グレゴリウス改革が産んだ聖人たちのうち、おそらく最も有名な人物であるアッシジの聖フランチェスコ(Francesco d'Assisi, 1182 - 1226)のメダイ。二十世紀半ばのイタリアで、鋳造によって制作された大きめサイズの作品です。二十九ミリメートル強の直径は、信心具のメダイとしては最も大きな部類です。本品の重量は五百円硬貨を一グラムほど上回り、手に取ると心地良い重みを感じます。
一方の面には、クルシフィクスを愛しげに抱く修道服姿の聖フランチェスコを立体的な浮き彫りで表現します。粗末な修道衣を着、ベルト代わりの荒縄とロザリオを腰に括った聖人は、修道会則の象徴である本を右手に、クルシフィクスを左手に持っています。サーンクトゥス・フランキスクス・アッシシエンシス(羅
SANCTUS FRANCISCUS ASSISIENSIS アッシジの聖フランチェスコ)というラテン語の銘が、中世風の字体で聖人を取り囲んでいます。
フランチェスコの周囲に弟子たちが集まって自然発生した貧しき兄弟団は、やがて会則を定めて教会公認の修道会になりました。しかしながらフランチェスコ自身が願ったのは修道会を創設することではなく、ただひたすらに主に従うことのみでした。本品メダイの浮き彫りにおいても、フランチェスコは右手の本すなわち修道会則にではなく、十字架上の救い主にまなざしを注いでいます。ただ救い主のみを愛し、救い主のみに従ったフランチェスコの生き方が、本品メダイの浮き彫り彫刻において巧みに可視化されています。
聖人の腰の左側(向かって右側)に、イタリー(ITALY)の文字が読み取れます。
近世のメダイユ彫刻はイタリアのピザネッロが創始した芸術分野ですが、第一帝政期のフランスで大いに振興し、むしろフランスの工芸を特徴づける分野となりました。信心具であるメダイの彫刻においてもイタリアはフランスに大きく水を開けられた印象があります。しかしながら本品浮き彫りの出来栄えはたいへん優れており、多くのフランス製メダイユ彫刻よりも優れています。
メダイの制作方法には鋳造と打刻の二種類があります。打刻は貨幣の製作方法と同じで、大量生産に向いています。これに対して鋳造は非常に手間がかかり、多くの数を作ることができない反面、重厚な作品を作れることが大きな長所です。本品は鋳造によって制作されており、最大で四ミリメートルの厚みを有します。この厚みのせいで浮き彫りが有する立体性は、メダイの大きさと相俟って、生身のフランチェスコと見(まみ)えるかのような迫真性があります。
フランチェスコは聖痕を受ける少し前に、信仰に悩むフラテ・レオーネ(きょうだいレオーネ、レオーネ修道士)に対し、「民数記」六章二十四節から二十六節の祈りを羊皮紙に書いて渡しました。レオーネはこの書付を生涯身に着けて信仰生活を送りました。
フランチェスコが羊皮紙に書き記した「民数記」の祈りはラテン語でしたが、本品メダイの裏面にはこれと同じ内容がイタリア語で記されています。筆者(広川)による和訳をイタリア語テキストに添えて、下に示します。各行の最後にある十字の印は、十字を切りながらアーメンと唱えるところです。フランチェスコは祈りの冒頭部分(主が汝を祝福し給うように)を最後に繰り返し、この祈りを締めくくっています。
Il Signore ti benedica e ti custodisca. + | 主が汝を祝福し、汝を守り給うように。 | |||
Il mostri la sua faccia ed abbia misericordia di te. + | 主が御顔を見せ給い、汝を憐れみ給うように。 | |||
Volga a te il suo sguardo e ti dia pace + | 主が御まなざしを汝に向け給い、汝に平和を与え給うように。 | |||
Il Signore ti benedica. + | 主が汝を祝福し給うように。 |
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。本品の実物を女性がご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。本品は信心具のメダイとしては最も大きなサイズに属します
本品に浮き彫りにされたフランチェスコ像は、たいへん立体的です。このように立体的な浮き彫りの突出部分は摩滅しやすいですが、本品メダイは両面ともまったく摩滅していないゆえに、おそらく未販売品(新品)と思われます。メダイをペンダントとして使うと裏面が肌や服地を擦れ合いますが、本品の裏面は平坦であるゆえに摩滅が起こりにくく、安心してご愛用いただけます。
本品は数十年前のイタリアで制作され、フランスにあった品物ですが、古い年代にもかかわらず、保存状態はきわめて良好です。特筆すべき問題は何もありません。