フィリップ・ルアール作「オオカミを連れた聖フランチェスコ」 パリ、アール・カトリーク 戦間期のコロタイプ小聖画 116 x 75 mm


写真に写っている額のサイズ 18 x 13 cm  額の厚さ 2.5 cm

聖画のサイズ 116 x 75 mm


 フランス  1920 - 30年代



 パリの版元アール・カトリーク(Art Catholique)による小聖画。アッシジの聖フランチェスコをテーマに、戦間期のフランスで制作されたコロタイプ版画です。





 十四世紀末まで遡ることが可能な聖人伝「イ・フィオレッティ・ディ・サン・フランチェスコ」(伊 "I fioretti di san Francesco" 「聖フランチェスコの小さき花」)の第二十一章、「聖フランチェスコが極めて猛々しきアゴッビオのオオカミを回心させた際に為したこの上なく聖なる奇跡について」(Del santissimo miracolo che fece santo Francesco, quando convertì il ferocissirno lupo d’Agobbio.によると、フランチェスコがしばらく住んでいたアゴッビオ(グッビオ)の町の近くに人食いオオカミがいて、町の人々から恐れられていました。フランチェスコは町の人々を救うために弟子たちと一緒に山に分け入りましたが、弟子たちはみなオオカミを恐れて逃げてしまいます。オオカミを見つけたフランチェスコが十字を切って側に来るように命じると、オオカミは大人しく従い、顎を閉じてフランチェスコの足元に横たわりました。フランチェスコが「兄弟オオカミよ。お前はこのあたりで害を為し、大きな悪事を働いた。人々は皆お前を憎んでいる。しかし、兄弟オオカミよ、私はお前と町の人々を和解させたいのだ」と語りました。

 フランチェスコはオオカミを連れて町に行き、驚く町の人々をオオカミと和解させました。「オオカミは空腹ゆえに悪事を為したのであるから、町の人たちは定期的にオオカミに食べ物を与えなければならない。その代わりオオカミは今後人々も家畜も襲ってはならない」とフランチェスコは言うのでした。聖人がオオカミと人々を和解させて以降、オオカミは町の人たち全員から愛情を以て養われ、犬たちに吠えたてられることもありませんでした。





 本品は二十世紀フランスの小聖画を、日本の職人が手作りした一点ものの木製額に入れています。小聖画は彫刻家フィリップ・ルアールが陶土で制作した浮き彫り作品「サン・フランソワ・オ・ル」("Saint François au loup" 「オオカミを連れた聖フランチェスコ」)を、中性紙に転写しています。

 フィリップ・ルアール(Philippe Rouart, 1904 - 1993)は絵画と浮彫と陶磁器制作を得意とした才能豊かなフランス人芸術家です。フラゴナール(Jean-Honoré Fragonard, 1732 - 1806)やベルト・モリソ(Berthe Morisot, 1841 - 1895)、ジュリー・マネ(Julie Manet, 1878 - 1966)と血のつながりがある芸術家の家系に生まれ、名付け親であるモーリス・ドニ(Maurice Denis, 1870 - 1943)の指導の下、幼いころからデッサンと絵画の練習に励みました。未だ十代半ばであった 1920年以降、シャン・ド・マルス展(le Salon du Champs de Mars 国民美術協会のサロン展)、アンデパンダン展(le Salon des artistes indépendants)、チュイルリー展(le Salon des Tuileries)、サロン・ドートンヌ(le Salon d'automne)に出品したほか、1926年にはウジェーヌ・ドリュエ画廊(Galerie Eugène Druet, Paris)でも作品を展示しています。宗教美術の専門誌「ラール・サクレ」("l'Art sacré", 1935 - 1969)にも作品を発表しています。





 この浮き彫りにおいて、フィリップ・ルアールは聖フランチェスコを跪いた姿で表しています。オオカミは約束の印に右前足を上げていますが、上げた足を聖人の膝にのせ、顔を上に向けて寄り添う姿は、まるで犬が甘えているように見えます。フランチェスコは左手を愛情深くオオカミの背中に添え、右手を挙げてオオカミを祝福しています。

 フランチェスコの修道衣を縛る荒縄は実用的なベルトであるとともに、魂を神に結び付けて縛る紐帯の象徴でもあります。フィリップ・ルアールは修道衣の荒縄とオオカミの鬣(たてがみ)をちょうど連続するように彫ることで、「フランチェスコと同様に、神とともにあるオオカミ」、あるいは「フランチェスコとともにあるオオカミ」を可視化することに成功しています。

 筆者(広川)がここで「フランチェスコと同様に、神とともにあるオオカミ」というのは、「神に逆らう者であったオオカミが、聖人の奇跡の働きによって神の僕となった」という意味で、これは「イ・フィオレッティ」第二十一章から直接的に導かれる分かりやすい解釈です。修道衣の荒縄と連続することによって首輪となった鬣は、荒縄との視覚的類似性あるいは同一性が明示するように、オオカミとフランチェスコがいまや一心同体であること、すなわちフランチェスコの忠実な弟子となったオオカミの魂が神に向かうようになったことを表します。このように解釈するならば、オオカミは《救済された罪びとの魂》を形象化したものに他なりません。

 しかしながらオオカミは、「イ・フィオレッティ」第二十一章に書かれているような「狂暴性の象徴」「神への反逆の象徴」であるとは限りません。狼は夜行性の動物で、闇を見通す視力を有します。近世以前の科学理論では、視力は目から光が出て成立すると考えられていましたから、この理論に基づくならば、闇を見通す狼はその目から強い光を発していることになります。この理由によって、狼は光を象徴する場合があります。




(上) G. ジュリアン作 「神に創られたるものよ、主を誉めよ」 聖フランチェスコと被造物の賛歌 石版画による聖画 102 x 70 mm フランス 二十世紀中頃 当店の商品です。


 オオカミを「闇を見通す力の象徴」あるいは「光の象徴」と考えるならば、筆者が上で「フランチェスコとともにあるオオカミ」と言った第二及び第三の解釈が可能になります。

 オオカミを「闇を見通す力の象徴」と考えれば、第二の解釈が成立します。第二の解釈において、オオカミはフランチェスコの導きによって救いを得た罪びとの魂ではなく、むしろ《地上を捨てて神の国に目を向けるフランチェスコ自身の魂》を象徴します。晩年のフランチェスコは聖痕の傷に加えて重い眼病に苦しみました。しかしフランチェスコの肉体の目は機能を損なわれても、神の国を仰ぎ見る精神の目は損なわれませんでした。闇の中でも獲物を見つけるオオカミにも似て、フランチェスコは地上にありながら天上を見ることができたのです。




(上) キリストを抱くアッシジの聖フランチェスコ。現世を捨てて神に目を向ける聖人は、現世を表す球体を足の下に踏んでいます。


 第三の解釈では、オオカミを「光の象徴」と考えます。この場合、作品のフランチェスコは神に逆らう魂を救って受け容れる聖人の姿を表しているのではなく、むしろ《光であるキリスト(「ヨハネによる福音書」 1:9)を抱くフランチェスコの魂》を形象化していることになります。

 この作品においてフィリップ・ルアールは聖フランチェスコに後光を表す一方で、オオカミには後光を付けていません。したがって第三の解釈は少なくとも直接的には導き出せません。この作品は第一義として「救いを得たオオカミの魂」を象徴しつつ(第一の解釈)、これに加えて「神の国に目を向けるフランチェスコの魂」をも重層的に象徴している(第二の解釈)と考えられます。しかしながら後者すなわち第二の解釈は、「光であるキリストを抱くフランチェスコの姿」(第三の解釈)と大きく重なります。





 本品にはフィリグラン(仏 filigrane 透かし、ウォーター・マーク)のある紙が使用されています。

 本品の版画技法はコロタイプです。コロタイプは1854年に発明された平版の一種で、最も細かい部分まで再現可能な最高度の複製能力を有します。コロタイプは 1930年頃まで盛んに製作されました。しかしながらコロタイプの製版には高度の熟練と多大の労力を要し、刷れる枚数も少ないので、オフセット印刷が発明されるとすぐに駆逐されてしまい、二十世紀半ばにはほとんど姿を消しました。




(上) ルネ・ツェラーによる「幼子イエス伝」 1927年 当店の商品です。


 本品の版元はアール・カトリークで、聖画の下に「パリ、アール・カトリーク」(Art Catholique, Paris)の文字と図版番号(899)が書かれています。アール・カトリーク(Librairie de l'Art Catholique, 6 place Saint-Sulpice, Paris)とは「カトリック芸術」あるいは「カトリック美術」という意味で、パリにあったカトリック系出版社の名前です。アール・カトリークの創業者はフィリップ・ルアールの父ルイ・ルアール(Louis Rouart, 1875 - 1964)です。







 本品は日本国内の額装職人が手作りした一点ものの木製額と、別珍(ヴェルヴェット)を張ったマットで額装しています。額の縦横のサイズは十八×十三センチメートル、厚みは二・五センチメートルです。この額は壁掛け式ですが、外縁が平坦で厚みがあるので、本を並べた棚板の手前など、奥行きが少ないスペースにも自立させて飾ることができます。小皿用スタンドを使って立てることも可能です。なお撮影時の反射を防ぐために、商品写真では聖画を保護する透明アクリル板を一時的に外しています。商品は額にアクリル板を取り付けた状態でお渡しします。

 別珍の色は変更できます。またこの額がお気に召さない場合や、ご注文の時点で在庫していない場合は、同等クラスの他の額をご用意いたします。





 本品はいまから八十年ないし九十年前のパリで制作された真正のアンティーク・コロタイプですが、良質の中性紙に刷られているため、極めて良好な保存状態です。刷られた枚数は不明ですが、耐久性のある金属版インタリオや、版が摩滅しないオフセット印刷と違って、ゼラチンを使うコロタイプ版で刷れる数は、およそ三百枚が限度です。ヨーロッパの美術思想において、本品のように単色の作品は「時の経過で移ろわないもの」を表すのにふさわしいと考えられてきました。単色の作品には変色や褪色を起こさないという実用的利点もあります。

 犬のように聖人に甘えるオオカミの姿は愛らしく、優しい雰囲気の画面ですが、本品はときに聖画に見られる通俗趣味とは無縁です。芸術の薫り高い清冽さの中にも、愛すべき小品に仕上がっています。





本体価格 12,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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