フランスの守護聖女、リジューの聖テレーズ(幼きイエズスの聖テレジア)のメダイ。八重咲きの薔薇を立体的に模(かたど)り、聖女の上半身を裏面に浮き彫りで表しています。
薔薇は指先に載るサイズながら精巧且つ写実的に作られ、あたかも本物の花のようなリアリティがあります。ただし厚みは最も大きな部分で 3.6ミリメートルしかありませんので、小さなサイズゆえに十分な三次元性が確保されている反面、身に着けた際にごろごろすることはありません。
裏面は聖テレーズの楕円形小メダイと融合した意匠となっています。クルシフィクスを抱くテレーズの胸からは、神への愛を象徴する薔薇が咲きこぼれています。この半身像はマリ=ベルナール修道士 Fr. Marie-Bernard (俗名 ルイ・リショム Louis Richomme, 1883 - 1975)によるもので、聖女を取り囲むように、ラテン語で「幼きイエズスの聖テレジア」(SANCTA TERESIA A JESU INFANTE) と記されています。
上の写真は実物の面積を 80倍に拡大しています。定規のひと目盛は 1ミリメートルです。天に目を向け、整った顔立ちに微笑みを浮かべる聖女の姿は、不可視の信仰をよく形象化していますが、この作品は驚くほど小さなサイズであることがお分かりいただけます。メダイユ彫刻が最も発達した国であるフランスならではのミニアチュール作品です。
本品の制作年代は 1940年代後半から1950年頃、すなわち第ニ次世界大戦の終結後間もない時期です。第二次世界大戦期、フランスは実質的にドイツの支配下にありました。憎しみが支配した第二次世界大戦が終わると、ドイツがフランスから撤退し、ヴィシー政権も倒れて、フランスは政治的統一を取り戻しましたが、フランス国民の間では、ドイツに協力的であった人とそうでなかった人の間に相変わらず憎しみと分裂がありました。
「小さき花」聖テレーズを、とても小さな浮き彫り彫刻で表したこのメダイには、フランスの守護聖人である聖テレーズに戦争をくぐり抜けて再生したフランスへの加護を祈るとともに、憎しみではなく愛が支配する社会が再び復活するようにと願う気持ちが籠められています。
本品は 60年あまり前に制作されたメダイですが、保存状態は極めて良好です。特筆すべき瑕疵(かし 欠点)は何もありません。