リュドヴィク・ペナン、ジャン=バティスト・ポンセ作 「フランス王 聖ルイ」「めでたし、十字架よ。唯一の望みよ」 美術品水準の小メダイ 直径 15.7 mm


突出部分を除く直径 15.7 mm

フランス  1910 - 20年代



 聖人に列せられた有徳のフランス国王、ルイ九世(Louis IX de France, 1214 - 1270 在位 1226 - 1270)のメダイ。

 ルイ九世はカペー朝第九代の国王です。ルイ九世治下のフランスはヨーロッパで最強の国家であり、政治、経済、学術のいずれにおいても高度の発達を見た時代でした。また国王ルイ九世は優れた知性と高潔な人柄で知られ、「同等なる者のうちの第一人者」(primus inter pares) として諸国の元首から紛争の調停を任されました。ルイ九世は信心深い母の影響で宗教に深く帰依しました。「フランスはカトリック教会の長姉である」(La France est la fille aînée de l'Eglise.) という言葉がありますが、この言葉を初めて使ったのはルイ九世であると言われています。ルイ九世はフランスを「教会の長姉」とし、パリを信仰の一大中心地とすることを目指しました。


シテ島のサント=シャペル


 ルイ九世は聖遺物の収集に熱心で、キリスト受難の際の茨の冠やマンディリオン(le Mandylion, ou l'Image d'Edesse キリストの顔が奇蹟的に転写された布)、聖十字架の破片など、ラテン帝国(コンスタンティノポリス)からもたらされたキリストの聖遺物を納めるため、1243年から1248年にかけて王宮の礼拝堂ラ・サント=シャペル (la Sainte-Chapelle) をシテ島に建設しました。




(上) Simon Vouet (1590 - 1649), Saint Louis recevant la couronne d'épines des mains de Jésus, 1639, huile sur la toile, Eglise Saint-Paul-Saint-Louis, Paris


 本品の表(おもて)面には、極めて優れた浮き彫り彫刻により、茨の冠を恭しく捧持するルイ九世の肖像が表されています。国王は茨の冠を手で直接持つのではなく、布越しに触れています。古来ヨーロッパでは、「布を被せた手で」(羅 MANIBUS VELATIBUS 複数奪格)、聖なる物に触れるのが常でした。コンスタンティノポリスからルイ九世のもとに茨の冠が送られてきたとき、国王は彫刻家がここに再現しているように、手を布で覆って、この上なく神聖な遺物に触れたに違いありません。

 ルイ九世の王冠には、見えない後部も合わせると、四つのフルール・ド・リス(fleur de lys フランス語で「百合の花」の意)が付いています。カロリング朝のカール大帝 (Charlemagne, 742 - 814) の王冠には、四つのフルール・ド・リスが付いていたと伝えられます。彫刻家はこれに倣ってルイ九世の王冠にも四つのフルール・ド・リスを付けています。ルイ九世はすべての王子の紋章にフルール・ド・リスを導入しましたが、青地にフルール・ド・リスを散りばめた図柄は、国王自身の紋章と第一王子(王太子)の紋章のみに使われることと定めました。フルール・ド・リスは本品の背景にも彫られています。





 ルイ九世の時代、フルール・ド・リスの三枚の花弁は三つの徳、すなわち「信仰」「智慧」「騎士道」を表すとされました。ギョーム・ド・ナンジ (Guillaume de Nangis, + 1300) は「ルイ九世伝」("Gesta Ludovici IX")において次のように述べています。テキストはアンリ・ドラシュ師(Msgr. Henri Delassus, 1836 - 1921)の「家族の精神」("l'Esprit familial, dans la maison, dans la cité et dans l'État")に引用されているもので、十三世紀のフランス語で書かれています。和訳は筆者(広川)によります。

     Puisque Notre Père Jhésus-Christ veut espécialement sur tous autres royaumes, enluminer le royaume de France de Foy, de Sapience et de Chevalerie, li Roys de France accoustumèrent en leurs armes à porter la fleur de liz paincte par trois fueillées (feuilles), ainsi come se ils deissent à tout le monde: Foi, Sapience et Chevalerie sont, par la provision et par la grâce de Dieu, plus habondamment dans nostre royaume que en ces aultres.  われらの御父イエズス・キリストは、他の諸王国にも増して特別に、信仰と智慧と騎士道によってフランスを照らすことを望み給う。フランスの諸王は三枚の花弁を有するフルール・ド・リスを紋章に描く習わしであるが、これは信仰と智と騎士道が、神の摂理と恩寵により、他の国々よりもわれらの王国において豊かに存するということを、すべての人に知らしむるためである。
    Les deux fueillées qui sont oeles signifient Sapience et Chevalerie qui gardent et défendent la tierce fueillée qui est au milieu de elles, plus longue et plus haute, par laquelle Foy est entendue et segneufiée, car elle est et doibt estre gouvernée par Sapience et deffendue par Chevalerie.   両翼の二枚の花弁は智慧と騎士道で、その間にあって最も長く、最も高いところまで伸びる三枚目の花弁を守っている。三枚目の花弁が表し、指し示すのは、信仰である。信仰の在り様(よう)は、智慧によって導かれ、騎士道によって守られているし、またそうあるべきだからである。
    Tant comme ces trois grâces de Dieu seront fermement et ordénement joinctes ensemble au royaume de France, li royaume sera fort et ferme, et se il avient, que elles soient ostées et desseurées, le royaume cherra en désolaction et en destruiement   神より来(きた)るこれら三つの恩寵(恩寵による徳)がフランス王国にしっかりと正しく結びつく限り、王国は強く、揺るぐことが無い。[しかしながら]もしもフランスがこれらの恩寵(徳)を嫌がり手放すならば、王国は荒廃と破滅のうちに倒れることになる。





 肖像の周囲にはラテン語で「サンクトゥス・ルドヴィクス、フランコールム・レークス」(SANCTUS LUDOVICUS FRANCORUM REX 聖ルドヴィクス、フランク人たちの王)と書かれています。「ルドヴィクス」は、フランス語「ルイ」(Louis)のラテン語形です。銘の字体はアンシャル風のゴシック体で、古典期のクラシカルな綴り字が使われています。アンティーク・ファイン・ジュエリーのミル打ちを模した粒状の彫金が、最外縁部に施されています。





 本品の直径は十六ミリメートル弱で、一円硬貨よりもずっと小さなサイズですが、浮き彫り彫刻は立体的であり、大型の彫刻作品に勝るとも劣らない精緻さには目を見張るものがあります。上の写真に写っている定規のひと目盛は一ミリメートルです。王の顔は直径二ミリメートルほどの極小サイズですが、目鼻立ちが整っているのみならず、神を畏れる信仰深い人柄と聖遺物への崇敬の気持ちが見事に形象化されています。マヌース・ウェーラータエ(羅 MANUS VELATAE 布で覆われた両手)は最も突出した部分であるゆえに軽度の磨滅が認められますが、指の形が布越しに浮かび出ています。彫刻家は十分の一ミリメートル以下の精度でビュラン(仏 burin 彫刻刀)をコントロールし、深い精神性と優れた写実性を作品の細部にまで行き渡らせています。

 メダイの最下部に「ペナン」(PENIN)、「ポンセ」(PONCET)のサインが刻まれています。リュドヴィク・ペナン(Ludovic Penin, 1830 - 1868)は、十九世紀前半以来四世代にわたってメダイユ彫刻家を輩出したリヨンのペナン家の一員です。豊かな才能を認められ、弱冠三十四歳であった1864年、当時の教皇ピウス九世により、カトリック教会の公式メダイユ彫刻家(graveur pontifical)に任じられましたが、惜しくもその四年後に亡くなってしまいました。




(上) リュドヴィク・ペナン作小型メダイユ 「竪琴を弾く聖セシリア」 直径 32.6 mm フランス 1860年頃 当店の商品です。


 早逝の芸術家リュドヴィク・ペナンは1870年代からアール・ヌーヴォーに至る時代を知らずに亡くなったわけですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、三歳年上の同郷の芸術家ジャン=バティスト・ポンセ(Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901)の手によっていわば「現代化」され、1870年代以降においても愛され続けました。ジャン=バティスト・ポンセは画家でもあり、メダイユ彫刻家でもある人で、ペナンに比べて都会風に洗練された典雅な作風が特徴です。ペナンの没後にポンセが手を加えて「現代化」した作品は、信心具としてのメダイによく見られ、"PENIN PONCET", "P P LYON" 等、ふたりの名前が併記されています。

 「信心具のメダイ」は本格的な「美術メダイユ」のいわば普及品のようなものであり、浮き彫り彫刻の質が多少とも落ちる場合が多いですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、信心具のメダイであっても、美術メダイユに劣らない水準で制作されています。本品もそのような作品のひとつです。





 裏面にはフルール・ド・リスを背景に、スタウロテカと思われるギリシア十字を造形しています。「スタウロテカ」はギリシア語由来のラテン語で、「スタウロス」(σταυρός 十字架)と「テーケー」(θήκη 収納容器)の合成語です。「十字架入れ」と言うほどの意味ですが、真の十字架(イエスが架かった十字架)の断片を納めた聖遺物函を指してこう呼んでいます。スタウロテカの各末端はフルール・ド・リスとなり、フランス王室に対する聖母の加護を象(かたど)っています。

 スタウロテカを取り巻くように、「オー、クルークス、アウェ、スペース・ウニカ」(羅 AVE CRUX SPES UNICA めでたし、十字架よ。唯一の望みよ)の銘が、アンシャル風のゴシック体で刻まれています。「オー、クルークス、アウェ、スペース・ウニカ」は十字架称讃(羅 EXALTATIO SANCTAE CRUCIS)の祝日に唱えられる祈りの一節です。祈りの全文を示します。日本語訳は筆者(広川)によります。

    Vexilla regis prodeunt,
fulget crucis mysterium,
quo carne carnis conditor
suspensus est patibulo.
  王の御旗は進み
十字架の奥義は輝く。
人を造り給える御方、人となり、
この奥義にて十字架に架かりたまえリ。
     
    Confixa clavis viscera
tendens manus, vestigia
redemptionis gratia
hic inmolata est hostia.
  主の臓腑は釘にて裂かれたり。
主の両手両脚は伸びたり。
救いのために、
かくの如く主は木に架かり、犠牲となりたまえり。
     
    Quo vulneratus insuper
mucrone diro lanceae,
ut nos lavaret crimine,
manavit unda et sanguine.
  主は木の上で傷を負いたまえり。
恐ろしき槍の刃先にて。
我らを罪より洗い浄めんとて、
水と血を流したまえり。
     
    Impleta sunt quae concinit
David fideli carmine,
dicendo nationibus:
regnavit a ligno deus.
  成就したるは、真(まこと)の歌にて
ダヴィデが歌う事ども。
ダヴィデが国々の民に語る事ども。
すなわち、神、木より統べたまえりと。
     
    Arbor decora et fulgida,
ornata regis purpura,
electa, digno stipite
tam sancta membra tangere!
  美しき木よ。輝ける木よ。
王の紫に飾られたる木よ。
その木は選ばれて杭となり、
聖なる御手、御足が触るるに値したるなり。
     
    Beata cuius brachiis
pretium pependit saeculi!
statera facta est corporis
praedam tulitque Tartari.
  幸いなる木よ。その腕木より
世の(罪の)代価が吊られし木よ。
その木は御体を挙ぐる支え(直訳:天秤)となりて
地獄にその取り分を渡さざりき。
     
    O Crux, ave, spes unica,
hoc passionis tempore
piis adauge graitiam,
reisque dele crimina.
  めでたし、十字架よ。ただひとつの望みよ。
この受難の季節に
信仰篤き者どもに更なる恩寵を与え、
罪ある者どもの罪を消し去りたまえ。
     
    Te, fons salutis, Trinitas,
collaudet omnis spiritus:
quos per crucis mysterium
salvas, fove per saecula. Amen.
  救いの源なる三位一体よ。
すべての霊の誉め称うるは御身なり。
御身は十字架の神秘によりて、われらすべてを
救い、永久(とわ)に愛し護りたまえば。アーメン。





(上) Sir Lawrence Alma-Tadema, Venantius Fortunatus Reading his Poems to Radagonda, 1862; Dordrechts Museum, Dordrecht


 ポワチエの聖ラドゴンド(Ste. Radegonde de Poitier, c. 519 - 587)はルイ九世よりおよそ七百年前の人ですが、ルイ九世と同様に聖遺物を熱心に集め、崇敬しました。ラドゴンドがポワチエに建てたサント=クロワ修道院(L'Abbaye Sainte-Croix de Poitiers)には、ビザンティン皇帝ユスティヌスニ世 (Justinus II, 520 - 578) から譲り受けた真の十字架の破片が所蔵されていました。この聖遺物がトゥールからポワチエに運ばれたときに、ラテン詩人フォルトゥーナートゥス(St. Venance Fortunat, Sacctus Venantius Honorius Clementianus Fortunatus, c. 530 - 609)が作ったのが、上掲の詩であると伝えられています。





 ルイ九世はトゥールの聖マルタンやジャンヌ・ダルクとともにフランスの守護聖人とされています。本品の制作年代は 1910年代から 20年代頃ですが、これは第一次世界大戦直後の時期に当たります。フランスの守護聖人ルイ九世、及びフランスに対する聖母の加護を象るフルール・ド・リスをモティーフとした本品には、傷ついた祖国への愛国心とともに、平和を願う真摯な気持ちが籠められています。

 本品は九十年乃至百年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態は極めて良好です。本格的な芸術作品に比べると、信心具のメダイはいわばその普及品である場合が多いですが、本品は小さなサイズにもかかわらず、非常に高い水準の美術品に仕上がっています。





本体価格 15,800円 販売終了 SOLD

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