極稀少品 1830年頃のブロンズ製大型メダイ 「聖マリ・ヤコベと聖マリ・サロメ、我らのために祈りたまえ」 カマルグ、サント・マリ信心会


突出部分を除く直径 32.5 mm   最大の厚み 3.7 mm   重量 15.2 g

フランス  1830年代頃



 帆も舵も無い小舟に乗り、パレスティナを脱出してカマルグに上陸した「サント・マリ」(Saintes Maries ふたりの聖マリア)、すなわちマリア・ヤコベとマリア・サロメのメダイ。直径 32.5ミリメートル、厚み 3.7ミリメートル、重量 15.2グラムという立派なサイズの作品で、打刻によらず、手間をかけて鋳造されています。重量 15.2グラムは百円硬貨三枚分強、あるいは五百円硬貨二枚分強にあたり、手に取ると心地よい重みを感じます。





 一方の面には、小舟に乗って南仏プロヴァンスに上陸する直前のふたりのマリア、すなわちマリア・ヤコベとマリア・サロメが立体的な浮き彫りで表されています。ふたりのマリアは香油あるいは没薬の壺をそれぞれに携えていますが、これは聖女たちがイエズスの受難と埋葬に立ち会ったことを表します。小舟には侍女サラや天使などの姿は無く、ふたりの聖女のみが大きく強調して彫られています。向かって右側のマリアはプロヴァンスの陸地に気付いて、右手で指し示しています。左側のマリアは神に感謝して祈っています。ふたりのマリアに執り成しを求める祈りの言葉が、聖女たちを囲むようにフランス語で刻まれています。

  Saintes Maries Jacobé et Salomé, prez pour nous.  聖マリア・ヤコベと聖マリア・サロメ、われらのために祈りたまえ。





 上の写真は実物の面積を数十倍に拡大しています。定規のひと目盛りは1ミリメートルです。聖女たちの顔や手、女性らしい体つきはもちろんのこと、衣の襞や、衣が海風になびく様子、縁飾りのあるマントと留め金、装飾的な彫刻のある美しい舟、船縁(べり)を打つ波など、あらゆる細部に至る丁寧な浮き彫りは、信心具というよりもむしろ美術メダイユに位置づけられるべきクオリティを示しています。





 裏面には聖女たちの聖遺物が見つかったとされる海辺の聖堂、サント=マリ=ド=ラ=メール(Saintes-Maries-de-la-Mer フランス語で「海の聖マリア」)が見事な浮き彫りで再現されています。南フランスを中心とするフランス各地には、ノルマン人やイスラム教徒等の侵入に備えて中世に建設された要塞型聖堂建築が数多く分布しています。あたかも堅固な要塞のように、ごつごつした岩場に聳え立つサント=マリ=ド=ラ=メールも、そのうちのひとつです。

 しかしながら本品裏面の浮き彫りは、19世紀前半から中頃にかけての聖堂の姿を忠実に写したもので、聖堂の現在の姿とは異なっています。本品の浮き彫りでは、聖堂上部に鋸壁(きょへき、のこぎりかべ créneaux)、すなわち女牆(じょしょう)付きの壁が無く、また五つあるはずの鐘が三つしかありません。下の写真は異なる年代のメダイに刻まれた聖堂を比較したものです。左側は本品で、19世紀前半の聖堂を南西から見ています。右側は20世紀のメダイで、現状の聖堂を北東から見ています。





 ビザンティン時代や現代のイスラム原理派によるイコノクラシス、明治初期の廃仏毀釈にも似て、革命期のフランスでは、現在では考え難い範囲と程度に及ぶ文化財破壊が行われました。サント=マリ=ド=ラ=メール聖堂も例外ではなく、1794年から1797年までの間は聖堂としての機能を停止し、要塞型聖堂建築を特徴づける鋸壁は石材目当てに取り壊されました。聖堂全体が取り壊されなかったのは不幸中の幸いでしたが、ともかくもサント=マリ=ド=ラ=メールは数十年に亙って鋸壁を持たず、1873年にようやく修復が行われました。また鐘楼部分は1901年に増築され、五つの鐘が取り付けられて現在に至ります。





 上の写真は実物の面積を数十倍に拡大しています。定規のひと目盛りは1ミリメートルです。向かって左の西側正面入り口の上には半円形のタンパン(ティンパヌム)があり、このメダイの表(おもて)面と同様の、小舟に乗ったふたりのマリア像が刻まれています。屋根の西端にも同じ像が取り付けられているのが見えます。

 サント=マリ=ド=ラ=メール聖堂を西側から捉えた描写は珍しく、また屋根西端のサント=マリ像は現在では鋸壁に遮られて見えません。前述のように、鐘楼の形状と鐘の数が現在と異なるのも珍しく感じます。石材のひとつひとつまで克明に写した精緻な浮き彫りは、あたかもバシリカの実物を目前にするかのような描写力です。

 メダイ上部にフランス語で「サント・マリ信心会」(Confrérie des Saintes Maries) と刻まれています。「サント・マリ信心会」は1315年に設立された非常に古い信心会です。


 サン・ジャックの道 レモン・ウルセルによる


 中世にはサンティアゴ・デ・ラ・コンポステラへの巡礼が盛んでしたが、その巡礼路「サン・ジャックの道」(Les chemins de Saint Jacques) には、主要なものが四つあります。このうち最も南を通るルートは、カマルグがあるブーシュ・デュ・ローヌ(ローヌ河の河口)付近が起点と見做されていますが、ここよりもさらに東からサンティアゴ・デ・ラ・コンポステラを目指す人々にとっては、当然のことながら、ブーシュ・デュ・ローヌは巡礼の起点ではなく通過点です。「サント・マリ信心会」はここから出発し、あるいはここを通過する巡礼者たちに宿と食事を提供し、危険に満ちた中世の巡礼旅行を援助するために活動していました。信心会の会員にとって、それは宗教的心情に発する博愛的行為でもあり、同時に天に宝を積むことでもありました。



 本品は19世紀前半のフランスで制作されました。ルネサンス期のイタリアでピザネッロが始めた本格的メダイユ彫刻は、フランスに伝わって隆盛を見ました。メダイユ芸術を重視したナポレオン・ボナパルトは、1804年に皇帝に即位すると、自身の芸術顧問であるメダイユ彫刻家ヴィヴァン・ドゥノンを国立博物館局長に抜擢しました。ドゥノンが「ローマ賞」にメダイユ彫刻部門を設けたことにより、フランスにおけるメダイユ彫刻は絵画、彫刻、建築と並ぶ地位を獲得しました。しかしながら第一帝政期のメダイユ彫刻には、新古典主義に基づく表現に生硬さが目立ちます。フランスのメダイユ彫刻が活き活きとした表情を獲得するのは、ダヴィッド・ダンジェ (Pierre-Jean David d'Angers, 1788 - 1856) の時代、すなわち1820年代以降です。





 本品におけるふたりの聖女の浮き彫りは、ギリシア風あるいは新古典主義の傾向が強く、19世紀前半という時代の空気をよく映し出しています。小舟に打ち寄せる波や、海風になびく聖女の衣の自然な描写には、生硬な様式から脱しようとする試み、間もなく花開くフランス・メダイユ彫刻の胎動が感じられます。


  メダイユの制作方法には打刻と鋳造の二つがあります。古代以来の貨幣はほとんどが打刻によって作られたのに対し、ピザネッロの美術メダイユは鋳造されていましたが、アンシアン・レジーム期のフランスでは再び打刻が大勢を占めます。しかるにメダイユ芸術を愛好したナポレオンは、鋳造によるルネサンス式のメダイユ芸術を再興しました。

 このような経緯により、19世紀の美術メダイユは鋳造による立派な作品が多く産出されました。しかるにその一方で、わが国で「メダイ」と呼ばれている「信心具としてのメダイユ」は、19世紀においては打刻によるものがほとんどでした。打刻は効率的である半面、浮き彫りの立体性は劣ります。また厚みのある作品や大きな作品を作ることはできません。





 上の写真は、19世紀フランスにおいて最もよく見られるタイプの打刻式メダイを、本品と重ね合わせたものです。本品の上に載せた作品はアール・ヌーヴォー期の「不思議のメダイ」で、リュドヴィク・ペナンとジャン・バティスト・ポンセによる作品です。この「不思議のメダイ」は 21.5 x 13.4ミリメートル、厚さ 1.2ミリメートル、重量 1.1グラムです。これに対して本品は、突出部分を除く直径が 32.5ミリメートル、厚さが 3.7ミリメートル、重量が 15.2グラムという立派なサイズです。

 下の写真は 20世紀に鋳造されたサント・マリ・ド・ラ・メールのメダイ(突出部分を除く直径 20.4ミリメートル)と並べて撮影しました。本品は百数十年を経たアンティーク・ブロンズならではの美しいパティナ(古色)に均一に被われています。実物は写真で見るよりも暗色で、はるかに重厚です。





 本品の制作年代は19世紀前半、おそらく1830年代頃です。制作以来およそ百八十年を経ていることになりますが、真正のアンティーク品にもかかわらず、保存状態は非常に良好です。突出部分にもほとんど磨滅が無く、細部まで制作当時のままの状態で残っています。カマルグの「サント・マリ・ド・ラ・メール」はルルドのような大巡礼地ではないので、メダイの数はそもそも少ないですが、特に本品は古い時代のものであり、再度の入手は不可能な稀少品です。





本体価格 45,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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