聖クリストファーとメダイ
聖クリストファー(聖クリストフォロス)という名前はギリシア語で「キリスト(クリスト)を運ぶ人(フォロス)」という意味で、本来は人名ではありません。そのため歴史上実在した人物とみなされず、人気がある聖人であるにもかかわらず、ローマ・カトリックの教会暦では祝日を持ちません。クリストファーが誰であるのか、古来学者の間で議論が為されてきましたが、現在ではコプト教徒のあいだで崇敬されている殉教者、聖メナス
(285 - c. 309) のことではないかと考えられています。
最も古い伝説によると、聖クリストファーは現在のリビアにあたる地域に住んでいた人肉嗜食の野蛮人で、犬の頭を持った巨漢でした。ローマ軍と戦って捕虜になったクリストファーはアンティオキアでキリスト教に改宗し、死刑宣告を受けますが、数々の奇跡によって死を免れて多数の人々をキリスト教に導いた後にようやく殉教しました。

an Icon, Byzantine Museum, Athens
ヤコブス・デ・ヴォラギネ (Jacobus de Voragine, c. 1230 - 1298) の
「レゲンダ・アウレア」(黄金伝説)によると、聖クリストファーは恐ろしい顔をした身の丈6メートルのカナン人で、カナンの王に仕えていましたが、世界で最も強い主君に仕えたいという望みを持っていました。ある日クリストファーはカナンの王が悪魔を恐れていることを知り、悪魔に仕えることにしますが、悪魔が道端の十字架を恐れるのを見て、キリストを探す旅に出かけます。クリストファーは隠者にアドバイスを求め、隠者は祈りと断食を勧めますが、クリストファーは断ります。それならば巨体を活かして渡し守をするが良いと言われ、多くの人々が溺れ死んでいた深い河で、人を負ぶって対岸に渡す仕事を始めました。
ある日、小さな男の子を向こう岸に渡していると、河の水かさが増え、男の子の体重は世界を背負っているのではないかと思うほど重くなりました。やっとの思いで向こう岸にたどり着いたクリストファーが、世界を背負っているかと思うほどに重かったと男の子に言うと、男の子は「汝は世界を背負っただけでなく、世界を創造したキリストを背負ったのだ。私こそが汝の捜し求める王キリストである。」と答えて姿を消しました。
クリストファーはエーゲ海に面する小アジアの一地方リュキア (Lycia) を訪ね、数千人の人々をキリスト教に改宗させ、殉教するキリスト教徒たちを励ましました。クリストファーはリュキアの王の前で異教の神々に供犠をすることを拒み、金銭によっても誘惑されず、2人の美女を送り込んでも彼女たちをキリスト教徒に改宗させてしまいました。王はクリストファーの処刑を命じ、幾度もの奇跡によって刑の執行が妨げられた後にようやく斬首されて殉教したといいます。
St. Christopher by Hieronymus Bosch, c.1480, Museum Boijmans Van Beuningen, Rotterdam
St. Christopher with Christ Child, Simon Pereyns, 1588, Catedral Metropolitano, Mexico City
芥川龍之介の「キリシタンもの」作品群のひとつ、「きりしとほろ上人伝」はヤコブス・デ・ヴォラギネのクリストファー伝説に取材していますが、芥川作品においては、キリストが重いのは世の罪を背負ったからということになっています。
中世以降の西ヨーロッパにおけるクリストフ像は、「レゲンダ・アウレア」に収録されている上記の伝説に基づき、幼子イエスを肩に乗せて渡河する姿で描かれるのが通例です。上の写真は南ドイツで1423年に刷られた手彩色木版画ですが、クリストフはやはり川の中におり、肩の上の男の子があまりにも重くなったので、杖にすがって振り返り、問いかけるように男の子を見ています。男の子は全宇宙の支配権を示すグロブス・クルーキゲル(世界球)を手にし、天を指さして、自らが神にして天地の造り主イエス・キリストであることを宣言しています。
中世以来、クリストフの絵や像を見た者は、その日のうちに「悪(あ)しき死」、すなわち臨終の場に司祭が立ち会わない突然の死に遭うことが無いと信じられています。それゆえクリストフのメダイには人気があって、さまざまな作品が作られています。上の絵の下部にはラテン語で次の言葉が書かれています。
Christofori faciem die quacumque tueris, illa nempe die morte mala
non morieris. クリストフォロスの顔を見れば、その日は決して悪しき死に遭うことがない。
(上) Robert Campin,
dit le maître de Flémalle,
"l'Annonciation", 1420, tempera sur bois, 61 x 63 cm, les Musées royaux des beaux-arts
de Belgique (MRBAB), Bruxelles
上の写真はロベール・カンパン (Robert Campin, 1378 - 1444) が
受胎告知を描いたテンペラ板絵で、暖炉の上の壁面に、上掲の版画と同じようなクリストファーの聖画が張られています。拡大写真を下に示します。ロベール・カンパンが「受胎告知」を描いたこの作品は、現在ベルギー王立美術館に収蔵されています。
「聖クリストファーの姿(絵や像)を見る者は、その日のうちに悪しき死に遭うことが無い」という言い伝えは、ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」の冒頭部分でも引用されています。
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