稀少品 アンリ・マティス作 《闇を照らす生命樹 ロザリオ礼拝堂の十字架 53.6 x 36.6 mm》 マティス芸術の掉尾を飾る作品


突出部分を除く十字架本体のサイズ 縦 53.6 x 横 36.6 mm   厚さ 7.3 mm

重量 5.1 g


フランス  二十世紀後半



 二十世紀半ばのフランスで制作されたクロワ・ド・クゥ。「クロワ・ド・クゥ」(croix de cou)とはフランス語で「首の十字架」という意味で、首に懸ける十字架形ペンダントを指します。「クロワ・ド・クゥ」はキリスト教文化を背景としながらも、どなたにでもお使いいただけるビジュ(仏 bijou ジュエリー)です。




(上) ラ・シャペル・デュ・ロゼール(La Chapelle du Rosaire, dit la Chapelle Matisse, Vence ロザリオ礼拝堂)内部。写真手前の部分で測った礼拝堂の幅は、およそ五メートルです。


 本品は現代美術におけるもっとも重要な芸術家の一人、アンリ・マティス(Henri Matisse, 1869 - 1954)のデザインによります。

 マティスはマティスは 1930年頃から亡くなるまでの二十数年間をニースとその近郊のヴァンスで過ごしました。ニース時代の 1941年1月、当時七十二歳であったマティスは結腸癌で重篤な病状に陥り、リヨンで大手術を受けました。この手術は成功し、マティスは三か月間の入院を余儀なくされつつも、5月になってニースに戻ることができました。マティスはこれ以後の人生を「拾った命」と考えました。




(上) ヴィラ・ル・レーヴ(夢荘)で寛ぐマティス アンリ・カルティエ=ブレッソンが 1944年に撮影した写真。


 自宅で療養するあいだ、マティスはモニク・ブルジョワ(Monique Bourgeois, 1921 - 2005)という女子学生を、看護師として雇いました。モニク・ブルジョワは 1944年にドミニコ会に入り、1946年にニース西郊ヴァンスの女子修道院に移りました。

 この頃ニースが空襲に曝されたため、マティスはヴァンスの住宅兼アトリエ、ヴィラ・ル・レーヴ(仏 Villa Le Rêve 「夢荘」の意)に住んでいたのですが、ヴィラ・ル・レーヴはドミニコ会女子修道院の目の前にあり、修道女となったモニクとの交流が再開しました。モニクを仲立ちに、マティスは修道女たちをはじめとするドミニコ会関係者とも親しくなりました。

 ヴァンスの修道院付属聖堂は老朽化のため建て替えが必要となり、ステンドグラスのデザインと壁画制作をマティスが担当することになりました。こうして完成した新礼拝堂がラ・シャペル・デュ・ロゼール(仏 La Chapelle du Rosaire ロザリオ礼拝堂)で、1951年6月25日、ニース司教によって祝別されました。





 フランスをはじめとするヨーロッパ各地では、白い錫釉を掛けた陶器が作られています。近世ヨーロッパの人々は真っ白な地肌を有する中国の磁器を愛好しましたが、ヨーロッパ産のカオリン(陶土)は焼成しても真っ白にならず、可塑性にも劣ります。それゆえに十八世紀になってようやくリモージュで良質のカオリンが発見されるまで、ヨーロッパで磁器を作ることはできませんでした。

 白い錫釉を掛けた陶器は、フランスではファイアンス(仏 faïence)と呼ばれています。ファイアンスは手ごろな値段のヨーロッパ産磁器や炻器に圧迫され、近代に衰退しましたが、1870年頃に始まった耽美主義の芸術家たちによって美しさが再評価されました。


 本品はファイアンスに黒の釉薬を掛け、コルプス(キリスト像)を金彩の装飾に置き換えています。キリスト像の代わりとなっている金彩の図形は、十字架の縦木上部と横木両端において枝分かれしており、樹木を象(かたど)っています。

 マティスは生命樹を主題に、ラ・シャペル・デュ・ロゼール身廊のステンドグラスを制作しています。礼拝堂身廊のステンドグラスに象られた生命樹は、南フランスの明るい陽光を透過し、反対側の壁に描かれた線描に生命の彩を与えます。内陣のステンドグラス、壁画、司祭のためにデザインした祭服にも、マティスは植物文様を多用しています。人生最後の大作に取り組むマティスにとって、生命樹のモティーフ、及び植物が象徴する生命は、たいへん大きな意味を持っていたのです。

 本品においても、キリスト像は金彩の樹木として表されています。十字架上のイエス・キリストは救い主を信じる罪びとに永遠の命を与え給うゆえに、生命樹として描かれているのです。


(下) ラ・シャペル・デュ・ロゼール身廊のステンドグラス。生命樹がモティーフになっています。




 「ダニエル書」にはバビロンの王ネブカドネザルが世界の中心に生える巨木の夢を見たこと、ならびに預言者ダニエルによる夢の解き明かしが記録されています。同書第四章によると、預言者ダニエルは慢心の王ネブカドネザル二世が見た予知夢を解釈し、罪を悔いて神の前に遜るように忠告しました。神は十二か月の間、王の悔い改めと善行を待ち給いましたが、王の慢心は変わりませんでした。その結果、王は七つの時すなわち七年間に亙って理性を剥奪されました。バビロンから追放されて、野の獣と共に住み、牛のように草を食らうことにより、王の慢心は取り除かれました。七年の終りに理性を半ば取り戻しかけた王が、神の全能をほめたたえる言葉を語ると、理性は完全に戻りました。ネブカドネザル二世はふたたびバビロンの王となり、その威光は以前にも増して輝きました。

 反宗教改革時代のイエズス会士ガスパル・デ・ロアルテ(Gaspar de Loarte, S. J.,1498 - 1578)は、1570年、ローマで出版した著書「救い主キリストの御受難を黙想するための手引きと助言、ならびに御受難に関する幾つかの黙想」("Instruttione e avisi per meditare la passione di Christo Nostro Redentore; con alcune Meditationi di essa", per il P. Gaspar Loarte Dottor Teologo, della Cpmpagnia di Giesu, Roma, 1570)において「ダニエル書」四章に言及し、夢に出てくる大木を生命樹としたうえで、これをキリストの十字架の前表である、と論じています。





 同書から関連箇所を引用いたします。テキストは近世初期のイタリア語で、日本語訳は筆者(広川)によります。文意を通じやすくするために補った訳語は、ブラケット [ ] で囲みました。

     DI DIVERSI MODI utili di meditare sanctissima passione di Christo nostro Redentore    主キリストのいとも聖なる御受難観想に益する、多様なる方法について
         
      Narrasi nel libro del profeta Daniel che fu in una visione dimostrato a Nabuccodonosor un albero piantato in mezzo della terra, il qual era molto alto, & havea le foglie bellissime & il frutto abondatissimo.     預言者ダニエルの書によると、ネブカドネザルに示された幻視において、地の中心に植えられている一本の木があった。その木はたいそう高く、葉は非常に美しく、果実もこの上なく豊かであった。
     Per questo albero e figurato Christo crocifisso nel mezzo della terra sotto la cui ombra qui vorà riposarsi meditando la sua sacratissima Passione, trovera frutto dolce e copioso, e tanto questo sara maggiore quanto in piu modi la sapra meditare,     この木が前表として表すのは、地の中心で十字架に架かり給うたキリストである。十字架の蔭にていとも聖なる御受難を観想しつつ憩わんとする者は、甘く豊かな果実を見出すであろう。十字架の観想する方法が多ければ多いほど、[観想によって得られる]果実も大きいであろう。
     però è da notare che si ritrovano diversi modi di meditare questa sacra passione da ciascun' de quali si puo cavare nuovo e differente frutto, impero che un frutto e gusto troverai quando la vorrai meditare per condolerti per i molti tormenti, & ingiurie che Christo patì, et un altro quando la mediterai per imitar le molte virtu che ci insegnò, e cosi in altri modi , che si puo meditare per diversi fini.    それゆえに、この聖なる御受難の多様な観想法を見出すならば、各々はこれまでとは異なる新しい果実を得ることができる。というのも、キリストが被り給うた数多くの御苦しみと辱めによりて[救い主と]共に苦しみつつ、観想しようと欲するならば、[観想者は]果実と喜びを見出す。また聖なる御受難が我々に示す数多くの徳に倣いつつ御受難を観想するならば、[観想者は]他の果実を見出す。さらに多様な意図を以て観想を為し得るならば、他の様態の物どもを[観想者は得るからである]。
     E benche la divotione d'ogni uno puo cercare differenti modi d'essercitarsi in questa meditatione, nondimeno m'è parso proporne qui alcuni i quali spero aiuteranno chi vorrá servirsene.     御受難の観想によって信心を深める方法は、それぞれの人が探し得ることであるが、幾つかの方法を[以下に]示そうと思う。そして[それらを]役立てたい人々の助けと為すことを望むのである。


 ネブカドネザル二世の夢に出てきた生命樹は、たいそう美しい葉を鬱然と繁らせ、美味なる果実をたわわに実らせています。デ・ロアルテ師はこの生命樹を、救い主の前表、あるいは救い主が架かり給うた十字架の前表と解釈しました。この解釈に従うならば、生命樹が美しい葉を繁らせて、美味な果実をたわわに実らせる様子は、救い主の内に充溢する生命(「ヨハネによる福音書」十四章六節)を表すとともに、救い主の受難によって救世が達成される事実を示しているといえます。





 本品において黒を背景に輝く金彩の生命樹は、十字架にかかり給うたイエス・キリストの生命が、闇の中に輝くさまを表します。「ヨハネによる福音書」一章一節から五節には、次のように書かれています。新共同訳により引用します。 
       
   1.     初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
   2.    この言は、初めに神と共にあった。
   3.    万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
   4.    言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
   5.    光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
       
       
 「ヨハネによる福音書」一章十六節から十八節には、次のように書かれています。新共同訳により引用します。 
       
   16.    わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。
   17.    律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。
   18.    いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。
       
       
 結腸癌で一度死を覚悟したマティスは、1941年の大手術後の人生を、余分に与えられた命と考えました。人生の最後に残された力と時間のすべてをラ・シャペル・デュ・ロゼールに注いだマティスは、この仕事について次のように語っています。
       
     この礼拝堂を望んだのは私ではない。私は、これを造るよう強制された。義務として課せられたのだ…。ピカソが私にとてもよいことを言ったことがある。「われわれは労働者のように働かなければいけない」 しかし礼拝堂はそれ以上のものだった。すべては他の場所から、私より高い所からやってきた。
       金寅中「マティスの遺書」 末木友和訳
       
       
 マティスはまた次のようにも語っています。
       
     私の望みは、礼拝堂を訪れる人たちの心が軽やかになることだ。そしてキリスト教徒でなくても、そこで心が高まり、考えが開かれ、気分そのものが軽やかになるような場所であってほしいと思う。
       同上






 本品は小さな品物ですが、晩年のマティスが全生命を注いで制作したラ・シャペル・デュ・ロゼールと不可分一体の十字架です。マティスは本品に、感覚で捉え得る世界を超越した宗教的意味を賦与しています。

 その一方でマティスはラ・シャペル・デュ・ロゼールについて、「キリスト教徒でなくても、そこで心が高まり、考えが開かれ、気分そのものが軽やかになるような場所であってほしい」と語っています。礼拝堂完成から没するまでの四年間、マティスは絵筆を執らず、美しい色彩の切り絵細工に没頭しました。1908年に発表した文章で、マティスは自分の芸術を「あらゆる頭脳労働者を肉体的疲労から癒してくれる、何か良い肘掛椅子のようなもの」と形容しています。本品は黒と金色で、鮮やかな色彩を有しませんが、小難しい解釈から離れて楽しめる構成的意匠は、マティス作品にふさわしい美の形となっています。





 本品の厚さは 7.3 ミリメートルで、裏返すとファイアンスに特有の白色錫釉が見えます。白色錫釉は十字架全体に掛かっていますが、表(おもて)と側面には上から黒い釉薬が重ねられています。

 裏面には金彩で「シャペル・マティス」(chapelle Matisse)と書かれています。金彩の文字は絵筆によるマティスの筆跡を再現しています。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 本品は数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品(ヴィンテージ品)ですが、古い物であるにもかかわらず、保存状態はきわめて良好です。横木の隅一か所に小さな欠損がありますが、大きな破損や剥落等、特筆すべき問題は何もありません。サイズは大きめですが、金属のように重くないので、日々快適にご愛用いただけます。





18,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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