金属製の円形メダイを中央に取り付けたゆりかご用メダイユ。金属製メダイには聖母の立ち姿を打ち出しています。台座は縞模様のある象牙色のプラスチック部品を組み合わせてあり、ヘクサグラム(六芒星)を模(かたど)ります。
中央の金属製メダイには聖母マリアの美しい立ち姿が打ち出されています。これは1830年、パリにおいて愛徳姉妹会 (Maison des Filles
de la Charité de Saint-Vincent-de-Paul) の修練女、カトリーヌ・ ラブレ (Saint Catherine
Labouré, 1806 - 1876) に出現した「不思議のメダイの聖母」です。
聖母は無原罪の御宿りとして表され、地上界を象徴する球体の上に、蛇を踏みつけて立っています。聖母は左足に体重をかけ、右脚を曲げたコントラポストの姿勢を取っています。聖母の両手に嵌めた指輪からは、恩寵の光が多数の光条となって地上に降り注いでいます。
上の商品写真は実物の面積を30倍に拡大しています。本品を制作したメダイユ彫刻家は、非常に優れた芸術的感覚と職人的技量によって、聖母の顔立ち、両手の掌(てのひら)と指の形を美しく整えています。また肩、胸、腹部、大腿部の女性らしい丸みも、生身の女性を眼前にする錯覚を覚えさせるほど巧みに表現しています。
聖母が踏みつけている蛇は、言うまでもなく爬虫類の蛇ではなくて、創世記3章において人祖アダムの妻エヴァを誘惑し、「善悪を知る木」の実を食べさせた悪魔の象徴です。エヴァが犯したこの罪によって、アダムとエヴァのみならず、彼らの子孫であるすべての人間に罪と死がもたらされました。
(下・参考画像) フレデリック・ヴェルノン作 美術メダイユ 「エヴァ」 1905年 当店の商品です。
これに対し、聖母マリアはエヴァの子孫でありながら罪無くして宿り給いました。また卓越した信仰によって受胎告知を受け容れ、救い主の母となり給いました。すなわちエヴァが人間に死をもたらしたのに対して、マリアはエヴァと同様に女性でありながら、人間に救いと生命をもたらしたのです。
(下・参考画像) Bruder Furthmeyr, Mary and Eve under the Tree of the Fall, 1481, book illustration, Bavarian State Library, Munich エヴァが人々に与えている木の実は、死をもたらす罪の象徴です。これに対してマリアが人々に与えているのは、生命をもたらす聖体です。
本品において、聖母を取り囲むように、執り成しを求める祈りがフランス語で記されています。
Ô Marie conçue sans péché, priez pour nous qui avons recours à vous. 罪無くして宿り給えるマリアよ、御身に頼る我らのために祈りたまえ。
苦しげにのたうつ蛇を踏みつけた聖母の表情は穏やかで、罪びとを招くように両腕を伸ばし、掌(てのひら)を前に向けています。
本品を制作したメダイユ彫刻家は、聖母のマントに多くの襞(ひだ)を付けて、大きなマントであることを明示しています。彫刻家はこの作品において、「ミゼリコルディア(憐れみ)の聖母」を思い起こさせる大きなマントを不思議のメダイの聖母に羽織らせ、すべての罪びとをマントの下に庇(かば)う慈母の愛を強調しているのです。
(下・参考画像) ミゼリコルディア(憐れみ)の聖母 Domenico Ghirlandaio, "Madonna della Misericordia", c. 1473, la chiesa di Ognissanti, Firenze
メダイの右下、聖母の左手の下あたりに、アンドレ・アンリ・ラヴリリエのサイン (LAVRILLIER) があります。
アンドレ・アンリ・ラヴリリエ (André Henri Lavrillier, 1885 - 1958) はフランスのメダイユ彫刻家で、世俗と宗教の両分野に優れた作品を残しています。弱冠29歳であった1909年の作品であるジャンヌ・ダルク列福記念メダイはたいへん有名ですし、1933年から1952年まで発行されたフランス共和国の5フラン貨「ティプ・ラヴリリエ」(type
Lavrillier) をデザインしたことでも知られています。
ラヴリリエによるキリスト 小さなメダイ 1910年代 当店の商品です。
ラヴリリエ作 「救国の聖女ジャンヌ・ダルク」 薔薇のメダイヨン 1920年代 当店の商品です。
ティプ・ラヴリリエ 1947年
ラヴリリエのメダイはヘクサグラム(hexagramme 六芒星 ろくぼうせい)を模(かたど)った台座に嵌め込まれています。台座は象牙色のプラスチック製で、艶やかに磨き上げられ、高級感があります。写真では台座表面の縞模様が凹凸になっているようにも見えますが、実物の表面は平滑です。
ユダヤ・キリスト教におけるヘクサグラムは「ダヴィデの星」としてよく知られています。またユング派によると、ヘクサグラムはふたつの二等辺三角形を逆向きに重ね合わせた形であるゆえに、自己と神の合一を象徴します。
本品において、聖母像はヘクサグラムの中心に嵌め込まれています。ユング派の思想とキリスト教思想は必ずしも整合しませんが、聖母は神と人を繋ぐ「恩寵の器」であるゆえに、あたかも天地を繋ぐように球体の上に立ち、恩寵の光を地上に注ぐ「不思議のメダイ」の聖母をヘクサグラムの中心に配するのは、まったく当を得たデザインであると思われます。
本品はメダイユの名手ラヴリリエによる稀少かつたいへん美しい作品です。保存状態も良好で、特筆すべき問題は何もありません。元々ゆりかご用メダイとして制作されていますが、類品に比べてサイズが小さめで、プラスチック部分にも象牙のように重厚な光沢があるゆえに、ペンダントとしても違和感なくお使いいただけます。