稀少品 リュドヴィク・ペナン作 美術メダイユ 「我が肉を食し我が血を飲む人は永遠の生命を有す、而して我、終の日に之を復活せしむべし」 直径 41.1 mm


直径 41.1 mm   最大の厚さ 4.7 mm   重量 34.5 g

フランス  1869年



 ゴシック聖堂を連想させる重厚なデザインのメダイ。19世紀半ばのフランスを代表するカトリック・メダイユ彫刻家、リュドヴィク・ペナン (Ludovic Penin, 1830 - 1868) が 1860年代に制作した作品で、1869年7月、わが国で言うと元号が明治に変わっておよそ9カ月後に生まれた子供の洗礼と、11歳の初聖体を記念しています。41ミリメートルの直径、5ミリメートル近い厚さ、34グラムの重さがあるたいへん立派な品物で、ブロンズに金めっきを施しています。手に取るとずしりとした重みを感じます。


(下) 19世紀に製作された標準的なサイズのメダイとの比較。中上はルルドのメダイ。中下は不思議のメダイ。右は聖ヨセフと幼子イエズスのメダイ




 メダイの表(おもて)面には、イエズス・キリストの立像を浮き彫りにし、紡錘形の枠で囲います。イエズスは右手で聖体を、左手でカリス(聖杯)を持ち、多数の十字架で埋め尽くされた背景の前に立って罪びとに語りかけ、招いています。紡錘形の枠には、ヨハネによる福音書6章54節の言葉がフランス語で記されています。

 Celui qui mange ma chair et boit mon sang aura la vie éternelle et je le ressuscit au dernier jour.

 我が肉を食し我が血を飲む人は永遠の生命を有す、而(しか)して我、終(をはり)の日に之(これ)を復活せしむべし。(ラゲ訳)



 イエズスは堂々とした姿で表されていますが、そもそもメダイの直径が41ミリメートルですから、イエズスの頭部は縦 4ミリメートル足らずに過ぎません。大型彫刻に勝るとも劣らない出来栄えは、彫刻家の優れた技量を証明しています。





 フランス語でロブ (lobe) と呼ばれる四つ葉形を正方形と組み合わせた外枠が、紡錘形の枠を取り囲んでいます。ロブ、あるいはロブと正方形の組み合わせも、ゴシック建築の窓や壁面装飾に多用される形です。


 紡錘形の枠と外枠との間には、聖体パンと葡萄酒の原料である小麦と葡萄が浮き彫りにされ、最下部に「リヨンのL. ペナン」(L. PENIN A LYON) の文字が記されています。

 本品を制作したリュドヴィク・ペナン (Ludovic Penin, 1830 - 1868) は、19世紀前半以来四世代にわたってメダイユ彫刻家を輩出したリヨンのペナン家の一員です。豊かな才能を認められ、弱冠34歳であった1864年、当時の教皇ピウス9世により、カトリック教会の公式メダイユ彫刻家 (graveur pontifical) に任じられましたが、惜しくもその4年後に亡くなってしまいました。

 1860年代と肩を並べるフランス・メダイユ彫刻の興隆期は、1880年代から始まるアール・ヌーヴォーの時代です。早逝の芸術家リュドヴィク・ペナンはアール・ヌーヴォー時代を知らずに亡くなったわけですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、三歳年上の同郷の芸術家ジャン=バティスト・ポンセ (Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901) の手によっていわば「現代化」され、リュドヴィク・ペナンの没後も愛され続けました。

 ペナンの没後にポンセが手を加えて「現代化」した作品は、信心具としてのメダイによく見られ、"PENIN PONCET", "P P LYON" 等、ふたりの名前が併記されています。しかるに 1860年代の品物である本品はリュドヴィク・ペナンが単独で制作した作品であり、ポンセの手が加わらない稀少品です。



 裏面は18世紀のロカイユ(rocaille 貝殻状装飾)を思わせる銘板を中央にあしらい、植物の浮き彫りで囲んでいます。銘板には「アルフレッド・デ・トゥルネル」(Alfred des Tournelles) と男児の名前が彫られ、洗礼の日付(1869年7月24日)と、初聖体の日付(1881年5月8日)が記録されています。銘盤の上方には天から下ったすなわち聖霊がいて、アルフレッドを恩寵の光で照らしています。「デ・トゥルネル」(des Tournelles) という姓から判断すると、このアルフレッドは貴族階級の令息のようです。

 写実的な薔薇、百合、ナツメヤシによる装飾が、ロココ風銘板を囲んでいます。薔薇は至高の愛を象徴するとともに、聖母マリアの象徴でもあります。百合は純潔を象徴するとともに、聖母マリアをも象徴(雅歌 2: 2)します。ナツメヤシは勝利と栄光を象徴するとともに、両親の願いである幼子の健やかな成長を表します。「詩編」92編13節を新共同訳により引用いたします。

 神に従う人はなつめやしのように茂り/レバノンの杉のようにそびえます。 (詩編 92編13節 新共同訳)






 このメダイが制作された 1860年代のフランスは、ナポレオン三世の第二帝政期にあたります。フランス美術史において、第二帝政期は、メダイユ彫刻の裾野が広がり、多くの優れた彫刻家がこの分野に才能を発揮した黄金時代のひとつです。

 ナポレオン・ボナパルトはメダイユ芸術を重視しましたが、この路線はナポレオン三世にも引き継がれ、帝政フランスのプロパガンダに資するメダイユ彫刻は国家の手厚い庇護を受けていました。また政府の方針に縛られないメダイユ彫刻や、政治的意図とは無関係のメダイユ彫刻も、ダヴィッド・ダンジェ (Pierre-Jean David d'Angers, 1788 - 1856) の自由な作風に影響された彫刻家たちによって、数々の名品が制作されました。

 メダイユ芸術の興隆を支えたのは国家だけではありません。高名な医師の同僚や弟子たちが、記念メダイユの制作を彫刻家に依頼することもありましたし、一般市民も人生の節目に記念メダイユを購入し、日付と名前を彫り込みました。本品もそのようなメダイのひとつですが、類品中とりわけ立派なサイズ、精巧な彫刻を誇り、特注品ではないにしても、裕福な家庭の子供ために制作された高価な品物であったことがうかがえます。


 本品はリュドヴィク・ペナン単独の作品であることに加え、ごく少数しか制作されなかった大型の高級品である点でもたいへん貴重です。およそ150年前、わが国でいえば幕末から明治初年頃に制作された古い品物ですが、保存状態は極めて良好です。めっきが部分的に剥げているぐらいで、突出部分にも特筆すべき磨滅は見られず、細部まで完全な状態で残っています。

 信心具として制作されたメダイは、ペンダント等として身に着けることができるように、上部に環が突出しています。しかしながら本品の環はメダイユの購入後に取り付けたもので、元々は環が付いていないメダイユであったことがうかがえます。これは本品が信心具としてではなく、むしろ美術工芸品として制作されたことを示します。美術工芸品としてのメダイユは、信心具の「メダイ」に比べるとやはり格上であり、サイズや材質、彫刻の細かさは、信心具のメダイよりも優れています。


 なお本品の最上部に開けられた穴と、メダイユの縁までの距離は短いですが、この部分が摩耗して破断する心配はありません。そう断言できる理由は、次の二つです。

1. このメダイユは四ミリメートル近い厚みがあるので、穴の上部は見かけよりも丈夫です。

2. 一般に機械等において摩耗が起こるのは、擦れ合う部分です。しかるに本品には現状で大小二個の環が取り付けてありますが、小さな環はメダイユに対して動きません。メダイユが揺れるとき、小さな環はメダイユと一体になって揺れるので、小さな環とメダイユの間に擦れ合う動きは生じないのです。それゆえこの部分に関しては、メダイユの側も環の側も摩耗することはありません。

 大きな環を指先でつまんで固定し、本品を実際に揺り動かしてみるとわかりますが、大きい環と小さい環は揺れるたびに擦れ合うのに対して、小さい環とメダイユの間に擦れ合う動きは発生しません。大きな環を取り外して、これを鎖や革紐に替えても、結果は同じです。擦れ合う動きが生ずるのは、メダイユと小さな環の間ではなく、鎖(または革紐)と小さな環の間です。

 したがって将来摩耗する箇所があるとすれば、それは小さな環と大きな環(または鎖、革紐など)の接点であって、メダイユには影響しません。また小さな環は摩耗しても容易に交換できます。





 本品は美しいパティナ(古色)に被われつつも、メダイユ彫刻家リュドヴィク・ペナンが優秀な腕前で制作した細密彫刻を、本来の形そのままに心ゆくまで鑑賞できる優れたアンティーク工芸品です。お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。





35,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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