(上) 一方の面 (下) もう一方の面
三元徳と、ふたつの愛の火 悔悛のガリアの銀製ペンダント 19.3 x 13.7 mm
突出部分を含むサイズ 縦19.3 x 横 13.7 mm
フランス 1930年代以前
「悔悛のガリア」(後述)時代のフランスで制作されたアンティーク・ペンダント。キリスト教の三元徳「信仰と希望と愛」を象徴する「十字架」「錨(いかり)」「心臓」を組み合わせています。
三元徳を主題にしたキリスト教ジュエリーやメダイはさほど珍しくありませんが、通常の作例では「十字架」「錨」「心臓」がひとつずつ表されます。これに対して本品では、「十字架」と「心臓」をふたつずつ造形することにより、「人の心に浸透し、同化し、浄化する《神とキリストの愛》」、及び「その愛に着火されて燃え上がる《神とキリストへの愛》」を巧みに可視化しています。
本品は薄い銀板を打ち出した部材二枚を向かい合わせに溶接することで膨らみを持たせ、立体的に仕上げてあります。中央に大きく表された錨は「希望」の象徴です。錨の両横の心臓は「愛」を象徴します。二つの心臓には「信仰」を象徴する十字架が打ち出されています。
ペンダントの二面は同じ型を使い、同じ意匠で作られています。写真では分かりづらいですが、800シルバーを表すフランスのポワンソン(poinçon 貴金属の検質印、ホールマーク)が、上部の環に刻印されています。800シルバーは純度800パーミル(80パーセント)の銀で、信心具に使われる最も高級な素材です。
(上・参考写真) アール・ヌーヴォーの絵葉書 「レスペランス」(希望) エリオグラヴュールに手彩色 138 x 82ミリメートル "l'Espérance", une ancienne carte postale française, vers 1910 当店の商品
本品の意匠の中心となっている錨が「希望」を象徴するのは、下に示した「ヘブライ人への手紙」6章 19節の聖句によります。
わたしたちが持っているこの希望は、魂にとって頼りになる、安定した錨のようなものであり、また、至聖所の垂れ幕の内側に入って行くものなのです。 (新共同訳)
「錨」は「魚」や「善き羊飼い」と並んで、初期キリスト教徒に最も愛用された象徴的図像のひとつです。下の写真はローマの聖セバスティアヌスのカタコンベに見られるキリスト教徒の線刻で、墓碑銘
(ATIMETVS AVG VERN VIXIT ANNIS VIII MENSIBVS III EARINVS ET POTENS FILIO)
の左に錨、右に魚を刻んでいます。ちなみに魚はキリストの象徴ですが、これは「イエス・キリスト、神の子、救い主」(Ἰησοῦς Χριστός Θεοῦ
Ὑιός Σωτήρ) というギリシア語のフレーズにおいて、各単語の頭文字を並べると、「魚」(ἰχθύς イクテュス)という単語ができることによります。
「愛」が心臓形(ハート形)で表されるのは、かつて魂が心臓に宿ると考えられていたからです。キリスト教において、 「信仰」「希望」「愛」はいずれも重要な徳ですが、なかでも最も大切なのは「愛」です。使徒パウロは「コリントの信徒への手紙一」13章
13節において、次のように書いています。
信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。 (新共同訳)
本品において錨の左右にある心臓は、いずれも大きな十字架が表されており、互いに良く似ています。しかしながら拡大写真を注意深く観察すると、向かって右の心臓は、上部から烈しい炎が噴き出しています。これはイエス・キリストの聖心です。一方、向かって左の心臓は、上部から百合が伸びています。これは聖母の聖心(汚れなき御心)です。
イエスの聖心が噴き出す炎は、強い愛を可視化した図像表現です。本品は小さなペンダントであるゆえに表現が簡略化され、聖母の聖心(汚れなき御心)には炎が表されていませんが、聖母の聖心の図像も、本来であれば炎を伴って描かれます。なぜなら聖母の聖心は神とキリストへの愛を図像化したものであり、愛は炎として可視化されるからです。
下の写真は 1860年代後半から 1870年代頃に制作された二面のカニヴェで、一方の面にイエスの聖心を、他方の面に聖母の聖心を、それぞれ大きく描いています。ふたつの聖心は一枚の紙の表裏に重ねて描かれていますが、この描き方は、「聖母の聖心がイエスの聖心すなわち神の愛によって着火された」ということ、「聖母の聖心(神に対する人間の愛)は、イエスの聖心(人間に対する神の愛)の反映に他ならない」ことを示しています。
(下) 烈しい愛の炎を噴き上げるイエスと聖母の聖心 パリ、ドプテによる二面のカニヴェ 108 x 66 mm O divin Cœur de JÉSUS, je vous adore, je vous aime, Dopter, 当店の商品
トマス・アクィナスは「スンマ・テオロギアエ(神学大全)」で熾天使論を展開し、火が有する浸透・同化・浄化の力に譬(たと)えて、「愛」が有する火に似た力を論じています。火はその熱を周囲の物に伝えて燃え移り、浄化します。それと同様に、「神の愛」は対象となる人に力を及ぼして浸透し、その人の心と魂を清めて、「神への愛」を生じさせます。(「スンマ・テオロギアエ」第1部108問5項 「天使たちの位階には適切な名が付けられているか」 原テキストはこちら)
神とキリストに愛される人の心は、火のように強く浸透的な神の愛に熱せられ、神の愛を反映して明るく輝き、ついには着火して、神とキリストを烈しく愛するようになります。浸透する神の愛を受け容れ、使徒パウロと共に「我、キリストとともに十字架につけられたり」(「ガラテヤ書」
2:19)と言って神に全てを明け渡し、マリアとともに「御心のままこの身に成りますように」と祈る人の心は、神から来る愛の炎に浄化されて、キリストの聖心に同化します。聖母の御心がキリストの聖心とそっくりであるのも、このような理由によります。聖母の御心は、神からの浸透的な愛によって、キリストの聖心に似る者となったのです。
錨の左右にある二つの心臓のうち、向かって右はイエスの聖心で、左は第一義的には聖母の聖心です。私が「第一義的には」という句を挟んだ理由は、向かって左の心臓は「聖母の聖心」、すなわち神に対する聖母の愛を表すのみならず、「聖母に倣う人の心臓」、すなわちこのペンダントを身に着ける人が神を愛する心をも表していると考えられるからです。
本品は美しい工芸品でもあり、ジュエリーでもありますが、信心具としての性格をも失わずに併せ持っています。「聖母の御心に燃える神とキリストへの愛を、他人事と考えるのではなく、自らの物としなさい」「あなたは《キリスト者の模範》である聖母に倣い、全身全霊を以て神とキリストを愛しなさい」というのが、本品に籠められたメッセージなのです。錨の左側にある心臓が「聖母の御心」であるのは確かですが、この心臓が最も強く訴えかけているのは、「聖母が神とキリストを愛し給うた」という事実よりもむしろ、「あなたは聖母に倣って神とキリストを愛しなさい」ということなのです。なぜなら、このペンダントを身に着ける人に向けられる神の愛は、焼き尽くす火のように烈しく浸透的であるゆえに、愛される者の心には、愛の火が必ずや燃え移るはずだからです。
(上) キリストに身を投げかける悔悛のガリア。背景は 1914年9月4日のドイツ軍による空襲で炎上するランス司教座聖堂ノートル=ダム。ノートル=ダム・ド・ランスは歴代のフランス国王が戴冠した司教座聖堂です。手前にジャンヌ・ダルクの騎馬像が見えます。戦時ゆえか、ガリアはコロナ・キーウィカを着けています。当店の商品。
キリスト教の三元徳である「信仰と希望と愛」を主題にしたジュエリーやメダイはときどき目にしますが、本品は通常の作例と異なり、「十字架」と「心臓」をふたつずつ造形しています。本品独自の意匠が意味するのは、「神とキリストの愛は人の心に浸透し、同化し、浄化する」ということ、及び「人の心は神の愛に着火され、神とキリストへの愛に燃えて浄化される」ということです。本品は三元徳のジュエリーであるとともに、二つの愛のジュエリーでもあることがお分かりいただけるでしょう。
「二つの愛」を強調した特異な意匠は、本品がフランスの品物であること、及び本品の制作年代と大いに関係があります。本品は 1880年頃から 1930年代までの間に作られた品物ですが、この期間は信仰の復興が叫ばれた「悔悛のガリア」(羅 GALLIA PŒNITENS)時代にちょうど重なります。
フランスは「カトリックの長姉」として神に愛され、イエスの聖心に身を捧げるべきであったにも関わらず、神の愛に背き続けました。その結果フランスは、普仏戦争や第一次世界大戦のような災厄に、たびたび見舞われました。高価な銀で三元徳と二つの愛を表した本品には、戦争で荒廃したフランス、あるいは荒廃からようやく立ち直ったフランスの、今度こそ神に立ち返ろうという敬虔な気持ちが籠められています。
本品は真正のアンティーク品でありながら、実用性を兼ね備えたジュエリーです。ごく軽量で使いやすいうえに、肌に優しい銀無垢製品ですので、日々ご愛用いただけます。保存状態は良好で、特筆すべき問題は何もありません。銀の硫化(黒ずみ)が気になる場合は、練り歯磨きをブラシに付けて軽く磨けばすぐに綺麗になります。
本体価格 16,800円 販売終了 SOLD
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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