未販売のデッド・ストック品 フィリップ・シャンボー作 《ファティマの奇跡 日常に意味を与えるロザリオの聖母》 二色のエマイユ・シャンルヴェによる大型メダイユ 直径 30.4 mm フランス 1960年代


突出部分を除く直径 30.4 mm  最大の厚さ 3.4 mm  重量 13.0 g



 すっきりと清楚なモダニズム・デザインのメダイで知られるフランスの彫刻家、フィリップ・シャンボー(Philippe Chambault, 1930 - )の作品。五十年以上前のものですが、未販売のまま残っていた新品です。

 二十世紀美術の大きな潮流の一つであるミニマリズムは、古代以来のキリスト教神学と強い親和性を有します。本品は 1960年代のものですが、より後に制作されたものを含め、シャンボーの全作品はミニマリスムの強い影響を受けています。





 メダイの表(おもて)面には、胸の前に手を合わせる聖母マリアの上半身が浮き彫りにされています。

 フィリップ・シャンボーによる浮き彫りのマリアはミニマリスムの影響を受け、布の襞は簡略化されています。そのためマリアはパッラ(羅 PALLA 古代ローマの女性用マント)を被っているように見えますが、この布にはレース細工のような縁取りがあること、これに加えてマリアがロザリオを持っていることから、マリアが被る布は薄絹のヴェールであると分かります。薄絹のヴェールとロザリオは、いずれも祈りすなわち神との対話を象徴します。





 浮き彫りの背景は、幅広の字体によるノッサ・セニョーラ・ダ・ファティマ(葡 Nossa-Senhora da Fátima ファティマの聖母)の文字で埋められています。この文字には透明感のある青色ガラスのエマイユが施され、メダイユ上部、マリアの後方に輝くオレンジ色の太陽とともに、本品の大きな特徴となっています。本品に施されている二色のエマイユは、最も古典的なエマイユ技法であるシャンルヴェ(仏 l'émail champlevé)によります。

 ヨーロッパ最大のエマイユ・シャンルヴェの産地は、フランス本土の中央から少し西にあるリモージュ(Limoges ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏オート=ヴィエンヌ県)です。リモージュは磁器の産地として有名ですが、ヨーロッパで磁器が作られ始めたのは、1768年、リモージュの南四十キロメートルにあるサン=ティリエ=ラ=ペルシュ(Saint-Yrieix-la-Perche ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏オート=ヴィエンヌ県)でカオリンが発見されて以降のことです。リモージュ産エマイユの歴史は磁器よりもはるかに古く、文献上の初出は 1167年ないし1168年頃に遡ります。





 1770年代に磁器製造が始まると、リモージュの産業構造はエマイユから磁器へと急速に転換します。これによって急速に衰えたリモージュのエマイユは、十九世紀に息を吹き返し、今日に至ります。

 フランスのエマイユは、十九世紀以来、ブル=カン=ブレス(Bourg-en-Bresse オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏アン県)でも制作されています。しかしながら技法と作風の両方において、リモージュのエマイユとブル=カン=ブレスのエマイユは大きく異なります。本品メダイはソミュール(Saumur ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏メーヌ=エ=ロワール県)のメダイユ工房ジ・バルム(la société J. Balme)が制作したものですが、ジ・バルムは本品をソミュールからリモージュに運び、エマイユ・シャンルヴェを施したものと考えられます。





 ノッサ・セニョーラ・ダ・ファティマの文字には、青いガラスが使われています。文字の下にある二つのモノグラム(組み合わせ文字)は、向かって左のペ・セ(PC)がフィリップ・シャンボーのイニシアル、向かって右のジ・ベ(JB)がメダイユ工房ジ・バルムのイニシアルです。


 聖母は常に普通の人に対して出現し給います。人間界にメッセージを伝えるのであれば、国王や皇帝、大統領、教皇、大主教などに出現すれば良さそうなものなのに、超自然的出現は常に普通の人、とりわけ何の地位も力も持たない貧しい農夫や幼い子供たち、一介の少女に対して起こるのです。そもそもマリアの場合がそうでした。マリアはローマの属領でさえない地方、いわば文明圏外と見做されていた田舎の村ナザレの少女でした。ファティマで聖母の出現を受けたのも社会の底辺ともいうべき無学な羊飼いで、しかも年端の行かない子供にすぎませんでした。

 「コリントの信徒への手紙 一」一章二十七節から三十節において、使徒パウロは次のように述べています。

     27.     神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。
     28.    また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。
     29.    それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。
     30.    神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。
         「コリントの信徒への手紙 一」一章二十七節から二十九節 新共同訳


 本品のエマイユにみられる青は、聖母のメダイユに相応しいブリュ・マリアル(仏 bleu marial マリアの青)であるとともに、パウロが言及する宗教的智慧、すなわち神が無力な者に対して、その無力さのゆえにこそ与え給うキリストの救いをも象徴しています。





 メダイユの左上にはオレンジ色の太陽があります。

 1917年10月13日、聖母はファティマとその周辺において、太陽が異常な光学的効果を伴って観察されるという奇跡を起こしました。聖母はこの日に奇跡を起こすことを数か月前から三人の子供たちに予告し、実際にその日が来ると、数万人が見守る中で、太陽が異常な見え方をする稀有な現象を惹き起こし給うたのです。この太陽の奇跡は、ファティマの子供たちによる幻視が真正の聖母出現であることを、カトリック教会に認めさせる有力な裏付けとなりました。

 本品においてメダイユ上部に輝く美しい太陽は、1917年10月13日の奇跡を表すとともに、ファティマにおける聖母出現の真正性の象徴、すなわち神とキリストと聖母から地上の人々に向けられた愛の象徴に他なりません。





 裏面には聖母が子供たちに出現し給うた時の様子が、ファティマのバシリカを背景に、定型化された浮き彫りで表されています。灌木の上に出現した聖母は、地面に跪く三人の子供たちに愛のまなざしを注ぎつつ、ロザリオを持つ右手を子供たちの方へと差し出しています。群像を取り巻くように、ポルトガル語で「ファティマのロザリオの聖母」(葡 Nossa Senhora do Rosário da Fátima)と記されています。

 シカゴ大学の神学部教授を務めたルーマニア人宗教学者ミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade 1907 - 1986)は、1957年の著書「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」(„Das Heilige und das Profane - Vom Wesen des Religiösen“, Rowohlts Deutsche Enzyklopädie, Nr. 31, Hamburg, 1957)の第一章において、世俗的人間と宗教的人間(宗教心のある人間)は住む世界が異なることを指摘しています。すなわち世俗的人間は幾何学空間のように均質な空間に取り巻かれて生きています。これに対して宗教的人間は、神の顕現(die Theophanie)が起こる聖地を支点にして、世界をコスモス化(独 die Kosmisierung)します。コスモス(希 κόσμος)とは秩序のことであり、世界をコスモス化するとは、世界に秩序と意味を与えることです。エリアーデは聖地こそが世界に秩序と意味を与えると考え、このような働きを為す聖地を世界軸(羅 AXIS MUNDI)あるいは固定点(独 ein feste Punkt)とも呼んでいます。





 ファティマの聖母は灌木の上に出現しました。地面から直立する灌木とその上に立ち給う聖母の姿は、アークシス(羅 AXIS 軸)すなわち世界軸の可視化であり、聖地ファティマが人の生きる時間(人生)と空間(生活圏)に意味を与える支点であることを、目に見える形で示しています。さらに聖母が子供たちに差し出すロザリオは、いわば聖地ファティマの延長です。なぜならばファティマに足を運べない人も、天使祝詞の祈りを通して自らが生きる時間と空間に意味を与えることができるからです。世界軸たる聖母がロザリオを差し出す本品浮き彫りの構図は、「日常における世界軸」としてロザリオを描いています。


 既に述べたように、我々が自分の考えを伝えたいとき、社会的地位ができるだけ高い人、影響力のある立場の人に話をするのが効果的だと考えます。しかしながら神がなさることは正反対です。神がその意思を世界中に伝えたいと望み給うとき、高位聖職者や政治的指導者ではなく、名も無き平民の子供たちを選び、キリストや聖母の出現が起こります。大人の心は頑(かたく)なで、神に聴き従うことができませんし、おそらく神の声が耳に届くことさえないと思われます。これに対して子供たちには神の声が良く聞こえます。子供たちの純粋な心は、我執(がしゅう)も計算も無く、素直に神に聴き従います。それゆえ神は大人にではなく、常に子供に語りかけ給います。

 子供たちが飼うは、キリスト者の象徴です。神は名も無き子供たちを、世界を導く霊的な羊飼いとして選び、聖母を遣わし給いました。本品の浮き彫りにはわれわれ自身の姿も彫られています。俗人も聖職者も、われわれ大人はみな子供たちと共に浮き彫りにされた羊であり、羊飼いの子供たちに導かれるべき存在です。





 本品は突出部分を除く直径が 30.4ミリメートル、最大の厚さ 3.4ミリメートルとたいへん大きな作品です。13.0グラムの重量は五百円硬貨二枚分弱に相当し、手に取ると心地よい重量を感じます。

 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 フィリップ・シャンボーはもう一点、本品とは別意匠の「ファティマの聖母」を制作しており、二点はいずれもエマイユ・シャンルヴェを使用した美しいメダイユに仕上がっています。本品の特徴はマリアの単身像であることで、キリスト教美術の伝統的表現に則り、将来の聖母は十三歳ぐらいの少女として表されています。

 本品は五十年以上前のフランスで制作された真正のヴィンテージ品ですが、珍しいことに未販売のまま新品の状態で残っていました。保存状態は極めて良好で、特筆すべき問題は何もありません。お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。下記は本体価格です。当店の商品は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払いでもご購入いただけます。ご遠慮なくご相談くださいませ。




28,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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