聖クリストフォロス
Ἅγιος Χριστόφορος, SANCTUS CHRISTOPHORUS



 聖クリストフォロス古来ヨーロッパでもっとも親しまれている聖人の一人です。ヤコブス・デ・ヴォラギネ (Jacobus de Voragine, c. 1230 - 1298) の「レゲンダ・アウレア」(黄金伝説)によると、この聖人は元の名前をレプロブスといいます。レプロブス(羅 REPROBUS)は許されざる者、呪われた者という意味のラテン語で、普通の人名ではありません。しかるにクリストフォロスという名前もまた普通の人名ではありません。すなわちクリストフォロス(Χριστόφορος)は古典ギリシア語で、クリストス(希 Χριστός)の語根クリスト "Χριστ-" と、運ぶ人を表すフォロス "-φορος" を、アンテパエヌルティマ(後ろから三番目の母音)の "-ο-" で繋いだ語です。クリストフォロスはキリストを運ぶ人という意味で、本来固有名詞ではありません。

 聖クリストフォロスは歴史的な実在性が疑わしいゆえに、その人気にもかかわらずカトリックの教会暦に祝日を持ちません。クリストフォロスの原型が誰であるのか、古来学者の間で議論が為されてきましたが、現在ではコプト教徒のあいだで崇敬されている殉教者、聖メナス (285 - c. 309) のことではないかと考えられています。


【レプロブスからクリストフォロスへ】

 最も古い伝説によると、聖クリストフォロスは現在のリビアにあたる地域に住んでいた人肉嗜食の野蛮人で、犬の頭を持った巨漢でした。ローマ軍と戦って捕虜になったクリストフォロスはアンティオキアでキリスト教に改宗し、死刑宣告を受けますが、数々の奇跡によって死を免れて多数の人々をキリスト教に導いた後にようやく殉教しました。


 St. Christopher by Hieronymus Bosch, c.1480, Museum Boijmans Van Beuningen, Rotterdam


 「レゲンダ・アウレア」によると、聖クリストフォロスは恐ろしい顔をした身の丈六メートルのカナン人で、カナンの王に仕えていましたが、世界で最も強い主君に仕えたいという望みを持っていました。ある日クリストフォロスはカナンの王が悪魔を恐れていることを知り、悪魔に仕えることにしますが、悪魔が道端の十字架を恐れるのを見て、キリストを探す旅に出かけます。クリストフォロスは隠者にアドバイスを求め、隠者は祈りと断食を勧めますが、クリストフォロスは断ります。それならば巨体を活かして渡し守をするが良いと言われ、多くの人々が溺れ死んでいた深い河で、人を負ぶって対岸に渡す仕事を始めました。

 ある日、小さな男の子を向こう岸に渡していると(註1)、河の水かさが増え、男の子の体重は世界を背負っているのではないかと思うほど重くなりました。やっとの思いで向こう岸にたどり着いたクリストフォロスが、世界を背負っているかと思うほどに重かったと男の子に言うと、男の子は「汝は世界を背負っただけでなく、世界を創造したキリストを背負ったのだ。私こそが汝の捜し求める王キリストである」と答え、クリストフォロスの杖を小屋の傍らの地面に挿すように命じ、翌朝には杖に花が咲いて実がなるであろうと言って姿を消しました。

 この出来事でまことの主を知ったクリストフォロスは、エーゲ海に面する小アジアの一地方リュキア (Lycia) を訪ね、数千人の人々をキリスト教に改宗させ、殉教するキリスト教徒たちを励ましました。クリストフォロスはリュキアの王の前で異教の神々に供犠をすることを拒み、金銭によっても誘惑されず、二人の美女を送り込んでも彼女たちをキリスト教徒に改宗させてしまいました。王はクリストフォロスの処刑を命じ、幾度もの奇跡によって刑の執行が妨げられた後にようやく斬首されて殉教したといいます。


 an Icon, Byzantine Museum, Athens


 上の写真はアテネのビザンティン美術館にある聖クリストフォルスのイコンで、聖人はレプロブス(呪われた者)という元の名にふさわしい姿、アヌビスのようなキュノケファロス(希 κυνοκέφαλος 犬頭人)として描かれています。


 St. Christopher with Christ Child, Simon Pereyns, 1588, Catedral Metropolitano, Mexico City


 上に示した作品において、キリストを受け入れたレプロブスはもはや呪われたキュノケファロスではなく、人の姿のクリストフォロスとして描かれています。上の絵でクリストフォロスはナツメヤシの杖を持ち、杖は翌朝の奇跡を予兆して実を結んでいます。この実は翌朝の予兆に過ぎませんが、樹種がナツメヤシであることは数年後に怒るクリストフォロスの殉教の予兆となっています。

 ちなみに上の絵のような野性味あふれるクリストフォロス像はアルプス南部のイタリアに始まると考えられ、実際ドイツ、オーストリアからスイス、イタリア、フランスにかけてのアルップス地域には、聖クリストフォロスの名を関する多数の教会が分布します。アルプスには我が国の山男に似たヴィルデマン(独 Wildemann)、ベルクマン(独 Bergmann)の伝説があり、スイスの人々はこれを自分たちの祖先と見做しています。聖クリストフォロスが中央ヨーロッパに受け容れられるにあたり、聖人は現地人に親しまれるヴィルデマン、ベルクマンと習合したのではないかとも考えられています。


【見出されたキリスト ― クリストフォロスの回心が持つ意味】

 「レゲンダ・アウレア」において、クリストフォロスが担ぎ運ぶ幼子イエスは途中でたいへん重くなり、さしもの大男(クリストフォロス)も動けなくなりました。幼子はクリストフォロスに向かい、自分こそが天地の創造主であることを宣言しました。これはキリストが負った世の罪が重いというような意味ではなくて、物理的な重量のことを言っています。すなわち宇宙をお創りになった神は宇宙よりも大いなる方であるゆえに、宇宙よりも重いということを言っているのです。

 芥川龍之介は「きりしとほろ上人伝」において、キリストの重さを世の罪を負ったゆえとしています。一見したところ、これは「レゲンダ・アウレア」よりも洗練された説明に思えます。しかしながら幼子が重くなった理由についてさらに深く考えるならば、レゲンダ・アウレアに記された幼子の言葉は、受肉したキリストこそが神と人を繋ぐアークシス・ムンディー(羅 AXIS MUNDI 世界軸)であることを示しています。

 古代ギリシアの哲学において、コスモス(希 κόσμος 秩序ある宇宙)を貫き万物を支配する理法は、ロゴス(希 λόγος ことば)と呼ばれます。「ヨハネによる福音書」 はこの意味のロゴスをキリストに当て嵌め、受肉なしイエスをロゴス(ことば)と呼んでいます。同福音書一章一節から五節を引用します。ギリシア語原文はドイツ聖書協会のネストレ=アーラント二十六版、日本語は新共同訳によります。


     Nestle-Aland 26 Auflage    新共同訳
     Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.    初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
     οὗτος ἦν ἐν ἀρχῇ πρὸς τὸν θεόν.    この言は、初めに神と共にあった。
     πάντα δι' αὐτοῦ ἐγένετο, καὶ χωρὶς αὐτοῦ ἐγένετο οὐδὲ ἕν. ὃ γέγονεν    万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
     ἐν αὐτῷ ζωὴ ἦν, καὶ ἡ ζωὴ ἦν τὸ φῶς τῶν ἀνθρώπων:    言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
     καὶ τὸ φῶς ἐν τῇ σκοτίᾳ φαίνει, καὶ ἡ σκοτία αὐτὸ οὐ κατέλαβεν.    光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。




(上) 極稀少・未使用品 フィリップ・シャンボー作 《混沌の河を渡る聖クリストフと、身に帯びる信仰 直径 30.7 mm》 フランスの薫り高い大型の作品 フランス 1960年代 当店の商品です。


 上のメダイの浮き彫りにおいて、クリストフに抱かれた幼子は全宇宙の支配権を示すグロブス・クルーキゲル(世界球)を左手に持ち、右手で天を指さして、自分が天地の造り主であることを宣言しています。渡河を試みて奔流に行き泥(なず)むクリストフォロスですが、その表情が平穏で明るいのは、右手に持つ頑丈な杖にも増して頼りになる御方、イエス・キリストを見出したからです。


 受肉したロゴスであるイエス・キリストは、神のいます天上界とこの地上を繋ぐアークシス・ムンディー(世界軸)に他なりません。アークシス・ムンディーは宗教的世界認識の支点であり、有(羅 ENS, ENTES 存在する事物)の総体であるウーニウェルスム(羅 UNIVERSUM 宇宙)に秩序と意味を与えます。

 シカゴ大学神学部教授ミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade 1907 - 1986)は、ルーマニア生まれの宗教学者です。エリアーデ教授の著作は多くがフランス語によりますが、パリからアメリカに移住した1957年の著書「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」(„Das Heilige und das Profane - Vom Wesen des Religiösen“, Rowohlts Deutsche Enzyklopädie, Nr. 31, Hamburg, 1957)はドイツ語で著されています。

 同書の第一章においてエリアーデ教授が論ずるところによると、世俗的人間と宗教的人間(宗教心のある人間)は、住む世界が異なります。世俗的人間を取り巻くウニヴェルズム(独 das Universum 世界)の各部に質的差異は無く、聖なる空間(聖なる場所、聖地)は存在しません。世俗的人間が経験する空間はあたかも幾何学空間のように均質であり、無限に分割することができます。世俗的人間が経験する空間は、如何なるオリエンターチオー(羅 ORIENTATIO 方向づけ)にも馴染みません。これに対して宗教的人間は、神の顕現(独 die Theophanie)が起こる聖地を支点にして、ウニヴェルズム(世界)をコスモス化(独 die Kosmisierung)します。すなわち聖地こそがウニヴェルズムに意味を与えるのです。このような働きを為す聖地を、エリアーデは世界軸(羅 AXIS MUNDI)とも固定点(独 ein feste Punkt)とも呼んでいます。

 ミルチャ・エリアーデ「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」の第一章「聖なる空間と世界の聖化」(Kapitel I, Der heilige Raum und die Sakralisierung der Welt)から、「空間の均質性と聖なるものの顕現」(Homogenität des Raums und Hierophanie)の一部を引用し、和訳を添えて示します。和訳は筆者(広川)によります。筆者の訳はドイツ語の意味を正確に移していますが、こなれた日本語になるように心掛けたため、逐語訳ではありません。文意が通じやすいように補った訳語は、ブラケット [ ] で囲みました。


      Doch wollen wir diesen Aspekt des Problems zunächst beiseite lassen und uns auf den Vergleich der beiden in Frage stehenden Erfahrungen - der Erfahrung des heiligen Raums und der Erfahrung des profanen Raums - beschränken.     しかしながら[議論を]始めるにあたり、問題のこの側面は脇に除けておき、いま問われている二つの経験 ― すなわち聖なる空間の経験と、俗なる空間の経験 ― を比較することだけを考えよう。
         
     Wir erinnern uns: die Offenbarung eines heiligen Raums gibt dem Menschen einen >festen Punkt< und damit die Möglichkeit, sich in der chaotischen Homogenität zu orientieren, >die Welt zu gründen< und wirklich zu leben.    ここで思い起こされるのは、次のことである。すなわちひとつの聖なる空間が啓示されれば、人間は[これによって]ひとつの「固定点」を得る。そしてその固定点を使えば、人間は無秩序な均質性のうちにありながらも自身を方向づけ、「世界を基礎づけ」、真に生きる可能性を得る。
         
     Die profane Erfahrung dagegen bleibt bei der Homogenität und folglich der Relativität des Raums.    これに対して、俗なる経験は均質性に留まり、その結果として、空間の相対性に留まることになる。
     Eine wahre Orientierung ist unmöglich, denn der >feste Punkt< ist nicht mehr eindeutig ontologisch bestimmt; er erscheint und verschwindet je nach den Erfordernissen des Tages.    [俗なる人間にとって、]真の方向づけは不可能である。なぜならば[俗なる人間の経験においては]「固定点」がもはやはっきりと存在論的に決定されないからである。その日の必要に応じて、固定点が現れたり消えたりするのだ。
     Es gibt, also eigentlich keine >Welt< mehr, sondern nur noch Fragmente eines zerbrochenen Universums, eine amorphe Masse unendlich vieler mehr oder weniger neutraler >Orte<, an denen der Mensch sich bewegt, getrieben von den Verpflichtungen des Lebens in einer industriellen Gesellschaft.    それゆえ、本来的に言えば、[俗なる人間にとって]もはや「世界」は存在せず、ただ壊れたウニヴェルズムのかけらが残るのみである。ウニヴェルズムのかけらは不定形の塊で、無限に多くの数の、多少なりとも中性的な場所から成っている。産業社会の生活によって生じる様々な義務に急き立てられて、人はそこを動くのである。
         
     Mircea Eliade, „Das Heilige nd das Profane - Vom Wesen des Religiösen“, Rowohlts Deutsche Enzyklopädie, Nr. 31, Hamburg, 1957, Kapitel I, Der heilige Raum und die Sakralisierung der Welt (Homogenität des Raums und Hierophanie)    ミルチャ・エリアーデ「聖なるものと俗なるもの ― 宗教的なるものの本質について」 第一章「聖なる空間と世界の聖化」 《空間の均質性と聖なるものの顕現》





 宗教的人間が経験する聖なる空間と、世俗的人間(宗教心が希薄な人間)が経験する俗なる空間は、性質が全く異なります。上の引用個所では本来の主題である前者よりも、むしろ後者に多くの言が費やされていますが、我々が日ごろ無自覚に経験している「俗なる空間」の特性を分析することで、「聖なる空間」の特性が逆照射されて浮かび上がります。

 宗教的人間にとって、聖なる空間は固定点(独 ein feste Punkt)です。固定点は世界軸と同じもので、聖なる世界に向けて開いた窓に譬えることができます。無秩序で均質であった世俗的空間は、固定点を得ることによって基礎付けられ、意味を獲得します。

 人が生きる世界は、固定点において、至高の存在と関連付けられます。エリアーデはこれを「世界の聖化」(独 die Sakralisierung der Welt)と呼んでいます。聖化された世界に生きる人は、日々の生活と人生において進むべき方向を示されます。聖化された世界においてこそ、人は真に生きる可能性、すなわち生きるべき生を自覚して生きる可能性を得るのです。


 在りて在る者(希 ὄντως ὄν)がモーセに顕現し給うたホレブ(「出エジプト記」三章)をはじめ、ヤコブが天の梯子の夢を見たベテル(「創世記」二十八章)、イエスが十字架にかかり給うたゴルゴタ、キリストの聖墳墓、エルサレム神殿、ジグラット、ボロブドゥール寺院、メッカのカーバ、ロルシュ年代記が言及する、カール大帝によって破壊されたエレスブルクの聖所と聖樹等の聖地は、いずれも均質な空間に開いた孔であり、至高の存在に通じる固定点、聖なる世界と繋がる世界軸です。

 宗教的人間は、固定点(世界軸)によって聖化されない世界に生きることができません。空間は固定点(世界軸)を得ることによってはじめてコスモス化し、居住可能な「我らの世界」になります。この実例として分かりやすいのはスペイン人が新大陸に立てた十字架です。十字架は未開地を聖化し、コスモス化して、「我らの世界」に編入する働きを有したのです。




(上) Peter Paul Rubens, Kreuzabnahme, 1612, Liebfrauenkathedrale, Antwerpen


 旧約聖書をはじめとする世界各地の天地創造神話や洪水伝説を見れば分かるように、水は混沌と無秩序を象徴します。「レゲンダ・アウレア」のクリストフォロスが自力を恃んで渡ろうとした奔流は、水の象徴性が示す通り、秩序無き世界です。その只中で行き泥んだとき、クリストフォロスは自らの肩に乗せた幼子イエスのうちに、神とつながる世界軸を見出したのでした。このことにより、此岸におけるクリストフォロスは生きるための支点を与えられ、その生は意味あるものとなりました。すなわち幼いキリストを運んでいるつもりでいたクリストフォロスは、いつの間にか自分がキリストに運ばれていることに気づいたのです。

 反宗教改革の時代に生きたカトリックの画家ペーター・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577 - 1640)は、アントウェルペン司教座聖堂翼廊の三翼祭壇画において、クリストゥストレーガー(独 Christusträger)すなわちクリストフォロス(希 Χριστόφορος キリストを運ぶ者)を主題に一連の作品を描き、「キリストを受け容れる信仰」という不可視のテーマを美しい絵画に表現しています。クリストフォロスという名の聖人は歴史的実在性を有しません。しかしながらという名の通り、クリストフォロスを「キリストを受け入れた信仰者」という意味に解釈すれば、数十億人のキリスト者によってこの上ない実在性を賦与された聖人であるといえましょう。


【守護聖人としてのクリストフォロス】



(上) 南ドイツで1423年に刷られた手彩色木版画


 中世以来、クリストフの絵や像を見た者は、その日のうちに「悪(あ)しき死」、すなわち臨終の場に司祭が立ち会わない突然の死に遭うことが無いと信じられています。それゆえクリストフのメダイには人気があって、さまざまな作品が作られています。上の絵の下部にはラテン語で次の言葉が書かれています。

  Christofori faciem die quacumque tueris, illa nempe die morte mala non morieris.   クリストフォロスの顔を見れば、その日は決して悪しき死に遭うことがない。




(上) Robert Campin, dit le maître de Flémalle, "l'Annonciation", 1420, tempera sur bois, 61 x 63 cm, les Musées royaux des beaux-arts de Belgique (MRBAB), Bruxelles


 上の写真はロベール・カンパン (Robert Campin, 1378 - 1444) が受胎告知を描いたテンペラ板絵で、暖炉の上の壁面に、上掲の版画と同じようなクリストフォロスの聖画が張られています。拡大写真を下に示します。ロベール・カンパンが「受胎告知」を描いたこの作品は、現在ベルギー王立美術館に収蔵されています。





 「聖クリストフォロスの姿(絵や像)を見る者は、その日のうちに悪しき死に遭うことが無い」という言い伝えは、ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」の冒頭部分でも引用されています。


 聖クリストフォロスは人々の渡河を助けたことにより、船や橋、荷物の運搬、乗り物の運転にかかわる人々、及び巡礼者や旅行者の守護聖人とされます。さらにナツメヤシの杖に実がなった故事に基づいて、果樹栽培や農業一般にかかわる人、果物業者の守護聖人ともされます。また幼子を背負ったことにより乳幼児と妊産婦の守護聖人、剛力の持ち主であったことにより土木、建築に携わる人々の守護聖人ともされます。

 正教会と聖公会において聖クリストフォロスは聖人とされています。正教会における聖クリストフォロスの祝日は、5月9日です。カトリック教会は聖クリストフォロスの祝日をローマの教会暦から外しましたが、地方の教会暦では聖クリストフォロスの祝日は祝われており、中央ヨーロッパでは 7月25日、フランスでは 8月21日となっています。



註1 筆者(広川)が考えるに、クリストフォロスが渡った川はレーテーの川や三途の川と同じものである。ヤコブス・デ・ヴォラギネはクリストフォロスが川の水を飲んだとは伝えていない。しかしながら渡河後のクリストフォロスは以前の人格を全く忘れたかのように生まれ変わったのであって、これはまさしくレーテー(希 λήθη 忘却)そのものであろう。さらに言えばヨハネが洗礼を施したヨルダン川もレーテーの川、三途の川と同質である。キリスト教では水の洗礼で原罪を滅却するが、この滅却も忘却の延長線上にあると考えてよく、洗礼は渡河と同質の儀式といえる。

 なお人々の渡河を助けて救いを得る話は、サン・ジュリアン・ロスピタリエ(仏 St. Julien l'Hospitalier)の聖人伝にもみられる。フローベールの「レ・トロワ・コント」には、「聖ジュリアン伝」(仏 La Légende de saint Julien l'Hospitalier)が含まれている。



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