アッシジの聖フランチェスコ 「フラテ・レオーネへの祝福」
Francesco d'Assisi, Benedizione a Frate Leone, 1224




(上) バジリカ・ディ・サン・フランチェスコに収蔵されている聖フランチェスコ自筆の羊皮紙文書。ここに示したのは表裏を別々に撮影して並べた合成写真で、向かって左が「フラテ・レオーネへの祝福」、右が「いと高き神への賛歌」です。「フラテ・レオーネへの祝福」の面に見える赤い文字は、フラテ・レオーネによる書き込みです。



 伝承によると、イタリア中部アペニン山中の町キウージ・デッラ・ヴェルナ(Chiusi della Verna トスカナ州アレッツォ県)に近い山の中で、1224年9月14日、十字架称讃の祝日に、アッシジの聖フランチェスコ(San Francesco d'Assisi, 1182 - 1226)はキリストの姿をしたセラフから聖痕を受けました。聖痕(せいこん)とは、イエス・キリストが受難の際に負い給うた五つの傷、すなわち両手両足の釘孔と脇腹の槍傷が、聖人の身体に自然に現れたものを指します。

  聖フランチェスコの聖人伝「イ・フィオレッティ」(伊 "I Fioretti" 「聖フランチェスコの小さな花」)には、「聖痕についての考察」が収録されています。この部分は五箇所の聖痕に因んで五つの考察に分かれており、聖痕の奇跡が起きたときの状況は「第三の考察」で詳述されています。


 聖痕の奇跡としてよく知られているこの出来事の少し前に、聖フランチェスコは信仰上の悩みを抱える愛弟子フラテ・レオーネ(Frate Leone きょうだいレオーネ、レオーネ修道士)のために、祝福の言葉を羊皮紙に書きつけて与えました。フランチェスコがレオーネに書付を与えたことは、「聖痕についての考察」のうち「第二の考察」に記録されています。

 レオーネ修道士は師から与えられた書付を、1271年に自身が亡くなるまで肌身離さず大切にしました。レオーネ修道士の没後、この書付はアッシジにあるバジリカ・ディ・サン・フランチェスコ(la basilica di S. Francesco 聖フランチェスコのバシリカ)内の聖遺物礼拝堂(la cappella delle reliquie)に保管されています。羊皮紙片の一方の面にはレオーネ修道士への祝福が、もう一方の面には「いと高き神への賛歌」が、いずれも聖フランチェスコの親筆で書かれています。


 羊皮紙片の表裏に書かれているこれらふたつの文書のうち、「いと高き神への賛歌」は聖フランチェスコ自身が作った詩であり、俗語(古イタリア語)で書かれています。一方フラテ・レオーネに対する祝福はヴルガタ訳「民数記」六章二十四節から二十六節の引用で、ラテン語で書かれています。「民数記」のこの箇所に記録されているのはイスラエルに対する祝福で、神がモーセに命じてアロンとその子らに言わせた言葉です。ヴルガタ訳「民数記」六章二十四節から二十六節を、日本語訳を付して示します。日本語訳は筆者(広川)によります。


   24    benedicat tibi Dominus et custodiat te    主があなたを祝福し、守ってくださるように。
   25    ostendat Dominus faciem suam tibi et misereatur tui    主が御顔をあなたに示し、あなたを憐れんでくださるように。
   26    convertat Dominus vultum suum ad te et det tibi pacem    主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安を与えてくださるように。
       Numeri, 6: 24 - 26    「民数記」六章二十四節から二十六節


 旧約聖書において「神が人の上に御顔を輝かす」とは祝福を与えることです。上に述べたように、上記の引用個所はイスラエル(ユダヤ民族)に対する祝福の言葉です。それにもかかわらず「あなた」という単数形が用いられているのは、全イスラエルの一体性を強調する表現です。また二十五節に「御顔を示す」、二十六節に「御顔を向ける」という表現がありますが、これらは神との良好な関係が保たれているさまを表します(註1)。聖フランチェスコは上に引用したテキストの末尾にレオーネ修道士への呼びかけを加えることで、これを弟子に対する祝福とし、個人的メッセージに変えています。


 「民数記」を引用した面の下半分にはギリシア文字タウ(Τ)が大書され、レオーネ修道士への言葉はこれに絡み付くように記されています。
           
 「エゼキエル書」八章にはエルサレム神殿における偶像崇拝及び被造物崇拝が、続く九章にはユダ王国及びエルサレムに対する裁きが、それぞれ描写されています。九章四節には次のように書かれています。新共同訳により引用します。
           
   9:4  主は彼に言われた。「都の中、エルサレムの中を巡り、その中で行われているあらゆる忌まわしいことのゆえに、嘆き悲しんでいる者の額に印を付けよ。」
     
     
 「エゼキエル書」九章に倣い、「ヨハネの黙示録」七章三節、及び十四章一節にも同様の印に関する記述が見られます。新共同訳で引用いたします。
     
   7:3  我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。
   14:1  また、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っており、小羊と共に十四万四千人の者たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とが記されていた。


 これらの個所において、額の印は神に忠実な信仰を象徴します。ところで「エゼキエル書」に言及されている印は、ヘブル語でタウといいます。これがギリシア語のタウと同音であることから、ギリシア文字タウは回心の象徴とされるようになりました。アッシジの聖フランチェスコが生きた十三世紀には、ギリシア文字タウは信仰の印として頻用されました。聖フランチェスコがレオーネ修道士に与えた書き付けにタウを記したのも、このような理由によります。




註1 これに対して神との断絶は、「神が顔を隠す」と表されています。「詩編」30: 8、44: 25、104: 29



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