アヴェ・マリア ノートル=ダム・ド・ルルド ヴェルメイユの美麗ブローチ 直径 30 mm


枠の外径 30 mm  重量 11.0 g

フランス  19世紀末から20世紀初頭



 聖母マリアの銀製アンティーク・ブローチ。直径三十ミリメートルと大きめのサイズで、十一グラムの重量があり、手に取ると心地よい重みを感じます。およそ百年前にパリのメダイユ工房で制作された品物で、マリアの左肩(向かって右側の肩)付近に「エル・セ」(LC)のモノグラムがあります。





 本品は円形メダイユを枠に嵌め込んでブローチとしています。メダイユは突出部分を削り落としたのではなく、もともとコインのような円形に作られています。枠とメダイユは別々に作られていますが、ブローチ全体は意匠に関しても素材に関しても統一性があります。したがって本品の枠はジェネリックなものではなく、このメダイユに合わせて制作されたことがうかがえます。

 若きマリアは祈りを象徴するヴェールをかぶり、目をつむって、神と対話しています。軽やかなヴェールは微風をはらみ、少女の前髪を覗かせています。マリアの表情は穏やかで、口許には微かなほほえみが感じられます。マリアは美しい刺繍の衣を着ており、背景に「アヴェ・マリア」(めでたし、マリア)と刻まれています。




(上) Simone Martini e Lippo Memmi, "L'Annunciazione tra i santi Ansano e Margherita" (details), 1333


 キリスト教美術の伝統的表現において、マリアはヴェールを被り、多くの場合、若い成人女性の姿で表されます。受胎を告知されたマリアは十四、五歳の少女でしたが、内面の卓越性を表すために、年齢よりもずっと大人びた姿に描かれます。また後半生のマリアは、永遠の生命の執り成し手という属性を表すために、年齢よりもずっと若々しい姿に描かれます。

 衣の色に関しては、図像が描かれる時代によって異なりますが、ロマネスク期までの西ヨーロッパでは黒をはじめとする暗く地味な色、ルネサンス期から近世にかけては、十九世紀には白が多用されます。ロマネスク期以前のマリアが地味な衣を着ているのは、マーテル・ドローローサとしての表現が基調になっているからであり、衣は喪衣として描かれています。したがってロマネスク期以前に描かれたマリアの衣には、装飾もありません。ルネサンス期になって、マリアはようやく喪服を脱ぎ棄て、空の色をまといます。襟や袖に刺繍飾りが描かれた作例も増加します。

 本品には「アヴェ・マリア」の文字が刻まれているので、受胎告知を描いた作品であることがわかります。ヴェールは透けるような純白の薄絹、衣は青でしょう。衣を彩る刺繍は、金糸に違いありません。


 棘の無い薔薇、ロサ・ミスティカとして生まれたマリアは、ガブリエルから告げられた言葉を思い返しつつ、神にすべてを委ねて黙想しています。何の前触れもなく天使が家の中に入って来るという驚天動地の事態に関わらず、恐怖におののくどころか微かな微笑みさえ浮かべた少女の表情には、アブラハムやヨブにも勝る信仰が可視化されています。ゴシック聖堂の薔薇窓を思わせる光を背に、少女マリアは輝いて見えます。信仰心という形無きものを、金属の凹凸のうちに巧みに形象化するメダイユ彫刻家は、驚くべき芸術的才能の持ち主であることがわかります。





  フランスのメダイユを用途によって分けると、信心具として作られたものと、芸術品として作られたものに分かれます。前者はわが国で「メダイ」と呼ばれている種類で、ほとんどの作品は小さく、紐やチェーンに通して身に着けるための環があります。後者は純然たる芸術品で、身に着けるものではなく、サイズは信心具のメダイに比べて大きめです。後者のタイプのメダイユに、実用的用途はありません。強いて言えば装飾品とも考えられますが、絵のように離れたところから鑑賞できるほど大きなサイズではありません。作家にとっては制作する喜びのために、収集家にとっては所有する喜びのために制作される美術品です。

 「信心具のメダイ」と「純然たる芸術品のメダイユ」という分類は、用途の違いのみに基づいて分けたもので、芸術的水準とは無関係です。二種類のメダイユをこのように対置すると、前者の芸術性が後者に劣るように聞こえてしまいますが、信心具のメダイのなかにも高い芸術的水準を示す作品があって、小さなサイズに実現された神業的なミニアチュール彫刻に、感嘆することもしばしばです。つまり「信心具のメダイ」には、「純然たる芸術品のメダイユ」と同等の芸術性、ときには「純然たる芸術品のメダイユ」を凌ぐ芸術性を有する作品群があるのです。

 本品はまさにそのような作品で、彫刻の柔らかな美しさは驚嘆に値します。浮き彫りの高低差は一ミリメートルに足りませんが、聖母は疑いない三次元性を以て、眼前に確かに存在しておられます。聖母の肌と衣は温かみを感じさせます。光背の輝きも物理的な光のように硬質ではなく、包み込むように温かな神の愛を感じさせます。

 メダイユ彫刻家のサインは見当たりませんが、おそらくジャン=バティスト・エミール・ドロプシ(Jean-Baptiste Émile Dropsy, 1848 - 1923)の作品であろうと考えます。


(下・参考画像) エミール・ドロプシの作品 二点

 当店の販売済み商品

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 本品の材質は、銀に金めっきを施した「ヴェルメイユ」(仏 vermeil)です。ヴェルメイユは貴金属ですので、ポワンソン(貴金属の検質印、ホールマーク)が刻印されます。本品の円形メダイには、マリアの左肩(向かって右側の肩)付近に、800シルバーを示す「イノシシの頭」のポワンソンが刻印されています。枠に関しては、ブローチ枠の針先を受ける部分に、同じポワンソンが刻印されています。800シルバーはフランスの銀製品に最もよく使われる純度です。

 銀は比重が大きいため、本品は十一グラムの重量があります。百円硬貨一枚と五百円硬貨一枚を合わせたのと同じぐらいの重さです。本品を実用する場合は、薄いブラウスよりも、上着など厚めの布地に留めるのがよいでしょう。





 本品を裏面から見ると、円形メダイユは枠に溶接されているのではなく、爪(留め具)を折り曲げて固定されていることがわかります。円形メダイユの中央部分に「エヌ・デ・ド・エル」(N D de L)のモノグラム(組み合わせ文字)を刻みます。「エヌ・デ・ド・エル」は「ノートル=ダム・ド・ルルド」(Notre-Dame de Lourdes)、すなわち「ルルドの聖母」のことです。その下にある「パリ、エル・セ」(L. C. Paris)は、パリにあったメダイユ工房の刻印です。

 円形メダイユを固定する爪に破損その他の問題は無く、メダイユが外れることはありません。ブローチ針のスプリング性や表面の滑らかさにも問題はありません。本品を実際に服地に留めてみましたが、脱落の心配は無く、快適に装用していただけます。





 本品は百年以上前のフランスで制作された古い品物ですが、保存状態は極めて良好です。特筆すべき問題は何もありません。高い芸術的水準に到達しているうえに、十分に実用可能なアンティーク美術品です。





38,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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