真珠母と銀細工による非常に大きなクルシフィクス 101.4 x 70.0 x 9.6 mm
十字架部分の縦横のサイズ 101.4 x 70.0 mm
コルプスを含む最大の厚さ 9.6 mm
フランス 19世紀
19世紀のフランスで制作された大きなサイズのクルシフィクス。シンプルなラテン十字を真珠母(しんじゅも マザー・オヴ・パール)の板から削り出し、十字架の先端四か所に銀製キャップを取り付けています。人生の大切な機会に購入された高価な品物で、単なる信心具を超えて美術工芸品の水準に達しています。
「真珠母」とは真珠貝の貝殻から削り出した装飾材料のことです。写真では分かりませんが、実物は天然の貝殻に特有の深い輝きがあって、たいへん美しい素材です。貝のサイズには限界があることに加え、貝殻は曲面であるゆえに、継ぎ目のない真珠母のサイズには自ずから限界があります。本品の十字架は
70 x 40ミリメートル、厚さ 4ミリメートルの板状の真珠母から削り出されたもので、どこにも継ぎ目が無く、真珠母製十字架のなかでも最大級の作例です。
コルプス(キリスト)とティトゥルスはクロスに鋲留めされています。ティトゥルス(TITULUS ラテン語で「罪状書き」の意)とは "INRI"(Iesus
Nazarenus Rex Iudaeorum ラテン語で「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」の意)と書かれた札のことです。クルシフィクスのコルプスは金属の薄板を曲げて凹凸を付け、彫刻のように見せる「打ち出し細工」による場合が多いですが、本品のコルプスは手間をかけて鋳造されており、たいへん精巧で立体的です。コルプスにもティトゥルスにも破損は無く、十字架にしっかりと鋲留めされています。鋲に緩みはありません。上部に取り付けられた環は円形で、溶接によって閉じられています。
十字架の先端四か所に被せたキャップは銀製で、糊でぐらつきを防止し、小さな釘あるいは鋲でしっかりと十字架に固定されています。キャップのうち一つの先端部分に、フランスにおいて800シルバーを示す「蟹」のポワンソン(ホールマーク、貴金属の純度を保証する刻印)があります。コルプスとティトゥルスにポワンソンはありませんが、いずれもキャップと同じ銀製です。
キャップは表裏とも同様の精密さで制作され、透かし細工のフルール・ド・リス(fleur de lys 百合文)を模(かたど)ります。透かし細工のフルール・ド・リスはアカンサス文によります。十字架の内側向きには、小さなフルール・ド・リスとクラシカルな楕円が連続して造形されています。四個の銀製キャップは手作業で一つ一つ丁寧に制作されています。真珠母に被さる箱状の基部は次の工程で制作されています。
1. 銀の板を打刻して、フルール・ド・リスを連続させた帯状の部品を作る。
2. 1. の部品をフルール・ド・リスの輪郭に従って打ち抜く。
3. 2. の部品をフルール・ド・リス九つ分の長さに切断し、四角柱状に曲げて鑞(ろう)で閉じる、
4. 3. の部品の底部に長方形の銀板を鑞付けする。
透かし細工の大きなフルール・ド・リスには立体的な膨らみがあります。この部分は次の工程で制作されています。
5. フルール・ド・リスの模様を銀板に打ち出す。
6. 5. の部品をフルール・ド・リスの輪郭に従って打ち抜く。
7. 6. の部品二枚を合わせて鑞付けし、膨らみを持たせる。
最後に、4.の底部に 7.を鑞付けして、ようやく銀製キャップ一個が出来上がります。十字架腕木左端にある大きなフルール・ド・リスの突起二か所のうち、一箇所が欠損しています。また腕木両端に内向きに付いているフルール・ド・リスの突出部分が、一箇所ずつ欠損しています。これらの欠損はまったく些細な瑕疵であり、構造上も美観上もいかなる影響もありません。欠損部分は写真に写っていますので、小さな事が気になる方はよくご覧ください。
銀製キャップのフルール・ド・リスは三位一体を表すとともに、百合と同様、聖母マリアの象徴でもあります。また本品の十字架本体は真珠母でできていますが、真珠母あるいは真珠貝が生み出す真珠はイエズス・キリストの象徴でもあります。「マタイによる福音書」13章45節から46節に記録されているキリストのたとえ話を新共同訳によって引用します。
また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。
アレクサンドリアのオリゲネス (Ὠριγένης, c. 184 – c. 253) は、このたとえ話の「真珠」がキリストを意味すると解釈しています(「マタイ福音書注解」
10巻9節)。真珠がキリストであるならば、真珠を生み出す貝、真珠母は、聖母マリアに他なりません。したがって「真珠母」と「フルール・ド・リス」でできた本品の十字架は、受難のイエスを抱く聖母マリアの姿に他ならないのです。真珠母の白さは「恋人よ、あなたはなにもかも美しく、傷(MACULA 汚れ)はひとつもない」(「雅歌」
4章 7節)という「無原罪の御宿り」(IMMACULATA CONCEPTIO) の清浄さを表しています。
「イエスの母」「無原罪の御宿り」という身分は聖母マリアにのみ当てはまる事柄ですが、その一方で聖母は「キリスト者の鑑(かがみ 手本)」でもあります。聖母は受難のキリストを腕の中に抱きとめましたが、罪あるキリスト者一人一人は聖母に倣ってキリストを抱擁し、心に受け容れて信仰を持ちます。
したがって真珠母とフルール・ド・リスが受難のキリストを抱く本品の意匠は、「十字架降架」や「ピエタ」の図像と同様に、キリストを心に受け容れる「信仰」を象徴的に表します。19世紀のフランスにおいて、本品のようなクルシフィクスは洗礼式や初聖体のように人生の節目となる重要な機会に購入されました。洗礼式も初聖体もキリストを受け容れて信仰を持つ儀式であり、「キリストの受容」を象徴する本品がこのような機会に身に着けられたことは偶然ではありません。
上の写真は店主(男性)の手に載せて撮影しています。女性が実物をご覧になれば、もう少し大きなサイズに感じられます。
本品は百数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にかかわらずたいへん良好な保存状態で、特筆すべき問題はありません。
本体価格 42,800円 販売終了 SOLD
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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