稀少 19世紀中頃のデッド・ストック品

リュドヴィク・ペナン作 我が肉を食し我が血を飲む人は永遠の生命を有す、而して我、終の日に之を復活せしむべし 直径 32.6 mm



直径 32.6 mm   最大の厚さ 3.3 mm   重量 12.4 g

フランス  1860年代



 ゴシック聖堂を連想させる重厚なデザインのブロンズ製メダイ。19世紀半ばのフランスを代表するカトリック・メダイユ彫刻家、リュドヴィク・ペナン (Ludovic Penin, 1830 - 1868) が 1860年代に制作した作品です。サイズは直径 32.6ミリメートル、最大の厚さ 3.3ミリメートルと大きめで、五百円硬貨二枚分弱の重量があります。子供の成長を記念するために、洗礼、初聖体、堅信の日付を彫り込めるようになっています。

 本品は最近フランスで見つかったもので、およそ百五十年前の品物であるにも関わらず、未販売のまま残っていました。非常に珍しい19世紀のデッド・ストック品です。



 メダイの表(おもて)面には、イエズス・キリストの立像を浮き彫りにし、紡錘形の枠で囲います。イエズスは右手で聖体を、左手でカリス(聖杯)を持ち、多数の十字架で埋め尽くされた背景の前に立って罪びとに語りかけ、招いています。紡錘形の枠には、ヨハネによる福音書6章54節の言葉がフランス語で記されています。

 Celui qui mange ma chair et boit mon sang aura la vie éternelle et je le ressuscit au dernier jour.

 我が肉を食し我が血を飲む人は永遠の生命を有す、而(しか)して我、終(をはり)の日に之(これ)を復活せしむべし。(ラゲ訳)






 下の写真は実物の面積を50倍に拡大しています。定規のひと目盛は1ミリメートルです。

 イエズスは堂々とした姿で表されていますが、そもそもメダイの直径が32ミリメートルですから、イエズスの頭部は縦 3ミリメートルほどに過ぎません。大型彫刻に勝るとも劣らない出来栄えは、メダイユ彫刻家の優れた技量を証明しています。





 フランス語でロブ (lobe) と呼ばれる四つ葉形を正方形と組み合わせた外枠が、紡錘形の枠を取り囲んでいます。ロブ、あるいはロブと正方形の組み合わせも、ゴシック建築の窓や壁面装飾に多用される形です。

 紡錘形の枠と、その外側の枠との間には、聖体パンと葡萄酒の原料である小麦と葡萄が浮き彫りにされています。上の拡大写真は実物の面積を50倍に拡大しています。定規のひと目盛は1ミリメートルです。小麦の穂先の芒(のぎ)、一粒一粒の小麦、葡萄の葉の葉脈、葉縁の鋸歯、葡萄の実の粒、巻きひげなどが、細部に至るまで丁寧に彫られていることがよくわかります。


 メダイユの最下部にはラテン語の銘があります。省略形を正式な綴りに直して書き直すと次の通りです。

 LUDOVICUS PENIN FECIT LUGDUNI.  リュドヴィク・ペナンがルグドゥヌムで(このメダイユを)制作した。

 リヨンは古名(ラテン語名)を「ルグドゥヌム」(LUGDUNUM) といいます。ここでは地格ですので、「ルグドゥニー」(LUGDUNI) となります。



 裏面は18世紀のロカイユ(rocaille 貝殻状装飾)を思わせる銘板を中央にあしらい、植物の浮き彫りで囲んでいます。銘盤の上方には天から下ったすなわち聖霊が、銘板に名前を記されるべき子供を恩寵の光で照らしています。銘板には「バプテーム」(baptême 洗礼)、「プルミエール・コミュニオン」(première communion 初聖体)、「コンフィルマシオン」(confirmation 堅信)の文字に続いて、日付を彫り込めるようになっています。





 写実的な薔薇、百合、ナツメヤシによる装飾が、ロココ風銘板を囲んでいます。薔薇は至高の愛を象徴するとともに、聖母マリアの象徴でもあります。百合は純潔を象徴するとともに、聖母マリアをも象徴(雅歌 2: 2)します。ナツメヤシは勝利と栄光を象徴するとともに、両親の願いである幼子の健やかな成長を表します。「詩編」92編13節を新共同訳により引用いたします。

 神に従う人はなつめやしのように茂り/レバノンの杉のようにそびえます。 (詩編 92編13節 新共同訳)


 下の写真は実物の面積を50倍に拡大しています。定規のひと目盛は1ミリメートルです。薔薇と百合の直径は1ないし2ミリメートル前後しかありませんが、いずれも立体的で美しい仕上がりです。薔薇の葉は 1 x 2ミリメートルの極小サイズにもかかわらず、葉脈や葉縁の鋸歯、三次元の立体性が写実的に再現され、あたかも実際の植物を見ているかのような錯覚さえ覚えます。





 このメダイが制作された 1860年代のフランスは、ナポレオン三世の第二帝政期にあたります。フランス美術史において、第二帝政期は、メダイユ彫刻の裾野が広がり、多くの優れた彫刻家がこの分野に才能を発揮した黄金時代のひとつです。

 ナポレオン・ボナパルトはメダイユ芸術を重視しましたが、この路線はナポレオン三世にも引き継がれ、帝政フランスのプロパガンダに資するメダイユ彫刻は国家の手厚い庇護を受けていました。また政府の方針に縛られないメダイユ彫刻や、政治的意図とは無関係のメダイユ彫刻も、ダヴィッド・ダンジェ (Pierre-Jean David d'Angers, 1788 - 1856) の自由な作風に影響された彫刻家たちによって、数々の名品が製作されました。

 メダイユ芸術の興隆を支えたのは国家だけではありません。高名な医師の同僚や弟子たちが、記念メダイユの制作を彫刻家に依頼することもありましたし、一般市民も人生の節目に記念メダイユを購入し、日付と名前を彫り込みました。本品はそのために制作されたメダイのひとつです。

 洗礼や初聖体を記念するメダイは通常であれば直径2センチメートル前後ですが、本品は直径 3.6ミリメートルとかなり大きめで、最大 3.3ミリメートルの厚みがあります。下の写真は当時の標準的なメダイを本品の上に置いて撮影しました。本品がたいへん立派な作りであることがお分かりいただけます。





 本品を制作したリュドヴィク・ペナン (Ludovic Penin, 1830 - 1868) は、19世紀前半以来四世代にわたってメダイユ彫刻家を輩出したリヨンのペナン家の一員です。豊かな才能を認められ、弱冠34歳であった1864年、当時の教皇ピウス九世により、カトリック教会の公式メダイユ彫刻家 (graveur pontifical) に任じられましたが、惜しくもその四年後に亡くなってしまいました。

 1860年代と肩を並べるフランス・メダイユ彫刻の興隆期は、1880年代から始まるアール・ヌーヴォーの時代です。早逝の芸術家リュドヴィク・ペナンはアール・ヌーヴォー時代を知らずに亡くなったわけですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、三歳年上の同郷の芸術家ジャン=バティスト・ポンセ (Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901) の手によっていわば「現代化」され、リュドヴィク・ペナンの没後も愛され続けました。

 ペナンの没後にポンセが手を加えて「現代化」した作品は、信心具としてのメダイによく見られ、"PENIN PONCET", "P P LYON" 等、ふたりの名前が併記されています。しかるに 1860年代の品物である本品はリュドヴィク・ペナンが単独で制作した作品であり、ポンセの手が加わらない稀少品です。

 本品はリュドヴィク・ペナン単独の作品であることに加え、未販売のまま残っていた点でも稀少です。150年前、わが国でいえば幕末頃に制作された古い品物であるにもかかわらず、未使用品ゆえに突出部分もまったく磨滅していません。細部に至るまで完全な状態で残っており、メダイユ彫刻家リュドヴィク・ペナンが優れた腕前で制作した細密彫刻を、心ゆくまで鑑賞することができます。





28,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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