フランスで制作された美麗なメダイ。アール・ヌーヴォーが全盛期を迎えた十九世紀末から二十世紀初頭に制作された作品で、無原罪の御宿りなる聖母マリアの立像を、植物モティーフの曲がりくねった枠で囲んでいます。
本品は一生に一度の晴れ舞台である初聖体またはコミュニオン・ソラネルに身に着ける特別な品物で、信心具に使われる最高級の素材、800シルバー(純度 800/1000の銀)を惜しまず使って制作されています。フランスにおいて銀無垢製品を示す「蟹」のポワンソン(仏
poinçon ホールマーク、貴金属検質所の印)、及び銀細工工房のマークが、上部の環状部分に刻印されています。
メダイの表(おもて)面には無原罪の御宿りが浮き彫りにされています。蛇を踏み付けて球体上に立つ聖母は、優しいまなざしを地上に向けて、初聖体を受ける子供たちを祝福しています。聖母は両腕を広げて斜め下方に伸ばし、その指先からは神の恩寵が地上へと降り注いでいます。
(上) フレデリック・ヴェルノン作 「エヴァ」 ブロンズ製プラケット 当店の商品です。
聖母が蛇を踏み付ける意匠は、「創世記」 3:15 において、神が蛇に向かって言われた次の言葉によります。
お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に、わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く。(新共同訳)
ここで言う蛇とは動物の蛇のことではなく、エヴァを誘惑して神に背かせた悪魔を指しています。カトリックの聖書解釈によると、上に引用した神の言葉は、蛇の支配を受けない(すなわちその身に罪を帯びない)女、すなわち聖母マリアに関する預言であるとされます。
聖母が立つ球体は、世界(地上界、全宇宙)を象徴しています。聖母のマントはたいへん大きく、すべての罪人を庇護する「ミゼリコルディアの聖母」(憐れみの聖母)像を思い起こさせます。下の写真はドメニコ・ギルランダイヨが
1472年頃、フィレンツェのオニッサンティ教会身廊に描いたフレスコ画です。聖母が立つ台にはラテン語で「ミセリコルディアー・ドミニー・プレーナ・エスト・テッラ」(MISERICORDIA
DOMINI PLENA EST TERRA 地は主の憐れみに満ちている)と書かれています。
(下) Domenico Ghirlandaio, "Madonna della Misericordia", c. 1472, la capella Vespucci della chiesa di San Salvatore di Ognissanti,
Firenze 右から二人目の少年はアメリゴ・ヴェスプッチです。
本品の浮き彫りはスクリュー・プレスで打刻したものですが、フランス製メダイユならではの驚くべき細密性を有します。下の写真において定規のひと目盛は一ミリメートルです。マリアの顔や手、蛇の頭はいずれも正確に造形されていますが、サイズは一ミリメートルに足りません。衣文(えもん 衣の襞)の流れは自然で、胸の膨らみや太ももの丸みなど、女性らしい体つきが良く表されています。右脚に体重を掛け、左膝を曲げて、コントラポストの姿勢を取っている様子も見て取れます。
浮き彫りの背景は布目状の細かい模様によって艶消し処理が為されています。写真では分かりづらいですが、実物を見ると金属光沢のある聖母像が艶消しの背景から浮き出るように輝きを放ち、恩寵の光を地上に仲立ちする聖母の役割が巧みに表現されています。
背景には四個一組の点が散りばめられています。商品写真は実物を大きく拡大しているので、この文様は四個の点にしか見えませんが、肉眼ではフルール・ド・リスの形に見えます。フルール・ド・リスすなわち百合の花は神による選びの象徴であるゆえに、救い主の母として選ばれたマリアに優れて似合う花です。
(上) Simone Martini e Lippo Memmi, "L'Annunciazione tra i santi Ansano e Margherita", 1333, tempera e oro su tavola, 305 x 265 cm, La Galleria degli Uffizi, Firenze
マリアは「恩寵の器(通り道)」とされますが、これは受胎告知の際、天使ガブリエルに対して「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(「ルカによる福音書」 1: 38)と答え、救いを受け容れたからです。神は救いを強制せず、マリアは自由意思を以て救い主の受胎を受け容れました。そのことにより救い主が生まれて、人間は救いを得たのです。
上の写真はシモーネ・マルティーニの「受胎告知」です。マリアは神に選ばれた故に、受胎告知の絵には白百合が描かれます。白百合は純潔の象徴でもあります。
一見したところ分かりづらいですが、本品は全体的なシルエットによってもフルール・ド・リスを模(かたど)っており、フランスで作られた聖母のメダイにこの上なくふさわしい作品に仕上がっています。極端なまでに曲線を強調した本品のフォルムは、爛熟したアール・ヌーヴォー様式によるものであり、1880年代頃からヨーロッパを席捲した日本美術から強い影響を受けています。
本品は1900年前後のフランスで制作されたものです。フランスをはじめこの時代のヨーロッパでは、富の大半が富裕層に集中していました。たとえば
1910年のフランスにおいて、上位一パーセントの富裕層が富の70パーセント近くを所有していました。富裕層の範囲を上位十パーセントに広げると、この階層が富の九割を独占し、残りの一割を90パーセントの国民が分け合う状況でした。「一部の富裕層以外は、全員が下層階級」というように、社会が極端に二極分化していたのです。このような時代に作られた銀無垢メダイは、大多数の人々にとって、めったなことでは手に入らない高価な品物でした。本品もそのようなもののひとつであり、人生の大きな節目である初聖体またはコミュニオン・ソラネルにふさわしいジュエリーとなっています。
本品は百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、保存状態は極めて良好です。実物を肉眼で見ると、聖母像と背景に散らされたフルール・ド・リス、アール・ヌーヴォーの曲線模様には艶やかな金属光沢があって、艶消し部分と美しい対比を為しています。小さ目のサイズはどのような服装にも良く似合い、優れたアンティーク美術品としても、美しいペンダントとしても、日々楽しんでいただけます。上の写真は男性の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になると、もう一回り大きなサイズに感じられます。