一方の面にヌエストラ=セニョラ・デル・ピラル(柱の聖母)を、もう一方の面にサンティアゴ・マタモロスをあしらったスペインの守護のメダイ。
メダイの一方の面にはジャスパー(瑪瑙)の柱上に立つヌエストラ=セニョラ・デル・ピラルを打刻しています。聖母は冠を被り、左腕に抱いた幼子イエスを「救いに至る道」として人々に示しています。
幼子は右手で聖母のヴェールをつかみ、左腕にはゴシキヒワを留まらせています。ゴシキヒワはあざみの種子を好んで食べるので、スペイン語では「カルド」(cardo あざみ)に由来して「カルデリナ」(cardelina あざみ鳥)と呼ばれています。あざみをはじめ、棘のある植物は、人の罪を象徴します。したがってあざみを食べて取り除くゴシキヒワは、贖い主イエス・キリストの象徴です。
聖母子の両側には巡礼の杖と巡礼者の印であるイタヤガイ、瓢箪の水入れを身に着けた二人の人物が跪いています。二人には後光があるので、聖人であることがわかります。聖人の名前は示されていませんが、おそらく聖ロックとサンティアゴでしょう。聖ロックもサンティアゴも巡礼者の守護聖人としてよく知られています。
聖母子を囲んで、スペイン語で「ヌエストラ=セニョラ・デル・ピラル」(Nuestra-Señora del Pilar)の文字が刻まれています。「デル」は珍しい合字になっています。
もう一方の面には、馬にまたがってモーロ人(イスラム教徒)を蹴散らすサンティアゴ(使徒大ヤコブ)が浮き彫りにされています。「聖ヤコブ」のスペイン語名「サンティアゴ」(Santiago)は、ラテン語「サンクトゥス・ヤコブス」(羅 SANCTVS
IACOBVS 聖ヤコブス)が訛ったものです。俗ラテン語および中世スペイン語において、この語形変化は次のようなプロセスで起こります。
・対格 SANCTVMから、連続する黙音[kt]の[k]が脱落する。VMの[m]は弱化したうえ消失し、[u]は次に続く母音[ja]に同化吸収されて消失する。すなわち
SANCTVM → * Sant-
・対格 IACOBVM の語尾-VMの[m]が弱化したうえ消失したのちに、[u]が[o]に変化する。また中世スペイン語において、母音にはさまれた無声子音は有声化するという規則に従い、Cの音[k]が[g]になる。さらに同じく中世スペイン語において、母音にはさまれた有声子音は消失するという規則に従いB[b]が消失して、この前後の[o]が融合する。すなわち
IACOBVM → * iago
(上) Giovanni Battista Tiepolo (1696 - 1770), St James the Greater Conquering the Moors, 1749/50, oil on canvas, 317 x 163 cm, Museum of Fine Arts, Budapest
「サンティアゴ・マタモロス」(西 Santiago Matamoros)は、スペイン語で「ムーア人殺しの聖ヤコブ」という意味です。伝説によると、アストゥリアス王ラミロ一世(Ramiro
I de Asturias, c. 790 - 850)の軍と、コルドバのカリフに率いられたムーア軍(イスラム軍)の間で、844年5月23日に「クラビホの戦い(西
Batalla de Clavijo)と呼ばれる戦闘がありました。このとき白馬に乗った聖ヤコブが現れてムーア人たちを殺戮し、戦闘を勝利に導いたといわれます。
サラゴサの柱の聖母とサンティアゴはいずれもスペインの守護聖人であることから、本品はスペインへの加護を神と聖母に願うメダイであることがわかります。
本品は百年近く前のスペインで制作された真正のアンティーク品ですが、浮き彫りの磨滅はほとんど無く、良好な保存状態です。片面の最下部にブロンズの酸化が見られます。男性にもご愛用いただき易い大きめのサイズです。