(下) 別売りのチェーンを取り付けた状態





職人技による最終世代 《エルジン グレード 345》 繊細な彫金と作り込みのハイ・ジュエル懐中時計 1923年



 「ウォッチ」(英 watch 携帯用時計)という語で、現代人は腕時計を思い浮かべます。しかしながら「ウォッチ」すなわち携帯用時計とは、もともと懐中時計のことでした。

 二十世紀初頭、女性用懐中時計が十分に小型化され、手首に装着できるサイズになると、おしゃれな女性たちが小さな懐中時計をポケット付きの革バンドに入れて、手首に装着しました。こうして生まれたのが「リストウォッチ」(英 wristwatch 手首用携帯時計)、つまり腕時計です。腕時計を使い始めた時期は女性のほうが男性よりも早く、1920年代のことでした。男性が腕時計を使い始めるのは 1930年代です。したがって 1920年代には、女性は腕時計を、男性は懐中時計を使っていました。





 本品はかつてアメリカに存在したエルジン・ウォッチ・カンパニーが製作した時計で、突出部分を除く直径は四十五ミリメートル強、クリスタル(アクリル製風防)を含む時計全体の厚さは十一ミリメートル強です。本品のムーヴメントにはシリアル番号が刻印されており、1923年に製作された時計であることがわかります。この頃の女性は腕時計を使い始めていましたが、男性の間では懐中時計の時代がもうしばらく続きます。




(上) 左から順に、1906年頃のドクサ 24 1/4リーニュ1883年製ウォルサム 18サイズ、本品(12サイズ)。


 衣服や化粧の流行は、数十年周期で繰り返します。時計の場合もこれと同様で、時計のサイズはおよそ五十年の周期で大きくなったり小さくなったりしています。十九世紀末から二十世紀初頭は大きな時計が好まれた時代でした。十九世紀末から二十世紀初頭は、後世ほど小さな時計ムーヴメントを作る技術がありませんでしたが、それでも女性用ムーヴメントの直径は五百円硬貨に近いサイズまで小型化されていました。それにもかかわらず、この時代の男性は、大きな時計を好みました。

 上の写真で本品よりも左にあるのは十九世紀末から二十世紀初頭の懐中時計で、いずれも男性用です。これら二個は本品よりも大きな直径を有しますが、厚みに関しても本品に比べて二倍程度の差があります。本品が製作された 1920年代は懐中時計が使われた最後の時代であり、1930年代からは男性も腕時計を使うようになります。左側二個のように巨大な時計は手首に装着できませんから、腕時計は必然的に小さくなります。




(上) 左から順に、1883年製ウォルサム 18サイズ1906年頃のドクサ 24 1/4リーニュ、本品(12サイズ)、1945年製エルジン 軍用時計 A-111943年製ブローバ 5AB いずれも当店の商品です。


 しかしながら各時代の時計を制作年代順に並べると、腕時計が小さくなったのは物理的な要請のためではなかったことが分かります。すなわち時計が手首に快適に装用できるようになっても小型化の傾向は止まらず、時計のサイズは二十世紀半ばに向けてますます縮小しました。

 本品の右にある二本はいずれも 1940年代の時計で、緑色の革ベルトを付けているのが1945年製エルジン A-11、黒いコード・バンドを付けているのが1943年製ブローバです。エルジン A-11はアメリカ軍の男性用ミリタリー・ウォッチですが、直径は 27.8ミリメートルで、五百円硬貨とほぼ同じ大きさです。1943年製ブローバは女性用で、こちらは一円硬貨よりも小さなサイズです。1940年代の時計は、男性用も女性用も、現代のものよりもはるかに小さく作られています。

 二十世紀前半の社会で活躍するのは、男性にほぼ限られていました。女性用懐中時計のムーヴメントは二十世紀初頭において十分に小型化されていましたが、あまり小さな機械には精度の点で不安があり、社会で働く男性の時計としては使えないと考えられていました。しかるに二十世紀半ばになると時計製作の技術が進歩して、従来よりも小さくて薄い機械を、精度を損なわずに作れるようになりました。小さくて且つ正確なムーヴメントは優れた技術の証しであり、時計会社は競うように時計を小型化しました。こうして男女ともに小さな時計が流行したのです。





 このような歴史的流れのなかで、大きな懐中時計と小さな腕時計の中間に位置するのが、1923年製の本品です。本品は「十二サイズ」(地板の直径 39.79ミリメートル)のムーヴメントを搭載しており、突出部分を除くケースの直径は 45.1ミリメートル、風防を含む最大の厚さは 11.5ミリメートル、重量は 60.5グラムです。大きさ以外にも、本品には 1920年代の時計ならではの特徴があります。

 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。 本品のケースはスリー・ピース構造で、文字盤を取り巻くベゼル(英 bezel)、ムーヴメントの枠となるケース本体、裏蓋に分かれます。

 本品はケースのベゼルと竜頭(りゅうず)付近、及び裏蓋の周縁部に、様式化された植物文様による細密な彫金が施されています。裏蓋の周縁部を除く部分にも、縞状の直線とロカイユ(仏 rocaille 貝殻のような曲線でできた枠)が彫金されています。裏蓋の中央部分に施された彫金は、十九世紀の懐中時計裏蓋にもみられる古典的な装飾です。しかしながらベゼルと竜頭付近、及び裏蓋周縁部にまで彫金を施すのは、1920年代の時計ならではの特徴です。時計ケースの彫金は、1920年代が最も華やかです。1930年代になると時計ケースの彫金は急に簡略化され、1940年代の時計ではほとんど行われなくなります。1950年代以降の時計には、彫金は一切施されません。





 時計ケースに彫金が施されなくなったきっかけは、1929年10月24日、ウォール街でGMの株が暴落して始まった世界恐慌でした。景気が悪くなると時計会社は経費削減を迫られ、機能上最低限必要な部分以外は切り捨てられます。その結果、経費が掛かる彫金細工は省略されてしまいます。また不景気の際には人心に華やかなものを楽しむ余裕がなくなり、黒っぽい衣服が好まれるようになりますが、これと同様の理由により、時計も簡素なデザインが好まれるようになります。

 上の写真はいずれも「エルジン グレード 462」という時計で、左が 1928年右が 1930年のものです。この二本は同じムーヴメントを使った同じグレードの時計であるにもかかわらず、左は世界恐慌以前の時計、右は恐慌期の時計であるために、ケースのデザインが劇的に異なります。


 しかしながら時計ケースのデザインが簡略化された根本的な理由は、時計作りの産業化あるいは工業化がいっそう進んだことにあります。世界恐慌が終息しても時計ケースの彫金が復活しなかった理由は、時計という品物の性格自体に大きな変化が起きたからです。先進国の国民全体が豊かになり、時計の需要が高まると、時計は大量生産による工業製品になってゆきました。時計製作が手作りの要素を失うにつれて、ケースの彫金は「余計なもの」と看做され、姿を消していったのです。


  ルネ・ユイグ René Huygue, 1906 - 1997


 フランスの美術史家ルネ・ユイグ(René Huyghe, 1906 - 1997)は、1955年の著書「見えるものとの対話」("Dialogue avec le visible", Flammarion, 1955)において、手仕事による実用品が生得的に備える美を、生きた芸術を求める職人の感受性が作品に残した刻印である、と論じました。このような美は、物品に対して意図的に付加された付属物ではなく、感受性豊かな職人の手の動きをとどめる作品のうちに、自然に見いだされるものです。

 1920年代の時計作りはすでに分業化されていましたが、機械を操作し、道具を扱うのは生身の職人であり、時計産業は手工業的性格を未だ濃厚に留めていました。このような時代に製作された本品のうちには、ルネ・ユイグが指摘する通り、職人芸術家の感受性の刻印である内在的な美が、自ずから現れ出ています。

 本品の時計ケースに彫金職人の名前は彫られていませんが、その仕事は十分に芸術品と呼べる水準を達成しています。本品の時計ケースは、芸術家と職人が未分化であった時代と同じ精神によって、職人芸術家の手仕事で作られた品物です。一見したところ「余計なもの」と思えるケースの彫金、及びムーヴメントの受けに施されたダマスキーニング装飾は、ケースやムーヴメントの実用的機能に対して表面的に付加された飾りではなく、実用的機能と渾然一体となった「手仕事の美」として、本品から滲み出ています。





 1920年代ならではの特徴は、裏蓋の彫金パターンと針の形にも現れています。1923年はアール・デコの全盛期です。本品の意匠は古典的で、円形のシルエットと文字盤のデザインにはアール・デコの影響が見られませんが、裏蓋に見られる直線的な彫金パターンと、彫刻的な針の形は、二十世紀初頭までの懐中時計とは明らかに異なり、アール・デコ様式を取り入れています。

 1920年代ならではの第三の特徴は、竜頭(りゅうず)の形です。二十世紀初頭までの懐中時計は、竜頭が玉ねぎのように丸い形をしています。これに対して本品の竜頭は初期の腕時計の竜頭と同じ形で、リストウォッチへの移行を予感させます。





 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(英 dial)、文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。

 本品のインデックスは文字盤職人による手書きで、フランスの時計技師アブラアン=ルイ・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet, 1747 - 1823)が考案した優雅な斜体のアラビア数字となっています。このような数字を「ブレゲ数字」と呼びます。アラビア数字のインデックスは、二十世紀前半までの時計の特徴です。1950年代半ばから1960年代以降になると、棒状の「バー・インデックス」が圧倒的に多くなります。


 六時の位置はスモール・セカンド(英 small second 小秒針)用の文字盤があり、小さな秒針が回転しています。

 現代の時計の秒針は「センター・セカンド」といって、短針、長針と同様に、時計の中央に取り付けられています。しかしながら時計の中央に秒針を取り付ける方式のムーヴメントを制作するのは技術的に困難で、センター・セカンドが普及するのは1960年代です。懐中時計の秒針、および二十世紀前半の男性用腕時計の秒針は、ごく少数の例外を除き、六時の位置にスモール・セカンド(小秒針)が取り付けられています。





 本品の文字盤は明るいグレー・シルバーで、秒針の小文字盤には同心円状のヘアライン装飾、それ以外の部分には縦のヘアライン装飾が施されています。ヘアライン(英 hairline)というのは、髪の毛のように細い線のことです。並行する多数のヘアラインは上質のサテンのように柔らかな光を反射し、本品に高級感と優雅さを与えています。文字盤の上部には、「エルジン」のロゴ (ELGIN) が美しい斜体で手書きされています。

 本品の文字盤は時計が製作された当時のオリジナルで、中央付近の表面に銀色めっきの剥がれがあるほか、経年による点状の変色が文字盤全体に散らばっています。歳月がアンティーク品にもたらす古びた風合いを、パティナ(英 patina 古色)といいます。本品の文字盤にもアンティーク品特有の風合いが生じています。

 パティナは新品の時計が工場を出荷した時には無かったものです。それゆえパティナを余計な汚れと考えて、嫌う人たちがいます。しかしながらアンティーク時計は単なる計時用機械ではありません。単なる計時用機械が欲しいのであれば、新品のクォーツ式時計を買えばよいのです。千円ほどで売っているクォーツ式時計のほうが、本品よりも正確です。歴史性こそが古い品物の魅力であるゆえに、当店ではアンティーク時計のパティナを受け容れたいと考えています。





 時計のなかには青い針を持つものがあります。時計の針が鋼鉄製である場合、加熱により青い酸化被膜を作り、錆の発生を防ぎます。加熱して得られた酸化被膜のせいで青く見える鋼鉄を、「ブルー・スティール」(英 blue steel 「青い鋼(はがね)」の意)といいます。

 「ブルー・スティール」を作るには手間がかかるので、現代の時計に見られる青い針は、大抵の場合、「ブルー・スティール」を模して青く塗装しています。本品の針は時針、分針、小秒針とも真正のブルー・スティールです。





 本品のケースは、ベゼル、裏蓋ともネジ式です。裏蓋を開けると「ファヒス モントーク 二十年保証」(Fahys MONTAUK guaranteed 20 years)の文字が刻印されています。

 ファヒス社(Joseph Fahys & Co)はニューヨークにあった時計ケースのメーカーで、高品質の金張りケース作りに特化していました。本品に「ゴールド・フィルド」(英 gold filled 金張り)の表示はありませんが、ファヒス社のケースは、「十四金」(14K)とのみ表示された場合も含めてすべて金張りです。「二十年保証」(guaranteed 20 years)とは、二十年間毎日使っても剥がれない厚みの金が、本品のケースに使われているという意味です。

 ちなみに「二十年間」とは摩耗に対する強さのことであって、製造から二十年たてば金が自然に剥落してくるという意味ではありません。使用回数が少なければ、ケースはもっと長持ちします。本品はおよそ九十四年前の時計ですが、金張りが摩滅しているのはボウのみです。懐中時計のボウ(英 bow)とは、紐やチェーンを取り付けるための環状部分のことです。ここは紐やチェーンと常に擦れ合っているゆえに、どうしても摩滅が起こります。しかしながら本品のケース本体は十分に良い状態です。ファヒス社の設定した保証期間がとっくに過ぎているからといって、何も心配する必要はありません。


 現代の金めっき(エレクトロプレート)は、電解液に浸けた金属の表面に、非常に薄い十八金や純金の層を形成したものです。これに対して本品のケースの材質である「金張り」は、ベース・メタルの上に金の薄板を鑞付け(ろうづけ 溶接)してあります。金張りにおける金の厚さは、現代の金めっきの数十倍に及びます。また現代の金めっきに使われる十八金や純金は、軟らかいのですぐに摩滅しますが、本品にはおそらく十金が使用されていて、十八金や純金に比べて格段に強く、摩耗しにくいのが特徴です。実際、本品は九十四年前の時計ですが、金はたいへんきれいな状態です。金の色合いに関しても淡く上品なシャンパン・ゴールドですので、濃い金色が苦手な方でも抵抗なくご愛用いただけます。





 本品のケース裏蓋には、二時の裏側あたりに小さな凹みがあります。凹みの程度はごく軽く、アンティーク品を好きな方であれば、まったく気にならないはずです。またこの凹みによる実用上の問題は何もありません。


 百年前の時計は現代の時計のような「クォーツ式」ではなく、ぜんまいで動く「機械式」です。電池で動くクォーツ式時計は 1970年代から使われ始めます。本品が製作された1923年は、クォーツ式腕時計が存在せず、「ウォッチ」といえば機械式懐中時計のことでした。

 ぜんまいを巻いたり、時刻を合わせたりするためのツマミを、「竜頭」(りゅうず)といいます。本品のような手巻き式時計は、竜頭を回してぜんまいを巻き上げます。機械式時計はぜんまいがほどけるときに放出する力で駆動します。手巻き式時計のぜんまいを十分に巻き上げると、一日半かかってほどけます。したがって手巻き式時計は毎日ぜんまいを巻く必要があります。

 1920年代以降、現代に至るまで、腕時計の竜頭は三時の位置に付いています。これに対して本品をはじめとする懐中時計は、十二時の位置に竜頭が付いています。「ボウ」(英 bow)と呼ばれる環が竜頭を囲んでおり、ここに紐やチェーンを取り付けるようになっています。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)といいます。本品のムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動いています。本品のようにぜんまいで動く時計を「機械式時計」といいます。良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度「9」と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されるのです。必要な部分すべてにルビーを入れると、「十七石」(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントは「ハイ・ジュエル・ムーヴメント」(英 high jewel movement)と呼ばれる高級機です。





 本品が搭載するのは、十七石の高級機(ハイ・ジュエル・ムーヴメント)、「エルジン グレード 345」です。「エルジン グレード 345」は十二サイズ、3/4プレートのペンダント・セット式(竜頭の操作によってぜんまいの巻上げと時間合わせを行う方式)で、1904年から1934年まで製作されました。この時計は1923年のものです。

 上の写真には十七個のうち五個のルビーが写っています。ルビーは金製の枠に囲まれ、受け(銀色のプレート)の孔に押し込まれています。受けにはダマスキーニング(英 damaskeening)またはダマシーニング(英 damascening)と呼ばれる装飾が施され、柔らかな光のパターンが大輪の花文様を描いています。

 受けには「エルジン・ナショナル・ウィッチ・カンパニー」(Elgin National Watch Company)、「アメリカ合衆国」(U. S. A.)、「セヴンティーン・ジュエルズ」(seventeen jewels 十七石)の文字が刻印されています。





 上の写真の上部右寄りには、鏡のように磨き上げられた半月形のプレートが、小さなねじで受けに留められているのが見えます。半月形のプレートには目盛りが付いており、右側に「エフ」(F fast)、左側に「エス」(S slow)の文字が刻まれています。目盛りの手前には横長の窓が開いていて、湾曲した棒状のネジが見えます。これに沿って動くカーソルには、緩急針の先端が嚙み合っています。

 ひげぜんまいの外端に掛かる「ひげ持ち」という部品の位置を変えると、天符の振動(往復運動)の緩急を調整できます。ひげ持ちの位置を変える仕組みを緩急装置(英 regulator)といいます。緩急装置には多様な形式がありますが、そのほとんどは「ボスレー式」を発展させたものです。

 ボスレー式緩急装置は、長い緩急針を動かすことにより、天符が振動する速度を微調整します。最も普及している様式のボスレー式緩急装置では、緩急針の側面を直接押して動かします。しかしながら本品は、緩急針の先端付近と噛み合う小さな筒状部品の内側に雌ネジが切られており、雄ネジに沿って回転しながら移動することで、歩度調整(天符の振動数の微調整)を行うように作られています。この機構ゆえに、本品は非常に精密な微調整が可能であり、また緩急針が意図せずに動くことがありません。

 以上でお分かりいただけるように、本品の緩急装置はたいへん精密な仕組みを有します。また本品のひげぜんまいは、ひとつひとつが名人技によって作られる「ブレゲひげ」(巻き上げひげ)です。二十世紀半ば以降、時計が量産されるようになると、このように繊細な作りは姿を消します。1923年製の本品には、名人技で作られたブレゲひげや、手間を惜しまず作り込まれた緩急装置が採用されており、時計が「職人の手作り品」であった時代の最後を飾る時計といえます。





 1920年当時、この時計の価格は初任給の四か月分ないし五か月分でした。価格だけを表面的に比較すると、当時の時計は現代のクォーツ式時計よりも高価に感じます。しかしながら現代のクォーツ式時計は、たとえばファッションブランドが売っている八、九万円の時計であっても、一個八十円から百円程度のプラスチック製ムーヴメントを使っています。それでも数年間は動作するのですから大したものですが、プラスチック製ムーヴメントは修理が不可能で、時計は使い捨てです。これに対して金属とルビーでできているアンティーク時計のムーヴメントは耐久性に優れ、修理も可能です。本品はおよそ九十四年前の時計ですが、いまも元気に動いています。

 現在、時計の主要生産国はスイス、日本、中国ですが、二十世紀前半までのアメリカ合衆国では時計産業が盛んで、その品質はスイス製をしのいでいました。アメリカの時計産業は日本との戦争が遠因になって衰退、消滅し、アメリカ国内で時計を製作していた最大手のエルジン社も、1968年に操業を停止しました。本品はエルジン社が元気であった 1923年の製品ですので、ムーヴメントの表面には「アメリカ合衆国」(U. S. A.)の文字が誇らしげに彫り込まれています。





 当店は数少ないアンティーク時計の修理対応店です。アンティーク時計はどこの店でも原則的に「現状売り」で、壊れても修理できませんが、アンティークアナスタシア店主にはアンティーク時計に関する十分な専門知識がありますし、本品「エルジン グレード 345」に関しても部品を保有しているため、他店で不可能な修理に対応できます。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。 





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