小さなサイズのクロワ・ジャネット エマイユ・シャンルヴェによる十字架とフルール・ド・リス マリアの青を取り入れた美麗な作例 34.8 x 23.7 mm


クロス本体のサイズ 34.8 x 23.7 mm (外付けの環を除く)

フランス  19世紀末から20世紀初頭



 素晴らしい保存状態のクロワ・ジャネット。複雑な彫金文様を施し、交差部にエマイユ・シャンルヴェの銀板を嵌めこんでいます。十字架の彫金、及びエマイユの意匠は、ふたつの面で異なります。





 本品では、菱形(正方形)の銀板に浮き彫りと青色エマイユを施して、十字架交差部に取り付けています。この小さな銀板はロープ状の彫金細工で囲まれています。青色エマイユに浮かぶ銀の浮き彫りは、一方の面がラテン十字、もう一方の面が様式化した植物文によるギリシア十字となっています。ギリシア十字の各末端は三つに分かれており、フルール・ド・リス(仏 fleur de lys 百合の花)を模(かたど)っています。

 本品のエマイユは、シャンルヴェ(仏 le champlevé)と呼ばれる技法によって制作されています。シャンルヴェのエマイユ制作は、ビュラン(仏 burin 彫刻刀)を使って銀板に窪みを彫り、この窪みにフリット(仏 fritte 色ガラスの粉)を入れて窯入れし、フリットが融けるまで窯で加熱します。フリットが融けた後、徐々に温度を下げ、ガラスを銀板の表面に固着させ、窯から取り出した後に研磨仕上げが行われます。





 本品の小銀板においてフリットが入る窪みは、聖遺物箱のような大型のエマイユ・シャンルヴェ作品に比べれば、はるかに浅いはずです。実際古い時代のクロワ・ジャネットは、時の経過に耐えきれずにエマイユが破損したものが多く見られますが、本品のエマイユには剥落が一切ありません。エマイユを施した銀板は一辺が三ミリメートルという極小サイズでありながら、青色ガラスはいずれの面においても図形の隅々まで綺麗に入っており、優れた技術を持つエマイユ職人が制作したものであることがわかります。


 本品のエマイユに使われているガラスは、わずかに菫色がかった青色です。このような青をフランス語で「ブリュ・マリアル」(仏 bleu marial マリアの青)と呼びます。

 古代ギリシア・ローマ世界において、は好ましい色と考えられませんでした。ギリシア語、ラテン語の語彙には、「青」を表す色名さえありません。ヨーロッパ美術において青の地位が向上する端緒となったのは、1136年から 1140年にかけてサン=ドニ修道院付属聖堂が改築された際、窓に嵌め込まれたステンドグラスです。修道院長シュジェ・ド・サン=ドニ(Suger de Saint-Denis, c. 1080 - 1151)は青色のスマルト(コバルトガラス)を積極的に多用してステンドグラスを作らせ、ステンドグラスを通して、物質を聖化する天上の光を聖堂内に溢れさせました。




(上) シャルトル司教座聖堂ノートル=ダムの「ノートル=ダム・ド・ラ・ベル・ヴェリエール」(美しき大ステンドグラスの聖母)


 賛嘆の的となった「ブリュ・ド・サン=ドニ」(bleu de St-Danis サン=ドニの青)のステンドグラス職人集団は、ル・マン(Le Mans ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏サルト県)に移動し、当地の司教座聖堂サン=ジュリアン (le cathédrale Saint-Julien du Mans) において「ブリュ・デュ・マン」(bleu du Mans ル・マンの青)を、さらにシャルトルに移って、当地の司教座聖堂ノートル=ダム (le cathédrale Notre-Dame de Chartres) において「ブリュ・ド・シャルトル」(bleu de Chartres シャルトルの青)を、ステンドグラスに実現します。シャルトル司教座聖堂の「ノートル=ダム・ド・ラ・ベル・ヴェリエール」(Notre-Dame de la belle verrière 美しき大ステンドグラスの聖母)は、スマルトによる「ブリュ・マリアル」の衣をまとっています。

 このようにして地位が向上した青は、フルール・ド・リスとともに、フランス王室の紋章にも取り入れられました。フランス製信心具のエマイユ装飾に青が多いのも、カトリック教会と王室が緊密な関係にあったアンシアン・レジーム期の美意識と無関係ではないでしょう。またエマイユはブレサンやリモージュで盛んに制作され、フランスが得意とする工芸技法のひとつです。クロワ・ジャネットはフルール・ド・リスを重層的に意匠に取り入れた十字架ですが、とりわけ本品はブリュ・マリアルのエマイユを交差部に嵌め込んでおり、この上なくフランス的な作例といえます。





 十字架末端の楕円形装飾は両面とも同じ意匠で、内向きに広く開大したフルール・ド・リス上の植物文を、魚子(ななこ)地の上に置いています。エマイユがラテン十字となっている面は、縦木と横木の中心軸が一段低い溝状に窪み、ミル打ちのように連続する小さな突出が、魚子地の上に一列に並びます。エマイユがギリシア十字となっている面は、縦木と横木の中心軸に沿って菱形(正方形)が並び、菱形内部の魚子(ななこ)地の上には、四つの小突起がやはり菱形を為して並んでいます。菱形内部の四つの小突起は、肉眼で見るとフルール・ド・リスに見えます。

 ゴシック期以降、スマルトの青、花紺青はマリアの色です。百合もまたマリアの象徴です。したがってこの十字架はキリストの象徴であるとともにマリアの象徴でもあり、ひとつのクロワ・ジャネットにおいて二つの象徴性が一体となっています。

 クロワ・ジャネットの末端三か所にある小球は、糸巻き棒に巻き取られた糸の玉を表すとも、正典福音書においてキリストが三度流し給うた涙を表すともいわれています。





 十字架上部の平坦な部分は大きなフルール・ド・リスとなっており、「ドゥブレ」(doublé 金張り)のポワンソン(マーク)が刻印されています。

 十九世紀はマユショル(maillechort ジャーマン・シルバー、アルパカ・シルバー)をはじめ、優れた新合金が開発された時代でした。1889年のパリ万博で「ドゥブレ・ドール」(doublé d'or ゴールド・フィルド、金張り)の技術が発表されると、各種合金に金を被せたクロワ・ジャネットが多く作られるようになりました。本品もそのようなもののひとつです。


 本品を注意深く観察すると、金の色が二色であることが分かります。すなわち滑らかな部分はフランスの金に多い赤みがかった色であり、一段低く窪んだ部分はわずかにグリーン・ゴールドがかった金色となっています。現代のエレクトロプレートは製品全体を電解液に浸漬・通電しますから、異なる色の金を一つの製品に使うことは不可能です。しかしながら十九世紀のドゥブレ・ドールは、基層となる金属の上に金の薄板を高熱で鑞付けする技法ですので、手間さえいとわなければ、一つの製品に異なる色の金を使うことも可能です。





 現代まで伝わるクロワ・ジャネットの大部分は大きく破損しています。本品のように表裏二枚の板を合わせて制作したクロワ・ジャネットは、仮に現代まで残っていたとしても、先端部分が折れて無くなったり、十字架本体が破断している場合が多いですが、本品はよほど大切にされてきたと見えて、欠損の無い完品です。





 十九世紀のフランスで制作されたアンティークのクロワ・ジャネットは、そもそも入手が非常に難しい稀少品ですが、本品にはエマイユの剥落をはじめ、特筆すべき瑕疵(かし 欠点)はありません。同時代の類品は大きく破損しているものがほとんどであり、本品は驚くほど良好な保存状態であるといえます。

 本品は十字架の彫金、及びエマイユの意匠がふたつの面で異なり、二通りのペンダントとして楽しむことができます。商品写真は大きく拡大撮影していますので、目で見てもわからない汚れ等が識別可能ですが、実物を肉眼で見ると、写真よりもずっと綺麗です。繊細で清楚なエマイユに加え、重厚で美しい古色が醸(かも)す真正のアンティーク品ならではの味わいに、現代の複製品では決して再現できない趣(おもむき)があります。





31,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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