「試みの内なる我らを慰め給う神」 細密グラヴュールによるカニヴェ リュイエ=シュル=ロワール、プロヴィダンス女子修道会 (ブアス=ルベル、図版番号 743)

"Sœur de la providence de Ruillé sur Loir", Bouasse-Lebel, No. 743, 1854


109 x 68 mm


フランス  1854年



 細密グラヴュール(エングレーヴィング)により、多くの時間と非常な労力を掛けて制作されたアンティーク・カニヴェ。19世紀のフランスでは優れたミニアチュール版画が数多く制作されましたが、本品の丁寧な仕事は類品のなかでも群を抜いており、カニヴェ史上に特筆すべき作品のひとつです。





 カニヴェ表(おもて)面にはリュイエ=シュル=ロワールのプロヴィダンス会修道女が描かれています。黒いヴォワル(voile ヴェール)とアビ(habit ハビット、修道服)、白いコワフ(coiffe ウィンプル)を身に着け、首にクルシフィクス、腰にロザリオを提げた若い修道女は、組み合わせた手でロザリオを繰り、四個目のビーズに触れながら、天使祝詞(アヴェ・マリア)の念祷を行っています。修道女の唇は軽く結ばれ、眼は半ば閉じられて、自分とそう変わらない年齢の若きマリアに起こった受胎の告知と、神に聴き従う信仰に思いを潜めています。





 修道女の背後にはゴシック聖堂の薔薇窓のような切り紙細工、その両側には薔薇の切り紙細工が施されています。鋭い棘の間から伸び出でて嫋(たおやか)な花を咲かせる薔薇は、無原罪の御宿り、すなわち原罪に傷つくことのない聖母マリアの象徴です。薔薇窓を弧状に横断する帯に、次の言葉が記されています。

  À LA PLUS GRANDE GLOIRE DE DIEU.  神のさらなる栄光のために。

 これはラテン語「アド・マヨーレム・デイー・グローリアム」(AD MAJOREM DEI GLORIAM) をフランス語に訳したものです。「アド・マヨーレム・デイー・グローリアム」あるいは "A. M. D. G." は有名な引用句で、大バッハ (Johann Sebastian Bach, 1685 - 1750) も楽譜にたびたび書き込んでいますが、もともとはイエズス会の創設者である聖イグナティウス・デ・ロヨラ (San Ignacio de Loyola, 1491 - 1556) が最初に使ったとされる言葉です。





 修道女の絵の下には、次の言葉が書かれています。

  SŒUR DE LA PROVIDENCE DE RUILLÉ SUR LOIR.   リュイエ=シュル=ロワール、プロヴィダンス修道会のスール(シスター、修道女)

  Laissez venir à moi les petits enfants.  子供たちをわたしのところに来させなさい。



 フランス北西部、リュイエ=シュル=ロワール(Ruillé-sur-Loir ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏サルト県)にある女子修道会、プロヴィダンス修道会は、革命直後の1808年、フランスのカトリック教会が壊滅的な打撃を受けた時代に、ジャック=フランソワ・デュジャリエ神父 (Jacques-François Dujarié, 1767 - 1838) の呼びかけに応じたおよそ10名の修道女によって創設されました。この修道会の目的は子供の教育と医療活動で、現在ではヨーロッパ各国とアメリカに加えて、スリランカ、マダガスカルにも支部ができ、400名近い修道女が活躍しています。

 後の言葉は、共観福音書に記述されているイエズスと幼子たちの挿話に基づきます。「マルコによる福音書」の該当箇所を引用します。

 イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。 (マルコ 10: 13 - 16 新共同訳)


(下・参考写真) P. マテイとジルゥによる彫刻 「幼子らの我に来(きた)るを禁ずることなかれ」 当店の商品です。




 聖画の下には版元の名前と所在地、この聖画の図版番号がビュラン(彫刻刀)で刻まれています。

  Bouasse-Lebel Éditeur et Imprimeur, 29, rue St. Sulpice, Paris No. 743  印刷・出版元 ブアス=ルベル パリ、サン=シュルピス通29番地  図版番号 743

 ブアス=ルベル社 (Bouasse-Lebel Éditeur et Imprimeur) は、「ブアス=ルベル」と名乗ったエングレーヴァー、アンリ=マリ・ブアス (Henri-Marie Bouasse, 1828 - 1912) が創業したカトリックの出版社で、数多くの美しいアンティーク小聖画の版元として知られています。





 裏面最上部には黒色のインクによって「マリー・アントワネットからの贈り物」(Souvenir de Marie Antoinette) という書き込みがあります。その下には祈りの言葉に続いて、図版番号と版元名、所在地が刷られています。祈りの内容は次の通りです。

    J'ai tout quitté pour vous, ô mon divin Jésus, et j'ai trouvé le vrai bonheur.   我が神イエズスよ。私は御身のためにすべてを捨て、まことの幸福を見い出しました。
     
    Béni soit Dieu qui nous console dans toutes nos épreuves, afin que nous puissons à notre tour consoler tout ce qui souffle. 神は誉むべきかな。神は我らが試みに遭うときいつでも我らを慰め給い、かくして我ら自身が、苦しむ者すべてを慰め得るように為し給う。



 本品を美術品として見た場合の特徴は、非常に優れたグラヴュール作品であることです。19世紀の金属版インタリオ(intaglio 凹版)には、グラヴュール(エングレーヴィング)オー・フォルト(エッチング)があります。これら二つの技法を比較すると、グラヴュールはオー・フォルトに比べてはるかに多くの時間と手間が掛かる半面、非常に精密な表現が可能です。一方、オー・フォルトは制作が楽である半面、特に大きな作品においては、画面の精密さに劣ります。

 カニヴェのようなミニアチュール版画においては、画面の小ささゆえに、オー・フォルトであっても自然と精緻な作品となり、グラヴュールに引けを取りません。したがって、カニヴェの画面にグラヴュールが多用されることはまずありません。多大な労力を要するグラヴュールを用いなくても、制作が楽なオー・フォルトで十分な細密さを得られるからです。しかるに本品の修道女は、スティプル(点描)とロザリオのビーズ部分を別にすれば、ほぼ全面的にグラヴュールで描かれています。





 本品が制作された十九世紀半ばのグラヴュールは、スティール・プレートに人力で溝を刻む「スティール・エングレーヴィング」です。たとえ焼き入れ前であっても、スティール・プレートは銅版に比べて硬く、これに線を刻むには強い力が必要です。それゆえ、力を微妙にコントロールしなければならない曲線は、スティール・エングレーヴィングで表しにくいのですが、本品においては、正確にコントロールされた曲線により、黒い修道服、黒いヴェール、白いウィンプルの襞と陰翳が、あたかも実物を見るように美しく再現されています。





 上下の画像は実物の面積を数十倍に拡大しています。定規のひと目盛は1ミリメートルです。1ミリメートルあたりの線の密度は、概ね4ないし5本程度を数えることができます。





 本品は十九世紀フランスにおける最高の技法を駆使して制作されたミニアチュール版画であり、切り紙細工の複雑なパターンも、類品中とりわけ美しいもののひとつです。保存状態も非常に良好で、130年以上も前の紙製品であるにもかかわらず、特筆すべき重大な問題は何もありません。稀少な完品です。





カニヴェの本体価格 26,800円 (額装別)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。






額装例 下の写真の額は高級感がある写真立てで、自立式、壁掛け式のいずれにもお使いいただけます。6,300円の商品です。






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