十九世紀のフランス製アンティーク 清浄な愛と生命力のシャプレ 真珠母による大型の作例 全長 62cm 重量 111 g


ロザリオを吊り下げて測った全長 62 cm

重量 110.7 g


クルシフィクスのサイズ 縦 60.0 x 横 30.6 mm   最大の厚み 6.0 mm

クールのサイズ 縦 21.3 x 横 19.0 mm   最大の厚み 3.0 mm


環状部分の周の長さ 約 80 cm

主の祈りの珠の直径 14 mm   天使祝詞の珠の直径 10 mm


フランス  十九世紀中頃または後半



 十九世紀後半のフランスで制作された真珠母(しんじゅも)のシャプレ(仏 chapelet 数珠、ロザリオ)。真珠母のロザリオはビーズのみが真珠母でできているものも多いですが、本品は十字架とクールも真珠母製です。





 本品のクルシフィクスは、真珠母から削り出した十字架に、打ち出し細工による金属製コルプス(羅 CORPUS キリスト像)を取り付けています。十字架には縦木と横木に二箇所ずつ、表裏を貫通する孔が開けられており、コルプスはこのうちの三か所に固定されています。右手、左手、両足の合計三か所を鋲留めされたコルプスは、受難し給う救い主の御姿を髣髴させます。

 フランス語でナークル(仏 nacre)、英語でマザー・オヴ・パール(英 mother of pearl)と呼ばれる真珠母は、真珠の母貝の殻に由来する工芸材料です。真珠はどのような二枚貝にもできるわけではありません。殻の内側に美しい真珠層を作る数種類の貝があって、それらの貝だけが真珠を作ります。真珠母はそれらの貝の殻で、真珠層を有し、特定の角度から見ると真珠同様の美しい光沢を見せてくれます。


 二枚貝の身は女性器を連想させます。二枚貝の中から出てくる真珠は、女性から生まれる新生児に似ています。それゆえそれゆえ世界の諸民族は、古来、真珠を生殖力と生命力の象徴と見做しました。

 キリスト教との関連でいえば、真珠はイエス・キリストが語られたたとえ話に登場します。「マタイによる福音書」七章六節、及び十三章四十五節から四十六節を、ギリシア語原文と新共同訳によって引用します。ギリシア語原文はネストレ=アーラント二十六版によります。

    マタイ 7:6  Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν, μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μήποτε καταπατήσουσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς.  神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。
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    マタイ 13:45 - 46  45 Πάλιν ὁμοία ἐστὶν ἡ βασιλεία τῶν οὐρανῶν ἀνθρώπῳ ἐμπόρῳ ζητοῦντι καλοὺς μαργαρίτας: 46 εὑρὼν δὲ ἕνα πολύτιμον μαργαρίτην ἀπελθὼν πέπρακεν πάντα ὅσα εἶχεν καὶ ἠγόρασεν αὐτόν.  また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。


 十三章四十五節のたとえ話において、商人が全財産を売り払って一個の真珠(「マルガリーテーン」 μαργαρίτην 単数対格形)を仕入れていることから、当時の「良い真珠」一個の値段は、現在の貨幣価値に換算すれば数千万円から数億円に相当したことが分かります。養殖真珠が出現する以前には、真珠は現代人には想像もつかないほどの貴重品でした。

 「フィロカリア」("φιλοκαλία")にも著作が収録されているギリシアの司教、フォーティケーのディアドコス(Άγιος Διάδοχος Φωτικής, c, 400 - c. 486)は、このたとえ話の「真珠」が至福直観を表すと解釈しています。至福直観とは天国において神にまみえることであり、人間の知性(被造的知性)に許された最高の幸福です。至福直観は「救い」を主知主義的に表現したものであるといえます。またアレクサンドリアのオリゲネス(Ὠριγένης, c. 184 – c. 253)は、このたとえ話の真珠がキリストを意味すると解釈しています(「マタイ福音書注解」十巻九節)。すなわちキリスト教思想において、真珠は救いの象徴、恩寵の象徴、キリストの象徴とされているのです。





 真珠がキリストの象徴であり、あるいはキリストの属性である「生命」の象徴であるとすれば、真珠を生み出す真珠貝あるいは真珠母は、聖母の象徴に他なりません。マリアは受胎告知を受け容れて救い主を生み、罪びとに救いをもたらしました。それゆえ真珠を「救い」や「神の恩寵」の象徴と考えても、真珠をもたらす真珠母は、「恩寵の器」(恩寵の通り道)なるマリアを表すことになります。

 したがって十字架に真珠母を使用した本品のクルシフィクスは、「ピエタ」の図像と同様に、真珠母に象徴される聖母が、受難のキリストを抱いている姿と解釈できます。真珠母でできた十字架はイエスへの愛ゆえにイエスと共に受難する聖母の悲しみを表し、それと同時に十字架上のわが子を抱きしめる聖母の愛をも表しています。




(上) 花嫁のドレスの少女 セルロイドと紙人形による初聖体のカニヴェ 46 x 79 mm フランス 1890 - 1910年代頃 当店の商品です。


 聖母はキリスト者の鑑(かがみ 手本)でもあります。したがって十字架に真珠母を使用したクルシフィクスは、これも「ピエタ」の図像や、ルーベンスがアントウェルペン司教座聖堂の三翼祭壇画中央パネルに描いた「十字架降架」の板絵と同様に、キリストを心に受け容れる「信仰」をも象徴的に表しています。

 フランスの子供たちは初聖体の際、真珠母製のものをはじめ、白いシャプレ(ロザリオ)を持つことが多くあります。初聖体の白いシャプレは子供の純潔を表すとされていますが、白いガラスではなく真珠母でできたシャプレの場合は、至高のクリストゥストレーゲリン(独 die Christusträgerin キリストを受け容れる人)なる聖母に倣う信仰が、シャプレによって象徴されていることになります。





 本品のクルシフィクスは、ティトゥルス(羅 TITULUS 罪状書きの札)が長い脚付きの鋲状に作られ、縦木上部の孔に通して固定されています。鋲の頭に相当する部分が罪状書きになっており、「イー・エヌ・エル・イー」(INRI ラテン語読み)の四文字が打ち出されています。

 四福音書によると、磔刑のキリストの頭上には、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と記された札が掲げられました。「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」は、ラテン語で「イエースス・ナザレーヌス(または、ナザラエウス)、レークス・ユーダエオールム」(IESUS NAZARENUS/NAZARAEUS REX IUDAEORUM) ですが、クルシフィクスの小さな札に多くの文字を書くことはできないので、"INRI" と略記されます。ちなみに「ヨハネによる福音書」十九章十九節によると、実際の罪状書きはヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていました。




(上) Francisco de Zurbarán, Cristo en la Cruz, 291 x 165 cm, 1627, Óleo sobre lienzo, Art Institute, Chicago


 上の写真はフランシスコ・デ・スルバランが描いた有名な磔刑像で、当時セビジャにあったドミニコ会修道院サン・パブロ・エル・レアル(西 El convento de San Pablo el Real)のために、1627年に描かれた油彩二十一点のひとつです。この作品において、ティトゥルスはギリシア語とラテン語で書かれています。





 ロザリオのセンター・メダルを、フランス語でクール(仏 cœur)といいます。クールとは心臓、ハートのことです。フランス製シャプレ(ロザリオ)のクールが心臓形であるとは限りませんが、本品のクールは文字通り心臓形(ハート形)に作られています。

 五連のロザリオを使う祈りは、クール(心臓)を通って環状部分を循環します。クールから始まった祈りは、途中何度もクールを通り、最後はクールに戻ります。これは血液の循環と同じであり、祈りが信仰を活かす血液であることを示しています。


 人間の「魂」(ψυχή, ANIMA, âme, soul)と「霊」(πνεῦμα, SPIRITUS, esprit, spirit)は分けて考えられます。これら二つのうち、宗教心を司るのは「霊」であると考えられています。しかるに神と繋がる「霊の座」とは、心臓に他なりません。「詩篇」五十一篇十九節、及び「エゼキエル書」三十六章二十六節において、心臓は「霊」と同一視されています。

 シオンは世界の心臓であり、エルサレム神殿はシオンの心臓と呼ばれていましたが、神のいます至聖所こそがエルサレム神殿の心臓でした。キリスト教の聖堂建築においても、十字架形平面プランを有する聖堂において、主祭壇の位置は受難するキリストの心臓がある場所と一致します。これらの事からも、心臓が宗教心、信仰を司る「霊の座」と見做されたことがわかります。

 宗教とは別に、心臓は「愛の座」でもありました。現代においても、クール(心臓形、ハート形)は愛の象徴とされています。愛する人の左手薬指に指輪を嵌めるのは、心臓と左手薬指を繋ぐ「ウェーナ・アモーリス」(羅 VENA AMORIS 愛の血管)を縛って、愛を逃がさないためです。

 さらに心臓は、より根本的な「魂の座」あるいは「生命の座」でもあります。血液循環の発見者として名高いウィリアム・ハーヴェイは、1628年の著作「諸々の動物における心臓の動きと血液に関する解剖学的考察」("Exercitatio anatomica de motu cordis et sanguinis in animalibus")において、心臓をマクロコスモスにおける太陽に喩え、「生命の基礎、すべてのものの作出者」(fundamentum vitae author omnium)と呼んでいます。





 したがって円環状に進む祈りの出発点であり通過点でもあるクールは、信仰の霊の座であり、神とキリストに向かう愛の座であり、人間に生命そのものを与える生命の座でもあります。

 特に聖母のシャプレの場合、クールは聖母の汚れなき御心を表しています。聖母の汚れなき御心とは神とキリストへの愛に他ならず、シャプレのクールは「神とキリストへの愛」を表しています。とりわけ本品の場合は、クールの素材である真珠母がキリストの御母自身を象徴するゆえに、コルプスを抱く御母の悲しみ、独り子イエスへの愛がひときわの生彩を伴って、祈る人の胸に迫ります。


 本品のビーズはすべて真珠母でできており、天使祝詞のビーズは直径十ミリメートル、主の祈りのビーズは直径十四ミリメートルで、いずれも大きなサイズです。ビーズ、チェーンともすべて十九世紀のオリジナルですが、非常に古いものであるにもかかわらず、美観上、実用上とも何の問題もありません。

 真珠母からひとつひとつ手作業でカット、研磨したビーズは形が少し歪(いびつ)ですが、生物由来の素材ならではの優しさに、手仕事の温かみが加わり、珠を爪繰りながら祈る指先にしっくりと馴染みます。このシャプレ(ロザリオ)を爪繰ると、救い主を遣わし、あるいは自ら救い主となって十字架に架かり給うた神の愛、「御こころ通りこの身に成りますように」と答えたマリアの神への愛、キリスト教徒の鑑(かがみ)たるマリアのイエスへの愛、イエスが説き給うた隣人への愛が、ひとつひとつのビーズから滲み出て、指先から心に響く思いがいたします。





 本品は十九世紀、すなわち百数十年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、年代の古さにもかかわらず、極めて良好な保存状態です。大粒のビーズを使った長尺のサイズはたいへん立派であり、百十グラムの重量は手に取るとずしりとした重みを感じますが、太く丈夫なチェーンを使っており、実用性の点でも全く問題ありません。ひとつひとつのビーズから、全てが信心具職人の手で作られた素晴らしい一品です。





78,000円

電話 (078-855-2502) またはメール procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp にてご注文くださいませ。




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