エマイユ(七宝、琺瑯)の技法と歴史
l'histoire générale de l'émaillage



エマイユ・シャンルヴェによるペンダント。当店の商品


 「エマイユ」あるいは「エマーユ」(フランス語 "émail" 七宝、琺瑯)は、「フリット」(仏 fritte 英 frit)と呼ばれるガラス質の粉末を、金属や陶磁器の表面に塗布あるいは付着させ、摂氏 750 ないし 850度で加熱して融解し、徐々に冷やして固着させる技法です。

 工芸品やジュエリーのエマイユにおいては、宝石のようなガラスの色と輝きが、金属(金、銀、銅)の光沢と組み合わさって、たいへん美しい効果を産み出します。産業用、家庭用品用の実用的なエマイユ(琺瑯)の場合は、鉄をはじめとする金属の表面をガラス質で被うことにより、錆や化学的変性に対して強い器物ができます。



【フランス語「エマイユ」の語源、及び「エマイユ」にあたる各国語】

 「七宝」「琺瑯」を表す語は、フランス語では「エマイユ」(émail)、英語では「エナメル」(enamel)、ドイツ語では「シュメルツ」(der Schmelz 註1) です。

 フランス語「エマイユ」と英語「エナメル」は、いずれもゲルマン語から古フランス語に入った「エスマイル」(esmail) に由来します。この語をさらに遡れば、ドイツ語「シュメルツ」と同じく、ゲルマン基語「スメルタン」(* smeltan 融解する)に行き着きます。(註2)



【ヨーロッパにおけるエマイユ(七宝)の歴史】

 エマイユは非常に古い技法で、古代エジプトやメソポタミアにおいて既に使用されています。ローマ帝国におけるエマイユの使用は共和政末期頃に始まり、帝政ローマ初期、すなわちユリウス・クラウディウス朝 (B.C. 27 - A.D. 68) の時代に最盛期を迎えたあと、中世へと続いてゆきます。この間エマイユの技法はゲルマン人にも伝えられています。

 中世西ヨーロッパでは、ロマネスク期に数多くのシャンルヴェ (champlevé) が制作され、ゴシック期になるとバス=タイユ (basse-taille) やロンド=ボス (ronde-bosse) といった高度に洗練された技法が加わり、ルネサンス期の美しいジュエリーを産み出します。ビザンティンではクロワゾネ (cloisonné) が盛んに制作されました。これらの技法については後述します。

 近現代においては、ファベルジェをはじめとするジュエリー工房で多くのエマイユが制作されましたし、アール・ヌーヴォー期にはエマイユのジュエリーが人気を呼びました。



【さまざまなエマイユ技法】

 工芸品やジュエリーに用いられるエマイユの技法を、ごく簡単に解説します。なお、ひとつの作品に使われる技法はひとつとは限りません。数種類の技法がひとつの作品に使われることもあります。


・シャンルヴェ le champlevé

 薄く打ち延ばして数ミリメートルの厚さにした金属板(主に銅板)に、鏨(たがね)とビュラン(burin 彫刻刀)を使い、1ミリメートルほどの深さの窪みを彫ります。この窪みに色ガラスのフリットを入れ、フリットが融けるまで窯で加熱した後、徐々に温度を下げ、ガラスを銅板の表面に固着させます。窯から取り出したエマイユは研磨されて、金めっきが施されます。

 下の写真は六色のガラスのエマイユ・シャンルヴェによるノートル=ダム・デュ・ピュイ(ル=ピュイの聖母)のブロンズ製ブローチで、1932年に制作されたものです。当店の商品です。



 シャンルヴェのエマイユにおいて、異なる色どうしの間に金属の隔壁があるとは限りません。ガラスの融点は色によって異なるので、融点が高い色のガラスから順に使用して、温度を下げながら焼成を繰り返せば、金属の隔壁が無くても色が交り合うことはなく、一つの窪みに多色エマイユを得ることができます。

 中世ヨーロッパのシャンルヴェは、多くの場合、金や銀ではなく、銅に施されました。銅とガラスのシャンルヴェは宝石を嵌め込んだ金銀細工に比べて安価でしたので、聖遺物箱等に多用されました。


・プシュド=シャンルヴェ le pseudo-champlevé

 シャンルヴェは一枚の銅板を使用し、その表面を彫り窪めます。これに対してプシュド=シャンルヴェの場合は、シャンルヴェよりも薄い二枚の銅板を使用します。

 二枚のうち一方は通常の銅板ですが、もう一方にはレース細工あるいは切り紙細工のように、多数の孔または窓が開けてあります。この二枚を重ねると、シャンルヴェに使う銅板と同様の、窪みのある板が得られます。後のプロセスはシャンルヴェと同じです。

 下の写真はニ色のガラスのエマイユ・プシュド=シャンルヴェによるキリストの聖心のメダイで、ブロンズに金めっきを施しています。本品がエマイユ・プシュド=シャンルヴェによることは、上部の環の付け根を見ればわかります。当店の商品




・クロワゾネ le cloisonné

 クロワゾネ (cloisonné) という名称は、フランス語で「仕切り」「隔壁」を表す「クロワゾン」(cloison) に由来します。ごく薄い銅板を切って、ちょうど腕時計の主ぜんまいのような、長くて幅の狭いリボン状にします。これを用いて土台となる銅板の上に絵の輪郭を描き、輪郭の内外に異なる色のフリットを入れて焼成し、多色エマイユを得ます。

 下の写真は四色のガラスのクロワゾネによるフランス製の十字架で、聖母を思い起こさせる色遣いが特徴です。当店の商品です。



 クロワゾネの技法は、シャンルヴェやプシュド=シャンルヴェと併用することもできます。すなわち、シャンルヴェやプシュド=シャンルヴェの窪み部分に銅のリボンを立てて、部分的にクロワゾネを使うことが可能です。


・プリカ=ジュール l'émail plique-à-jour

 「エマイユ・プリカ=ジュール」(émail plique-à-jour) とはフランス語で「日光を通すエマイユ」という意味です。

 ヨーロッパにおける「エマイユ・プリカ=ジュール」の制作方法は、いったんクロワゾネあるいはプシュド=シャンルヴェによってエマイユ製品を作った後、研磨、あるいは酸による腐食によって、基層となる金属を取り去ります。その結果、ガラス質の部分を金属の仕切りのみが支えることになり、ステンドグラスのような仕上がりが得られます。

 「エマイユ・プリカ=ジュール」はひとつの作品を得るために数週間、ときには数カ月の作業を要する上に、失敗する確率も高く、たいへん貴重な工芸品です。

 わが国の「省胎七宝」(しょうたいしっぽう)は、表面張力を頼りにして、フリットを溶いた液で金属の仕切りの間を埋めて焼成する技法、あるいは銅板と銀線でクロワゾネを作った後、素地の銅のみを硝酸で溶かし去る技法で、「エマイユ・プリカ=ジュール」の一種です。「省胎」の「胎」は通常のエマイユにおいて素地となる金属のことで、「エマイユ・プリカ=ジュール」は完成品に素地が無いことから「省胎七宝」と呼ばれます。なお素地の上に透明のエマイユを施して、素地が透けて見える七宝は、わが国では「透胎七宝」と呼ばれます。


・エマイユ・パン l'émail peint

 手描きエマイユ。金属板の全面にいったん白色のエマイユを施し、その上に他の色のフリットで描画してゆきます。フリットは粒子が特に細かいものを、ニンニクの精油等、焼成後に煤を残しにくいもので溶いて使います。描画には筆を使うのが基本ですが、衣の襞など、同色の部分の内部に細い線を描くために、針状の道具を使うこともあります。

 色ごとに焼成を行うため、窯入れは多数回に及びますが、変色や滲(にじ)みを避けるために、焼成温度の調整は困難を極めます。最後に無色透明のガラス(釉薬)を掛け、他の色よりも低めの温度で焼成して、表面の艶を得ます。

 下の写真は手描きエマイユによるバイエルン(南ドイツ)製の十字架で、1700年代初頭頃に製作された稀少品です。ドイツの古いローゼンクランツ(ロザリオ)に使用されるタイプで、繊細な銀線細工が特徴です。当店の商品です。



 下の写真は手描きエマイユの聖母像が付いたリモージュ、メロテ社の祈祷書です。当店の商品



 下の写真は手描きエマイユの女性像が付いた女性用懐中時計です。スイス、ゼニス社製。当店の商品




・グリザイユ la grisaille

 「グリザイユ」(grisaille) はフランス語「グリ」(gris 灰色)に、行為・作業の結果を表す接尾辞「- アイユ」(-aille) が付いてできた語で、もともとは単色の諧調により描いた絵を意味します。

 グリザイユでは、黒やダーク・ブルーなど濃色のエマイユを金属板の全面に施し、その上に白を使って筆や針で描画します。この白は不透明白色ガラスのフリットを精油で溶いたもので、「ブラン・ド・リモージュ」(blanc de Limoges フランス語で「リモージュの白」)と呼ばれます。

 描きたい部分の諧調(明るさ)にしたがって、さまざまな濃度に溶いた「ブラン・ド・リモージュ」が用意されます。また「ブラン・ド・リモージュ」の代わりに金や他の色を使用することもできます。


・バス=タイユ la basse-taille

 「バス=タイユ」(la basse-taille) とは、「エマイユ・シュル・バス=タイユ」(l'émail sur basse-taille)、すなわち浅浮き彫り(フランス語で「バス=タイユ」)の上に半透明エマイユを掛ける技法です。

 バス=タイユにおいて、下地の金属には金または銀が使われるのが普通です。金または銀の板をシャンルヴェのように彫りくぼめますが、単に彫りくぼめるのではなくて、窪みの内部に浅浮き彫りのカメオ(註3)を制作します。カメオの最も突出した部分の高さは、窪みを囲む金属の縁よりもわずかに低くなっています。この窪みに半透明の色ガラスのフリットを入れて焼成すると、浮き彫りの高さにしたがって色ガラスの諧調が無段階に変化し、奥行きを感じさせるエマイユが出来上がります。

 バス=タイユは勲章や信心具に頻用される技法です。下の写真はピブラックの聖ジェルメーヌ・クザンのメダイで、紫色ガラスのバス=タイユによります。当店の商品です。





・エマイユ・シュル・ロンド=ボス l'émail sur ronde-bosse

 「ロンド=ボス」(la ronde-bosse) とはフランス語で「丸彫り」、すなわち浮き彫りではない完全に三次元的な彫刻のことです。

 三次元の金製あるいは銀製工芸品にエマイユを掛ける「エマイユ・シュル・ロンド=ボス」の技術は、13世紀末にフランスで考案され、王侯貴族のために多数の品物が制作されました。ルネサンス期、バロック期にも数々の名作が制作され、19世紀に入るとファベルジェの作品に多用されました。

 下の写真はスターリング・シルバーにエマイユを施したカフリンクスで、アメリカのデザイナー、ジャン・レスリー (Jan Leslie) の作品です。当店の商品






註1 エマイユ(七宝、琺瑯)を指すドイツ語には、他に「シュメルツアルバイト」(die Schmelzarbeit)、「シュメルツグラース」(das Schmelzglas)、「シュメルツヴェルク」(das Schmelzwerk) があり、フランス語をそのまま使って「エマイ」(das Email, die Emaille) とも言います。

註2 現代ドイツ語の「シュメルツェン」(schmelzen 融ける、溶ける)は、中高ドイツ語の「スメルツェン」(smëlzen)、古高ドイツ語の「スメルツァン」(smëlzan) に由来し、英語の「スメルト」(smelt 精錬する)、「メルト」(melt 融ける、溶ける)と同様に、ゲルマン基語「スメルタン」(* smeltan 融解する)に遡ります。

 これをさらに印欧基語まで遡るならば、古典ギリシア語の「メルドー」(μέλδω 融ける、溶ける)、「アマロス」(ἀμαλός やわらかい)、「アマルデュノー」(ἀμαλδύνω 軟化させる、潰す、壊す)、「アマリュノー」(ἀμαλύνω 同左)、ラテン語の「モッリス」(MOLLIS やわらかい)とともに、ひとつの語 * (s)meld- に行き着きます。* (s)meld- の語根は * mei- (潰す、砕く)です。


註3 「カメオ」(イタリア語 cameo)は浮き彫りの技法による工芸品を表す言葉です。カメオにおいて、表現したい物は立体的に突出して表されます。素材には貝やメノウ、溶岩などが良く使われますが、カメオという言葉はあくまでも技法を指すものであり、素材の種類は問題ではありません。

 カメオの反対語は「インタリオ」(イタリア語 intaglio)です。インタリオにおいて、表現したい物は彫りくぼめて描出されます。金属版のエングレーヴィングエッチングも、彫りくぼめた溝にインクが入って紙に転写されるゆえに、インタリオと呼ばれます。

 下の写真はパドヴァの聖アントニウスのガラス製メダイで、ガラスを裏側から彫りくぼめたインタリオによります。当店の商品






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