ルイ・ソヴァジョーとロジョーによる大型の群像 「救世主イエスの降誕」 幼子の周りに集まる全キリスト教徒 現代に活きる信仰 33 8 x 27.8 cm 厚さ 8.2 cm


額全体のサイズ 縦 33.8 x 横 27.8 cm 奥行 8.2 cm

彫刻のみのサイズ 縦 24.0 x 横 19.0 cm 奥行 6.6 cm


フランス  19世紀後半



 ベツレヘムの家畜小屋に降誕し給うた救い主イエス・キリストと、聖母マリア、聖ヨセフ、及び幼子イエスを礼拝しに来た羊飼いと町の人々を表した見事な群像。1822年にパリに生まれた古典主義の彫刻家ルイ・ソヴァジョー (Louis Sauvageau, 1822 - 1874)、及びカトリック信仰を題材にした作品群で知られる彫刻家ロジョー (Rogeau) による作品です。浅浮き彫り、高浮き彫り、丸彫りを組み合わせた本品は、19世紀フランスにおけるリアリズム彫刻の佳作であり、鑑賞者自らがイエス降誕の場面に居合わせるかのような臨場感を感じさせます。背景に見える小麦の束は「牛と驢馬」の代わりに彫られたものであり、本品は浮き彫り彫刻の特性を最大限に生かした類い稀な作例となっています。





 彫刻の前景は屋内の様子で、聖母子を含む八人が、立体的に大きく表現されています。場所は家畜小屋ですが、「イザヤ書」 1章 3節に基づいて伝統的に描かれる牛と驢馬の姿は見えず、代わりに小麦の束が奥に立てかけてあり、壁には鎌と唐棹が掛かっています。左奥の扉口は半ば開いており、救い主を礼拝するために次々と訪れる村人たちの姿が見えます。お祝いの果物を籠一杯に運んできた女性もいます。

 彫刻の中心、すなわち作品を縦断する直線と横断する直線のまさに交点には、飼い葉桶に寝かされた幼子イエスの顔があり、聖母を含む六人が幼子を取り囲んでいます。

 いちばん手前でこちらに背を向けているのは羊飼いです。「ルカによる福音書」 2章 8節から 20節に、次のように記録されています。ギリシア語原文はネストレ=アーラント26版、日本語は新共同訳によります。下線は筆者(広川)によります。

 8 Καὶ ποιμένες ἦσαν ἐν τῇ χώρᾳ τῇ αὐτῇ ἀγραυλοῦντες καὶ φυλάσσοντες φυλακὰς τῆς νυκτὸς ἐπὶ τὴν ποίμνην αὐτῶν. 9 καὶ ἄγγελος κυρίου ἐπέστη αὐτοῖς καὶ δόξα κυρίου περιέλαμψεν αὐτούς, καὶ ἐφοβήθησαν φόβον μέγαν. 10 καὶ εἶπεν αὐτοῖς ὁ ἄγγελος, Μὴ φοβεῖσθε, ἰδοὺ γὰρ εὐαγγελίζομαι ὑμῖν χαρὰν μεγάλην ἥτις ἔσται παντὶ τῷ λαῷ, 11 ὅτι ἐτέχθη ὑμῖν σήμερον σωτὴρ ὅς ἐστιν Χριστὸς κύριος ἐν πόλει Δαυίδ: 12 καὶ τοῦτο ὑμῖν τὸ σημεῖον, εὑρήσετε βρέφος ἐσπαργανωμένον καὶ κείμενον ἐν φάτνῃ. 13 καὶ ἐξαίφνης ἐγένετο σὺν τῷ ἀγγέλῳ πλῆθος στρατιᾶς οὐρανίου αἰνούντων τὸν θεὸν καὶ λεγόντων,    その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
     
   14 Δόξα ἐν ὑψίστοις θεῷ καὶ ἐπὶ γῆς εἰρήνη ἐν ἀνθρώποις εὐδοκίας.      「いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心に適う人にあれ。」
       
 15 Καὶ ἐγένετο ὡς ἀπῆλθον ἀπ' αὐτῶν εἰς τὸν οὐρανὸν οἱ ἄγγελοι, οἱ ποιμένες ἐλάλουν πρὸς ἀλλήλους, Διέλθωμεν δὴ ἕως Βηθλέεμ καὶ ἴδωμεν τὸ ῥῆμα τοῦτο τὸ γεγονὸς ὃ ὁ κύριος ἐγνώρισεν ἡμῖν. 16 καὶ ἦλθαν σπεύσαντες καὶ ἀνεῦραν τήν τε Μαριὰμ καὶ τὸν Ἰωσὴφ καὶ τὸ βρέφος κείμενον ἐν τῇ φάτνῃ: 17 ἰδόντες δὲ ἐγνώρισαν περὶ τοῦ ῥήματος τοῦ λαληθέντος αὐτοῖς περὶ τοῦ παιδίου τούτου. 18 καὶ πάντες οἱ ἀκούσαντες ἐθαύμασαν περὶ τῶν λαληθέντων ὑπὸ τῶν ποιμένων πρὸς αὐτούς: 19 ἡ δὲ Μαριὰμ πάντα συνετήρει τὰ ῥήματα ταῦτα συμβάλλουσα ἐν τῇ καρδίᾳ αὐτῆς. 20 καὶ ὑπέστρεψαν οἱ ποιμένες δοξάζοντες καὶ αἰνοῦντες τὸν θεὸν ἐπὶ πᾶσιν οἷς ἤκουσαν καὶ εἶδον καθὼς ἐλαλήθη πρὸς αὐτούς.    天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。


 上に引用した 2章 11節において、ルカはイエスを「ソーテール」(σωτὴρ 救い主)、「クリストス・キュリオス」(Χριστὸς κύριος 主メシア)と呼んでいます。共観福音書で「ソーテール」という言葉が使われているのは、この箇所だけです(*)。また「クリストス・キュリオス」とは「主なる神であるキリスト」という意味であり、聖書中この箇所だけに見られる表現です。このとき羊飼いたちは天使から非常に重要な啓示を受けたのです。

* 福音書のなかでは、もう一箇所、「ヨハネによる福音書」 4章 42節に「ソーテール」という語が使われています。「ヨハネによる福音書」 4章については後述します。





 神は皇帝や学者にではなく、何の権力も教育も持たない羊飼いを選び、このうえなく重大な啓示を授けたまいました。イエスが使徒に選び給うたのも、律法学者ではなく、ガリラヤの漁師たちでした。この彫刻が制作された19世紀のフランスで聖母の出現を受けたのは、教皇や皇帝ではなく、平民の子供たちでした。王であったダヴィデやソロモン、知識人であったルカやパウロは例外で、神はほとんどの場合、名もなき「小さな者」を選んで啓示を授け、救済史における重要な出来事に立ち合わせ給います。

 「ルカ福音書」によると、羊飼いたちは新生児イエスが飼い葉桶に寝かされているのを見て、「この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせ」ました(2章 17節)。この記述は、羊飼いたちと相前後して、他の人々もイエスのもとに集まっていたことをうかがわせます。フランスではフェーヴやサントン(フェーヴよりも大型で精巧なプロヴァンスの人形)を並べて、さまざまな職業のごく普通の村人たちがイエスの降誕を祝う様子を再現します。人形を使ったこのような飾り付けはフランスに限らず全ヨーロッパに分布しており、万人がイエスの降誕を祝うクリスマスにふさわしい習俗となっています。





 本品はルカ伝の「羊飼いたち」をひとりで代表させ、多数の村人たちの姿を加えています。本品に彫られた村人たちは、したがって、ヨーロッパにおけるクリスマスの伝統に連なる表現です。しかし伝統的図像では描き込まれるはずの牛と驢馬が省かれていることからも分かるように、本品は伝統に従うだけの作品ではありません。子供から老人まで、さまざまないでたちの老若男女を登場させた本作品は、「イエスがすべての人のために生まれ給うた」ことをできるだけ分かりやすく可視化するために、彫刻家が工夫した構成によります。彫刻家は羊飼いの右側にもう一人分の場所を空けて、この彫刻を鑑賞する人に、「アデステ・フィデーレース」(ADESTE FIDELES ラテン語で「信ずる者たちよ、来たれ」の意)、「ウェニーテ・アドーレームス」(VENITE ADOREMUS ラテン語で「汝ら来たれ。われら拝せん」の意)と語り掛けています。

 ノエル(クリスマス)に歌われる「アデステ・フィデーレース」の歌詞を示します。リンクをクリックすると音が鳴ります。下に示した日本語訳は筆者(広川)によるもので、ラテン語の意味を忠実に訳すことを主眼にしたため、韻文にはなっていません。

  Adeste, fideles, læti triumphantes.
Venite, venite in Bethlehem.
Natum videte Regem angelorum.
Venite, adoremus, venite adoremus,
Venite adoremus Dominum.
   信ずる者たちよ、喜び、勝ち誇りて来たれ。
ベツレヘムに来たれ。来たれよ。
天使らの王、生まれ給へるを見よ。
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。
     
 Deum de Deo, lumen de lumine
Gestant puellæ viscera
Deum verum, genitum non factum.
Venite, adoremus, venite adoremus,
Venite adoremus Dominum.
   神より出づる神を、光より出づる光を、
処女(おとめ)の胎、孕むなり。
まことの神、創られずして生まれたる子を、
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。
     
 Pro nobis egenum et fœno cubantem
Piis foveamus amplexibus;
Sic nos amantem quis non redamaret?
Venite, adoremus, venite adoremus,
Venite adoremus Dominum.
   我らがために貧しくなり給ひ、飼葉に眠り給ふ御方を、
敬虔なる抱擁以て、我ら抱き奉(たてまつ)らん。
かくも我らを愛し給う御方に、愛を返さざる者あらざらん。
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。
     
 Cantet nunc hymnos chorus angelorum
Cantet nunc aula cælestium,
Gloria in excelsis Deo!
Venite adoremus, venite adoremus
Venite adoremus Dominum.
   天使どもの聖歌隊は、いま賛歌を歌ふべし。
諸天の宮は、いま歌ふべし。
いと高き所には神に栄えあれ、と。
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。
     
  En grege relicto humiles ad cunas,
Vocati pastores approperant,
Et nos ovanti gradu festinemus.
Venite, adoremus, venite adoremus,
Venite adoremus Dominum.
   見よ、卑しき羊飼いども、羊の群れを残したるまま、
揺り籠へと呼ばれて急ぐ。
我ら、喜び勇める歩みにて、急ぐべし。
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。
     
  Æterni Parentis splendorem æternum,
Velatum sub carne videbimus,
Deum infantem pannis involutum.
Venite, adoremus, venite adoremus,
Venite adoremus Dominum.
   我ら見ん、永遠なる御父が永遠なる光、
肉が内に隠されたるを。
神なる幼子の、布に包(くる)まれたるを。
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。
     
 Ergo qui natus die hodierna.
Jesu, tibi sit gloria,
Patris aeterni Verbum caro factum.
Venite, adoremus, venite adoremus,
Venite adoremus Dominum.
   それゆへに、今日生まれ給へるイエスよ。
御身に栄えあれ。
受肉し給へる、永遠の御父の御言葉よ。
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。
     
 Stella duce, Magi Christum adorantes,
Aurum, tus et myrrham dant munera.
Iesu infanti corda præbeamus
Venite, adoremus, venite adoremus,
Venite adoremus Dominum.
   星よ、導け。救ひ主を拝するマギたちは、
黄金、乳香、没薬を捧げ物とするなり。
われら、幼子イエスに、心を捧げ供へむ。
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。
     
  Cantet nunc 'Io', chorus angelorum;
Cantet nunc aula cælestium,
Gloria! Soli Deo Gloria!
Venite, adoremus, venite adoremus,
Venite adoremus Dominum.
    天使どもの聖歌隊は、いま賛嘆して歌ふべし。
諸天の宮は、いま歌ふべし。
栄えあれ。神のみに栄えあれ、と。
汝ら来たれ。われら拝せん。汝ら来たれ。われら拝せん。
汝ら来たれ。われら主を拝せん。



 本作品では数人の人々が幼子を取り囲んでいます。イエスの足下に跪いているのは羊飼いです。聖母と並んで最も立体的に造形された羊飼いは、彫刻の鑑賞者と同じ方向からイエスを拝しています。羊飼いの右隣は、彫刻の鑑賞者のために空けられています。





 羊飼いの左にいるのは若い女性です。女性は胸の前で腕を交差して祈りの姿勢を取りつつ、幼子イエスに目を注いでいます。





 その奥では年老いた男性が手を合わせ、幼子を礼拝しています。この人は目を閉じて、旧約聖書に語られたメシアについての預言を思い浮かべ、神に感謝しています。その奥には親子の姿が見えます。子供は男の子のようにも見えますが、イエスと年齢が離れすぎているので、洗礼者ヨハネではありません。母と子は手を取り合って、救い主誕生の幸福を分かち合っています。子供の顔には混じり気の無い喜びが表れています。





 右端にいるのは聖母です。歳若い聖母はすやすやと眠るイエスに、母だけが注ぐことができる優しいまなざしを投げかけています。





 これらの群像は立体的であるばかりか、容易に見えないところまで丁寧に作られています。下の写真は幼子イエスが寝かされている飼い葉桶の基部で、聖母と羊飼いの足元の奥にあたります。ここを彫るのはたいへんな困難が伴いますが、仕上げに粗雑さはまったく見られません。飼い葉桶の基部よりも手前にある聖母と羊飼いの足は、一本一本の指まで正確に彫刻されています。







 奥の柱には鎌、手前左の壁には殻竿が掛かっています。壁には収穫された小麦の束が立てかけてあります。





 「ヨハネによる福音書」 4章には、イエスがユダヤからガリラヤへ退かれる途中、サマリアを通られたときのことが記録されています。イエスは井戸に水を汲みに来たサマリアの女に「生きた水」について語り、ご自身がメシア(キリスト)であると言われました。女から話を聞いた多数のサマリア人がイエスのもとにやってきて、その言葉を聞き、イエスを信じました。サマリアの人々は自分たちの町に滞在してくださるようにイエスに頼み、イエスが滞在された二日の間に、さらに多くの人々がイエスを救い主(ソーテール)として受け容れました。

 このときイエスは小麦の収穫に関するたとえ話をなさいました。「ヨハネによる福音書」 4章 35節には次のように書かれています。

  あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。

 小麦の種蒔きから刈り入れまでは四か月かかりますが、イエスがサマリアに蒔き給うた教えの「種」はすぐに実を結び、短期間で大勢の人がイエスを信ずる者となりました。本品の彫刻において新生児イエスの誕生を喜ぶ人々は、イエスの教えを聞いて信じる人々のいわば前表であり、実を結んで刈り取られた麦の束は、ノエル(クリスマス)の典礼と行事を定めてイエスの誕生を祝う後の時代の人々を象徴しています。すなわち本品の彫刻家は、収穫された小麦の束を彫ることにより、ベツレヘムの小さな家畜小屋に全世界、全時代のキリスト教徒を集めているのです。このような表現は丸彫り(完全な三次元性を有する彫刻)では不可能であり、絵画と彫刻の長所を併せ持つ浮き彫りならではの表現といえます。

 なお本作品には伝統的な降誕画やクレシュに必ず登場する牛と驢馬がいませんが、「イザヤ書」 1章 3節の牛と驢馬は救世主を受け容れた異邦人たちの象徴であり、本作品では収穫された小麦の束がこれに代わっています。小麦の束ではなく牛と驢馬を彫っても良かったはずなのに、伝統的表現を踏襲せず、敢えて小麦の束を採用した理由は、ひとつには、牛と驢馬の占める場所を節約し、一人でも多くの市井の人々を小屋に入れることで、救いがすべての人のものであることを視覚的にわかりやすく表現するためです。

 いまひとつの、より積極的な理由は、上に引用した「ヨハネによる福音書」 4章 35節の前後を読めばわかります。すなわちイエスはこの箇所で、サマリアの人々が即座に回心したのとは逆に、宣教者の蒔いた種が長い時間の後で実りをもたらす場合があることも述べておられます。「ヨハネによる福音書」 4章における「収穫のたとえ」によると、宣教の働きが実を結ぶのに必要な時間は、農作物の場合のように決まっていません。実際、福音記者や使徒たちが書き記した言葉は聖書として後世に伝えられ、現在までおよそ二千年にわたって回心者を出し続けています。それゆえ本品に彫られた小麦の束は、宣教者を通して神が為し給う「救世の働きの時間的広がり」、「活ける信仰の現代性」を、牛と驢馬によるよりも、いっそう強調的に表しているのです。





 本作品にはソヴァジョー (Sauvageau) とロジョー (Rogeau) のサインが彫られています。この種の石膏彫刻には二人の彫刻家の署名が見られることがあり、本品もそのような作例のひとつです。「ソヴァジョー」の署名は 1822年にパリに生まれた古典主義の彫刻家ルイ・ソヴァジョー (Louis Sauvageau, 1822 - 1874) のもので、女性を題材にした美しい作品群で知られています。ロジョーはカトリック信仰を題材に作品を制作した彫刻家です。当店でロジョーの作品を扱うのは、本品が二点目です。販売済みの一点目は美しいマリア像でした。


 本品の彫刻は喜ばしい雰囲気に満ちていますが、手前右をよく見ると、毛を刈られ、前後の脚を縛られた状態で、子羊が倒れています。この子羊は「アグヌス・デイ」(AGNUS DEI 神の子羊)で、キリスト受難を象徴します。

 旧約の預言者たちはメシア(救世主)について盛んに預言しましたが、それらの預言はイエズス・キリストにおいて成就したと考えられています。「イザヤ書」 52章13節から53章の終わりにかけて、主の僕が苦しむ姿が描写されており、53章 6節から 8節には次のように書かれています。

     わたしたちは羊の群れ。道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた。苦役を課せられて、かがみ込み、彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように、毛を刈る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった。捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか。わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを。(「イザヤ書」 53章 6 - 8節 新共同訳)

 ルカは「使徒言行録」 8章でこの箇所を引用し、次のように書いています。

     「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、口を開かない。卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。」(「使徒言行録」 8章 32, 33節)





 救世の原点であるイエスの降誕をテーマにした本品は、一見したところ伝統的な降誕画に見えます。しかしながら本品の彫刻家ソヴァジョーとロジョーは、牛と驢馬を小麦の束で置き換えるとともに、羊飼いの人数をひとりに限ることで、出来る限り多くの市井の人々を登場させています。またその一方で、羊飼いの隣に空席を設けて鑑賞者を招いています。ソヴァジョーとロジョーはこの空席に「アグヌス・デイ」を置いて、救い主が受難し給うたのは鑑賞者のためであることを示しています。これらの特徴ゆえに、本作品はまさに「現代に活きる信仰」の芸術ということができます。

 私がここで「現代」というのは、第一義的にはこの作品が制作された 19世紀のフランスを指します。しかしながらキリスト教はまことの活ける神を信じる唯一の宗教であるゆえに、キリスト教によって生命を吹き込まれた本作品は、芸術品としての「美」のみならず、その精神性においても、時代を超えて 21世紀にも生き続けています。

 本品においてとりわけ注目すべきは、牛と驢馬の代わりに小麦の束を彫って、浮き彫り彫刻ならではの特性を最大限に生かしていることです。「小麦の束」という象徴によって歴史上の全キリスト教徒を作品に参加させる表現は、絵画的性質を併せ持つ浮き彫り彫刻においては可能ですが、丸彫り彫刻には不可能です。本品はその三次元性によって、二千年以上前のベツレヘムに身を置くかの如き臨場感を感じさせつつ、浮き彫り技法が有する絵画的長所により、時空を超えた神の働きの「永遠性」「現在性」を可視化した類い稀な作例となっています。





218,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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