ウィルゴー・フィデーリス 揺るぎなき信仰のおとめ
VIRGO FIDELIS, la Vierge fidèle
「ウィルゴー・フィデーリス」(VIRGO FIDELIS 揺るぎなき信仰のおとめ)は
ロレトの連祷にある言葉で、常に神に信頼した聖母マリアのことです。処女マリアは天使
ガブリエルから懐胎を告げられたとき、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカによる福音書 1:38)と答えて、すべてを神に委ねました。またイエズスが十字架に架かったとき、悲しみの剣で心を貫かれながらも神への信仰を失いませんでした。
【図像の例】
上の画像は、18世紀にアウグスプルクで刷られた
コッパー・エングレーヴィング(線刻による銅版画)「ウィルゴー・フィデーリス」で、揺るぎなき信仰心を表すハートの中に、ふたりのケルビムに見守られる聖母子を表しています。
画面最上部の表題「ウィルゴー・フィデーリス」(揺るぎなき信仰のおとめ)の下には、次の言葉がそれぞれラテン語で刻まれています。(註1)
Cor ejus fidele. Liber secundus Esdras caput 9 その心に揺るぎ無し。(ネヘミア記9章 註2)
Mulier fidelis Epistla prima ad Corinthios, caput 7 忠実なる女性 (コリントの信徒への手紙1 7章)
画面下半分の中央にはゴルゴタの丘に立つ
悲しみの聖母(マーテル・ドローローサ)が描かれています。聖母の心臓は悲しみの剣で刺し貫かれていますが、聖母はそれでも信仰を棄てませんでした。
この絵の隣、向かって右に描かれているのは、「サムエル記上」19章において、ダヴィデを窓から逃がすミカルです。イスラエルの王サウルは、部下である若者ダヴィデが全国民の人気を一身に集めるのを見て疎ましく思い、脅威にも感じて、ダヴィデ暗殺を試みます。イスラエルの敵ペリシテ人との戦闘においてダヴィデを戦死させる試みが失敗した後、サウルは自宅で就寝中のダヴィデを使者に見張らせ、朝に殺させようとしましたが、ダヴィデを愛してその妻となっていたサウルの娘ミカルは、夜のうちにダヴィデを窓から逃がしました。
ゴルゴタの絵の左側に描かれているのは、テーセウス (Θησεύς) とアリアドネー (Ἀριάδνη) です。アテナイと敵対するクレタ島の王ミノース
(Μίνως) は、アテナイとの講和の条件として、アテナイが7人の少年と7人の少女を、怪物ミーノータウロス (Μῑνώταυρος)
の生贄としてクレタに送ることを要求します。テーセウスはミーノータウロスの生贄としてクレタに送られた7人の少年の一人でしたが、ミノースの娘アリアドネーはテーセウスを愛し、ミーノータウロスが棲むラビュリントス(λαβύρινθος 迷宮)から帰還できるように、糸の玉を渡します。ミーノータウロスを退治したテーセウスは、アリアドネーの糸玉のおかげで、ラビュリントスから外の世界に無事帰ることができました。
絵のすぐ下にはラテン語で次のように彫られています。
Esto fidelis usque ad mortem. Apocalypsis Ioannis 2 死に至るまで忠実であれ。ヨハネの黙示録2章
絵の最下部に18世紀にアウグスプルクで数多くの聖画を出版したクラウバー兄弟(註3)による次の署名があります。
Klauber Catholicus Sculpsit et Exsecutus est. カトリック信徒であるクラウバーが(この版画を)彫って刷り上げた。(註4)
註1 これらふたつの言葉は、それぞれ「ネヘミア記」9章、「コリントの信徒への手紙1」7章の内容に関連しますが、聖句の忠実な引用ではありません。
註2 ヒエロニムスのヴルガタ訳において「エズラ記」「ネヘミア記」「ギリシア語エズラ記」「ラテン語エズラ記」はそれぞれ "1 Esdras"、"2
Esdras"、"3 Esdras"、"4 Esdras" と呼ばれます。ドイツ語の命名もこれに従っています。
ちなみに現代の英訳聖書では、いずれも第二正典である「ギリシア語エズラ記」、「ラテン語エズラ記」をそれぞれ "1 Esdras"、"2
Esdras" と呼びますが、上のエングレーヴィングはアウグスブルクで製作されたものであり、また聖書の該当箇所もラテン語で示されていますから、ここでいう
"2 Esdras" とは、当然のことながら、「ラテン語エズラ記」のことではありません。
註3 クラウバー兄弟とはヨーゼフ・セバスティアン・クラウバー (Joseph Sebastian Klauber, c. 1700 - 1768)
とその弟ヨハン・バプティスト・クラウバー (Johann Baptist Klauber, 1712 - c. 1787) のことで、いずれもアウグスブルクの版画家であり、またアウグスブルク最大の出版業者でもありました。数多く手がけた聖画の署名では、作者である自分がカトリック信徒
(Catholicus/Catholici) であることを強調して、署名に "Cath." と添えるのが常でした。
クラウバー兄弟の作風は非常に似通っており、どちらの手によるものか判別できません。
註4 "Klauber" が兄弟ふたりを指すのであれば、"Klauber Catholici Sculpserunt
et Exsecuti sunt." と読めます。
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