透かし細工が美しい聖母マリアのアンティーク・メダイ。
メダイの中央には、六弁の花を模(かたど)った直径十二ミリメートルの小メダイがあり、聖母マリアの立ち姿が浮き彫りで表されています。写真ではよくわかりませんが、布目模様の彫金で背景の艶を消してあるゆえに、金属光沢のあるマリアの姿は、周囲に従えた星々にも増して輝いているように見えます。
マリアは被造的世界を象徴する球体の上に立ち、天地を繋いでいます。マリアを取り囲む十二の星は「ヨハネの黙示録」十二章一節に書かれている「十二の星の冠」と同じものであり、十二使徒すなわちキリスト教界の象徴でもあります。
マリアは罪の支配を受けない無原罪の御宿りであるゆえに、蛇を踏み付けて立っています。マリアの指先に嵌めた指輪からは、神の愛と恩寵が地上に降り注いでいます。
(上) シャルル・フレデリック・ヴィクトル・ヴェルノン作 「エヴァ」 79.3 x 29.9 mm 75.0 g 当店の商品です。
マリアに踏み付けられる蛇は爬虫類の蛇ではなくて、人祖アダムの妻エヴァを誘惑した悪魔の象徴です。エヴァは「生命」という名に関わらず人間に死をもたらしましたが、マリアは救い主を生むことで永遠の命をもたらしました。それゆえマリアは新しきエヴァと呼ばれます。
(上・参考画像) Piero della Francesca, "Madonna della Misericordia", 1460 - 1462, tempera e olio su tavola, 134 x 91 cm, Museo Civico, Sansepolcro
寛衣を着たマリアは罪人を庇う大きなマントを羽織るマドンナ・デッラ・ミゼリコルディア(伊 Madonna della Misericordia 憐れみの聖母)であり、慈母の眼差しを地上に向けています。
聖母のメダイに最も多い形は円形と楕円形です。多角形に関しては、八角形のメダイを時折目にしますが、本品のように六角形の作例はほとんどありません。六角形の銀製メダイである本品は、白百合を表しています。薔薇に囲まれて六角形の縁取りの中に立つ聖母は、「雅歌」二章二節の「茨の中に咲きいでたゆりの花」を表します。「雅歌」二章一節から六節を、ノヴァ・ヴルガタと新共同訳により引用します。二節は若者の歌、それ以外は乙女の歌です。
NOVA VULGATA | 新共同訳 | |||
1. | Ego flos campi et lilium convallium. |
わたしはシャロンのばら、 野のゆり。 |
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2. | Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. |
おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。 |
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3. | Sicut malus inter ligna silvarum, sic dilectus meus inter filios. Sub umbra illius, quem desideraveram, sedi, et fructus eius dulcis gutturi meo. |
若者たちの中にいるわたしの恋しい人は 森の中に立つりんごの木。 わたしはその木陰を慕って座り 甘い実を口にふくみました。 |
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4. | Introduxit me in cellam vinariam, et vexillum eius super me est caritas. |
その人はわたしを宴の家に伴い わたしの上に愛の旗を掲げてくれました。 |
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5. | Fulcite me uvarum placentis, stipate me malis, quia amore langueo. |
ぶどうのお菓子でわたしを養い りんごで力づけてください。 わたしは恋に病んでいますから。 |
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6. | Laeva eius sub capite meo, et dextera illius amplexatur me. |
あの人が左の腕をわたしの頭の下に伸べ 右の腕でわたしを抱いてくださればよいのに。 |
聖母マリアの花である百合が、純潔を象徴することは良く知られています。これに加えて百合は、すべてを神に委ねる信仰、神の摂理への信頼をも象徴します。
本品が作られたすぐ後の時代、ヨーロッパには第一次世界大戦が起こりました。第一次世界大戦は軍人ではない一般市民に膨大な犠牲者を数えた最初の世界大戦で、フランスは国土が戦場となり、戦死者、戦災死者、傷病者、戦争寡婦、戦争孤児が国中に溢れました。本品は高価な銀無垢製品ですので、おそらく宝石箱の中で大切に保管されてきたと思われますが、「聖母の加護」と「神への信頼」をテーマに制作された作品であるゆえに、第一次世界大戦と第二次世界大戦、及び戦後の厳しい時代において、単なる貴重品という以上に、家族の心を支えてくれたに違いありません。
上の写真に写っている定規のひと目盛は、一ミリメートルです。聖母の頭部は直径一ミリメートルよりも小さなサイズですが、顔はしっかりと造形されています。聖母は頸を微かに傾げ、微笑みを浮かべて地上を見守っています。衣の襞は自然に流れ、胸の膨らみや腰の丸みなど、柔らかい布越しにうかがえる女性らしい体つきが、巧みに表現されています。
フランスにおいて純度八百パーミル(800/1000)の銀を表す「蟹」のポワンソン(貴金属の検質印、ホールマーク)が、上部の環に刻印されています。
銀は信心具に使われる最も高級な素材です。百年以上前のフランスは貧富の差が極めて大きかったので、銀は専らめっきに使用されました。めっきではない「銀無垢製品」は普通の人が買うにはあまりにも高価で、銀無垢メダイが作られる場合でも、サイズが小さくきわめて薄いものがほとんどでした。
本品はそれほど大きなサイズではありませんが、銀無垢製品であり、十九世紀の作例に比べるとある程度の厚みがあります。したがって本品の制作年代はフランス社会全体がある程度豊かになってきたベル・エポック後期、おそらく
1900年から十五年ほどの間と考えられます。
本品は百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず保存状態は極めて良好です。突出部分にも磨滅はほとんど見られません。上の写真は男性店主の手に載せて撮影しています。女性が実物をご覧になれば、もう一回り大きなサイズに感じられます。