すっきりと清楚なモダニズムを感じさせる作品。ゴシック聖堂の薔薇窓を思い起こさせる繊細な透かし彫りを背景に、伏し目がちに祈る天の女王、聖母マリアを描きます。戴冠した聖母の表情は、ウフィツィ美術館に収蔵されているサンドロ・ボッティチェリの名画、「マーグニフィカトの聖母」("Madonna del Magnificat", 1481)を思わせます。
(下) Sandro Botticelli, "Madonna del Magnificat", 1481, tempera su tavola, 118 x 118 cm, Galleria degli Uffizi, Firenze
本品の聖母は単純な線刻により表現されています。メダイユ彫刻は丸彫り像ではなく浮き彫りですが、ある程度立体的に肉付けすることは十分に可能ですし、立体的に作った方が人体表現は却って容易であるにもかかわらず、敢えて線刻を選び、エナメル彩色等の助けも借りずに聖母を描いたこの美しいメダイは、彫刻家が持つ優れた芸術的感覚および技量を証明しています。
聖母の背景は、透かし彫りにより薔薇窓を模(かたど)っています。薔薇は聖母の象徴であり、薔薇窓は建築の言葉によって聖母を表現したものということができます。5世紀のラテン詩人セドゥーリウス (Cœlius/Cælius Sedulius)
は、「カルメン・パスカーレ」第2巻で聖母を薔薇に喩えています。セドゥーリウスによると、薔薇の花芽は棘のある繁みから生まれますが、棘に傷つくことなく美しい花を咲かせます。ちょうどそれと同じように、薔薇の花たる無原罪の御宿り(聖母マリア)は、薔薇の棘たる人祖の妻エヴァが犯した罪(原罪)に傷つくことなく、かえってエヴァの罪を清めます。
本品は直径26ミリメートルを超える立派なサイズですが、薄く仕上げてあるうえに背景全体が透かし細工になっており、視覚的にも、実際の重量においても、ともに軽やかです。またメダイの縁よりも突出している部分が無いため、図柄が磨滅しにくく、いつまでもオリジナルの状態を保ちます。
表現様式としては、古典的なテーマとゴシック風の背景にもかかわらず、ミニマリスムの系譜に連なる作品ということができます。ミニマリスムの思想は、建築家ファン・デア・ローエの言葉「レス・イズ・モア」("Less is
more." 「最小限に切り詰めた表現こそが、より豊かな内容を表す」)に集約されます。
メダイは銀色の合金製で、ホールマークはありません。20世紀前半に製作されたヴィンテージ・メダイですが、新品時と変わらない優れた保存状態です。