リュドヴィク・ペナン、ジャン・バティスト・ポンセ作

「諸国民を統べ給うキリストを拝す」「イエズス汝等に命じ給ふ事ども、悉(ことごと)く是を為すべし」 愛の支配を呼びかける大型プラケット 41.6 x 26.2 mm


突出部分を含むサイズ  縦 41.6 x 横 26.2 mm

フランス  1914年



 一方の面には空に浮かぶ聖体を、もう一方の面にはイエスを指し示すルルドの聖母を、それぞれ丁寧な浮き彫りで示した大型のプラケット(四角いメダイ)。高名なメダイユ彫刻家ペナンとポンセによる作品で、1914年にルルドで開かれた第二十五回聖体大会 (congrès eucharistique) を記念しています。第二十五回聖体大会が開かれた1914年 7月 22日から 26日は、同 7月 28日に勃発した第一次世界大戦の、まさに前夜に当たります。





 一方の面にはルルドの上空に浮かぶ聖体と、その下にはバシリカに向かう人々の群れが刻まれています。聖体は十字架上に受難するキリストの御体に他ならず、人知を絶する愛ゆえに強烈な光を放っています。顕示台に入った聖体が支持する物も無いのに空中に浮かぶ様子はファヴェルネの奇跡を思い起こさせますが、実際ルルドでは、1999年11月7日に、聖体が空中に浮かぶ奇跡が起きています。群像を囲むように、次の言葉がラテン語で記されています。

  CHRISTUM DOMINANTEM GENTIBUS ADOREMUS.  諸国民を統べ給うキリストを拝す。


 群像の右下に「ペナン・ポンセ・リヨン」(PENIN PONCET LYON) の文字が彫られていますが、これは浮き彫りの原作者であるリュドヴィク・ペナン、及びもうひとりの彫刻家ジャン=バティスト・ポンセの名前です。リュドヴィク・ペナン (Ludovic Penin, 1830 - 1868) は、19世紀前半以来四世代にわたってメダイユ彫刻家を輩出したリヨンのペナン家の一員です。豊かな才能を認められ、弱冠34歳であった1864年、当時の教皇ピウス9世により、カトリック教会の公式メダイユ彫刻家 (graveur pontifical) に任じられましたが、惜しくもその4年後に亡くなってしまいました。

 早逝の芸術家リュドヴィク・ペナンは1870年代からアール・ヌーヴォーに至る時代を知らずに亡くなったわけですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、三歳年上の同郷の芸術家ジャン=バティスト・ポンセ (Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901) の手によっていわば「現代化」され、1870年代以降においても愛され続けました。ジャン=バティスト・ポンセは画家でもあり、メダイユ彫刻家でもある人で、ペナンに比べて都会風に洗練された典雅な作風が特徴です。ペナンの没後にポンセが手を加えて「現代化」した作品は、信心具としてのメダイによく見られ、"PENIN PONCET", "P P LYON" 等、ふたりの名前が併記されています。本品には "PENIN PONCET LYON" の署名が見られます。






(上) 1914年 7月 22日から 26日にかけてルルドで開かれた第二十五回聖体大会のポスターと、実際の聖体大会における行列の様子


 この面の最下部にはフランス語で「第25回聖体大会 ルルド 1914年」(25e congrès eucharistique, Lourdes 1914) の文字があります。聖体大会とはエウカリスチア(εὐχαριστία 聖体)への信仰を高めるために、数年に一度開かれるカトリック教会の大規模な集まりです。1914年 7月 22日から 26日にかけて、ルルドで第二十五回聖体大会が開かれましたが、本品はこの聖体大会を記念したものであることがわかります。





 もう片方の面には右手に聖杯を持ち、左手の聖体を高く掲げて示すイエスと、イエスを仰ぎ見るマリア及び巡礼者たちを浮き彫りで表しています。ルルドの聖画やメダイユは、ルルドの岩場に出現したノートル=ダム・ド・ルルド(ルルドの聖母)をベルナデット・スビルーや聖職者たちが仰ぎ見る構図になっているのが普通です。しかるに本品においては、マリアの視線も人々の視線も、共にイエスに注がれています。群像を囲むように、次の句がラテン語で記されています。

  QUODCUMQUE DIXERIT VOBIS, FACITE.  イエズス汝等に命じ給ふ事ども、悉(ことごと)く是を為すべし。

 これは「ヨハネによる福音書」 2章 5節に記録されている聖母の言葉の引用です。「ヨハネによる福音書」 2章 1節から 11節を、新共同訳により引用します。下線の部分が、このプラケットに刻まれています。

 三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。
 そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。
 世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」
 イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。
 
 「ヨハネによる福音書」 2章 1節から 11節 新共同訳


 「カナの婚礼」における奇跡は、イエス・キリストの公生涯の初めに起こった出来事です。この記事においてイエスは母マリアに「婦人よ」という特異な呼びかけをしていますが、同様の呼びかけは同じ書物における受難の描写、すなわちイエスが亡くなる直前の言葉を記録した「ヨハネによる福音書」 19章 26節にも出てきます。それゆえ「カナの婚礼」の葡萄酒は、イエスが受難して流す血の前表であり、人知を絶する神の愛を象徴していると考えることができます。「ヨハネによる福音書」 19章 26節と27節を、新共同訳により引用します。

  イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

 すなわちこのプラケットにおいて、ルルドの聖母はイエスの愛を人々に示しています。「ヨハネによる福音書」 19章 26節と27節において、イエスは母マリアを愛弟子ヨハネに託し、全キリスト者の霊的な母と為し給いました。ルルドに出現した聖母は、自らがイエスを愛したのと同様の愛を以てイエスを愛すること、及びイエスへの愛ゆえにイエスに従うことを、ルルドの巡礼者、聖体大会の参加者、並びに全キリスト者に求めているのです。

 群像の右下にリュドヴィク・ペナンとジャン=バティスト・ポンセのサイン (PENIN PONCET LYON) が彫られています。





 人類が初めて経験する全面戦争となった第一次世界大戦のきっかけは、フランツ・フェルディナント大公 (Franz Ferdinand von Österreich-Este, 1863 - 1914) 夫妻が、1914年 6月 28日、訪問先のサライェヴォで凶弾に倒れたことでした。フランツ・フェルディナント大公は、ハプスブルク家のオーストリア=ハンガリー帝国皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世の皇太子で、将来帝位を継承するはずでした。大公夫妻暗殺の一か月後である 7月28日にオーストリアがセルビアに宣戦を布告し、第一次世界大戦が始まりました。すなわちルルドの第25回聖体大会が終わった二日後に、未曽有の世界戦争が始まったのです。

 第一次世界大戦は一般市民を巻き込み、1900万人の死者と2200万人の戦傷者を出して、戦勝国にも敗戦国にも大きな不幸をもたらしました。連合国側のフランスは戦勝国ですが、国土の全体が戦場となり、多数の軍人が戦死したのみならず、戦災死者、戦争寡婦、戦争孤児が国じゅうにあふれました。オーストリア=ハンガリー帝国と同盟してフランスと戦ったドイツは、敗戦による巨額の賠償責任が遠因となってヒトラー率いるナチの台頭を許し、よりいっそう悲惨な第二次世界大戦への道を歩むこととなりました。

 聖体拝領は、神の愛の極点ともいうべきキリストの受難の再現に他なりません。ルルドにおける聖体大会が盛大な規模で開催されたのは、神の愛を地上に広めるためでした。そのわずか二日後に第一次世界大戦が勃発したという歴史的事実は、人間の罪と地上を旅する苦難を端的に象徴しています。本品に刻まれた「諸国民を統べ給うキリストを拝す」(CHRISTUM DOMINANTEM GENTIBUS ADOREMUS) という言葉、及び「イエズス汝等に命じ給ふ事ども、悉(ことごと)く是を為すべし」(QUODCUMQUE DIXERIT VOBIS, FACITE) という言葉が守られれば、愛が地上を支配します。しかしながら実際に地上を支配したのは、愛ではなく憎しみでした。





 本品はちょうど百年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、きわめて良好な保存状態です。突出部分にも磨滅は無く、鋳造時のままの状態で細部まで残っています。特筆すべき問題は何もありません。メダイユ彫刻が発達したフランスならではの美しい工芸品としてのみならず、20世紀の世界史を内に秘めた実物資料としても、たいへん貴重な作品です。





本体価格 28,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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