「汝は我が深く愛する者」 静修記念の手彩色カニヴェ (ブアス=ルベル 図版番号 1220)

Tu es mon bien-aimé, Bouasse-Lebel, pl. 1220



カニヴェの現状のサイズ 縦 111 x 横 71 mm

フランス  1880 - 90年代



 1880年代または 90年代のフランスで制作された美麗な聖母子のカニヴェ。図像の点では聖母像の一類型である「セーデース・サピエンティアエ」(SEDES SAPIENTIAE ラテン語で「智慧の座」)に属しますが、内容の点では「ルトレート」(retraite フランス語で「静修」「瞑想会」の意)を主題としています。



 カニヴェ表(おもて)面には、「天」を象徴する大きな円を背景に、聖母と幼子イエスが対面して描かれています。天を表す円からは鳩の形の聖霊が降り、「チュ・エ・モン・ビアネメ」(Tu es mon bien aimé. フランス語で「汝は我が深く愛する者」の意)という言葉が紙から切り出されています。





 「チュ・エ・モン・ビアネメ」(汝は我が深く愛する者)とは、イエスがヨルダン川でヨハネから洗礼を受けた際に、天から聞こえて来た言葉です。イエスの受洗についてはすべての共観福音書に記録されており(マタイ 3: 13 - 17、マルコ 1: 9 - 11、ルカ 3: 21 - 22)、「ヨハネによる福音書」にも「わたしは、“霊”が鳩のように天から降(くだ)って、この方の上にとどまるのを見た。(1: 32)」との記述があります。「マルコによる福音書」 1章 9 - 11節を下に引用いたします。

 Καὶ ἐγένετο ἐν ἐκείναις ταῖς ἡμέραις ἦλθεν Ἰησοῦς ἀπὸ Ναζαρὲτ τῆς Γαλιλαίας καὶ ἐβαπτίσθη εἰς τὸν Ἰορδάνην ὑπὸ Ἰωάννου.    En ces jours-là, Jésus vint de Nazareth, ville de Galilée, et il fut baptisé par Jean dans le Jourdain.    そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。 
 καὶ εὐθὺς ἀναβαίνων ἐκ τοῦ ὕδατος εἶδεν σχιζομένους τοὺς οὐρανοὺς καὶ τὸ πνεῦμα ὡς περιστερὰν καταβαῖνον εἰς αὐτόν:    Et aussitôt, en remontant de l’eau, il vit les cieux se déchirer et l’Esprit descendre sur lui comme une colombe.    水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。
 καὶ φωνὴ ἐγένετο ἐκ τῶν οὐρανῶν, Σὺ εἶ ὁ υἱός μου ὁ ἀγαπητός, ἐν σοὶ εὐδόκησα.    Il y eut une voix venant des cieux : « Tu es mon Fils bien-aimé ; en toi, je trouve ma joie. »    すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
 (Nestle-Aland 26. Auflage)    (La Bible de la liturgie, nouvelle traduction officielle liturgique, 2013)    (新共同訳)


 上の引用箇所中、文字の色を変えた箇所を簡略にしたのが「チュ・エ・モン・ビアネメ」(汝は我が深く愛する者)です。天から聞こえたこの言葉は、マタイによる福音書 3章 17節では三人称を主語として「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」となっていますが、「マルコによる福音書」 1章 11節、「ルカによる福音書」 3章 22節では、いずれも二人称を主語として、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と語り掛けています。カニヴェの切り紙で表されているのは、この言葉です。

 また上記 1章 10節で「天が裂けた」とあるのは旧約聖書にもある表現で(「エゼキエル書」 1: 1、「申命記」 28: 12、「詩編」 78: 23 他)、鳩の形の聖霊が降下してきていることからも分かるように、この場合は神の顕現と祝福を示しています。





 本品の聖画において、聖母は書物(巻物)を開き、幼子イエスと一緒に読んでいます。巻物に「スヴニール・ド・ルトレート」(SOUVENIR DE RETRAITE フランス語で「静修の記念」)と書かれていることから、聖母子の姿になぞらえて、静修の参加者を描いていることがわかります。「スヴニール・ド・ルトレート」の文字は、数日間に亙る黙想で神と魂の間に為されたすべての対話を象徴しています。聖画には当時の手彩色によって水彩絵の具を用いた着色が為されています。

 この聖画と重なるように作られている切り紙細工は、着色されていません。着色されていないこの部分は、不可視の「神の領域」あるいは「神が為し給うこと」を表します。魂が神に近づこうと黙想するとき、神は「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と語り掛け、その魂の上に望み給うことが、切紙細工によって表されています。


 本品の聖画はインタリオ(intaglio 凹版)、すなわちグラヴュール(エングレーヴィング)オー・フォルト(エッチング)によります。オー・フォルトは金属板を強酸で腐食させて溝を刻む技法であり、人力で溝を刻むグラヴュールに比して制作が格段に楽な反面、精緻さにおいてグラヴュールに劣りますが、カニヴェのようなミニアチュール版画では線の密度が濃いために、オー・フォルトを多用しても十分に細密な仕上がりとなります。したがってカニヴェにはオー・フォルトのみによる作例も多くありますが、本品の線刻はグラヴュールを多用しています。聖母子の髪と巻物はオー・フォルトで制作されています。







 上の写真に写っている定規のひと目盛は 1ミリメートルです。聖母子の肌を表現するには、衣よりも繊細な濃淡が必要なので、線ではなくスティプル(点描)が採用されています。聖母子の顔立ちは言うに及ばず、手足の爪に至るまで精密に再現されています。


 聖画の下辺に接して、版元ブアス=ルベルの名前と所在地 (Bouasse-Lebel, Éditeur et Imprimeur, 29, Rue St.-Sulpice, Paris) 及びこの聖画の図版番号 (1220) が記されています。その下には次の言葉がフランス語で書かれています。

  C'est dans la retraite de Nazareth que Jésus et Marie s'entretenaient des desseins de Dieu et preparaient leurs cœurs au sacrifice du Calvaire.

  イエスとマリアが神の計画について話し合い、カルヴァリの犠牲に心の備えをしたのは、ナザレでの静修においてであった。






 本品には手彩色が施されています。聖母子の衣には三つの色数が使われ、その色とは「赤」「紫」「緑」です。またそれぞれの色は単独で使われ、他の色と混ぜ合わされたり、ひとつの衣において他の色と並置されたりしていません。服飾の色彩におけるこれらの特徴は盛期中世以前のものであり、本品の画面に古(いにしえ)の伝統が持つ格調を与えています。





 裏面には静修の勧めがフランス語で記されています。内容は次の通りです。

SOUVENIR DE RETRAITE   静修の記念に
     
But de la retraite. 静修の目的は
 Un retour sur nous-mêmes, afin d'examiner l'etat de notre âme, de nous rendre compte de notre défaut dominant, et de témoigner à Dieu un regret profond de nos infidélité.    自分自身へと立ち返り、魂のあり方を吟味し、自分を支配する欠点を理解し、自らの不信仰を心から悔いる気持ちを神に示すこと。
     
Retraite.   静修とは
 Méditations sérieuses sur les grâces dont Dieu nous a comblés, sur les suffrances qu'il a endurées pour nous, sur les jegement que nous auront à subir, sur l'enfer que nous avons merité, sur le ciel que Dieu nous a rouvert par sa mort sur la croix.    神が溢れるばかりに与え給うた恩寵について、キリストが我らのために忍び給うた苦しみについて、我らが受けるべき裁きについて、我らが行くべきであった地獄について、神が十字架上に死し給うたことによって我らに再び開き給うた天について、真剣に瞑想すること。
     
Fruits de la retrait.   静修によって得られるのは
 Une volonté ferme de suivre désormais la loi de Dieu, une espérance du pardon de nos fautes, un commencement d'amour de Dieu qui devra produire des fruits d'humilité, de douceur, et de charité.    今後は神の定めに従おうという固い決心。罪の赦しの希望。神への愛が生まれ、その結果必ず生じる謙遜、優しさ、慈愛の果実。
     
 Pratique --- chaque année quelques jours de retraite.    為すべきこと --- 年ごとに数日を静修に充てましょう。


 裏面最下部には、表(おもて)面と同様に、版元ブアス=ルベルの名前と所在地 (Bouasse-Lebel, Éditeur et Imprimeur, 29, Rue St.-Sulpice, Paris) 及びこの聖画の図版番号 (1220) が記されています。ブアス=ルベルは、この名前を名乗ったエングレーヴァー、アンリ=マリ・ブアス (Henri-Marie Bouasse, 1828 - 1912) が 1845年に創業したカトリックの版画工房・出版社で、美しいカニヴェの版元として知られています。





 本品の切り紙細工は四隅が欠損していますが、象徴的意味を担う部分は欠けていません。聖画にも欠損はありません。百数十年前の古い品物にかかわらず、良質の中性紙に刷られているため、紙の劣化は無く、今後も劣化することはありません。手彩色カニヴェの場合、元の版画の美しさが安っぽい彩色によって台無しになっているものがありますが、本品は版画の出来栄えが優れていることに加えて、彩色もたいへん格調高く、お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。







 上の写真は紺色のベルベット張りマットを使用した額装例です。カニヴェの価格に額装は含まれませんが、高品質の保存額装(美術品の長期保存に適した額装)を低価格で承ります。額縁、マットの色ともお好みに合わせてお選びいただけます。





カニヴェの価格 21,800円 (税込、額装別) 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




聖母子を描いたその他のカニヴェ 商品種別表示インデックスに戻る

カニヴェ、イコン、その他の聖画 一覧表示インデックスに戻る


聖母のカニヴェ 商品種別表示インデックスに移動する

カニヴェ 商品種別表示インデックスに移動する

カニヴェ、イコン、その他の聖画 商品種別表示インデックスに移動する


キリスト教関連品 商品種別表示インデックスに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する