神との和解と永遠の生命 ゴシック様式の十字架と優れたキリスト像による大型クルシフィクス フランスそのもののような作例 115 x 68ミリメートル


上部に取り付けた環を除くサイズ 縦 115 x 横 68 mm  最大の厚さ 9.5 mm  重量 42.0 g

フランス  十九世紀後半から二十世紀初頭



 百年以上前のフランスで製作されたアンティーク・クルシフィクス。縦 11.5センチメートル、横 6.8センチメートルという大きなサイズです。四十二グラムの重量は五百円硬貨六枚分に相当し、手に取ると心地よい重みを感じます。





 本品の十字架はラテン十字の表面をくぼめ、黒い木を埋め込んでいます。黒色の異素材を象嵌した十字架は、比較的新しい年代のヴィンテージ品の場合、黒いプラスティックスや合成皮革様(よう)の素材で木材を模した例が多く見られます。本品に象嵌されているのは黒く染めた本物の黄楊(つげ)材で、緻密な表面に美しい光沢があります。

 ギリシア・ローマ神話における黄楊は、「不死」あるいは「死に対する勝利」を象徴します。またフランスをはじめ北ヨーロッパで「枝の主日」に用いられる黄楊は、「勝利と栄光」「神との和解」を象徴します。しかるにキリストの受難を表すクルシフィクスは神による救世の経綸(けいりん)、すなわち信じがたい方法によって達成された「死に対する勝利」、「救い主の勝利と栄光」、「神との和解」を表します。それゆえ黄楊はクルシフィクスに使われるのにこの上なく適した木であるといえます。




(上) Gian Lorenzo Bernini, "Il Ratto di Proserpina", 1621 - 22, marmo, 255 cm, Galleria Borghese, Roma ベルニーニが23歳の時に完成させた作品。


 黄楊がクルシフィクスに相応しい象徴性を有する具体的理由は、次の二点に集約できます。第一の点は、異教の古典古代以来から直接引き継いだ象徴性に関連します。第二の点は、異教的要素を引き継ぎつつもキリスト教化された「枝の主日」の習俗に関連します。


 まず第一に、黄楊はギリシア・ローマ神話において地下あるいは冥界を司る「ハーイデース」(ハーデース、プルートー) の聖樹とされています。オウィディウスの「メタモルフォーセース(変身)」第五巻によると、ゼウス (Ζεύς) とデーメーテール(Δημήτηρ)の娘であるペルセフォネー(Περσεφόνη)は、薫り高いクチベニズイセン(Narcissus poeticus)を友人たちとともに摘んでいるときに、ハーイデースに攫(さら)われて地下の世界に連れて行かれました。

 ペルセフォネーの母デーメーテールはローマのケレースと同一視される豊穣の女神です。デーメーテールが娘を探して悲嘆に暮れ、他事に構わずにいる間、地上のあらゆる植物は死に絶えそうになりました。ゼウスはハーイデースの同意を取り付けてペルセフォネーを母の許(もと)に返させますが、ハーイデースがペルセフォネーに冥界の柘榴(ざくろ)を与え、ペルセフォネーがこれを食べてしまったために、一年のうち三分の一は地下で暮らすことになりました。

 ペルセフォネーが地下にいる「一年の三分の一」の間、すなわち冬季は、ハーイデースの季節です。冬にはデーメーテールの嘆きゆえにほとんどの植物が枯れますが、常緑の黄楊(つげ)は生命を保ちます。それゆえ、ハーイデースの季節に生命を保つ黄楊は、この神の聖樹とされました。この場合、黄楊は不死の象徴と考えることができます。

 ハーイデースは死者の国の神として恐れられました。しかしながら冬に枯死しない黄楊がハーイデースの象徴とされることからも、この神が「死」自体の神格化でないことがわかります。これをキリストの受難に関連付けて考えると、十字架におけるキリストの死は、植物が死に絶えた冬景色にも似て、一見したところ死の勝利のように見えます。しかしながらキリストは死に対して勝利し、翌々日の早朝に復活し給いました。これは冬の間も生命を保ち続ける植物を思い起こさせます。したがって、古典古代の神話とキリスト教の間に直接的関係はありませんが、ハーイデースの常緑樹である黄楊は、死に対して勝利するキリストの生命を表すのにぴったりの木であると言えます。




(上) Giotto, "l'Entrata di Cristo a Gerusalemme", 1303 - 04, affresco, 200 cm x 185 cm, Cappella degli Scrovegni, Padova



 第二に、マタイ、マルコ、ヨハネの三福音書によると、イエス・キリストはまだ人を乗せたことのない子ロバに乗り、王としてエルサレムに入城されました。「マタイによる福音書」21章1節から11節を、新共同訳により引用いたします。

     一行がエルサレムに近づいて、オリーヴ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 
     
    「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、
柔和な方で、ろばに乗り、
荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
     
     弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」
     イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。
     
    (「マタイによる福音書」21章1節から11節 新共同訳)

 この出来事は教会暦中の「枝の主日」に記念されています。「枝の主日」にはミサの冒頭で枝が祝別され、信徒はそれを持ち帰ります。用いられる枝の樹種は様々で、プロヴァンスやスペイン、イタリアではナツメヤシの葉やオリーヴの枝が用いられますが、フランス、ベルギー、ドイツ、ポーランドでは概ね黄楊が用いられます。それゆえ「枝の主日」に使われる黄楊は、救世主を迎える喜び、すなわちイエスこそがメシア(キリスト、救世主)であるという信仰告白を表すとともに、ナツメヤシやオリーヴと同様、「勝利と栄光」「神との和解」を象徴します。





 上の写真は本品の裏側です。黄楊の木は十字架上部のティトウルス(羅 TITULUS 罪状書き、INRIの札)、交差部のニンブス(羅 NIMBUS 後光)、コルプス(羅 CORPUS キリスト像)とともに金属部分にしっかりと鋲留めされており、十字架から浮き上がったり外れたりする心配はありません。





 本品の十字架はゴシック様式に基づく意匠で、各末端はカドリロブ(仏 quadrilobe)と呼ばれる四つ葉模様、詳しく言えば、四つ葉の一葉が十字架と融合した形になっています。古典様式を引き継ぐイタリアの「ロマネスク」(仏 romanesque 「ローマ風」の意)に対し、北フランスで生まれた「ゴシック」(仏 gothique 「ゴート風」「蛮族風」の意)は、フランスそのもののような装飾様式です。したがってこの様式による本品は、この上なくフランス的なクルシフィクスであるといえます。

 ゴシック様式は十二世紀から十六世紀にかけてヨーロッパ全域に広まった装飾様式ですが、建築におけるゴシック様式が生まれたのはイール=ド=フランスであり、サン・ドニ聖堂パリ司教座聖堂ノートル=ダムがその例に当たります。それゆえゴシック様式は、中世において、「オプス・フランキゲヌム」(羅 FRANCIGENUM OPUS フランス人の仕事)と呼ばれました。ここで言う「フランス」とは、カペー家の所領であるイール=ド=フランスのことです。





 十字架上部に鋲留めされた札は、ラテン語で「ティトゥルス」(羅 TITULUS)と呼ばれる「罪状書き」です。ティトウルスに書かれた "INRI" は、次の言葉の略記です。

  JESUS NAZARENUS REX JUDAEORUM  ユダヤ人の王、ナザレのイエス

 クルシフィクスのキリスト磔刑像を「コルプス」(羅 CORPUS)といいます。本品のコルプスは極めて立体的な打ち出し細工によります。コルプスにはキリストの表現の仕方に関して三つの様式がありますが、本品のキリストは「クリストゥス・パティエーンス」(羅 CHRISTUS PATIENS)と呼ばれる様式です。





 クルシフィクスはシャプレ(ロザリオ)の最初にも付いていますが、通常サイズのシャプレにおいて十字架のサイズは 40 x 25ミリメートル前後、コルプスの高さ(キリスト像の身長)は二十ミリメートル前後であり、サイズが小さいために細部を表現することができません。しかるに本品は全体のサイズが大きいゆえにコルプスも大きく、キリストの頭頂から足先まで三十五ミリメートルの高さ(長さ)があります。このためキリスト像の作りもたいへん優れており、人体各部のプロポーションや筋肉の付き方、目鼻立ちや茨の冠のような細部まで、正確に作り込まれています。小さなサイズのクルシフィクスでは表すことのできない右脇腹の槍傷と、そこから流れる血も、巧みに再現されています。





 本品は百年以上前のフランスで制作された品物で、真正のアンティーク品ならではの美しいパティナ(古色)に全体を被われています。古い年代にもかかわらず、保存状態は極めて良好です。特筆すべき問題は何もありません。





27,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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