優れた細密版画と日本風の切り紙細工による名品カニヴェ 「マリアのいとも聖なる御心」 (ブアス=ルベル 図版番号 3301)

Très Saint Cœur de Marie, Bouasse-Lebel, pl. 3301



115 x 70 mm

フランス  1880年頃



 19世紀末のフランスで制作された聖母マリアの美麗なカニヴェ。カニヴェの表(おもて)面には聖母マリアの半身像を大きく描き、背景の全面に亙って繊細な切り紙細工を施しています。聖母の胸では、神とイエズスを愛する「汚れ無き御心」が、あまりにも強い愛ゆえに激しい炎を噴き上げつつ、まばゆい光輝を発出しています。聖母の御心は薔薇の花環(ロサーリウム、ロザリオ)に囲まれ、悲しみの剣に刺し貫かれています。


 サイズ 115 x 70 mm


 聖母は胸の御心を左手で示しつつ、観る者を招くように右手を差し出しています。その姿は聖心を示すイエズスとほとんど同一であり、神と救い主への愛ゆえに、聖母もまたすべての罪びとを愛し執り成す悲母(優しい母)、ミゼリコルディアの聖母であることを示しています。


(下・参考画像) エルンスト・レヴィヨン作 「釘の傷と聖心を示すキリスト」 当店の商品です。




(下・参考画像) マドンナ・デッラ・ミゼリコルディア(あわれみの聖母) Domenico Ghirlandaio, "Madonna della Misericordia", c. 1473, la chiesa di Ognissanti, Firenze





 本品の聖画はスティール(鋼)版のインタリオ(intaglio イタリア語で「凹版」)で、後述するように19世紀のミニアチュール版画のなかでも最高の作品の一つです。

 インタリオにはグラヴュール(エングレーヴィング)オー・フォルト(エッチング)があります。オー・フォルトは金属板を強酸で腐食させて溝を刻む技法であり、人力で溝を刻むグラヴュールに比して制作が格段に楽な反面、精緻さにおいてグラヴュールに劣りますが、カニヴェのようなミニアチュール版画では線の密度が濃いために、オー・フォルトを多用しても十分に細密な仕上がりとなります。それゆえ大多数のカニヴェは、少なくとも画面の一部にオー・フォルトを用いています。 しかるに本品は多大な時間と労力を掛けて、全面的にグラヴュールで制作されています。





 上の写真の拡大倍率は実物の面積の25倍、定規のひと目盛りは1ミリメートルです。形の良い眉や瞼(まぶた)のふくらみはもちろんのこと、眼の上辺に映る瞼の影、曇りの無い虹彩に宿る光までもが、あたかも生身の聖母を眼前に見るように再現されています。美しく整った口許は、柔らかで温かい唇に微かな微笑みが浮かんでいます。緻密な線とスティプル(点描法の点)によって各部分の立体性が見事に表現され、目鼻立ちのバランスも完璧です。

 さらに拡大します。下の二枚は聖母の右眼と左眼をマクロ撮影したもので、拡大倍率は実物の面積の 630倍、定規のひと目盛りは 1ミリメートルです。聖母の目の幅は 2.5 ~ 3ミリメートル、虹彩の直径は 1.4 ~ 1.5ミリメートル、瞳孔の直径は 0.6 ~ 0.7ミリメートルです。細心のスティプル(点描)により、虹彩には光の反射が、眼球上部には瞼(まぶた)の影が再現され、眉も末端に向かって綺麗にぼかされています。







 下の二枚は口のあたりをマクロ撮影したもので、拡大倍率は実物の面積の 550倍、定規のひと目盛りは 1ミリメートルです。





 下の写真は聖母の右手とその周辺部分で、拡大倍率は実物の面積の 35倍、定規のひと目盛は1ミリメートルです。この領域の制作にはグラヴュールで明暗を表現するための全技術が投入されています。すなわち聖母の衣はさまざまな太さの線を、密度に変化を付けて彫り込むことにより、色の明暗と光の効果、立体的な陰翳を再現しています。線とその使い方の種類としては、破線による部分、細い斜線による部分、太い斜線による部分、細い線のクロスハッチによる部分、太い線のクロスハッチによる部分、細い線のクロスハッチ内部に点を打った部分、太い線のクロスハッチ内部に点を打った部分を見分けることができます。

 肌にはより細やかな表現が必要となるゆえに、手の陰翳はスティプル(点描法の点)の大きさと密度に変化を付けることで表されています。





 上述のように、 本品は多大な時間と労力を掛けて、全面的にグラヴュールで制作されています。聖母は白いヴェールを被っていますが、ヴェールの一部は陰になっているため、細く短い破線と直線、及び細い線のクロスハッチが施されています。19世紀のカニヴェにおいて、たとえほぼ全面的にグラヴュールが採用された作品であっても、このように短い線による陰翳部分はオー・フォルトが使われるのが普通ですが、本品ではこの部分もすべてグラヴュールで制作されています。







 聖母の御心は薔薇の花環(ロサーリウム、ロザリオ)に取り巻かれています。下の写真は実物の面積を 55倍に拡大しています。定規のひと目盛は1ミリメートルです。薔薇の花弁とその脈管は、線が短いうえに急なカーブを描いているゆえ、この部分もオー・フォルトで制作するのが普通です。しかし本品においては五輪の薔薇がすべてグラヴュールで制作されています。





 19世紀のカニヴェはいずれもたいへん美しいですが、細部を精査すると、制作に費やされる労力とクオリティにはさまざまなレベルがあることがわかります。ブアス=ルベルが1880年代前半に制作した本品、「マリアのいとも聖なる御心」("Très Saint Cœur de Marie")、図版番号 3301は、ブルヴァルによる1870年代の作品、「おとめらの女王、慕わしきマリアよ。魂と心と体の純潔をわれに与え給え」("Reine des vierges, aimable Marie, ...") と並んで、19世紀ミニアチュール版画の傑作のひとつであり、最高レベルの芸術品と讃えられるべき名作です。


(下・参考画像)  ブルヴァル 「おとめらの女王、慕わしきマリアよ。魂と心と体の純潔をわれに与え給え」("Reine des vierges, aimable Marie, obtenez-moi d'être pur d'esprit, de cœur et de corps.") 。

当店の商品です






 本品の聖画のすぐ下には版元名と所在地(Bouasse Lebel, Imprimeur et Éditeur, 29, rue St. Sulpice, Paris ブアス=ルベル パリ、サン=シュルピス通り29番地)、及びこの細密版画の図版番号(3301)が彫られ、その下には聖画の表題が彫られています。

Très Saint Cœur de Marie Cœur le plus semblable à celui de Jésus  「マリアのいとも聖なる御心」 イエズスの聖心に最も似通い給う御心

 本品における聖母の姿勢がイエズスと同じであることを先に指摘しましたが、この表題は聖母がイエズスに発する恩寵の取り継ぎ手であること、聖母の御心は神とイエズスへの愛に燃えると同時に、イエズスの聖心とまったく同じように、罪びと、不幸なる者、弱き者たちへの愛にも燃えていることを示唆しています。





 裏面にはマリアの御心に関する説教と祈りがフランス語で書かれています。内容は次の通りです。日本語訳は筆者(広川)によります。

    Le Cœur de Marie est le sanctuaire du divin amour.   マリアの御心は神の愛の聖所である
         
    Accourons tous enflammer nos cœurs de la charité ardente qui consume le saint et immaculé Cœur de notre Mère.
  われらはみな、燃ゆるがごとき愛の炎、われらが御母マリアの神聖にして汚れ無き御心を焼き尽くす愛の炎で、自身の心を燃え立たせよう。
    Le Cœur de Marie est la douce espérance des pécheurs et le refuge des malheureux. C'est la consolation de ceux qui pleurent, la force des faibles, le digne objet de la vénération de ceux qui avancent dans le bien.
  マリアの御心は罪びとの甘美なる望み、不幸なる者の避け所、嘆く者の慰め、弱き者の力、善なる道を歩む者から崇敬されるべきものである。
    C'est de ce Cœur divin que coule sur nous l'abondance des grâces dont celui de Jésus est la source.   イエズスから発した豊かなる恩寵は、神の恵みのうちなるマリアの御心から流れ出て、われわれの上に注がれる。
         
    O Cœur de Marie, qui pourra dignement célébrer vos louanges! C'est dans votre Cœur, ô ma Mère, que je veux rendre le dernier soupir.
  マリアの御心よ。御身の優れたる徳の数々は、御身が御心によりて須(すべから)く現れます。わが御母よ。御身の御心をこそ、わが終(つい)の安らいと為したまえ。
         
    BOUASSE-LEBEL. 49, rue Saint-Sulpice, Paris
  ブアス=ルベル パリ、サン=シュルピス通り49番地


 ここでは神の恩寵が聖母の御心を通してわれわれに与えられるとし、聖母の御心に望みを託する気持ちを祈りのうちに表しています。表(おもて)面の聖母は胸に燃える御心をイエズスと同じ姿勢で示していますが、この絵は聖母がすべての罪びと、不幸なる者、弱き者、嘆く者の避け所であり、ミゼリコルディア(あわれみ)の聖母であることを表します。あたかも母がわが子を無条件に愛して守るように、聖母はわれらを常に庇(かば)い、助け、執り成すのです。


 この祈りは活版で刷られていますが、その周囲にはインクによるフランス語の書き込みがあります。内容は次の通りです。

 Souvenir de ma réception à l'Enfant de Marie, le 8 Décembre 1885, Madeleine Lambert  「マリアの子ら信心会」に入った記念 1885年12月8日 マドレーヌ・ランベール

 「マリアの子ら信心会」(Congregation des Enfants de Marie) は少女のための信心会で、このカニヴェはマドレーヌ・ランベールという少女が信心会に加入した記念の品であることがわかります。加入日である12月8日は、無原罪の御宿りの祝日です。


 (下・参考画像) マリアの子ら信心会 蛇を踏みつけて立つ美しい聖母のメダイ フランス 1920 - 30年代頃 当店の商品です。




 なおマドレーヌは "Souvenir de ma réception aux Enfants de Marie" と書くべきところ、「アンファン」を単数形と間違えているのがいかにも少女らしく、読んで思わずほほえんでしまいました。このような書き込みに当時の人々の息遣いを感じるのも、カニヴェを蒐集(しゅうしゅう)する楽しみのひとつです。






 カニヴェはレース状の切り紙細工が特徴ですが、本品は聖母の背景全体を繊細な切り紙細工で覆い尽くしており、類品中とりわけ美しい作品です。切り紙のテーマは植物ですが、高度に様式化されたヨーロッパ伝統の唐草模様ではなく、日本美術の影響を色濃く受けて、様式化されない実際の植物をエンボス加工でリアルに再現したアール・ヌーヴォー様式と、フランス伝統のレース編みパターンを融合させた非常に複雑な文様です。

 ヨーロッパの伝統的図像において、聖母の後光は星に縁取られますが、本品においては五枚の花弁を持つ小さな花が後光を縁取っています。これは聖母と薔薇を関連付けるキリスト教図像学に拠りながらも、自然のモティーフを愛好する日本美術の強い影響の下に生みだされたデザインであり、1880年代のフランスでしか生まれ得なかったカニヴェとなっています。


(下・参考画像) このカニヴェと同時代に制作されたアール・ヌーヴォーの工芸品 G. バプスト・エ・L. ファリーズ 《銀に金めっき、象牙、瑪瑙(めのう)のティー・セット》 1889年パリ万博の出展品 パリ装飾美術館蔵
Bapst et Falize, Service à thé, vers 1889, argent partiellement doré, ivoire et agate, présenté à l'Exposition Universelle de Paris en 1889, Musée des arts décoratifs




 本品は130年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にかかわらず、新品同様の完璧な保存状態です。また保存状態よりも大切なのは芸術品としての完成度ですが、全面をグラヴュールで制作した本品の聖画は、19世紀フランスのミニアチュール版画のなかでも最高レべルに到達しています。

 私はカニヴェの実物を数多く見てきましたが、これまでに目にしたカニヴェ、手に入れたカニヴェのなかで、本品は間違いなく最も素晴らしいものの一つです。優れたアンティーク・カニヴェを厳選した私のコレクションの中でも上位から一、二を争う作品であり、できれば手放したくないとさえ思う名品です。





カニヴェの価格 42,800円 (税込・額装別) 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。






 なお木製フレームにベルベットを使用した額装を、手頃な価格で承ります。額の種類と料金につきまして、詳しくはこちらをご覧くださいませ。


額装のサンプル写真 壁掛け式・自立式の両様に使える額縁 14,700円 ※ 額の価格にはベルベット張りマットを含みます。ベルベットの色はご希望に応じます。


(下) 銀色を基調とした唐草装飾の額縁(縦 22.5センチメートル、横 18センチメートル、厚さ 4センチメートル)。お使いのモニタの設定にもよりますが、ほぼ実物大です。






(下) 白を基調とした見ごたえあるサイズの額縁(縦 26センチメートル、横 21.5センチメートル、厚さ 4センチメートル)。お使いのモニタの設定にもよりますが、ほぼ実物大です。






(下) 上質感ある写真立てを用いた額装 6,300円

写真立てのサイズは縦 27.5センチメートル、横 23センチメートル、厚さ 2.5センチメートルです。壁掛け式・自立式の両様に使えます。

※ 額の価格にはベルベット張りマットを含みます。ベルベットの色はご希望に応じます。




額の種類と料金につきまして、詳しくはこちらをご覧くださいませ。




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