コッパー・エングレーヴィング および スティール・エングレーヴィング (英) engraving (仏) gravure


 金属板を用いたエングレーヴィングはインタリオ(陰刻)の最も基本的な技法で、フランス語でビュラン、英語でグレイヴァーと呼ばれる鋭い道具で板の表面に溝を刻むことにより、版を作成します。

 フランス語ではこの技法をタイユ・ドゥース(仏 la taille douce)といいます。これを直訳すると「柔らかな刻み」で、すなわちタイユ・ドゥースは「柔らかな印象を与える線刻法」という意味です。


【下】 コッパー・エングレーヴィング用のビュラン(グレイヴァー)、その使用法、研ぎ方 (フランス、17世紀)




 エングレーヴィングはジュエリーの製作にも使われます。版画の場合、エングレーヴィングはドライポイントと違ってスクレイパーでバリを取り除き、また溝のふちがエッチングよりも鋭いので、写真と見まがうばかりの精緻な表現が可能です。



【上】【下】 写真のように精緻な表現が可能な金属版エングレーヴィング。細部を拡大すると、インク溝の輪郭が非常にクリアです。また、線(溝)が直線であるか、曲線であっても円やサイクロイドのような綺麗な軌跡を描きます。(写真はスティール・エングレーヴィングの作例)




 金属エングレーヴィングの陰翳は線の太さを調節するとともに、影の濃い部分はクロスハッチでひゅげんするのが普通です。しかしながら十七世紀のフランスのエングレーヴァー、クロード・メラン(1598 - 1688)は、1649年の作品「ヴェロニカの布(きぬ)」において、線の太さを変化させることにより、ただ一本の線で画面全体を描くことに成功しました。


(下) クロード・メラン 「ヴェロニカの布(きぬ)」 全体及び部分 "SUDARIUM" ou "Le Linge de Sainte Véronique", 1649






 ビュランを使いこなせるようになるには非常に長い訓練が必要でした。また1つの作品を製作するのに数年の歳月がかかることもしばしばありました。


【スティール・エングレーヴィングの発展】

 アメリカの発明家ジェイコブ・パーキンズ (Jacob Perkins, 1766 - 1849) は、1792年、紙幣のエングレーヴィングに使うために、高品位のスティール・ブロック(プレートよりも分厚いもの)を製作しました。しかしながらエングレーヴィングを施した後のスティール・ブロック表面を硬化させるために「焼き」を入れる過程で、版にゆがみが生じる場合がありました。

 せっかく時間を掛けて版を彫っても、「焼き」の段階でゆがむとその版は使い物にならず、製版の苦労が無駄になります。したがってスティール・ブロックはエングレーヴァーに敬遠され、多くの時間を掛けた作品は、もっぱら銅版を用いて製作されました。あるいは本当にスティールを使って製作する場合、労力を節減するために大抵はエッチングで製作が行われました。19世紀初め頃までにスティールの版で刷られたインタリオが「スティール・エングレーヴィング」として売られていることがよくありますが、それらのほとんどは、実際にはエッチングです。

 以上の理由により、1820年代よりも以前に製作された真正の金属版エングレーヴィングは、ほとんどが銅版画です。スティール・ブロックに比べて軟らかい銅版には人力で深い溝を刻むことが可能で、大まかな表現の部分は印刷を繰り返しても磨耗によく耐えました。しかし繊細な部分はすぐに磨耗するので、印刷を中断して版を刻みなおす必要がありました。


 一方パーキンズのプレートはロンドンに輸出され、当地のエングレーヴァー、チャールズ・ウォレン (Charles Warren, c. 1766 - 1823) は、1818年5月に初めて真正のスティール・エングレーヴィング作品を完成します。ウォレンはその後4年近くに亙って研究を重ね、1821年、焼きによって歪みを生じない理想的な硬さの、薄いスティール・プレート、すなわちパーキンズのスティール・ブロックよりも薄い鋼板の開発に成功しました。ウォレンのスティール・プレートを最初に使用して、真正のスティール・エングレーヴィングを製作したエングレーヴァーとしては、ウォレン自身に続いて、ウィリアム・トーマス・フライ (William Thomas .Fry, 1789 - 1843)、ウィリアム・ホル (William Holl, the elder, c. 1771 - 1838)、チャールズ・マア (Charles W. Marr, fl. 1821 - 1836) の名前を挙げることができます。


【下】 稀少品 ウィリアム・トーマス・フライによる初期のスティール・エングレーヴィング レンブラント 「姦淫を犯した女」 当店の商品です。




 なお銅板を用いたエングレーヴィングに関しては、銅版の表面に鋼鉄をめっきする「スティール・フェイシング」という方法が1857年に発明され、人力によって銅版に溝を刻んで製作した版が、磨耗に強く非常に長持ちするようになりました。19世紀後半以降の「スティール・エングレーヴィング」は、スティール・プレートを用いた作品、スティール・フェイシングを施した銅板を用いた作品のいずれも、エッチングではなく真正のエングレーヴィングであり、この技法に特有の非常に精緻な描画を実現しています。なおフランス語ではスティール・エングレーヴィングをシデログラフィ(仏 la sidérographie)と呼んでいます。


 たいていの金属版エングレーヴィング作品は、画面のすぐ下の部分に作者の名前を刻んでいます。油絵等を版画にした場合、左側は原画を描いた画家の名、右側は版の作者の名です。

 金属版エングレーヴィング作品の多くは、画面の一部にエッチングを使用しています。エングレーヴィングの部分とエッチングの部分は線の曲がり具合や線の縁の鋭さによって識別することができます。




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