウロは「コリントの信徒への手紙一」13章 13節において、次のように書いています。

  信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。 (新共同訳)

 ロザリオやメダイ、カニヴェ等の信心具において、キリストの聖心(サクレ=クール)聖母の聖心(聖母の汚れ無き御心)はしばしば一組になって表されます。キリストの聖心は神が人を愛する愛を、聖母の聖心は人が神を愛する愛を象徴します。したがって並置された二つの聖心は、神が人を愛し給い、その愛が人のうちに神への愛を励起するさまを表します。上の写真は十九世紀後半のパリで制作されたカニヴェで、イエスの聖心と聖母の聖心を文字通り表裏一体に描いています。





 本品のクールは「信仰と希望と愛」を重層的に表しますが、クール全体の形である心臓形は、三元徳のなかで最も重要な「愛」を象ります。「愛」はキリスト教の全局面において最重要事です。「神が人を愛する愛」及び「人が神を愛する愛」は、キリスト教の宗教体験の根幹を為します。したがって「愛」が大切であるのはこのロザリオに限ったことではありませんが、本品は「愛」を最大限に強調し、視覚化しています。


 「愛」を視覚化するにあたり、心臓形のクールとともに大きな役割を果たしているのが、赤いビーズです。赤は受難の際にイエス・キリストが流し給うた血の色です。しかるにキリストの受難は神の愛の極点です。それゆえ赤は愛そのものを象徴します。





 愛は火の色であり、セラフィム(熾天使 してんし)の色でもあります。キリスト教の伝統的図像において、セラフィムは赤で描かれますが、これはセラフィムが卓越的に有する属性が「愛」であるからです。

 トマス・アクィナスは「スンマ・テオロギアエ」第1部108問5項 「天使たちの位階には適切な名が付けられているか」("Utrum ordines angelorum convenienter nominentur.") において、セラフィムの本性を神に向かう愛であると論じています。トマスはこの箇所で「天上位階論」に準拠し、ディオニシウス文書に見られる「止留と流出と回帰」の考え方に従って論を進めます。セラフィムの自然本性には火、すなわち愛が充溢しています。セラフィムは愛の火ゆえに神へと上昇し、また愛の火を下位のものに点火して上へと引き上げます。

 「スンマ・テオロギアエ」第1部108問5項から、異論5に対するトマスの回答と日本語訳を示します。ラテン語テキストはマリエッティ版、日本語訳は筆者(広川)によります。異論5に対する回答の後半はケルビムに関する考察ですので、ここでは省略しました。

    Ad quintum dicendum quod nomen Seraphim non imponitur tantum a caritate, sed a caritatis excessu, quem importat nomen ardoris vel incendii. Unde Dionysius, VII cap. Cael. Hier., exponit nomen Seraphim secundum proprietates ignis, in quo est excessus caliditatis.    第五の異論に対しては、次のように言われるべきである。セラフィムという名前は単なる愛ゆえに付けられたというよりも、愛の上昇ゆえに付けられているのである。熱さあるいは炎という名前は、その上昇を表すのである。ディオニシウスが「天上位階論」第七章において、熱の上昇を内に有するという火の属性に従って、セラフィムという名を解き明かしているのも、このことゆえである。
         
    In igne autem tria possumus considerare. Primo quidem, motum, qui est sursum, et qui est continuus. Per quod significatur quod indeclinabiliter moventur in Deum.
   ところで火に関しては三つの事柄を考察しうる。まず第一に、動き。火の動きは上方へと向かうものであり、また持続的である。この事実により、火が不可避的に神へと動かされることが示されている。
    Secundo vero, virtutem activam eius, quae est calidum. Quod quidem non simpliciter invenitur in igne, sed cum quadam acuitate, quia maxime est penetrativus in agendo, et pertingit usque ad minima; et iterum cum quodam superexcedenti fervore. Et per hoc significatur actio huiusmodi Angelorum, quam in subditos potenter exercent, eos in similem fervorem excitantes, et totaliter eos per incendium purgantes.    しかるに第二には、火が現実態において有する力、すなわち熱について考察される。熱は火のうちに単に内在するのみならず、外部のものに働きかける何らかの力を伴って見出される。というのは、火はその働きを為すときに、最高度に浸透的であり、最も小さなものどもにまで、一種の非常に強い熱を以って到達するからである。火が有するこのはたらきによって、この天使たち(セラフィム)が有するはたらきが示される。セラフィムはその力を及ぼしうる下位の対象に強力に働きかけ、それらを引き上げてセラフィムと同様の熱を帯びるようにし、炎によってそれらを完全に浄化するのである。
    Tertio consideratur in igne claritas eius. Et hoc significat quod huiusmodi Angeli in seipsis habent inextinguibilem lucem, et quod alios perfecte illuminant.    火に関して第三に考察されるのは、火が有する明るさである。このことが示すのは、セラフィムが自身のうちに消えることのない火を有しており、他の物どもを完全な仕方で照らすということである。


 トマスによると、「セラフィム」すなわち焼き尽くす天使という名前は、セラフィムの属性である愛が火に喩えられることによります。燃えている物から発する火は、近くにある物に燃え移ることによって、その物に「火」の属性を付与します。セラフィムに関してもこれと同様のことが起こります。すなわち神から発する愛はセラフィムを燃え立たせますが、燃えるセラフィムはその火、すなわち愛を下位の者に燃え移らせることにより、下位の者を浄化し、神の近くへと引き上げます。

 ロザリオの祈りでは天使祝詞を唱えます。天使祝詞の「カイレ・マリア」(希 Χαῖρε Μαρία 喜べ、マリア)とはメシアの受胎を告知する言葉であり、罪の贖いと救いを知らせるエウアンゲリオン(希 εὐαγγέλιον 福音)に他なりません。これは神が愛ゆえに与え給う無償の恩寵です。したがって「神が人を愛する愛」は、「ロザリオの祈り」と不可分の関係にあります。これに加えて「人が神を愛する愛」、さらに「人が隣人を愛する愛」も、「ロザリオの祈り」と不可分の関係にあります。なぜならば神の愛は、あたかも火が燃えているものから他のものへと燃え移るように、神から人の心に燃え移り、人の心を浄化し引き上げて、神と隣人を愛さしめるからです。それゆえ愛の色、火の色である赤は、ロザリオのビーズにこの上なくふさわしい色であるといえます。





 本品のビーズは鉛ガラス製であるため、小さな瑕(きず)が無数についています。しかしながら五十九個のビーズはすべて残っており、実用上の差支えは何もありません。主の祈りと栄唱のビーズの両側にもともと付いていた銀のキャップも、大方が失われていますが、実用にはまったく差し支えません。チェーンの強度も問題ありません。


 本品のビーズはアルマンダイト(アルマンディン・ガーネット)の色をしていますが、偏光器で見ても複屈折性は認められず、高倍率のルーペで検査すると気泡が検出できるので、ガラスであることがわかります。

 ガラスの種類は、鉛ガラス(クリスタル・ガラス)です。鉛ガラスは硬度が低く、カットしやすい特性があります。本品のビーズは鉛ガラスを手作業でカットし、一個一個を作っています。手作りですので、形には多少のばらつきがあります。鉛ガラスは硬度が低いゆえに、瑕(きず)が付きやすいガラスでもあり、本品のビーズは使用に伴う細かな瑕(きず)が無数に付いています。もともとの色が暗い赤であること、及び細かい瑕のせいで、本品のビーズはトランスペアレント(英 transparent 透明)よりもむしろトランスルーセント(英 translucent 半透明)に近く見えます。

 鉛ガラスは大量の鉛を含むため、比重が大きい特性を有します。このロザリオもビーズが鉛ガラスでであるために、手に取るとずっしりとした重みを感じます。

 ガラスを赤く発色させる元素には、銅(Cu)とセレン(Se)と金(Au)があります。白色の透過光で観察すると、主の祈りと栄唱のビーズがわずかに菫色がかっているので、セレン(Se)か金(Au)のいずれかであると考えられます。一方天使祝詞のビーズは、セレンまたは金の可能性もありますが、銅赤かもしれないと考えました。そこでガラスの着色要因となっている金属元素を確定するために、分光器による検査を行いました。ビーズはもともとの色が暗いうえに、球に近い多面体で通常のカット石よりも厚みがあるため、分光器による分析は困難を伴います。しかしながら何とか得られた結果によると、主の祈りと栄唱のビーズと天使祝詞のビーズはどちらも同じスペクトルを示し、緑色光の波長も検出できました。したがって本品のガラスの発色は、コロイド金(Au)で発色した「金赤」(きんあか)と考えられます。直径十ナノメートルほどの金(ゴールド、Au)のコロイド粒子は、表面の電子が短波長の光を吸収するため、赤く見えます。





 本品は百年以上前に制作されたものであるにもかかわらず、十分に実用可能な状態です。商品写真、とりわけ拡大写真で見ると実物の美しさがわかりませんが、本品を実際に手に取っていただければ、実用上、美観上とも問題無いことがお分かりいただけます。鉛ガラスの瑕(きず)や銀製キャップの破損など、古い品物に見られる特性は、大切に受け継がれてきた真正のアンティーク品のみが備える歴史性の証言です。





本体価格 28,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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