マッツォーニ作 「これにて勝利せよ」 フランスを聖心に捧げ、神の愛による支配を祈るメダイ 第一次大戦期 直径 18.6 mm


突出部分を除く直径 18.6 mm

フランス  1914 - 18年



 第一次大戦期、すなわち 1914年から 1918年頃に制作されたメダイ。マルグリット=マリは教皇ベネディクトゥス15世によって 1920年に列聖されますが、本品はそれよりも以前に制作されたゆえに、マルグリット=マリに後光が彫られていません。





 メダイの一方の面には、頭上に輝く聖心を見上げて礼拝するマルグリット=マリ・アラコック (Ste. Marguerite-Marie Alacoque, 1647 - 1690) を浮き彫りにしています。マルグリット=マリは聖母訪問会の修道衣姿で、胸にはクルシフィクスを提げています。

 メダイの作者はマッツォーニ (Mazzoni) で、メダイの縁に近いところに名前が刻まれています。マッツォーニはアール・デコ期のフランスにおいて、数々の美しい美術メダイユ及び信心具としてのメダイユ(メダイ)を制作したことで知られ、本品においてもすっきりとまとめたデザインの中に、視線の向きまで分かるマルグリット=マリの横顔、粗衣である修道衣の自然な襞を見事に再現しています。細部の出来栄えも優れており、胸の前に合わせた手の表情、胸に見えるクルシフィクスも写実的かつ美しく造形されています。クルシフィクスに関して言えば、本品の直径は 18.6ミリメートルですから、コルプスの身長は 1ミリメートルに満ちませんが、人体各部は正しい比例関係で浮き彫りにされており、細密彫刻としても優れた仕上がりです。



 上空に現れた光り輝く聖心をマルグリット=マリが仰ぎ見る本品の意匠は、コンスタンティヌス帝が目撃した十字架の奇跡を思い起こさせます。

 カイサレアのエウセビオス (Εὐσέβιος ὁ Καισάρειος, c. 265 - 339) 著「コンスタンティヌスの生涯」("Vita Constantini") 1巻 28節によると、312年10月27日の正午頃、コンスタンティヌス帝が政敵マクセンティウスとの決戦を翌日に控えているときに、光り輝く十字架が上空に現れ、その十字架には「エン・トゥートー・ニカ」( Ἐν τούτῳ νίκα ギリシア語で「これにて勝利せよ」の意)という文字が書かれていました。コンスタンティヌスはマクセンティウスとの決戦に勝利してローマの西の正帝となり、翌313年に東の正帝リキニウスとの連名で「ミラノ勅令」を発布します。ローマ帝国におけるキリスト教徒迫害はこの勅令によって終わりました。コンスタンティヌス帝は母ヘレナの影響を受けて、自身もキリスト教徒になったと考えられており、東方正教会ではキリスト教の偉大な守護者、聖人とされています。




(上) Giulio Romano (1499 - 1546) e Raffaellino Del Colle (1495 - 1566), "la Visione della Croce", 1520 - 1524, affresco, Sala di Constantino, Musei Vaticani


 コンスタンティヌス大帝が古代におけるキリスト教の守護者であったのと同様に、フランスは「カトリック教会の長姉」(fille aînée de l'Église)、すなわちカトリック教会の守護者であると考えられています。ところでマルグリット=マリがパレ=ル=モニアル修道院長に宛てた1689年6月17日の手紙には、キリストがマルグリット=マリに語った言葉が次のように記録されています。

 Fais savoir au fils aîné de mon sacré Cœur – parlant de notre roi – que, comme sa naissance temporelle a été obtenue par la dévotion aux mérites de ma sainte Enfance, de même il obtiendra sa naissance de grâce et de gloire éternelle par la consécration qu'il fera de lui-même à mon Cœur adorable, qui veut triompher du sien, et par son entremise de celui des grands de la terre.
 Il veut régner dans son palais, être peint dans ses étendards et gravé dans ses armes, pour les rendre victorieuses de tous ses ennemis, en abattant à ses pieds ces têtes orgueilleuses et superbes, pour le rendre triomphant de tous les ennemis de la sainte Église.

(Marguerite-Marie d'Alacoque, Lettre IIC, 17 juin 1689, Vie et œuvres, vol. II, Paray-le-Monial)
   わが聖心の長子(ルイ14世)に伝えよ。王は幼子イエズスの功徳によって儚(はかな)きこの世に生まれ出でたのであるが、崇敬されるべきわが聖心に自らを捧げるならば、永遠の恩寵と栄光のうちに生まれるを得るであろう。わが聖心は王の国を支配し、また王を仲立ちにして地上の諸君主の国々を征服することを望むからである。
 わが聖心は王の宮殿にて統べ治め、王の軍旗に描かれ、王の紋章に刻まれることを望む。そうすれば王はすべての敵に勝利し、驕り高ぶる覇者たちの頭をその足下へと打ち倒し、聖なる教会のすべての敵を征服するであろう。

(「マルグリット=マリの生涯と著作 第二巻」より、1689年6月17日付第98書簡)


 キリストの啓示によると、フランスを聖心に捧げるならば、フランスは勝利し、フランスを仲立ちとして、聖心(神の愛)の支配がすべての国々に及びます。上空で光を放つ聖心は、フランスにとっていわばコンスタンティヌスの十字架であり、キリストからフランスに向けた「これにて勝利せよ」とのメッセージに他ならないのです。


 以上に明らかなように、本品の意匠は19世紀以来続く「悔悛のガリア」(GALLIA POENITENS) の系譜に位置づけられます。19世紀後半における「悔悛のガリア」の国民運動が、当時のフランスに大きな影響を与えたことは良く知られていますが、この運動は19世紀のみにとどまるものではなく、20世紀の初めにフランスを襲った国難、第一次世界大戦においても顕著な形を取って現れました。すなわち 1915年 6月11日には「フランスを聖心に奉献する」儀式が、1917年 6月 15日には「連合国軍の兵士たちを聖心に奉献する」儀式が、1919年 10月 16 - 19日にはモンマルトルのサクレ=クール教会を聖心に奉献する儀式が、いずれもフランスの全枢機卿の名においてパリ大司教が布告し、フランス全土のカトリック教会で執り行われたのです。この事実からは、20世紀に入って十数年が経っても、「悔悛のガリア」の思想がフランス人の精神に強く働きかける力を保っていたことがわかります。

 第一次世界大戦期に行われた「聖心へのフランス奉献」には、「戦勝を祈願する」「対独戦争を聖戦と位置付ける」「国教に準ずる宗教としてのカトリック再興を試みる」という側面があると考えられます。最後の点に関しては、第三共和政が政教分離と社会の世俗化を極端なまでに推し進め、フランス国内のカトリック教会を反キリスト教的といえるまでに迫害したこと、及びアンシアン・レジーム期まではカトリックが事実上の国教であったのに対して、近現代では「信仰」が個人の問題とされるようになったことへの反動が背景にあります。

 したがってマルグリット=マリが頭上に輝く聖心を見上げる構図には、本品が制作されたおよそ百年前、当時のカトリック教会がフランスの奉献によって実現しようとした願い、すなわち「対独戦の聖戦化と戦勝」及び「フランス社会全体のカトリック化」、さらにはド・ソメーズ院長に宛てた1689年6月17日の手紙でマルグリット=マリが書いているように、「聖心に捧げられたフランスを仲立ちにし、神の愛の支配がすべての国々に広まるように」という願いが籠められているのです。





 メダイのもう一方の面には三輪の花を咲かせる百合が浮き彫りにされています。百合は「神による選び」の象徴であり、三輪が開花している本品の浮き彫りは、三位一体の神がフランスを選び給うたことの表現に他なりません。

 「百合」「三」「フランス」の関連付けは、百合の花を様式化したものと考えられているフルール・ド・リス (fleur de lys) に関しても行われています。ルイ9世の時代、フルール・ド・リスの三枚の花弁は三つの徳、すなわち「信仰」「智慧」「騎士道」を表すとされました。ギョーム・ド・ナンジ (Guillaume de Nangis, + 1300) は「ルイ9世伝」(Gesta Ludovici IX) において次のように述べています。

 Puisque Notre Père Jhésus-Christ veut espécialement sur tous autres royaumes, enluminer le royaume de France de Foy, de Sapience et de Chevalerie, li Roys de France accoustumèrent en leurs armes à porter la fleur de liz paincte par trois fueillées (feuilles), ainsi come se ils deissent à tout le monde: Foi, Sapience et Chevalerie sont, par la provision et par la grâce de Dieu, plus habondamment dans nostre royaume que en ces aultres.    われらの御父イエズス・キリストは、他の諸王国にも増して特別に、信仰と智慧と騎士道によってフランスを照らすことを望み給う。フランスの諸王は三枚の花弁を有するフルール・ド・リスを紋章に描く習わしであるが、これは信仰と智と騎士道が、神の摂理と恩寵により、他の国々よりもわれらの王国において豊かに存するということを、すべての人に知らしむるためである。





(上) マタイによる福音書 6章 26 - 30節 「神は空の鳥を養い、野の花を装わせ給う」 12 x 7 cm 石版画にエンボス ロワール、プラディーヌ修道院 1940年代中頃 当店の商品です。


 また百合には「摂理への信頼」という意味もあります。当初短期で終結すると思われた戦争が日々拡大、長期化し、市民が巻き添えとなって未曽有の被害が出るなかで、イエスが鳥や白百合を引き合いに出して「明日のことを思いわずらうな」と語り給うた説教(「マタイによる福音書」6章26~34節)は、大きな慰めになったことでしょう。この部分をルイ・スゴン版フランス語聖書と新共同訳により示します。

26 Regardez les oiseaux du ciel: ils ne sèment ni ne moissonnent, et ils n'amassent rien dans des greniers; et votre Père céleste les nourrit. Ne valez-vous pas beaucoup plus qu'eux? 空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。 
27 Qui de vous, par ses inquiétudes, peut ajouter une coudée à la durée de sa vie?   あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。
28 Et pourquoi vous inquiéter au sujet du vêtement? Considérez comment croissent les lis des champs: ils ne travaillent ni ne filent;   なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。
29 je vous dis que Salomon même, dans toute sa gloire, n'a pas été vêtu comme l'un d'eux.   しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
30 Si Dieu revêt ainsi l'herbe des champs, qui existe aujourd'hui et qui demain sera jetée au four, ne vous vêtira-t-il pas à plus forte raison, gens de peu de foi?   今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。
31 vous inquiétez donc point, et ne dites pas: Que mangerons-nous? que boirons-nous? de quoi serons-nous vêtus?   だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。
32 toutes ces choses, ce sont les païens qui les recherchent. Votre Père céleste sait que vous en avez besoin.   それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。
33 premièrement le royaume et la justice de Dieu; et toutes ces choses vous seront données par-dessus.   何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
34 Ne vous inquiétez donc pas du lendemain; car le lendemain aura soin de lui-même. A chaque jour suffit sa peine.   だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。


 この部分において、新共同訳が「野の花」と訳している語は、ギリシア語原文では「野の百合」であり、フランス語訳でも「レ・リ・デ・シャン」(les lis des champs 野の百合)となっています。





 20世紀前半のフランスでは、19世紀に引き続き、キリストの聖心にフランスを奉献する「悔悛のガリア」の運動が盛んに行われていました。本品はこの流れに位置づけられ、近世以来のフランス宗教史、精神史、社会史を映し出す鏡のような作例となっています。表(おもて)面の浮き彫りは四世紀から伝わるコンスタンティヌスの奇跡譚を源泉とし、古代教会以来のキリスト教史を前提にしてはじめて成り立つ意匠といえます。簡素な図像によりながらも、非常に深い歴史性を秘めた興味深い作例です。





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