世界軸
axis mundi




(上) ゴヤによるヌエストラ=セニョラ・デル・ピラル聖堂のフレスコ画(部分)


 ヨーロッパ各地には柱上に安置される聖母像があり、聖母像が樹木の洞(うろ)から見つかったとの伝承も多く見られます。またサラゴサファティマにおけるように、聖母が柱上や樹上に出現する場合もあります。聖母と関連付けられる柱や樹木は、アークシス・ムンディー(羅 AXIS MUNDI 世界軸)が文字通りの細長い「軸」として、視覚的に明瞭な形で形象化されたものと考えられます。

 ラテン語「アークシス」(羅 AXIS)はギリシア語「アクソーン」(希 ἄξων)と同語源で、車軸、掛け金の軸、地軸など、回転する物の中心軸を指します。アークシス・ムンディー(世界軸)は聖地と同じものを指しますが、「聖地」が単に「聖なる世界に繋がる特別な地」という意味であるのに対し、「世界軸」という語には存在の序列、すなわち人の住む地上界が、聖なる世界に依存しているという観念が強く反映されています。

 本稿では円形地図の中央に置かれるエルサレムを世界軸の例として示したあと、ミルチャ・エリアーデの指摘に従って、宗教的人間の生活における世界軸の役割を確かめます。本稿の引用箇所において、エリアーデは世界軸を「固定点」(独 ein feste Punkt)と呼んでいます。


【アークシス・ムンディーとしてのエルサレム ― キリスト教における最大の世界軸】



(上) 1300年頃の円形地図「エプストルフの世界図」(die Ebstorfer Weltkarte) の複製。中心にエルサレムがあります。


 中世ヨーロッパの円形地図では、中心にエルサレムが描かれます。フィンランドの宗教学者ラルス=イヴァル・リングボム(Lars-Ivar Ringbom, 1901 -1971)は、1951年に「グラール神殿と楽園」(„Graltempel und Paradies - Beziehungen zwischen Iran und Europa im Mittelalter“, Wahlstrom & Widstrand, Stockholm, 1951)を著し、「大地の中心」としてのエルサレムについて論じています。

 同書 255 - 256ページから該当箇所を引用し、和訳を添えて示します。和訳は筆者(広川)によります。筆者の訳はドイツ語の意味を正確に移していますが、こなれた日本語になるように心掛けたため、逐語訳ではありません。文意が通じやすいように補った訳語は、ブラケット [ ] で囲みました。

      Für die christliche Vorstellung war es dann natürlich, den zentralen Ort auf Golgatha wiederzufinden, in der dort errichteten Grabeskirche; und so wurde denn auf den mittelalterlichen Radkarten Jerusalem ins Zentrum gerückt.     キリスト教的思考からすれば、ゴルゴタが、すなわちゴルゴタに建設された聖墳墓教会が新しく[世界]の中心地となるのは、当然のことであった。この結果、中世の円形地図では、エルサレムが中心へと戻された。
     Dies sieht man zum ersten Mal auf einer Karte von 1110, jetzt in Oxford; die ganze Vorstellung war jedoch auch im Abendland älter und liess sich ohne Schwierigkeit kartographisch darstellen; denn, wie Miller bemerkt, war nur eine unbedeutende Umformung des römischen Erdbilds nötig, um Jerusalem die zentrale Stellung einnehmen zu lassen.    これが最初に見られるのは、現在オックスフォードにある 1110年の地図である。しかしながら[聖墳墓教会を世界の中心とする]観念は、西洋においてもっと早い時期に十分に成立していたのであり、そのことは地図製作において明瞭に表れている。というのも、[聖墳墓教会を世界の中心とするためには、]ミラーが指摘する通り、ローマ的地理観に一か所の僅かな改変を加え、エルサレムに中心的地位を与えさえすればよかったからである。
     Eine Art astronomische Begründung erhielt diese Auffassung durch die schon von dem gelehrten Abt Adamnatus (geb. 624) gemachte, natürlich falsche Behauptung, eine Säule, an der Stelle des heiligen Kreuzes auf Golgatha errichtet, werfe zur Zeit der Sommersonnenwende mittags keine Schatten, da die Sonne dann in der Mitte des Himmels stehe.    [エルサレムが世界の中心であるという]この考え方には、一種の天文学説による基礎付けがあった。ゴルゴタの聖十字架が立った場所に一本の柱があり、夏至の正午に太陽が天頂に位置しても、その柱は影を作らない[という主張である]。この主張は自然科学的には間違っているのだが、学識ある修道院長アダムナートゥス(624年生まれ)によって既に述べられている。(註1)
     Ähnlich berichtet in 12. Jahrhundert ein isländer Pilger, der Abt Nikolaus von Thverá, über die Lage der Kirche des heiligen Grabes in Jerusalem: „Dort ist die Mitte der Welt. Dort scheint die Sonne am Johannistag gerade (senkrecht) aus dem Himmel herab.“    同様に十二世紀には、アイスランドの巡礼者である修道院長ニコラウス・フォン・トヴェラが、エルサレムなる聖墳墓教会の位置に関し、[次のように述べている。]「世界の中心は、その場所にある。聖ヨハネの日の太陽は、その場所では天からまっすぐに(垂直に)輝くのだ。」
     Auch Bibelstellen wirden zum Beweis angeführt, so vor allem Hesek. 5, 5, aber auch Ps. 74, 12, wo es nach dem im Mittelalter allein geltenden Text der Vulgata hiess: "Deus autem, rex noster ante saecula, operatus est alutem in medio terrae."    聖書の章句も論拠に挙げられる。まず「エゼキエル書」五章五節(註2)。さらに「詩編」七十四編十二節では、中世に通用した唯一の版であるヴルガタの本文において、[次のように書かれている。]「されど神は永遠の昔より我らが王なり。彼、地の真中(まなか)にて御業を為し給ふ。」
     Diese Worte wurden bereits von Heronymus, Hilarius und Theodoret auf Jerusalem und das Erlösungswerk hin gedeutet; für die Frommen des Mittelalters jedoch waren sie noch ausserdem mit kosmischer Mythik durchtränkt.    ヒエロニムス、ヒラリウス、テオドーレートスは、エルサレムと[そこで実現した]贖いの業に基づいて、これらの聖句を既に解釈していた。しかしながら信仰深い中世人の目から見れば、これらの聖句には[救済史的な意味に加えて、]世界の秩序に関するミュトスが浸潤していた。
     So schreibt z B Petrus Abelard: „Die Weltseele ist in der Mitte der Welt, denn Jerusalem, von dem die Erlösung kommt, liegt mitten auf der Erde.“    それゆえ、例えばペトルス・アベラルドゥスは、次のように書いている。「世界の魂は世界の中心に所在する。なぜなら救いの源であるエルサレムは、大地の中心に位置するからだ。」
         
      Die Gedanke, die Weltmitte sei dort, wo der Heiland sein Opfer vollbrachte, ist mit all seinen Folgen für eine nachkopernikanische Zeit schwer verständlich, denn es gilt, sich in ein durchaus christozentriches Weltbild hineinzudenken, in dem die Erde sowie das Weltall selbst von diesem bestimmten Zentrum aus nicht nur beeinflusst, sondern auch beherrscht werden.     救い主が完全なる犠牲を捧げ給うた場所こそが、世界の中心であるという思想、及びそこから帰結するあらゆる結論は、コペルニクス以降の時代[の人]にとって、理解しづらい。なぜならば徹頭徹尾キリスト中心の世界観に立って考える必要があるからである。その世界観に立つならば、大地並びに万物そのものが、確固としたこの中心点から影響を受けるのみならず、支配されるのである。
         
     Lars-Ivar Ringbom, „Graltempel und Paradies - Beziehungen zwischen Iran und Europa im Mittelalter“, Wahlstrom & Widstrand, Stockholm, 1951 S. 255 - 256   ラルス=イヴァル・リングボム「グラール神殿と楽園 中世におけるイランとヨーロッパの交流」 ストックホルム、ヴァールシュトロム・ウント・ウィルトシュトラント書店、1951年 255 - 256ページ 



 地球の自転軸は、黄道面(地球の公転軌道が為す面)と垂直な軸に対して、およそ二十三・四度傾いています。しかるにエルサレムは北緯三十一度付近にあります。したがって聖ヨハネの日(夏至)の太陽が、同地において天頂に南中することはありません。

 しかしながら七世紀の修道院長アダムナートゥス、及び十二世紀の修道院長ニコラウス・フォン・トヴェラは、夏至の太陽がゴルゴタまたは聖墳墓教会の真上に南中すると考え、エルサレムが有するこの特性を世界軸と結び付けて考えています。

 すなわちアダムナートゥスやニコラウス・フォン・トヴェラによると、世界軸とは「天上と地上を繋ぐ垂直の軸」であり、世界の中心を通るはずです。しかるに世界の中心にあるのは、エルサレムのゴルゴタまたは聖墳墓教会です。したがって世界軸はゴルゴタまたは聖墳墓教会を通る、と考えたのです。

 世界軸がエルサレムを通るという主張が、実際の天文現象を自然科学的態度で観察して導き出した結論ではなく、宗教的思惟に基づくことは、リングボムが引用するアベラールの発言からもうかがえます。すなわちアベラールの発言は、「エルサレムは救世の源である。しかるに救世は世界の中心において達成される。(あるいは、救世は世界の中心から広がる。)したがってエルサレムは世界の中心である。」との考えに基づいています。


【世界軸によるコスミジールンク ― 意味賦与の支点として働くアークシス・ムンディー】

 アークシス・ムンディーは宗教的世界認識の支点であり、有(羅 ENS, ENTES 存在する事物)の総体であるウーニウェルスム(羅 UNIVERSUM 宇宙)に秩序と意味を与えます。

 シカゴ大学神学部教授ミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade 1907 - 1986)は、ルーマニア生まれの宗教学者です。エリアーデ教授の著作は多くがフランス語によりますが、パリからアメリカに移住した1957年の著書「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」(„Das Heilige und das Profane - Vom Wesen des Religiösen“, Rowohlts Deutsche Enzyklopädie, Nr. 31, Hamburg, 1957)はドイツ語で著されています。

 同書の第一章においてエリアーデ教授が論ずるところによると、世俗的人間と宗教的人間(宗教心のある人間)は、住む世界が異なります。世俗的人間を取り巻くウニヴェルズム(独 das Universum 世界 註3)の各部に質的差異は無く、「聖なる空間」(聖なる場所、聖地)は存在しません。世俗的人間が経験する空間はあたかも幾何学空間のように均質であり、無限に分割することができます。世俗的人間が経験する空間は、如何なるオーリエンターチオー(羅 ORIENTATIO 方向づけ)にも馴染みません。

 これに対して宗教的人間は、神の顕現(die Theophanie)が起こる聖地を支点にして、ウニヴェルズム(世界)をコスモス化(独 die Kosmisierung)します(註4)。すなわち聖地こそがウニヴェルズムに意味を与えるのです。このような働きを為す聖地を、エリアーデは世界軸(羅 AXIS MUNDI)とも固定点(独 ein feste Punkt)とも呼んでいます。


 ミルチャ・エリアーデ「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」の第一章「聖なる空間と世界の聖化」(Kapitel I, Der heilige Raum und die Sakralisierung der Welt)から、「空間の均質性と聖なるものの顕現」(Homogenität des Raums und Hierophanie)の一部を引用し、和訳を添えて示します。和訳は筆者(広川)によります。筆者の訳はドイツ語の意味を正確に移していますが、こなれた日本語になるように心掛けたため、逐語訳ではありません。文意が通じやすいように補った訳語は、ブラケット [ ] で囲みました。

      Doch wollen wir diesen Aspekt des Problems zunächst beiseite lassen und uns auf den Vergleich der beiden in Frage stehenden Erfahrungen - der Erfahrung des heiligen Raums und der Erfahrung des profanen Raums - beschränken.     しかしながら[議論を]始めるにあたり、問題のこの側面は脇に除けておき、いま問われている二つの経験 ― すなわち聖なる空間の経験と、俗なる空間の経験 ― を比較することだけを考えよう。
         
     Wir erinnern uns: die Offenbarung eines heiligen Raums gibt dem Menschen einen >festen Punkt< und damit die Möglichkeit, sich in der chaotischen Homogenität zu orientieren, >die Welt zu gründen< und wirklich zu leben.    ここで思い起こされるのは、次のことである。すなわちひとつの聖なる空間が啓示されれば、人間は[これによって]ひとつの「固定点」を得る。そしてその固定点を使えば、人間は無秩序な均質性のうちにありながらも自身を方向づけ、「世界を基礎づけ」、真に生きる可能性を得る。
         
     Die profane Erfahrung dagegen bleibt bei der Homogenität und folglich der Relativität des Raums.    これに対して、俗なる経験は均質性に留まり、その結果として、空間の相対性に留まることになる(註5)。
     Eine wahre Orientierung ist unmöglich, denn der >feste Punkt< ist nicht mehr eindeutig ontologisch bestimmt; er erscheint und verschwindet je nach den Erfordernissen des Tages.    [俗なる人間にとって、]真の方向づけは不可能である。なぜならば[俗なる人間の経験においては]「固定点」がもはやはっきりと存在論的に決定されないからである。その日の必要に応じて、固定点が現れたり消えたりするのだ。
     Es gibt, also eigentlich keine >Welt< mehr, sondern nur noch Fragmente eines zerbrochenen Universums, eine amorphe Masse unendlich vieler mehr oder weniger neutraler >Orte<, an denen der Mensch sich bewegt, getrieben von den Verpflichtungen des Lebens in einer industriellen Gesellschaft.    それゆえ、本来的に言えば、[俗なる人間にとって]もはや「世界」は存在せず、ただ壊れたウニヴェルズムのかけらが残るのみである。ウニヴェルズムのかけらは不定形の塊で、無限に多くの数の、多少なりとも中性的な場所から成っている。産業社会の生活によって生じる様々な義務に急き立てられて、人はそこを動くのである。
         
     Mircea Eliade, „Das Heilige nd das Profane - Vom Wesen des Religiösen“, Rowohlts Deutsche Enzyklopädie, Nr. 31, Hamburg, 1957, Kapitel I, Der heilige Raum und die Sakralisierung der Welt (Homogenität des Raums und Hierophanie)    ミルチャ・エリアーデ「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」 第一章「聖なる空間と世界の聖化」 《空間の均質性と聖なるものの顕現》



 宗教的人間が経験する聖なる空間と、世俗的人間(宗教心が希薄な人間)が経験する俗なる空間は、性質が全く異なります。上の引用個所では本来の主題である前者よりも、むしろ後者に多くの言が費やされていますが、我々が日ごろ無自覚に経験している「俗なる空間」の特性を分析することで、「聖なる空間」の特性が逆照射されて浮かび上がります。

 宗教的人間にとって、聖なる空間は「固定点」(独 ein feste Punkt)です。固定点は世界軸と同じもので(註6)、聖なる世界に向けて開いた窓に譬えることができます。無秩序で均質であった世俗的空間は、固定点を得ることによって基礎付けられ、意味を獲得します。

 人が生きる世界は、固定点において、至高の存在と関連付けられます。エリアーデはこれを「世界の聖化」(独 die Sakralisierung der Welt)と呼んでいます。聖化された世界に生きる人は、日々の生活と人生において進むべき方向を示されます。聖化された世界においてこそ、人は真に生きる(すなわち、生きるべき生を自覚して生きる)可能性を得るのです。


 「在りて在る者」(希 ὄντως ὄν)がモーセに顕現し給うたホレブ(「出エジプト記」三章)をはじめ、ヤコブが天の梯子の夢を見たベテル(「創世記」二十八章)、イエスが十字架にかかり給うたゴルゴタ、キリストの聖墳墓、エルサレム神殿、ジグラット、ボロブドゥール寺院、メッカのカーバ、ロルシュ年代記が言及する、カール大帝によって破壊されたエレスブルクの聖所と聖樹等の聖地は、いずれも均質な空間に開いた孔であり、至高の存在に通じる固定点、聖なる世界と繋がる世界軸です。

 宗教的人間は、固定点(世界軸)によって聖化されない世界に生きることができません。空間は固定点(世界軸)を得ることによってはじめてコスモス化し、居住可能な「我らの世界」になります。この実例として分かりやすいのはスペイン人が新大陸に立てた十字架です。十字架は未開地を聖化し、コスモス化して、「我らの世界」に編入する働きを有したのです。


【付論 ― 東洋の宗教における世界軸】

 「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」の中で、エリアーデは世界軸が多くの場合に高所にあること、あるいはジグラットやボロブドゥール寺院のような高層建築物が世界軸と同一視されたことを指摘しています。同書に言及はありませんが、須弥山(しゅみせん)はまさにこの属性を有します。

 インドに関して言えば、マウリヤ朝第三代の王アショカは、ダルマ(法)による統治を目指して磨崖や石柱に法勅を刻みました。アショカは三十本の石柱を建てたと言われ、そのうち十本が確認されています。インドにはもともとガルダを讃えて地面に木柱を立てる習慣があり、アショカの石柱はこの伝統の延長線上にあります。ガルダはヴィシュヌが乗る神鳥であり、その木柱は世界柱と考えられます。


 仏教に関して言えば、最初の仏像が確認できるのはガンダーラ美術やマトゥラー美術の時代で、これは神像や英雄像を盛んに制作したギリシア・ローマ文明がインドに影響を及ぼした結果です(註7)。それ以前の時代に礼拝の対象であったのは人間の姿をした仏像ではなく、舎利を収めた仏塔(ストゥーパ)でした。「大般涅槃経」によると、死期が迫った仏陀は遺体の処置を問うアーナンダに、自身の遺体を火葬し、四方に通じる道の辻に仏塔を建てるよう命じました。こうして仏舎利を納めた八分起塔、及び骨壺を収めた瓶塔と、遺灰を納めた灰塔の合わせて十塔が、最初の仏塔として建てられました。

 インドの仏塔はサーンチー大塔に見られるような伏鉢(ふくはつ)型で、頂部の平頭に傘蓋(さんがい)を立てます。サーンチ大塔は直径三十六メートル余、高さ十六メートル余と巨大な規模で、インドにはこのように大きな仏塔の遺跡が多数残ります。初めに建てられた小さな塔が、増広(ぞうこう)によって大塔となる場合も多くあります。時代が下るにつれ、仏塔は基壇、伏鉢・塔身、傘蓋・相輪のすべてにおいて縦に伸びる傾向があり、ガンダーラのローリヤン・タンガイ(Loriyan Tangai)遺跡で出土した小塔に、その好例を見ることができます。わが国の木造仏塔は、この傾向がさらに極端に推し進められた結果です。

 仏陀の舎利を納めた仏塔は、仏教徒にとって世界軸に他なりません。どこまでも高く上昇しようとするその意匠は、他宗教の高層建築物と同様に、聖なる世界への憧れを示しています。


(下) ローリヤン・タンガイの小塔 高さ 115センチメートル カルカッタ、インド博物館蔵




 世界軸の観念は、山岳宗教の霊山にもよく適合します。

 修験道はわが国固有の山岳宗教です。修験道の最も重要な霊山は吉野の大峯山(山上ヶ岳、金峯山)で、国軸山とも呼ばれました。修験道は道教から強い影響を受けています。金や水銀は道教において丹(たん 不老長寿の薬)の原料ですが、金峯山は実際にこれらの金属を産します。それゆえ大峯山は金御嶽(かねのみたけ)とも呼ばれ、聖武天皇は東大寺大仏建立の際に、高僧たちの進言に従って、鍍金に必要な金と水銀を金峯山から得ようと考えました(註8)。金御嶽に対して、国ごとの中心となる霊山は国御嶽(くにみたけ)と呼ばれました。

 木曽の御岳は大峯山、羽黒山、富士山、英彦山(ひこさん)等と並んで最も重要な聖地です。諸国の霊山は御岳(みたけ)と呼ばれますが、木曽の御岳は「おんたけ」と読まれて特別な地位にあります。筆者が知る限り、木曽の御岳は国軸山と呼ばれてはいませんが、木曽修験における同山は、最も重要な世界軸に他なりません。

 立山もまた山岳信仰の霊山です。立山連峰の北部にある剣岳はとりわけ急峻で、近世以前に登頂した者はいないと思われていましたが、1907年に測量のための登頂が行われた際、山頂で平安初期の笏杖頭と鉄刀が見つかりました。立山曼荼羅が示すように立山は他界であり、極楽と地獄が現世と出会う所です。天を摩する急峻な山々と、火山活動に伴って有毒ガスが噴出する地獄谷を有する立山連峰は、山岳信仰における世界軸の一つです。


 神道に関して言えば、その宇宙観は高天原(たかまがはら)、豊芦原中国(とよあしはらなかつくに)、黄泉(よみ)の三層構造となっています。「日本書紀」垂仁天皇の段によると、皇祖神アマテラスの祭祀は宮中から檜原神社(註9)に移され、さらにこれが伊勢に遷しました。すなわち檜原神社と伊勢は高天原と豊芦原中国を垂直に結ぶ場所であり、世界軸が通る聖地といえます。



註1 Eine Art astronomische Begründung erhielt diese Auffassung durch die schon von dem gelehrten Abt Adamnatus (geb. 624) gemachte, natürlich falsche Behauptung, eine Säule, an der Stelle des heiligen Kreuzes auf Golgatha errichtet, werfe zur Zeit der Sommersonnenwende mittags keine Schatten, da die Sonne dann in der Mitte des Himmels stehe.

直訳 一種の天文学的基礎付けが、学識ある修道院長アダムナートゥス(624年生まれ)によって既に為されていた自然科学的に間違った主張を通して、この考え方の支えになっていた。ゴルゴタには聖十字架の場所に一つの柱が建っていて、太陽が天の中央に位置する夏至の正午に、その柱は影を作らない[というのである]。


註2 ドイツ聖書協会訳 Hezekiel 5: 5

 So spricht Gott der HERR, Das ist Jerusalem, das ich mitten unter die Heiden gesetzt habe und unter die Länder ringsummer!

 新共同訳 「エゼキエル書」 五章五節

 主なる神はこう言われる。「これはエルサレムのことである。わたしはこの都を国々の中に置き、その周りを諸国が取り巻くようにした。…」


註3 ドイツ語ウニヴェルズム(独 das Universum)は、ラテン語の名詞ウーニウェルスム(羅 UNVERSUM 世界全体、宇宙全体)を借用した語。ラテン語ウーニウェルスムは形容詞ウーニウェルスス(羅 UNVERSUS, -A, -UM)の中性単数主格・対格形で、「ひとまとめの事物」「全体」を意味する。

 ちなみに漢語の「宇宙」は、「空間と時間」「時空」を意味する。「宇」は家の四方の隅が原意で、天地の四方、すなわち空間を表す。「宙」も原意は屋根の棟梁間のふくらみを指し、空間の意味であるが、宇との対比においては時間を表す。


註4 ドイツ語ウニヴェルズム(独 das Universum)の語源であるラテン語ウーニウェルスムは、ギリシア語コスモス(希 κόσμος)とは違って、「秩序」の概念を含まない。それゆえウーニウェルスムは容易にカオス(希 χάος)に転落し得る。ウーニウェルスムが秩序と意味を獲得してコスモスとなり、またコスモスの状態に留まるには、外部からの働きかけを必要とする。ウーニウェルスムに秩序と意味を賦与するこの作用を、エリアーデはコスモジールンク(独 die Kosmisierung コスモス化)と呼ぶ。


註5 俗なる人間が経験する空間は均質であり、空間の或る部分と別の部分は相対的な位置関係によって区別されるのみである。俗なる人間にとって、自身を取り巻く空間は、どの部分も質的固有性を有さない。「空間の相対性に留まる」(bleibt bei ... der Relativität des Raums)とは、俗なる人間がそのような空間に取り巻かれたままである、という意味。


註6 アークシス・ムンディー(羅 AXIS MUNDI 世界軸)という語はエリアーデも使っており、「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」の第一章でも、引用箇所とは別の箇所に使われている。

 アークシス・ムンディーは神聖なる存在の住まう世界と人間が住まう地上界を結ぶ軸で、これら二世界全体を視野に入れて論じる際に、二世界の連結部を指してこのように呼ぶ。これに対してアイン・フェステ・プンクト(独 ein feste Punkt)とは、地上界の人間に対して神聖なる存在が啓示した聖地のことである。地上界は聖地において神聖なる他界と繋がっているゆえに、アイン・フェステ・プンクトもやはり二世界の連結部を指す。アークシス・ムンディーとアイン・フェステ・プンクトは概念的には区別されるが、指示される物(事象)は同一である。


註7 新約外典「使徒ユダ・トマスの第一行伝」(「トマス行伝」)によると、キリストの昇天後、使徒たちが各々の宣教すべき地を籤で決めたとき、トマスにインドが当たったが、トマスはこれを嫌がる。キリストはトマスの夢に現れてインド宣教を命じるが、使徒は主の命令を頑強に拒む。一方、インドの王グンダファル(グードナファル)は商人ハバンに対し、シリアから優秀な大工を連れてくるようにと命じていた。キリストはハバンが大工を探し歩いているのを見て、トマスを自分の奴隷で大工であると言い、銀二十枚でハバンに売る。ハバンはトマスを大工としてインドに連れて行く。

 「トマス行伝」が伝えるこの話は、当時のインドが西方から技術の導入を進めていた事実を反映している。グンダファル王は、パルティア王国のゴンドファルネースに比定されている。


註8 「今昔物語集」巻第十一 聖武天皇始造東大寺語第十三(しやうむてんわうはじめてとうだいじをつくりたまふことだいじふさむ)から、実践女子大学蔵二十六冊本に基づいて引用する。

 天皇悲ビ給フ事無限シ。其時ノ止事無僧共ヲ召テ、「何ガ可為キ」ト令問給フニ、申テ云、「大和国、吉野ノ郡ニ大ナル山有リ。名ヲバ金峰(かねのみたけ)ト云ふ。山ノ名ヲ以テ思フニ、定テ其山ニハ金有ラム。亦、其山ニ護ル神霊在マスラム。其レニ令申可給キ也」ト。

 天皇の宣旨を賜った僧良弁が七日七夜祈ると、僧が夢に出てきて、次のように告げた。

 此ノ山ノ金は、弥勒菩薩ノ預ケ給ヘレバ、弥勒ノ出世ノ時ナム可弘キ。其前ニハ難分シ。我レハ只護ル計也。

 金峰(かねのみたけ)に埋蔵されている金(こがね)は弥勒菩薩下生のときに役立てられるべきものであり、東大寺大仏のために得ることはできなかった。僧形で夢に出てきた金峰の神の託宣に従い、良弁は近江国勢田の南、椿崎の山に如意輪観音の堂を造って、金が得られるように祈った。すると陸奥の国及び下野の国から砂金が齎され、その質は先に購入した震旦(Sanscr. Cīnasthana 支那)の金よりも良かった。

 なお「宇治拾遺物語」巻第二ノ四「金峰山薄打の事」によると、ある男が金峯山で十八両の黄金を拾った、男がそれで薄(はく)を打ち、東寺の仏像用として検非違使に売ったところ、薄に「金ノ御嶽」の文字が浮かび上がった。これによって薄の黄金が金峯山産であると露見し、男は捕らえられて十日で獄死した。


註9 檜原神社(ひばらじんじゃ 奈良県桜井市)は、大神神社(おおみわじんじゃ)の摂社。大神神社の神体は三輪山であるから、山岳信仰と同様に、やはり山が世界軸になっている。

 全般的傾向として、仏寺が谷間に在るのに対し、神社は岬、山の端(はな)、山頂に所在する。これは神が高所や陸地の先端部に降臨することを示す。高所や陸地の先端部は、いずれも世界軸にふさわしい場所である。

 なお西洋においてもこれと同様の傾向が見られる。ヨーロッパ各地の孤峰や島に大天使ミカエル出現の伝説があること、それらの多くがもともと異教の聖所であったことは好例として挙げられよう。ミカエルの聖所である島はノルマンディーのモン・サン・ミシェル、コーンウォールのセイント・マイクルズ・マウント、アイルランドのスケリッグ・マイクルが有名である。


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