ドレッシーなクッション型に豪華な彫金 《狂騒の二十年代》 黄金時代の夢を伝える時計 1928年


突出部分を除くケースのサイズ 31.0 x 31.0 mm

バンドの幅 19 mm

風防を含む最大の厚さ 11.6 mm



 1928年頃にアメリカのエルジン社が製作した腕時計。正方形の各辺が外向きに張り出した「クッション型」ケースに、円形ムーヴメントを搭載しています。数あるケース形状のなかで、クッション型は最も稀少であると同時に、最もドレッシーな形です。

 1920年代後半は男性の間で腕時計が本格的に普及し始めた時代であり、本品は懐中時計の面影を残しています。「ザ・ロアリング・トゥエンティーズ」("The Roaring Twenties" 「狂騒の二十年代」)と呼ばれる 1920年代は、アメリカが空前の繁栄を謳歌した時代でした。本品のベゼルに施された豪華な彫金は、黄金時代の夢を今に伝えています。

 本品はもともと男性用として作られた時計ですが、五百円硬貨よりもひとまわり大きい程度の上品なサイズですので、女性にもご愛用いただけます。九十年近く前のアンティーク品にもかかわらず、順調に動作しています。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)といいます。本品の文字盤は二色に分かれたお洒落なもので、中央と外縁に明るい銅色、インデックスの背景部分にわずかに黄味がかった銀色が使われています。この文字盤は 1928年に作られた時のままのオリジナルで、後に書き換えた再生文字盤ではありません。ところどころに軽度の変色がありますが、古い年代を考えれば極めて綺麗な保存状態です。

 文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは金の薄板で作ったアラビア数字を貼り付けてあり、背景からわずかに突出しています。

 1950年代半ば以降の時計は、大抵の場合、棒状の「バー・インデックス」を使用します。しかしながら十九世紀の懐中時計、及び二十世紀前半までの腕時計と懐中時計では、インデックスに必ず数字が使われ、バー・インデックスが使われることはありません。数字の種類はほとんどの場合がアラビア数字で、稀にローマ数字も使われます。本品のインデックスもこの時代の時計にふさわしいアラビア数字です。





 六時の位置には直径六ミリメートル足らずの円があり、"10" から "60" までの数字が書かれています。これはスモール・セカンド(小秒針)用の文字盤で、長さ三ミリメートルほどの針が回っています。

 現代の時計は「中三針(なかさんしん)式」といって、秒針は時針、分針と同じく文字盤の中央に取り付けられています。しかしながら秒針を時針、分針と同じ位置に取り付けるのは技術的に難しいことで、古い時代の時計は、ほとんどの場合、六時の位置にスモール・セカンド(小秒針)を取り付けていました。よほど特殊なものを除いて、懐中時計はみなスモール・セカンド式ですし、1950年代以前の男性用腕時計もスモール・セカンド式です。本品もその例に漏れません。





 時針、分針、小秒針は青い色をしていますが、これは「ブルー・スティール」(青焼き)といって、鋼を加熱して青い酸化被膜を作ったものです。現代の時計の青い針はたいていの場合青く塗装していますが、本品の針は真正の「ブルー・スティール」です。「ブルー・スティール」は見た目が美しいことに加え、腐食(錆)に強くなります。本品の針には部分的な錆が見られますが、ブルー・スティール製であることは、実物を一見すればわかります。

 本品の針は懐中時計によく使われた形状で、もともと男性用として作られた本品のデザインが、懐中時計の系譜に連なるものであることを端的に示しています。上の写真は 1906年から 1910年頃にスイスで製作された大型懐中時計で、本品と同じ形の針を使っています。懐中時計は当店の商品です。





 ケースのうち、風防の枠となる部分を「ベゼル」と呼びます。本品はムーヴメント(時計内部の機械)をケースのベゼル側から取り出す仕組みですので、ベゼルはケース本体から分離するように作られています。ベゼルがケース本体から分離するのも、懐中時計のケースに多い構造です。

 本品のベゼルは美しい彫金で埋め尽くされています。時計ケースにこのような彫金が施されるのは 1920年代までで、1930年代に入った途端、華やかな装飾はまったく姿を消します。

 1920年代のアメリカ合衆国は空前の繁栄を謳歌しましたが、1929年10月末に世界恐慌が起こり、黄金時代は突然の終焉を迎えました。高価格品であった時計は一挙に売れなくなり、時計各社はコスト削減に走ります。世相も暗くなり、華やかな時計は時代にそぐわなくなりました。1930年を境にして時計ケースのデザインが大きく変化した背景には、世界経済からの影響があったのです。





 本品には 3/0サイズの円形ムーヴメント「エルジン グレード 462」が搭載されています。「エルジン グレード 462」は 1917年から 1932年まで作られていた機種で、エルジン社による腕時計用ムーヴメントとしては最も初期の機械のひとつです。受けに刻まれたシリアル番号 "29466449" から、本品の製作年代は 1928年頃であることが分かります。

 「エルジン グレード 462」は現代の機械式時計と同じ「クラブトゥース脱進機」を搭載しています。石数は七石で、調速脱進機においてルビーが必要な部分にはすべてルビーを入れています。上の写真をご覧いただくと、竜頭(りゅうず)の反対側で環状の部品が回転しています。これは「天符」(てんぷ)というもので、振子時計の振子に相当し、機械式懐中時計及び機械式腕時計において最も重要な部品です。

 「エルジン グレード 462」の天符は、ひげぜんまいという細いぜんまいの働きによって、一時間当たり一万八千回という高速で振動(往復するように回転すること)し、規則正しい動きによって正確に時を測ります。上の写真は時計を動作させて撮影しました。この時代のムーヴメントに耐衝撃装置は付いていませんが、天符の軌跡が全くブレていないことからもお分かりいただけるように、本機の天真は折れず、曲がらず、たいへん良い状態です。

 上の写真において、天符は手前に写っています。ルビーは天符の中心に見えています。本機にはルビーが一個しか入っていないように見えますが、二重に重なった部分や見えない部分を含めると、七個のルビーが調速脱進機(天符とその周囲)に使われています。ルビーを取り巻く金色の部品は「シャトン」(仏 chaton)といって、金(ゴールド)でできています。軟らかい金属であるゴールドでできたシャトンは、鋼鉄製の地板と受けにルビーをしっかりと嵌め込む役割をしています。

 本機のひげぜんまいは「ブレゲひげ」というもので、現代の時計ではほとんど見ることができない高級な作りです。ブレゲひげが乱れると修整がほぼ不可能ですが、本品のブレゲひげは良い状態です。本品はオーバーホール済で、順調に動作しています。





 このムーヴメントを作った「エルジン・ナショナル・ウォッチ・カンパニー」(The Elgin National Watch Company エルジン時計会社)は、1864年から 1968年までアメリカ合衆国に存在していた名門ウォッチ・メーカーです。イリノイ州シカゴから五十キロメートル余り北西にある町エルジンに世界最大の時計工場を建設し、1867年から 1964年までの間におよそ六千万個にのぼる良質の時計を製作しました。アメリカで隆盛を誇った時計産業は第二次世界大戦後に消滅し、エルジン時計会社もまた 1960年代末、完全に操業を停止しました。現在新品として販売されているクォーツ式「エルジン」はおそらく中国製で、かつてのエルジンとは何の関係もありません。

 「エルジン グレード 462」は八十四年前に生産を終了しています。エルジン社自体、およそ五十年前に消滅しています。しかしながら当店は「エルジン グレード 462」の修理に必要な各種の部品を確保しています。

 「エルジン グレード 462」にはオシドリネジがありません。また上述したように、本品のケースはベゼルが分離するようになっていて、ムーヴメントをベゼル側から取り出す仕組みになっています。すなわち本品の竜真は二つに分かれており、竜頭(りゅうず)が付いたほうは四つバネを介してケース裏蓋に固定されています。これはダスト・プルーフ・ケースの懐中時計と共通する仕組みです。


 当店に在庫している各種四つバネの一部


 ところでアメリカの時計各社はムーヴメントを自社で制作する一方、ケース専業メーカーからケースを買っていました。ケースのデザインは様々であり、エルジンをはじめとする時計各社は同じムーヴメントをさまざまなケースに入れて多種の時計を作っていました。「エルジン グレード 462」もさまざまなデザインのケースに入っています。四つバネは形やサイズが様々で、非常に多くの種類があります。

 アンティーク時計の四つバネが壊れた場合、非常に多くの種類から、その時計に完全に適合する四つバネを探し出す必要があります。しかしながら四つバネは八十年以上前のアンティーク時計にしか使われていないため、現代まで残っている数が少なく、多くの種類を在庫しているアンティーク時計店はありません。

 同時代の同じような時計を部品取り用に手に入れれば良い、と考えられる方もあるかもしれません。しかしながら四つバネの種類はケースの外見からはわからず、実物を確かめる必要があります。同じような外見のケースにも、全く異なる四つバネが使われているからです。また四つバネはバネの一種で、金属疲労による破損を避けることができず、いつか必ず壊れます。したがって同じケースを使用した部品取り用時計が見つかったとしても、大抵の場合、肝心の四つバネが壊れています。そもそもこの時代の時計は、必要な四つバネが見つからなくて、止むを得ず部品取り用になっている場合が多いのです。

 以上のような理由で、修理に必要な四つバネはまず手に入らず、四つバネが破損したアンティーク時計を復活させることはできません。しかしながら当店では多様な四つバネを大量に用意して、修理の必要に備えています。ご安心ください。上の写真は当店に在庫している四つバネの一部です。最前列の左から二つ目が本品に使われているのと同種の部品です。





 本品の風防はミネラル・クリスタル(ガラス)製です。ケースは裏蓋も含めてロールド・ゴールド・プレートまたは金張りでできています。時計を表(おもて)面から見ると、ラグ(バンドを取り付ける突起)突端の上面に金の磨滅が見られますが、実用上の問題はありません。外見に関して言えば、商品写真は実物の面積を数十倍に拡大表示しているので、金張りの磨滅が容易に判別可能ですが、肉眼で実物を見ても気になりません。





 裏蓋はホワイト・ゴールドの金張りで、文字盤の一時から二時に当たる部分の裏側に、金の磨滅が見られます。これは本品をもともと所有していた人が、ぜんまいを巻く際に、裏蓋のこの部分を人差し指で強くこする癖があったためです。今後この時計のぜんまいを巻くときに、同じような癖のある巻き方をしなければ、問題は起こりません。





 本品に適合するバンド幅(バンドを取り付ける部分の幅)は十九ミリメートルで、アンティーク腕時計としてはたいへん幅広です。商品写真は各色の革バンドを取り付けて撮影しましたが、金属製バンドを取り付けることもできます。アンティーク時計のバンドは元々取り付けられていた「オリジナル」でなくても構いません。革製のものは言うまでもなく、バンドはすべて消耗品ですし、昔のバンドが使える状態で残っていたとしても、それは前の所有者が自分に合うサイズ、好みのデザインのバンドを取り付けているだけのことです。時計会社はバンドまで作っていませんから、自分に合うサイズとデザインのバンドを取り付けるのが、アンティーク時計との正しい付き合い方です。

 上の写真のバンドは初期の男性用時計のバンドを現代に復刻した別売り商品です。





 上述したようにエルジン社はもう存在しないので、時計が故障しても同社に部品を注文することができません。四つバネも手に入りません。故障の際に部品が手に入らないという理由で、アンティーク時計はお買い上げ後の修理、メンテナンスに対応しない「現状売り」となるのが普通です。しかしながら当店にはエルジンをはじめとするアンティーク時計の部品が多く在庫しており、長期に亙り修理に対応いたします。ご安心ください。

 本品は男性用として作られた時計ですが、二十世紀中葉以前の時計は現在に比べて小さめのサイズであり、たいへん上品であるゆえに、女性にも十分にお使いいただけます。バンドはお好きな色、質感、長さのバンドに換えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り換えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時にはお好きな色のバンドを選んでいただけます。

 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(二回払い、三回払い、六回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 89,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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