フランスの小聖画 「イエスさま、私たちを悪魔の罠(わな)からお守りください」 りんごが表すメメントー・モリー

"Des embûches du démon, délivrez-nous, Jésus", Bouasse-Lebel, Paris, G.O. 6.809


余白を含む聖画全体のサイズ 60 x 85 mm

商品写真に写っている額のサイズ  164 x 207 mm  奥行 33 mm


フランス   1948 - 1950年頃



 幼い子供にも分かり易いやさしい言葉と絵を使って、キリスト教的徳を表した小品。第二次世界大戦直後のフランスで制作された作品です。余白を含めた小聖画全体のサイズは横 60ミリメートル、縦 85ミリメートルで、裏面は白紙です。商品価格には額装が含まれます。





 聖画には五、六歳くらいの男の子と、男の子を誘惑しようとする二人の悪魔が描かれています。男の子が純真で愛らしいばかりか、二人の悪魔も可愛らしくて微笑みを誘います。ただし二人の悪魔をコミカルに感じるのは、大人の目で見るからでしょう。本品に限らず、子供向けの小聖画に描かれる悪魔は子供と同様に幼い姿で表されますが、これは幼い子供を不必要に怯えさせず、且つ子供の目で見ればそれなりに邪悪に見えるようなバランスを考えて描かれた結果です。




(上) フレデリック・ヴェルノン作 ブロンズ製プラケット 「エヴァ」 79.3 x 29.9 mm 当店の商品です。


 二人の悪魔は男の子にりんごを差し出して、食べるように勧めています。この構図は「創世記」が伝える原罪の物語を連想させますが、悪魔が差し出しているのは「善悪を知る木の実」ではなく、ただのりんごです。しかしながらこのりんごは、勝手に食べてはいけない他人の物なのでしょう。

 さらに、この聖画に描かれたりんごの実は、「七つの大罪」を象徴しています。「七つの大罪」(羅 SEPTEM CAPITALIA PECCATA 仏 les péchés capitaux)とは、中世以来「死に至る罪の源」とされた七つの欲望、あるいは人間にありがちな弱点のことで、高慢(羅 SUPERBIA)、貪欲(AVARITIA)、嫉妬(INVIDIA)、怒り(IRA)、性欲(LUXURIA)、食欲(GULA)、怠惰(ACEDIA)を指します。美味なりんごは美食すなわち貪食の象徴です。貪食と貪欲は同じ類に属する弱点ですし、怠惰にも容易に結びつきます。また「パリスの審判」の故事により、りんごは嫉妬や怒りの象徴でもあり、パリスがヘレネーを選んだことにより、性欲の象徴ともなります。それゆえこの聖画において、二人の悪魔は、大人を誘惑するのと同様に、この幼い男の子をあらゆる罪悪に誘い込もうとしているのです。




(上) Caravaggio, "Canestro di frutta", c. 1599, olio su tela, 46 x 64.5 cm, Pinacoteca Ambrosiana, Milano カラヴァッジオの作品。果物を「メメントー・モリー」として描いた宗教画です。


 これらの罪悪、あるいは人間的弱さは、悪魔が支配を許された地上に属する事柄です。青が「天上界」を象徴するのに対して、赤は「地上界」、あるいは地上の快楽を象徴しています。悪魔の帽子とズボンの赤は、悪魔が地上に属する存在であることを表します。

 りんごの赤も、この果実が地上の快楽の象徴であることを示します。さらに、どのような色で描かれるかには関わりなく、瑞々しい果実、美しい花や蝶は、儚さの象徴でもあります。美術史において、地上の喜びが永続しないことを表す図像は「メメントー・モリー」と呼ばれます。上に示した油彩画で、カラヴァッジオはりんごをはじめとする果物を「メメントー・モリー」として描いています。この聖画で悪魔が男の子に差し出すおいしそうなりんごも、「メメントー・モリー」に他なりません。悪魔は公生涯の始めにイエスを誘惑したときと同様に(「マタイによる福音書」 4: 1 - 11)、泡沫(うたかた)のように消える地上の善きもので男の子の心を惹き、神とともにある永遠の至福を忘れさせようと試みています。





 男の子は思案気な表情ですが、恐らく心配ないでしょう。男の子が悪魔に説得されそうに見えない理由は、ひとつには、男の子が白と青を身に着けているからです。白は汚れなき純真さを表します。青は空の色であるゆえに、「天上界」を象徴します。青は悪魔のたくらみに騙されない智慧の象徴でもあります。男の子はイエス様を信じることにより、地上に日々を暮らしつつも、悪魔が手出しできない別の世界に生きているのです(「フィリピの信徒への手紙」 3: 17 - 21)。

 男の子が悪魔から守られているように見えるもうひとつの理由は、教会堂と塔の上の十字架が、遠景に見えているからです。教会堂と十字架は、男の子を守るキリストの愛を象徴しています。聖画の下には手書き風の文字でフランス語の祈りが記されています。

  Des embûches du démon, délivrez-nous, Jésus.  イエスさま、私たちを悪魔の罠(わな)からお守りください。

 この祈りでは「デモン」(démon)が単数形で表されていますが、本品は子供向けの聖画ですから、悪魔を観念的な「悪」として表しているというよりも、むしろ悪魔の首領であるサタンを「ル・デモン」(le démon)と言っているのでしょう。そうであれば聖画に登場する童形の悪魔は、たくさんいる下っ端のうちのふたりなのでしょう。





 色刷り部分の下端には、次のように書かれています。

  B. L. Paris, G.O. 6.809, Imprimé en France  パリ、ブアス=ルベル 図版番号 G.O. 6.809 フランスで印刷

 ブアス=ルベル社(Bouasse-Lebel Éditeur et Imprimeur)は、「ブアス=ルベル」と名乗ったエングレーヴァー、アンリ=マリ・ブアス (Henri-Marie Bouasse, 1828 - 1912) が 1845年に創業し、1965年まで存続したカトリックの版元で、数多くの美しい聖画の制作で知られています。

 カニヴェをはじめとするフランスの小聖画は、十九世紀にはおおむねインタリオで制作されました。しかしながら 1880年代頃には多色刷り石版による小聖画が多く刷られるようになります。縁に切り紙細工のあるカニヴェは二十世紀初頭まで作られましたが、最終世代に当たる二十世紀初頭のカニヴェは、切り紙細工が無い小聖画と同様に、すべて石版で刷られています。

 インタリオから石版画への移行は版画技法の変化に過ぎませんが、二十世紀半ばになると、小聖画の社会的役割にも大きな変化が生まれます。二十世紀前半までのフランスでは、カトリック信仰が市民生活に深い影響を及ぼしていました。教会をはじめとする宗教教育の場では、子供たちの日常生活に信仰を浸透させるため、教理問答のご褒美等に小さな聖画が与えられ、祈祷書の栞(しおり)に使用されて、宗教心の涵養が目指されました。しかしながら第二次世界大戦後には社会の世俗化が急速に進み、かつて子供たちの日常生活に浸透していた小聖画は姿を消しました。二十世紀半ば以降の小聖画には、日常生活と信仰をテーマにした作品はほとんど見られなくなり、ノエル(クリスマス)や誕生日、洗礼や初聖体など、特別な機会を記念するものに限られるようになりました。

 フランスにおける聖画制作の最大手であったブアス=ルベルも、フランス社会の世俗化の波に翻弄され、業績が悪化しました。この聖画が刷られたときの社主アルベール・ブアス(Albert Bouasse, 1868 - 1955)は、1949年の5月と12月に東洋美術の個人コレクションを競売にかけましたが、その収益も焼け石に水でした。アルベール・ブアスは 1955年に亡くなり、モンパルナス墓地に埋葬されました。その十年後である 1965年に、ブアス=ルベル社は操業を停止します。





 本品において、聖画下端の社名は "B. L. Paris" と表記されています。ブアス=ルベルの社名がこの形式で表記されるのは、1940年代以降です。図版番号は "G.O. 6.809" となっていますが、ブアス=ルベルの図版番号がこの形式で表記されるのは、1940年代末から 1950年頃までです。また 1950年代の初頭を過ぎると、ブアス=ルベルの聖画の色遣いは、本品よりも原色が多用されるようになります。したがって本品の制作年代はおそらく 1948年から 1949年、最も遅く見積もっても 1950年と考えて間違いないでしょう。本品はフランス社会が本格的に世俗化しはじめた頃に刷られた聖画であり、日常の信仰生活を主題にした子供向け聖画としては最後の世代に属する作例です。

 本品に描かれた聖画は、上から順に空の青、遠景の明るい緑、手前の濃い緑と、理想的な比率でほぼ三等分されています。また三人の人物、どっしりとしたりんごの木、遠景の教会堂がたいへん安定した風景を構成しています。1948年から 1949年は、フランスがようやく戦争の傷跡から立ち直りかけた時代でもあります。聖画に描かれた田園風景は、この時代の人々の心をどれほど和ませたことでしょうか。





 本品は七十年近く前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、保存状態は極めて良好です。破れ目や折り目、目立つ汚れなど、特筆すべき問題は何もありません。良質の中性紙に刷られているため、酸性紙のような劣化は今後も起こりません。

 下記の商品価格には、聖画、額、マット、ベルベット、工賃、税をすべて含みます。写真に写っている額は注文制作による一点物で、絵画用額縁制作に使う高級な木製棹(さお フレームの素材)を使用し、日本国内の職人が手作りしたものです。この額のサイズは 164 x 207ミリメートルです。壁掛け用金具と紐が付属していますが、縁の周囲が平坦で、33ミリメートルの奥行きがあるので、自立させても安定しています。マットに張ったベルベットのワイン・レッドはミサによって聖変化するキリストの御血の色であり、愛を象徴します。他の色やデザインの額をご希望の場合、またはご注文をいただいた時点で写真の額が在庫していない場合、お好みに合う同等クラスの他の額をご用意いたします。マットの色は追加料金無しで変更できます。なお商品写真は反射を防ぐためにガラスまたはアクリル(プレクシグラス)を取り外して撮影しています。





12,800円 (聖画、額込み)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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