ブイ作 アール・デコ様式によるノエルのプラケット 《聖バルバラと聖アデリア 16.5 x 13.1 mm》 変形八角形の珍しい作例 フランス 1910 - 30年代



突出部分を含むサイズ 縦 16.5 x 横 13.1 mm   最大の厚さ 2.0 mm   重量 1.3 g




 1910年代ないし 20年頃のフランスで制作されたふたりの聖女のプラケット。プラケット(仏 une plaquette)とは円くないメダイユのことです。





 表(おもて)面は直径九ミリメートルの円形メダイの外側に直線的な枠状のデザインを付加し、珍しい八角形の輪郭としています。円形メダイは二十世紀前半のフランスで活躍したメダユール(仏 un médailleur メダイユ彫刻家)、ブイ(Bouix)の作品で、ニコメディアの聖バルバラ(Ἁγία Βαρβάρα της Νικομηδείας)を浮き彫りにし、サンクタ・バルバラ(羅 SANCTA BARBARA 聖バルバラ)の文字で囲みます。

 聖バルバラはギリシアの植民市ニコメディアで生まれ、ヘリオポリス(レバノンの古代都市バールベク)で殉教したと伝えられる三世紀の殉教処女で、異教徒の父により塔に閉じ込められたという聖人伝で知られます。本品において小メダイに彫られたバルバラは半ば瞑目し、マヌース・ウェーラータエ(羅 MANUS VELATAE 複数主格形)すなわち布で覆った両手で、小さな塔とナツメヤシの葉を捧げ持っています。塔は聖バルバラのアトリビュート(英 attribute)すなわち聖人に固有の持物(じぶつ)で、この聖女がバルバラであることを示しています。ナツメヤシの葉は殉教者に与えられる勝利の印です。







 「レゲンダ・アウレア」によると、バルバラは異教徒の父によって塔に閉じ込められましたが、父の不在中に石工たちに指示して塔の内部に浴室を作らせ、司祭を招いて洗礼を受けました。

 現在のカトリック教会では額に水を垂らして洗礼を行ないますが、ロマネスク期までの洗礼は全身を水に浸していました。この方法による洗礼は全身がずぶぬれになりますので、聖堂の隣には専用の洗礼堂がしばしば設けられました。「創世記」一章一節から二章四節によると、神は六日間で天地を創造し、七日目に休み給いました。この故事に基づき、キリスト教では七日が一つの周期と考えられています。そして七の次の数である八は新しい周期の始まりと考えられるようになり、八角形の平面プランに基づく洗礼堂が多く建てられました。洗礼はキリスト者として新生する儀式であり、しかるに洗礼堂は霊的新生の場所であるゆえに、その平面プランには八角形が相応しいと考えられたからです。





 1910年代から 1930年代にかけて、フランスではアール・デコ様式が装飾美術の世界を席捲しました。本品はこの時代に制作されたものであり、直線的な枠で円を囲む意匠はアール・デコ様式に拠ります。しかしながら本品の意匠は時代の影響を受けつつも、中世から受け継いだ「八」の象徴性のうちに、地上の命を失うことで天上に新生した殉教処女の栄光を表しています。





 円形メダイと八角形の枠の間には、上部に三輪の百合、下部に三輪の薔薇が刻まれています。

 百合が純潔の象徴であることはよく知られていますが、同時に百合は神の摂理を信頼する揺るぎなき信仰の象(かたど)り、並びに神による選びの象徴でもあります。聖バルバラは地上の結婚を拒んでキリストに仕えることを望み、いくら説得されてもその信仰は揺るがず、遂には殉教者の列に加わりました。このようなバルバラにとって百合はこの上なく相応しい花といえます。三輪の百合はこの花が有する三つの意味を表すとともに、バルバラ幽閉の塔に開けられた三つの窓と同様、三位一体による祝福の象りでもあります。

 薔薇はアフロディーテー(ウェヌス)の花であり、もともと性愛を象徴しました。しかるに深紅の薔薇は五枚の花弁がキリストの五つの傷、すなわち両手、両足、脇腹の傷を思い起こさせるゆえに、中世のヨーロッパにおいて、薔薇は神の愛を象徴する花となりました。さらに十字軍が東方から持ち帰ったダマスク・ローズは、花弁を大きく開く形が伝説の聖杯、すなわちキリストの血を受けたと伝えられる聖杯を思わせるゆえに、神の愛の象徴性をいっそう強めました。本品プラケットに彫られた三輪の薔薇は三位一体の神がバルバラを愛する愛を可視化するとともに、バルバラが地上の生命を捨てて貫いた三位一体への愛をも表しています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。バルバラの顔と手は一ミリメートル強、百合の直径はちょうど一ミリメートルほど、薔薇の直径は一ミリメートル強に過ぎませんが、どの部分をとっても均整が取れています。高さ二ミリメートルの塔は、石材のひとつひとつが表現されています。





 メダイユの裏面には修道衣を着た女性の全身像が浮き彫りにされています。女性は右手に修道院長の牧杖を持ち、マヌス・ウェーラータ(羅 MANUS VELATA 単数主格形)すなわち布をかぶせた状態の左手でモンストランス(聖体顕示台)を捧げ持っています。聖女に執り成しを求めるフランス語の祈りが、女子修道院長を取り巻いています。

  Sainte Adèle, priez pour nous.  聖アデールよ、われらのために祈り給え。


 サンタデール(聖アデール、聖アデリア)と呼ばれる聖女は四人が知られます。本品に浮き彫りにされている人物がどの聖アデールであるのかは不明ですが、四人のうち三人のアデール(アデリア)が女子修道院長であったので、本品の図像では修道院長に共通するアトリビュート(持物)すなわち牧杖とモンストランスにより、サンタデールと呼ばれる複数の女性を重ねて表した像と見ることができます。


 今日のフランスは世俗化が完了し、子供の名づけも自由に行われていますが、かつてはカトリック教会の受洗者名簿が住民登録簿の機能を担っていました。新生児には生後すぐに洗礼が授けられますが、子供には受洗の日を祝日とする聖人と同じ名前が付けられるのが普通でした。したがってアデール(Adèle)、アデル(Adelle)、アデリーヌ(Adeline)、アデレーヌ(Adeleine)、アデリア(Adélia)、アデリー(Adélie)等と名付けられた女性がフランスには大勢いて、彼女たちは数人いるサンタデール(聖アデール、聖アデリア)のいずれかを守護聖人としています。

 しかしながらサンタデール(聖アデール、聖アデリア)は数多い小さな聖人たちのひとりにすぎないので、メダイも多くは作られていません。本品はサント・バルブ(聖バルバラ)のみならず、サンタデール(聖アデール、聖アデリア)に因む名を持つ女性たちのためにも、名の聖人のメダイとして作られたものといえます。





 フランス語の女性名アデールは古高ドイツ語アダル(Ahd. adal 高貴な)に由来し、ドイツ語エーデル(独 edel 高貴な)と同語源です。聖アデールと呼ばれる聖人としては、次の四人がよく知られます。

     プファルツェルの聖アデール(Ste. Adèle de Pfalzel, + 735/740)     アウストラシア王ダゴベール二世の娘で、トリエルのプファルツェル修道院の創設者にして初代修道院長。祝日は12月24日。
     オルプ=ル=グランの聖アデール(Ste. Adèle d'Orp-le-Grand, + 670/700)     ニヴェルの聖ゲルトルードが創設した修道院で修道女となり、後にベルギー南部オルプ=ル=グランの女子修道院長となった女性。盲目であったが奇跡的に視力を回復したと伝えられる。祝日は6月30日。
     メーセンの聖アデール(Ste. Adèle de Messines, 1009 - 1079)     フランス王ロベール二世の娘。真の十字架の破片を所有していたが、あるとき聖母が夢に出現し、この聖遺物を領民に公開して崇敬させるように命じたと伝えられます。祝日は9月8日。
     ノルマンディーの聖アデール(Ste. Adèle de Normandie, c. 1067 - c. 1137)     ギュイヨーム征服王(ウィリアム征服王)の娘。教皇パスカル二世は1107年にノルマンディーを訪れた際、アデールの邸に長期滞在しています。ノルマンディーの聖アデールはたいへん教養がある聡明な女性で、シャルトルの聖イヴ(Yves de Chartres, c. 1040 - 1115)、カンタベリーのアンセルムス(Anselm of Canterbury OSB, 1033/4 - 1109)とも交流がありました。祝日は2月24日。


 上記の四人から敢えて一人を選んで本品の聖アデールに比定するならば、プファルツェルの聖アデールが最もそれらしい人物といえます。なぜならばメダイの表裏に彫られた聖人には共通する点があるはずであり、ニコメディアの聖バルバラとプファルツェルの聖アデールは教会暦においていずれもノエル(クリスマス)に縁の深い聖人であるからです。






 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。聖アデールの顔は直径一ミリメートルの円に収まる極小サイズですが、目鼻立ちは美しく整い、視線の向きや敬虔な表情さえも判別可能です。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。







 本品は九十年ないし百年以上前に作られた真正のアンティーク品ですが、古い年代を考えれば十分に良好な保存状態です。拡大写真で目立つ突出部分の摩滅やめっきの剝がれは、肉眼で見ても判別できません。小さめのサイズはどのような服装にも合わせ易く、軽量であるゆえに日々愛用しても裏面の摩滅は少ないので、心置きなくお使いいただけます。





本体価格 8,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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