大天使ミカエル
Archangel Michael
ラファエロ 「聖ミカエルとサタン」 カンヴァスに油彩、マドリッド、プラド美術館
ドラクロワ 「悪魔に打ち勝つ聖ミカエル」 漆喰に油彩とワックス、パリ、サン・シュルピス教会 1854 - 61年
大天使と呼ばれるミカエルは、邪悪な力と戦う天の全軍を率います。プロテスタントにおいては唯一の大天使、ローマ・カトリックにおいてはガブリエル、ラファエル、ウリエルとならぶ大天使のひとりと考えられています。
【ミカエルという名の意味】
この大天使は神の意志に逆らうことが無いゆえに、へブル語で「神の如き者」を意味するミカエルの名を持ちます。
へブル語ミカエルは、ラテン語ではクイス・ウト・デウス(羅 QUIS UT DEUS)と訳されています。クイス(QUIS)は「誰か?」を表す男性単数主格形の疑問代名詞、あるいは「或る者」を表す男性単数主格形の不定代名詞です。ウト(UT)は「あたかも…のように」を表す接続詞です。デウス(DEUS)は「神」の男性単数主格形で、「神が」という意味です。したがってクイス・ウト・デウスは「神が為し給うように為すのは誰か?」(QUIS
FACIT UT DEUS FACIAT)、あるいは「神が為し給うように為す者」(ALIQUIS QUI FACIT UT DEUS FACIAT)という意味です。
【聖書における言及】
大天使ミカエルに関して、旧約聖書においては「ダニエル書」10章13節以降、および12章1節に言及があります。
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「ペルシア王国の天使長が21日間わたしに抵抗したが、大天使長のひとりミカエルが助けに来てくれたので、わたしはペルシアの王たちのところにいる必要がなくなった。」 ダニエル書
10:13 (新共同訳) |
新約聖書においては「ユダ書」9節および「ヨハネの黙示録」12章7節に登場します。
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「さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。」 ヨハネの黙示録
12:7 - 9 (新共同訳) |
【ミカエルに帰せられる諸属性】
・病を癒すミカエル
サタンにとって最も手強い敵とされ、現在では戦士のイメージが強い大天使ミカエルですが、歴史的に見ると病からの癒しをもたらす天使としての属性も付与されています。古代には、ミカエルは軍人のイメージよりもむしろ病の癒やし手とみなされていました。590年、ローマに悪疫が流行した際にローマ教皇グレゴリウス1世が祈ると、大天使ミカエルがハドリアヌス廟の上に姿を現しました。ミカエルは鞘に収めた剣を手にしており、これは流行病の終息を意味していました。このとき以来ハドリアヌス廟はサン・タンジェロ城と呼ばれるようになって今日に至ります。
サンタンジェロ城
・コロサイの奇跡
12世紀のイコン 「コロサイの奇跡」 シナイ山、聖カタリナ修道院蔵
ミカエルの崇敬が最初に行われたフリギア(小アジアの中心部)においても病を癒す天使としてのミカエルが強調され、パウロの書簡で知られるコロサイにはミカエルの
泉があって、その水を浴びた病人は瞬時に癒されたと伝えられています。東方正教会の伝承によると、口が利けない娘をこの泉によって癒された父親が、感謝の印に教会堂を建てますが、異教徒がこの教会を破壊することを企み、近くを流れる二つの川を合流させて、その激流を教会に向けました。信徒の祈りに答えて姿を現した大天使ミカエルが地を引き裂くと、水は全て岩の裂け目に流れ込み、教会は破壊を免れました。
9月6日はこのコロサイの奇跡の祝日です。歴代ロシア皇帝はモスクワのクレムリンにあるチュードフ修道院で受洗しますが、チュードフ修道院は正式名をアレクセイ大天使ミハイル修道院といい、コロサイの奇跡の祝日を記念して名づけられています。
・プシコポンプス(希 ψυχοπομπóς 魂の導き手)としてのミカエル
大天使ミカエルは死にゆく者を訪れて救いの機会を与え、死者を天に導き、その魂を天秤にかける天使でもあります。中世の教会や修道院では、死者の魂を天秤で量っている大天使ミカエルの姿が壁画や彫刻、ステンドグラスに描かれています。魂を載せた反対側には、自分たちのほうに天秤を傾けようとする悪魔がぶら下がっていることもよくあります(註1)。
・メルクリウス及びヴォータンと習合したミカエル
モン・サン・ミシェル
異教時代のガリアではメルクリウスが盛んに崇拝されました。メルクリウスの神殿は山頂などの高所にありました。ガリアがキリスト教化されたとき、このメルクリウスと交代したのがミカエルです。それゆえミカエルの聖地はメルクリウスと同様に高所にあります。西ヨーロッパにおける大天使ミカエルの霊場として最も有名なのは、ノルマンディーの
モン=サン=ミシェルです。708年、大天使ミカエルがアヴランシュ司教聖オベール (St. Aubert d'Avranches, + c. 725) に現れて、この地に教会を建てるように命じたといわれています。
ゲルマン神話のヴォータン(ヴォーダン、オーディン)は多数の山を聖域としていました。ミカエルはこのヴォータンとも習合したために、ドイツの山中にはミカエルに捧げられた教会が多数あります。ミカエルはドイツの守護天使ともされています。
【モン=サン=ミシェルの尖塔に立つミカエル】
モン=サン=ミシェル尖塔上の大天使像はエマニュエル・フレミエ(Emmanuel Frémiet, 1824 - 1910)の作品で、パリ十七区のサン=ミシェル=デ=バティニョル教会(l'église
Saint-Michel-des-Batignolles)の鐘楼、及びオルセー美術館にも同一の像があります。エマニュエル・フレミエは 1892年にフランス美術アカデミー会員に選ばれた高名な彫刻家で、この「サン・ミシェル像」以外にも、パリ、ピラミッド広場の「ジャンヌ・ダルク騎馬像」や、動物をテーマにした数々の作品によって知られています。
モン=サン=ミシェル尖塔上の大天使像は、1895年、パリのモンデュイ社(Maison Monduit et Bechet, Gaget Gauthier
& Cie Sccrs, 25 rue de Chazelles, Paris)で鋳造されたもので、鋼鉄の表面を銅板で蔽い、金めっきを施してあります。大天使の身長は
2.8メートル、翼と剣の先端までを合わせると 4.5メートルの高さがあり、重量は 520キログラムに及びます。モンデュイ社はフランスからアメリカ合衆国に贈られた「自由の女神」(
"La Liberté éclairant le monde" par Auguste Bartholdi, 1886)像を鋳造したことでも知られています。
(上) ソクラ社における修復作業 出典
レサンシエル紙
大天使像はモン=サン=ミシェル修道院の尖塔上、海面から百六十三メートルの高さに設置され、1897年に祝別されました。モン=サン=ミシェル修道院は海上の岩礁にあるため、大天使像の表面は潮風による劣化が激しく、1935年、1987年、2016年の三度に亙って修復されています。1935年の修復は尖塔上で行われ、1987年と
2016年の修復はヘリコプターで吊り下ろして行われました。2016年にはペリグー近郊マルサック=シュル=リル(Marsac-sur-l'Isle ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏ドルドーニュ県)のソクラ社(SOCRA)まで運ばれ、調査と修復が行われています。
【付論その一 聖ペトロ教会に安置される大天使像の蛇行剣】
(上) モン=サン=ミシェル修道院内、レグリーズ・サン=ピエール(聖ペトロ教会)に安置されている像。フランスの古い絵はがきより。
上の写真はよく知られるミカエル像のひとつで、モン=サン=ミシェル内レグリーズ・サン=ピエール(聖ペトロ教会)に安置されています。レグリーズ・サン=ピエールの鐘楼基部は、南に開口する玄関でした。しかしながら南入口は塞がれて、1885年、玄関はラ・シャペル・サン・ミシェル(la Chapelle St. Michel 聖ミカエル礼拝堂)に改造されました。上の写真に写っている大天使像は、1895年以来、ラ・シャペル・サン・ミシェルに安置されています。
大天使像は全体を銀の板に覆われた 1877年の作品で、龕(がん 壁の窪み)に納められています。大天使は竜の姿のサタン(堕天使の首領、悪魔)を踏みつけ、止めを刺すために剣を振り上げています。像は
2004年に修復を受けています。
この像において、ミカエルが振り下ろす剣は波状の刃を持つ独特の形で表されています。このような剣を蛇行剣と呼びます。
天使は自存する形相、肉体を持たない霊であるゆえに、ミカエルの剣もまた現実の鉄製武器ではなく、むしろ神の意思を形象化します。そもそも剣は偉大な霊力を有する特別な物品と考えられており、この観念は洋の東西を問いません。東洋に目を向けると、わが国の古代神話において、素戔嗚(すさのお)は八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を得、倭建命(やまとたけるのみこと)もこの剣を使います。素戔嗚の八岐大蛇退治は東晋の「捜神記」に類話があり、少女が剣で大蛇を殺します。南九州を中心とする西日本では、古墳時代の蛇行剣が出土します。これはミカエルの剣と同様の波状の刃を持つ剣で、霊力を重視した儀礼用と考えられています。時代は下って明代の「三国志演義」には、劉備と孫権の剣が甘露寺の庭の大石を十字に断つ話があります。劉備と孫権の剣の刃は波状ではありませんが、二人の刀が石を断ち割ったのは刃の物理的強さによるのではなく、曹操を滅ぼして漢王朝を再興する志によります。
翻って西洋では、オイル語による最古の武勲詩「ローランの歌」(
"Chanson de Roland" 十一世紀)に、霊剣デュランダル(Durandal)が登場します。デュランダルの柄頭(つかがしら 柄の先端)は黄金でできていて、聖母の衣片、聖ペトロの歯、聖バシレイオスの血、聖ディオニシウスの髪が仕込まれていました。ピレネー山中ロンスヴォー峠において最期を迎えるとき、騎士ローランはデュランダルがイスラム教徒の手に渡るのを避けるため、これを岩に打ち付けて折ろうとしますが、却って岩が切り裂かれ、霊剣はまったく傷みませんでした。霊剣デュランダルの行方は杳として知れませんが、一説にはニュルンベルクの国立ゲルマン博物館(das
Germanische Nationalmuseum, GNM)にある宝剣がそれであるとも、
ロカマドゥールの岩の割れ目に挟まっているのがそれであるとも言われています。デュランダルの場合は物語に神秘的要素が薄れていますが、単に硬く鋭い剣でないことは言うまでもなく、常軌を逸した性能は剣の霊力に由来すると考えられます。
なお中世西ヨーロッパにおいてフランベルジュ(仏
flamberge)と呼ばれる剣が戦闘で実用されており、これは殺傷力を高めるために波状の刃を有していました。フランベルジュはゲルマン語のフローベルガ(frōberga)がラムダシスム(仏
lambdacisme r が l
に置換される現象)を経て出来た語ですが、フローベルガの語源は「人(fro)を守る(bergan)」です。しかるに古高ドイツ語、古ザクセン語、古低地フランク語の動詞ベルガン(bergan)は、印欧基語まで遡っても超自然力の介在を示唆する語や音素とは結びつきません。したがってフローベルガ、フランベルジュは、単なる物理的な力で使い手を守る器物の意に解せます。そうであれば波状の刃が必ずしも霊力を象徴するとは言えないわけですが、天使の剣の形状が波状であるのは、やはり霊の剣と通常の剣との違いを際立たせるためであろうと筆者(広川)は考えています。
【付論その二 聖書において神に敵対するドラゴン】
モン=サン=ミシェル修道院の像をはじめとする多くの図像において、ミカエルはドラゴンを踏みつけています。ドラゴンは神に敵対するサタン(悪魔)を象徴しています。サタンあるいは悪の表象としてのドラゴンは、「ヨハネの黙示録」十二章と十三章に登場します。十二章七節から九節をネストレ=アーラント二十六版及び新共同訳で再掲します。九節に「いにしえの蛇」とあるのは、「創世記」三章においてエヴァを誘惑した楽園の蛇に言及しています。
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7. |
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Καὶ ἐγένετο πόλεμος ἐν τῷ οὐρανῷ, ὁ Μιχαὴλ καὶ οἱ ἄγγελοι αὐτοῦ τοῦ
πολεμῆσαι μετὰ τοῦ δράκοντος. καὶ ὁ δράκων ἐπολέμησεν καὶ οἱ ἄγγελοι αὐτοῦ,
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さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその天使たちが竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちもこれに応戦したが、 |
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8. |
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καὶ οὐκ ἴσχυσεν, οὐδὲ τόπος εὑρέθη αὐτῶν ἔτι ἐν τῷ οὐρανῷ. |
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勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。 |
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9. |
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καὶ ἐβλήθη ὁ δράκων ὁ μέγας, ὁ ὄφις ὁ ἀρχαῖος, ὁ καλούμενος Διάβολος
καὶ ὁ Σατανᾶς, ὁ πλανῶν τὴν οἰκουμένην ὅλην ἐβλήθη εἰς τὴν γῆν, καὶ οἱ
ἄγγελοι αὐτοῦ μετ' αὐτοῦ ἐβλήθησαν. |
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この巨大な竜、いにしえの蛇、悪魔ともサタンとも呼ばれる者、全人類を惑わす者は、地上に投げ落とされた。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。 |
旧約聖書では「詩編」七十四編にレビヤタンという名前の怪物が出てきます。七十四編の内容は神への祈りで、十三節と十四節には次のように書かれています。新共同訳で引用します。
13. あなたは力をもって海を分け、大水の上で竜どもの頭を砕かれました。 14. あなたはレビヤタンの頭を打ち砕き、荒れ野の獣の餌食とされました。
この箇所で竜及びレビヤタンと呼ばれているのは、エジプト軍の指揮官です。モーセに率いられたユダヤ人は左右に分かれた葦の海(紅海)を通ってエジプトを脱出し、それを追跡したエジプト軍は戻った海水によって全滅しました。この出来事は「出エジプト記」十四章に記録されています。
ダヴィデ王は紀元前 1010年頃から 970年頃の人ですが、「詩編」はこのダヴィデ王の時代から紀元前 300年頃あるいは紀元前 200年頃に至る数百年間の詩を集成しています。しかるにその間、ユダヤ民族は新バビロニア帝国により、紀元前
597年から 578年の数次に亙ってバビロンに強制移住させられた時期がありました。
オリエントの創造神話に登場する原初の女神ティアマトは、水すなわち混沌の神格化であり、ときにドラゴン様(よう)の姿で表象されました。バビロン捕囚を経たユダヤ人が思い描くレビヤタンは、バビロニアのティアマトに影響されている可能性があります。
【その他】
大天使ミカエルの祝日は9月29日で、この日はガブリエルとラファエルの祝日ともされています。大天使ミカエルは落下傘兵、警察官、船員、食料品商、パラメディック(救急救命士)、病人の守護天使とされています。
註1 ここでは善行が魂に重みを付加するとの考えが前提になっている。魂が死後の世界へと向かう際に、魂自体の重量、あるいは魂が身に着けている衣(すなわち徳)の重量が量られ、その軽重によって生前の善性または罪が知られるとの思想は、洋の東西を問わずに見られる。わが国の民俗伝承では、三途の川べりで奪衣婆(だつえば)が死者の衣を脱がせ、傍らの懸衣翁(けんえおう)に渡す。懸衣翁は衣領樹(えりょうじゅ)の枝にこれを懸け、枝の撓(しな)り具合から罪の軽重を量るとされる。
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